絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
【大将(風月店主・藤田 徹 68歳)】
唐揚げは、油で人の心を試す料理だ。
中は生焼けでもダメ。揚げすぎても叩かれる。
衣が剥がれても、火が通りすぎても――「不味い」の一言で片付けられる。
俺は、それを何十年も受け入れてきた。
もう、誰にも期待してない。
***
【かつて】
風月は、妻と二人で始めた。
店名の「風月」は、妻の名前「風子」と、夜空が好きだった妻の口癖「月が綺麗ね」からとった。
最初は、ちゃんとした定食屋だった。
丁寧に出汁を取り、唐揚げは注文ごとに揚げ、味噌汁には季節の具を欠かさなかった。
だが、妻が倒れ、寝たきりになったあたりから――すべてが崩れた。
***
店を回すのは俺ひとりになった。
炊飯のタイミングを誤り、ご飯が余り、
冷凍の食材を温めすぎ、唐揚げが焦げ、
油の処理を怠り、苦味が残るようになった。
でも――それでも、店を閉めようとは思わなかった。
なぜなら、厨房に立っていると、
**“まだ妻が生きていて、そこの座敷で新聞でも読んでるような気がする”**からだ。
俺は、風月をやめられない。
味がどうとか、客がどうとか、もうどうでもいい。
この店を動かしている限り、“昔”がまだここにある気がする。
***
【ある日の午後】
若い客が来た。
なにやら挙動不審な女子高生と――もうひとり、黙って座る黒髪の少女。
注文は、唐揚げ定食。
笑えるほど、わかってない。
唐揚げは、一番“俺の手抜きと孤独がにじむ料理”だ。
冷凍肉を、再凍結したやつを使っている。
衣は業務用。二度揚げして、温度計も見ていない。
でも、あの少女は――完食した。
なぜだ。
焦げていてもいい。
肉が固くてもいい。
味がなかろうが、歯ごたえが鉄だろうが、
「全部、食べきってくれるやつが、ここにもいた」
他の子たちは文句を言ってた。
“炭だ”“苦い”“冷たい”――当たり前だ。俺だって分かってる。
でも、彼女は一言だけ言った。
「ごちそうさまでした。今日の唐揚げ、“かたくなな味”がして、すごく風月らしかったです」
***
【その夜】
唐揚げを仕込む手が、ほんの少しだけ慎重になった。
タイマーを見て、
「まだか」と独り言を漏らしながら、油の音を聞く。
それでも揚げすぎるのは変わらない。
油も古いまま。ご飯は炊きすぎ。味噌汁は薄い。
だけど――
「たまには、あの子みたいな変な客が来てもいいかもな」
たった一人、全部を食べて、笑った子がいた。
その記憶だけで、明日の唐揚げを揚げる理由になる。
俺の唐揚げは、美味くない。
でも、“俺が生きてる味”がする。
それだけで、十分じゃないか。