絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
わたしの名前は鬼塚くれは。趣味は「不味い飯の探索」、特技は「胃薬の早飲み」。
ごく普通の女子高生が可愛いカフェや映えランチに興味を持つように、わたしは“悪い予感のする飲食店”の気配に惹かれてしまう性分だ。
きょうの目的地は、駅から15分、川沿いのくねった小道を抜けた先にぽつんと建つ『喫茶ホライズン』。名前だけ聞くと、海外のリゾートホテルのラウンジのような響きだが、実際の建物を見た瞬間、思わず足が止まった。
外観は昭和の末期で時が止まったままのような、くすんだピンク色のモルタル一軒家。看板の“ホライズン”の“ラ”だけが外れて斜めにぶら下がっている。
ドアの前には謎のプラスチックで出来たフラミンゴが一羽、植木鉢に突き刺さっていた。唐突すぎて意味がわからない。もうこの時点でワクワクが止まらない。
ギィィ……と異音を立ててドアを開ける。鼻をつくのは、湿気と古いコーヒー豆と壁紙用ボンドが混ざったような濁った空気。足元の絨毯は、たぶんもとはベージュだったであろうが、もはや“うす茶色のシミ”の集合体と化していた。
「……いらっしゃい……」
カウンター奥から出てきたのは、無表情の中年男性。シャツのボタンが一つ多く外れている。声に覇気はなく、というか生きる意志をすでに食器棚に置き忘れさっているようだった。
メニュー表はラミネート加工されているにも関わらず、なぜか端が湿ってふにゃふにゃだ。「おすすめ:ビーフシチューセット ¥800」と手書きで書かれている。わたしは即断でそれを注文する。なぜなら「喫茶店のビーフシチュー」ほど、地雷を踏みにいける料理はないからだ。
しばらく店内を観察して過ごす。壁には1980年代のアイドルポスターがセロハンテープで留められていて、天井の照明は3分おきに明滅を繰り返しており、時間の概念を狂わせてくる。
20分ほど経った頃、「チーン……」というレンジ音とともに料理が到着した。
目の前に置かれた皿からは、すでに敗北感のような湯気が立ちのぼっていた。
まず目を引いたのはシチューの色。赤茶色というより“乾いた血の色”に近い。そこにブロッコリーが二房だけ無造作に突き刺さっている。あきらかに冷凍庫から直送されたそれは、まるでお子様ランチの旗のように立っていた。
スプーンを入れると、「ぬちっ」と低音がした。その瞬間、スプーンの背中に貼りついたシチューが剥がれず、まるでアスファルトをすくっているような錯覚を覚える。
一口食べた。
不味い。想像を超えている。これはもう料理ではなく“現象”だ。
まず、ルーの味が異常に粉っぽい。舌に乗せた瞬間、口内の水分を根こそぎ奪い去っていく。味の系統としては、カカオパウダーを雑巾汁に浸して3日煮込んだような風味。
肉は……これは牛肉だろうか?
表面が謎の白い斑点で覆われていて、かむとゴムのように反発する。更には中まで熱が通っていない。噛み締めると、ほんのり“嫌な過去”の記憶が蘇る。
ブロッコリーもまた強敵だった。箸で掴もうとすると弾力に逆らわれ、力を入れた瞬間“ビチャ”という音とともに中から氷の塊が飛び出してきた。なぜ冷凍のまま突き刺すのか。芸術なのか。挑戦なのか。苦行なのか。
「どう……かな……」
不意に声をかけられ、振り向くと店主がこちらをじっと見つめていた。
わたしは笑顔を作り、「これは……たいへん独創的なお味ですね」と返す。
すると店主は「……だろ?」とだけ言って、カウンターに戻っていった。
最後に残ったライスに至っては、半分が炊飯され、半分が芯のままという“生と死の共存”状態。まるで米粒たちが「生きたい」と「還りたい」の間で揺れているようだった。
途中、トイレに寄った。ドアを開けるとトイレの中に、なぜか小さな仏壇と線香が焚かれていた。一体、何を供養しているのか。誰に向けて。
「ご馳走様でした」
完食後、そっと両手を合わせる。
喫茶ホライズン。間違いなく、わたしの絶飯ランキング・トップ100にランクインする店だった。
胃が悲鳴を上げている。だが、これでいい。
わたしは今日も、“日本一不味い店”を求めて歩き続ける。
まだ見ぬ地獄が、この国のどこかで湯気を立てているのだから。