絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める   作:

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第3軒:ラーメン 無銘(むめい)

 

 

【葵視点】

 

「……ほんとに、今回は普通のお店なんだよね?」

 

「うん。ちゃんとラーメンって書いてあるし、レビューも“印象深い”って書いてあるし」

 

「“美味しい”とは書いてないんだ……」

 

くれはに連れられてやってきたのは、繁華街の裏手。

そこだけ時間が止まったように静かな通り。看板はなく、黒い暖簾にうっすら“無銘”と白筆で書かれているだけ。

 

「“無銘”って何……無名の仲間?」

 

「違う。“名前すら要らない味”ってことだよ。たぶん」

 

「いや、怖い怖い怖い」

 

でも、気づけば足が動いていた。

くれはがそういう時にだけ見せる、狂気混じりの好奇心に、私はなぜか逆らえない。

 

カラン、と鈴の音が鳴る。

 

***

 

【店内】

 

中は――ラーメン屋にしては異様な静けさ。

 

BGMなし。話し声なし。厨房も、ほぼ無音。

 

木のカウンターに灰色の壁。壁紙なし。ポスターなし。ラーメンの写真すら貼っていない。

券売機すらなく、注文は口頭らしい。

 

「いらっしゃい」

 

店主は、無地のTシャツにバンダナ。

無表情でメニューを出してきた。

 

> 無銘ラーメン ¥800

無銘ラーメン(白) ¥850

無銘ラーメン(黒) ¥900

ごはん ¥100

 

 

 

「ふつうの、にする……」

 

「店員さーん! ふたりとも“黒”で」

 

「ちょっと待って、絶対“黒”が地雷じゃん!?」

 

「黒を選ぶ人間になりたいって、言ってたじゃん前に」

 

「言ってない! 一度も言ってない!」

 

なんとか注文を取り消すことに成功した。しかし未だ危機を脱した訳では無い。

私は震える手で、水を飲んだ。水はぬるかった。

 

***

 

【ラーメン登場】

 

「……来た……」

 

店主が置いたその一杯――

スープが“透明”だった。いや、正確には“白濁でもなく、茶でもなく、色がない”。

そして湯気が、ない。完全に常温。

 

くれはの“黒”に至っては、スープの表面に黒い脂が円を描いて浮き、麺がほとんど見えない。

焦げの匂い、ではなく、“プラスチックの焼けたようなにおい”がうっすら立ち上っていた。

 

「え……ちょ……あの、あのさ」

 

「大丈夫。見た目で判断するのはもったいないよ」

 

「前もそれ言ってたよね!? で、あの焦げ鳥が……!」

 

「信じて」

 

「信じる材料ゼロだよ!!」

 

でも私は、やっぱり箸を持った。

なぜかというと――

くれはが、めちゃくちゃうれしそうに麺をすすってたから。

 

***

 

【実食】

 

一口、麺をすする。

 

ぬるい。まず温度がぬるい。

 

麺は固い。けど、コシじゃない。冷蔵庫で一晩放置された麺を、そのまま戻したような硬さ。

 

スープをひと口。

 

…………味が、しない。

 

いや、わずかに何かある。

何だろう……水にごま油を数滴落としたような……でも後味に“石鹸”みたいな苦味がある。

 

「くれはぁ……」

 

「いい感じだね」

 

「いい感じじゃないよ!? このラーメン、完全に気を失ってるよ!?」

 

くれはは“黒”を真剣な顔で食べている。

 

「こっちは……うん、表面の脂の厚みが2ミリある。レンゲが沈まない」

 

「沈んでよ! それスープじゃないよ!」

 

他の客(会社員らしき男性)が、途中で箸を置いてボソッと言った。

 

「無理だ……これ、ラーメンじゃねぇ……俺が知ってる何かじゃねぇ……」

 

もう一人の女子学生も、眉間にしわを寄せていた。

 

「なんか……食べてるっていうより、試されてる感じ」

 

「わかる!!」と思わず叫びかけたけど、隣を見ると――

 

くれはが、完食していた。

 

「ごちそうさまでした。……今回、塩分がほぼゼロなのが逆に良かった」

 

「……マジで食べきったの?」

 

「うん。たぶん、今日のは“未完成の完成”だと思う」

 

「どういう哲学!?」

 

店内の全員が、くれはの空になった器を見つめていた。

 

「……この店、ファンいないと思ってたけど……すげぇの来たな……」

 

「女の子で、あれ完食って……なんなの……?」

 

店主が一言、ぽつりとつぶやいた。

 

「……あんたみたいなやつ、久しぶりに見たよ」

 

くれははにっこりと笑った。

 

「“味の無さ”にも個性がある。今日、それが分かりました」

 

私は、黙って残ったスープを見た。

 

……正直、無味でありがたかった。

あの唐揚げのトラウマと比べたら、“何もない”は、少しだけ優しかった。

 

でも、私にはまだ、完食の勇気はなかった。

 

***

 

【帰り道】

 

「……くれは、ほんとにあれ全部食べたの?」

 

「うん。食べたよ。“無”を食べるって、意外と力いるんだよね」

 

「なにそれ……怖……」

 

「でも葵ちゃんも、途中まで食べてた。前よりすごいよ」

 

「やだ……それって“耐性”ついてきてるってこと……?」

 

くれはは、にやりと笑った。

 

「ようこそ。味の地獄の、その先へ」

 

私は、うつむきながら思った。

 

――今度こそ、絶対にマック行く。マックは裏切らない。

 

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