絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
嬉しかったので、初めて葵にまともな飯です。
【葵視点】
電車は揺れていた。
人は少なく、車内は静かだった。
車窓の外、東京の夜景が流れていく。
ああ、帰ってきたんだな、と思う。
くれはと別れたのは数駅前。
「じゃあね」「またね」
そんな軽いやりとりのはずが、
心のどこかに、妙な疲労と満足感が残っていた。
たぶんそれは、胃の奥に張り付いたおにぎりの幻影のせいだ。
“味”とは、何だったのか。
“飯”とは、なんだったのか。
それを問い続けた旅だった。
今の私は、疲れている。
しかし、お腹は空いている。
ふと駅前に見えたコンビニ。
無意識に吸い寄せられ、
私は、選んだ。
---
【選んだのは――】
・セブンイレブンの「たまごサンド」
・「あらびきソーセージパン」
・そして、「ポテトサラダ」
+常温のお茶(緑茶)
どれも見慣れたパッケージ。
どれも期待を裏切らないと、信じてる。
でもそれは、“信仰”ではなく、“実績”の賜物。
ここまでの絶飯地獄をくぐり抜けた今だからこそ、
その真価を、私は知ることになる。
***
【まずは、たまごサンド】
セブンのたまごサンドは、コンビニ界の英雄である。
でも――今日の私は、食べる前から泣きそうだった。
袋を開けた瞬間、ふわっと立ち上る**“マヨネーズとゆで卵の香り”**。
卵の粒子が舌に届く前に、記憶が蘇る。
「昨日の……おにぎりの……謎ペースト……じゃない……これ、たまごだ……」
一口。
ふわっ、ぬるっ、じゅわっ。
――マヨネーズが、ちゃんと冷えている。
――パンが、しっとりしている。
――白身と黄身が、分かれてるのに一体感がある。
涙が出そうだった。
これは、“調和”だ。
味の濁りがない。素材同士が、喧嘩していない。
何より、“時間が計算されている”。
冷えすぎず、ぬるすぎず、パンがベチャつかない。
「……私……いま……文明を噛んでるんだ……」
***
【次に、あらびきソーセージパン】
かつて“海鮮丼の幽霊”を食べた舌が、
このソーセージの**“明確な肉感”**に、涙した。
パリッとまではいかない。でも、
しっかり、**「これはソーセージです」**という主張がある。
パンは甘め。ケチャップは控えめ。
その全体のバランスが、
**“誰かが味を計算した痕跡”**として、舌に沁み渡る。
「……これが……商品開発……人間の叡智……」
くれはがいたら、笑われただろう。
でもいないから、私は泣ける。
このパン、泣ける。
***
【ポテトサラダ】
旅先の鍋。
白い球体。
破裂した味噌。
ヌメった昆布。
全部忘れさせてくれたのがポテサラだった。
ちゃんと冷たい。
ちゃんと固形。
じゃがいもが、崩れてないのに柔らかい。
にんじんが入ってる。塩味が均一。ああ、人の手が入ってる。
「この味、見たことある……違う……思い出せない……あっ、母の……違う、セブンの味!!」
旅のあいだ、私は“何か”を探していた。
だけど本当に欲しかったものは――
ここにあったのかもしれない。
“ちゃんと冷えたコンビニ惣菜”。
それだけのことが、
今の私にとって、世界一のごちそうだった。
***
【静かな夜】
部屋の蛍光灯の下、食べ終えたパッケージを整えて、
私は深く息を吐いた。
満腹感。
安心感。
そして、達成感。
旅先で出会ったすべての“絶飯”は、
今日のこの感動のために、必要だった気がする。
「……ありがとう、絶飯」
そして私は、最後の一口――
ちぎれたサンドイッチの端をゆっくりと口に運びながら、こう思った。
“まずい”の先に、“本当のうまさ”があったんだ。