異世界転生の実情【短編】   作:三文小説家

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 幼馴染視点、後編。


三夜

 私の幸せな時間は唐突に終わりを告げた。

 

 彼の乗った列車が、事故に遭った。

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 病院に行った私は、今も彼の意識が戻っていない事を告げられた。そして、これから先、目覚めるかどうかも分からない事も。その日、私はどうやって家に帰ったのか覚えていない。覚えているのはこれまでの人生で一番泣いた事と、憎たらしいほどに夜空の星が(きら)めいていた事だけだ。

 

 銀河鉄道が、彼を連れ去ってしまった。

 

 彼は今頃、呑気に黒曜石の地図を読んでいるのだろうか。アルコールで走る汽車から、咲き誇るリンドウを眺めているのだろうか。その車窓から見える北十字でさえも憎みたい気分だ。

 

 彼は自分を認めない世間を白鯨に喩えていたけれど、彼とはこういう話もした。

 

 死ぬときは夜鷹(よだか)のように死にたい。と、彼は言っていたのだ。

 

『夜鷹は遠くの遠くの、空の向こうに行ってしまう。西へ、北へ、東へ、星を目指して飛んでいった。灼けて死んでも構わない、とね。夜鷹は生きる事に、生きるということそのものに耐えられなかった。沢山の虫の命を奪っている事に耐えられなかったのだと語られる』

『どうしてそんな話を……今するの?』

『ケジメのようなものだよ。ひとたび白鯨と戦うと決めれば、その過程には幾つもの踏みにじられた残骸があるだろう。そして、僕はそれに向き合うべきなのだよ。卑小な夜鷹、毒虫の身であってもね、尊厳くらいは持ちたいじゃあないか。それを通り過ぎてただ戦うというのは、君、それはただの殺戮だね。もはや戦うというのは、僕自身も殺す事でなければならない。殺戮は、罪も結果も背負わないだろう?』

 

 さも当然のように、闘いの末に自分が焼け死ぬことを示された私は、しばし言葉を失った。そして、ポツリと一言だけ、言った。

 

『君は、優しすぎるよ……』

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 翌日に学校へ行ったら、話題は列車事故と彼の話で持ちきりだった。けれど、彼を心配する声は殆ど無くて、大半が悪意的な冷やかしだった。リヴァイアサンという怪物は、高潔で優しい彼を散々に食い荒らしていたのだ。

 

「案外喜んでんじゃねえの? 異世界転生とかしてさ!」

「あのキモオタそういうの好きそうじゃね? 女神様~、チート能力くださ~いって、アハハハ!」

「違う!」

 

 もう、うんざりだった。事故の被害者を馬鹿に出来る精神も、いつも彼と一緒にいる私が近くにいる場所で騒げる無神経さも。

 

「彼は死んだら星になるの! 彼は高く高く飛んで、その身を燃やしてきっと夜空の闇を照らしてる!」

 

 私はそう言うと、屋上に向かって走った。廊下を走るなと、教師の叱責する声が聞こえるけど、そんなことはどうでも良かった。早く、学校で最も星に近い場所に行きたかった。そして、着いた私はドアの鍵を閉めて蹲った。

 

「みんな……勝手な事ばっかり」

 

 彼が一体何をしたというのだ。何がそんなに気に入らないのだ。周りと違う事がそんなに悪逆なのか。リヴァイアサンへの怨みが、憎しみが胸の内に膨れ上がる。彼はあんなものと戦う事に心を痛めていたのか。

 

 それにしても、と思う。

 

「異世界……転生……」

 

 その言葉がどうにも引っかかる。

 

 空は古来より異界とされていたと、彼は言った。飛ぶという事は、つまりは異界を行くという事で、文明で武装していなければ耐えられない。それは焼け死ぬという事で、彼もまたそれを望んでいた。

 

 (いたち)に追いかけられ、井戸に堕ちた(さそり)。蠍は生きるために虫を喰った対価として、皆の幸いの為に自分の身体を使うように神に言った。そして、彼の身体は真っ赤に燃え始めた。その象徴たる赤色超巨星のアンタレスは、今も夜空に見る事が出来る。

 

 夜鷹も星に救いを求めた動物だ。オリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス……具体的にどんな星に訴えかけたのかは分からないが、夜鷹は自分の翼で飛び立って、身一つで異界たる夜空へと至った。

 

 彼が異世界転生を思い浮かべていたとしたら、きっとこんな具合だろう。ただ自分の身体を燃やして夜空の闇を照らす。そんな人だ。

 

「嫌だよ、嫌……」

 

 星になんてなって欲しくない。それがどれだけ崇高なものだとしても、彼には自分の隣にいて欲しい。

 

「酷いよ。置いてくなんて、酷い」

 

 幸せになんて、なれるものか。色の無い花が地面に咲く。彼のいない世界に咲く。その破片が四肢を刺し、あまりにもリアルな痛みに息を詰まらせる。喉の真下には、いまだに彼がいる。

 

 価値観が自由なら、人を傷つけたっていいだろう。ちょうどリヴァイアサンがやってるように。私を歪めたのは、君だよ。私はずっと踊っているのだろう。心まで醜い私達だ。私達が死ねば世界も死ぬ。私と君で決めたんだ。私達の存在方法が、私達の世界そのものだ。

 

 私はこのまま遠くで、星明かりを探すのだ。

 

 

 ~~~~~~~~

 

 

 暫く私は鬱々とした日々を送っていた。破裂しそうな胸を押さえて、今日も私は孤独だ。痛みは折り重なって枷となり、とうとう涙すら流れなくなった。救いの無い夜が、諦めていく朝が、誰かの振りかざす理不尽な正義が、あまりにも、痛い。

 

 Nothing lasts forever.

 

 悲しみにも慣れて、逃げる事にすら飽きて、心が痛くても泣けなくて、私は自分がどんどん滅んでいくような気がした。永遠に続くものは無いという意味の英語が、彼に教えてもらった言葉が頭を流れていく。

 

 だったら、この痛みはいつ滅びるのだろう。

 

 彼が蘇るのなら、私はあの蠍のように身体を百回焼いたって構わない。それでこの痛みが終わるなら、新たな痛みにも耐えられる。

 

 だが、その時間も唐突に終わりを告げる。

 

 私がお見舞いに来た日に、彼が目を覚ました。

 

 私は静けさから走り出す。まだ見ぬ夜空の景色へ。今はこの痛みを信じたい。彼がくれた言葉で、優しい傷が一つ。もう夢も終わる。夜空の星が輝く。彼が生きていると分かるほど、抱きしめよう。本当の幸いを腕の中に、南十字の駅に向けて。

 

 青いマグネシウムのような肌をした彼を抱きしめて、私はただ泣き続けた。

 

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