私の幸せな時間は唐突に終わりを告げた。
彼の乗った列車が、事故に遭った。
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病院に行った私は、今も彼の意識が戻っていない事を告げられた。そして、これから先、目覚めるかどうかも分からない事も。その日、私はどうやって家に帰ったのか覚えていない。覚えているのはこれまでの人生で一番泣いた事と、憎たらしいほどに夜空の星が
銀河鉄道が、彼を連れ去ってしまった。
彼は今頃、呑気に黒曜石の地図を読んでいるのだろうか。アルコールで走る汽車から、咲き誇るリンドウを眺めているのだろうか。その車窓から見える北十字でさえも憎みたい気分だ。
彼は自分を認めない世間を白鯨に喩えていたけれど、彼とはこういう話もした。
死ぬときは
『夜鷹は遠くの遠くの、空の向こうに行ってしまう。西へ、北へ、東へ、星を目指して飛んでいった。灼けて死んでも構わない、とね。夜鷹は生きる事に、生きるということそのものに耐えられなかった。沢山の虫の命を奪っている事に耐えられなかったのだと語られる』
『どうしてそんな話を……今するの?』
『ケジメのようなものだよ。ひとたび白鯨と戦うと決めれば、その過程には幾つもの踏みにじられた残骸があるだろう。そして、僕はそれに向き合うべきなのだよ。卑小な夜鷹、毒虫の身であってもね、尊厳くらいは持ちたいじゃあないか。それを通り過ぎてただ戦うというのは、君、それはただの殺戮だね。もはや戦うというのは、僕自身も殺す事でなければならない。殺戮は、罪も結果も背負わないだろう?』
さも当然のように、闘いの末に自分が焼け死ぬことを示された私は、しばし言葉を失った。そして、ポツリと一言だけ、言った。
『君は、優しすぎるよ……』
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翌日に学校へ行ったら、話題は列車事故と彼の話で持ちきりだった。けれど、彼を心配する声は殆ど無くて、大半が悪意的な冷やかしだった。リヴァイアサンという怪物は、高潔で優しい彼を散々に食い荒らしていたのだ。
「案外喜んでんじゃねえの? 異世界転生とかしてさ!」
「あのキモオタそういうの好きそうじゃね? 女神様~、チート能力くださ~いって、アハハハ!」
「違う!」
もう、うんざりだった。事故の被害者を馬鹿に出来る精神も、いつも彼と一緒にいる私が近くにいる場所で騒げる無神経さも。
「彼は死んだら星になるの! 彼は高く高く飛んで、その身を燃やしてきっと夜空の闇を照らしてる!」
私はそう言うと、屋上に向かって走った。廊下を走るなと、教師の叱責する声が聞こえるけど、そんなことはどうでも良かった。早く、学校で最も星に近い場所に行きたかった。そして、着いた私はドアの鍵を閉めて蹲った。
「みんな……勝手な事ばっかり」
彼が一体何をしたというのだ。何がそんなに気に入らないのだ。周りと違う事がそんなに悪逆なのか。リヴァイアサンへの怨みが、憎しみが胸の内に膨れ上がる。彼はあんなものと戦う事に心を痛めていたのか。
それにしても、と思う。
「異世界……転生……」
その言葉がどうにも引っかかる。
空は古来より異界とされていたと、彼は言った。飛ぶという事は、つまりは異界を行くという事で、文明で武装していなければ耐えられない。それは焼け死ぬという事で、彼もまたそれを望んでいた。
夜鷹も星に救いを求めた動物だ。オリオン座のリゲル、おおいぬ座のシリウス……具体的にどんな星に訴えかけたのかは分からないが、夜鷹は自分の翼で飛び立って、身一つで異界たる夜空へと至った。
彼が異世界転生を思い浮かべていたとしたら、きっとこんな具合だろう。ただ自分の身体を燃やして夜空の闇を照らす。そんな人だ。
「嫌だよ、嫌……」
星になんてなって欲しくない。それがどれだけ崇高なものだとしても、彼には自分の隣にいて欲しい。
「酷いよ。置いてくなんて、酷い」
幸せになんて、なれるものか。色の無い花が地面に咲く。彼のいない世界に咲く。その破片が四肢を刺し、あまりにもリアルな痛みに息を詰まらせる。喉の真下には、いまだに彼がいる。
価値観が自由なら、人を傷つけたっていいだろう。ちょうどリヴァイアサンがやってるように。私を歪めたのは、君だよ。私はずっと踊っているのだろう。心まで醜い私達だ。私達が死ねば世界も死ぬ。私と君で決めたんだ。私達の存在方法が、私達の世界そのものだ。
私はこのまま遠くで、星明かりを探すのだ。
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暫く私は鬱々とした日々を送っていた。破裂しそうな胸を押さえて、今日も私は孤独だ。痛みは折り重なって枷となり、とうとう涙すら流れなくなった。救いの無い夜が、諦めていく朝が、誰かの振りかざす理不尽な正義が、あまりにも、痛い。
Nothing lasts forever.
悲しみにも慣れて、逃げる事にすら飽きて、心が痛くても泣けなくて、私は自分がどんどん滅んでいくような気がした。永遠に続くものは無いという意味の英語が、彼に教えてもらった言葉が頭を流れていく。
だったら、この痛みはいつ滅びるのだろう。
彼が蘇るのなら、私はあの蠍のように身体を百回焼いたって構わない。それでこの痛みが終わるなら、新たな痛みにも耐えられる。
だが、その時間も唐突に終わりを告げる。
私がお見舞いに来た日に、彼が目を覚ました。
私は静けさから走り出す。まだ見ぬ夜空の景色へ。今はこの痛みを信じたい。彼がくれた言葉で、優しい傷が一つ。もう夢も終わる。夜空の星が輝く。彼が生きていると分かるほど、抱きしめよう。本当の幸いを腕の中に、南十字の駅に向けて。
青いマグネシウムのような肌をした彼を抱きしめて、私はただ泣き続けた。