絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
当時のわたしは、ごく普通の女子高生だった。
放課後、友達とカフェに行き、インスタに載せるスイーツを撮って、帰り道では可愛い雑貨屋に寄り道する――
その日も、そんな何でもない日だった。いや、“だったはず”だった。
「ごめん、やっぱ無理そう〜! 夕飯一緒に行けなくなった!」
駅前のロータリーで、友達からそうメッセージが届いたのは、17時半。
わたしはそのまま、帰るには微妙な時間と空腹を抱えて、なんとなく駅ビルの裏道を歩いた。
すると、見つけたのがその店だった。
> 『洋食の店 フォルマリオン』
外観はこぢんまりしていて、白い壁に青いドア。花の鉢植えもあり、遠目には可愛らしい北欧風のカフェのように見えた。
「……ここ、アリかも?」
初見の一人ご飯なんて少し大人な感じがして、わたしは何の警戒もなくドアを開けた。
***
【異空間】
開けた瞬間、ぬるい空気と古いカーテンのカビ臭が鼻を突いた。
照明は暗く、オレンジ色の裸電球がチカチカと不規則に瞬いている。
内装は外観の可愛さとは真逆で、昭和のスナックを居抜きで使ったような作り。
壁には謎の洋画ポスター(なぜか全部アメリカ版ホラー映画)がセロハンテープで貼られ、BGMはノイズ混じりのジャズが途切れ途切れに流れていた。
カウンターにいた店主が、こちらを見てニヤリと笑った。
「いらっしゃい……ひとり?」
この時点で帰ればよかったのに、わたしはなぜか席についてしまった。
“おしゃれな穴場カフェ”に入ったと思っていたからだ。
そして、最悪の選択をした。
「……おすすめってありますか?」
店主は、カウンターの裏に手を伸ばし、1枚の紙を持ってきた。
> 今日のおすすめ
・チーズミートグラタンセット ¥950
・オムレツ・デミソース ¥800
・フォルマリオンスペシャル(時価)
「じゃあ……チーズミートグラタンで」
わたしはそう言ってしまった。
***
【料理到着】
約15分後、料理が運ばれてきた。
まず、匂い。なぜか“酸っぱい”。グラタンのはずなのに、ツンとした香りが鼻を突く。
そしてビジュアル。皿の上のグラタンは、チーズが焦げすぎて“黒光り”し、特に縁の部分でガチガチに固まっていた。
中央には、“赤黒いミートソース”がかかっているが、ソースというより“煤”だった。
スプーンを入れると、「グチュ……」という音と共に、黒の山から粘土のようなマカロニが出てきた。
そして、一口。
………………。
言葉が出なかった。
おかしい。
まず、熱くない。ぬるい。チーズが口の中で伸びる前に固まる。
ミートソースの味は、“ケチャップとソースと赤ワインを失敗して丸焦げにして混ぜた”ような、未知なる甘さ。
それより何より――マカロニが、ぐずぐずなのに芯はしっかり硬い。どういうこと?
噛むたびに、イカとイカの骨が混ざったような感触が舌を襲ってくる。
「なにこれ……」
完食は、無理だった。
けれど、なぜか目が離せなかった。
目の前の皿。器の底にこびりついた焦げ。沈殿した脂。固まったチーズ。
それが、わたしに語りかけてきた気がした。
――“どう? まだ、この世界を知らないでいるの?”
わたしは、その日、家に帰って日記を書いた。
> 【2022年7月21日】
『フォルマリオン』という店で、世界最悪のグラタンを食べた。
気分は最悪だった。でも――なぜか、また行きたい気がした。
わたしの中の何かが、“もっと知りたい”と叫んでる。
その日からだ。
わたしの“絶飯”探求の旅は、始まった。