絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
――「ねぇ、今日ちょっと行ってみたい店があるんだ」
その日のくれはは、いつもと少し違った。
放課後。駅前のいつものカフェじゃなくて、「こっちの方が穴場で静かだよ」と、珍しくルートを外れた。
住宅街の坂道を下った先にある、小さな商店街。
くれはが目を輝かせて指さしたのは――“定食屋 風月”という、どこか古びた小さな店だった。
「……うん? なんかちょっと、年季入ってない?」
「レトロで良くない? こういうとこ、意外と美味しいの見つかったりするんだよ」
にこっと笑うくれは。
その笑顔に釣られて、わたし――片瀬 葵(かたせ あおい)は、ほんの少しだけ不安を抱えながらも、扉を開けた。
***
【店内】
中は……うん。まあ、想像通りだった。
木のテーブルは使い込まれすぎてテカテカ、イスは全部形が違うし、壁には謎のカレンダー(2018年のまま)がかかってる。
「……味、ちゃんとしてるよね?」
「大丈夫大丈夫、見た目で判断するのってもったいないよ」
さらっと言ってるけど、くれはは微妙に口元が笑ってる。なんか、悪い顔してる。
でもこの時の私は、まさか自分が“人柱”にされているとは思ってなかった。
カウンターの奥から出てきた店主は、無言でメニューをテーブルに置いた。
> ・唐揚げ定食 ¥780
・カレーライス ¥680(※辛口注意)
・日替わり定食 ¥時価
「唐揚げがおすすめなんだって。ここ来るの、今日が初めてなんだけど」
「そうなんだ」
そう言って、私は唐揚げ定食を注文した。
運ばれてくるまでの10分間、くれはは黙ってスマホのメモを見ていた。
ふと覗き込むと、“風月 評判 最悪 唐揚げ”って検索履歴が……。
「くれは、今、何検索してた?」
「え? んー? いや、なんでもないよ」
完全に怪しい。でも、もう後戻りはできなかった。
***
【料理到着】
「お待たせしましたァ」
置かれた唐揚げ定食を見て、私は一瞬、声を失った。
唐揚げが、真っ黒だった。
“こんがり”とか“カリッと”とか、そういうレベルじゃない。
黒光りしてる。光を吸ってる。これはもう“炭”だった。
「……え? えっ? 焦げてるよねこれ?」
「うん、でもそれが味になることもあるんだよ。ビターな香ばしさ、的な?」
「ないないないない!! これ“焦げ”じゃなくて“遺物”だよ!!」
「いいから、食べてみなよ。感想聞かせて」
完全に実験材料扱いされてる。
でも唐揚げは、思ったより香りが……いや、しない。
油のにおいはあるけど、肉の匂いがしない。なんか鉄っぽい。
おそるおそる、箸で一個つまむ。硬い。ガリッという音がした。
え、揚げすぎ? というか、“揚げ直し”しすぎ?
口に運ぶ。
…………。
……………あのね、味が、ないの。
びっくりするくらい味がしないの。
衣はザクじゃなくてゴリ。歯が負けそうな硬さ。中の鶏肉は、冷たい。え? 生焼け? 違う、冷凍が戻ってない。
でも、口の中で時間差で広がる……何か。
古い油のにおい? 昨日の夜、キッチンに放置されたフライパンみたいなにおい?
「くれはぁ……ッ!!」
涙目でくれはを睨むと、彼女はにこにこしてた。目が笑ってない。
「ね? すごいでしょ? 一度食べたら、忘れられない味」
「いや、忘れたいの!! 今すぐ記憶から削除したいの!!」
「でも完食できたら、ちょっと誇らしくならない?」
「ならない!! 自慢にならない!!」
思わずライスに逃げたけど、ご飯が保温しすぎでカピカピのネチャネチャという二重構造。
味噌汁は塩分ゼロ。豆腐が浮いてるけど、明らかに“長居”しすぎたやつ。
サラダのキャベツは茶色い。ドレッシングが“酢とマヨネーズ”という謎ブレンドで、酸っぱすぎて目が覚めた。
***
【帰り道】
胃が重い。足取りも重い。
「ねぇ……くれはって、もしかして……変な店、わざと連れてった?」
「うん。やっぱバレた?」
「……は?」
「だって、誰かとこの味を共有したかったんだもん。“絶飯”って、ひとりじゃ味わいきれないでしょ?」
「“絶飯”? なにそのジャンル、やだ……こわい……」
「大丈夫。葵ちゃん、今日一歩踏み出したよ。“こっち側”に」
「やだ!! 帰る!! マック行く!! 口直し!!」
くれはは笑っていた。無邪気な顔で、悪魔みたいに。
たぶん、彼女は――もう、普通のご飯じゃ満足できない人間になっていたんだ。
でもわたしは、まだ信じてる。
あの唐揚げは、“事故”だったんだって。きっと、本当は美味しい日もあるんだって。
……信じたい。
でも――
口の中に、まだあの焦げの味が残ってる。