絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
……決してマンネリ化してきたわけではございません。
【福嶋 節子(ふくしま せつこ)/通称:クラッシュの鬼女将】
わたしはパンが嫌いだ。
……いや、パンという“食品そのもの”ではなく、
パンに対する世間の甘やかし方が、気に食わない。
「ふんわり」
「しっとり」
「もっちり」
――そんな言葉ばかり使われて、パンはまるで“許された存在”のように扱われる。
だが私は、かつてパンに人生を壊された女だ。
***
【過去】
夫が死んだのは、パンのせいだった。
厳密にいえば、パン工房の火事だった。
早朝、過熱されたオーブンから火が出た。
安全装置は壊れており、誰も止められなかった。
炎に包まれた厨房の中で、夫は――
それから、わたしは「パンを焼く」ことをやめなかった。
むしろ、焼き続けることで、夫の死を“昇華”しようとした。
だからこの店『クラッシュ』は、“トースト”を出す。
焼きすぎるほどに焼く。黒く、乾き、砕けるまで。
客が「固い」と言えば、それでいい。
客が「焦げてる」と言えば、わたしは微笑む。
「ええ、焦がしましたよ。“誇り”です」
わたしのトーストは、普通じゃない。
でも、わたしの人生も、普通じゃない。
***
【ある日の午後】
この日も、予約なしの若者が入ってきた。
女子高生が2人。
明らかに“地雷引いたな”という顔をしていた。
上等だ。
注文されたのは、
・クラッシュトースト・ハニー風味
・冷製トースト
焼く。焼く。とにかく焼く。
オーブンは250℃で30分。
中まで火が通るなどという甘さは不要。
パンは“耐える食材”だ。焦げても、折れても、それでも最後は舌の上で“砕ける”。
目の前で若者たちが怯えていた。
いい。恐れろ。
これが“火を通す”ということの真の意味だ。
だが――
その中でひとり、黒髪の少女だけが、何の疑問も抱かずにトーストを口に入れた。
「……ああ……この“焼きすぎて焼きじゃない”感覚……」
その言葉を聞いて、わたしは――心の奥が、ぞわりと揺れた。
彼女は笑っていた。
焦げたパンを、粉になった断片まですべて食べきり、
「ごちそうさまでした。“クラッシュ”、確かに受け取りました」と言った。
それは、初めて聞く“共鳴”だった。
彼女は知っている。
「焼く」とは、「壊す」ことでもあるということを。
***
【閉店後】
静かな厨房で、焦げたパンくずを掃きながら思った。
私はパンを“恨んで”いた。
でも今は、少し違う気もしている。
焼き尽くされたものは、何も残らないのではない。
焼かれてなお“味”が残るなら、それこそが料理なのかもしれない。
わたしのトーストを、あの子は“味わって”くれた。
それが真実なら――
明日もまた、わたしは焼き続ける。
愛ではない。復讐でもない。
これはただの、クラッシュ(破壊)。