絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
【葵視点】
「……あのさ、トーストって、普通にパン焼くだけじゃん?」
「うん。でも、それを“焼くだけなのにここまでおかしくなるのか”って思わせる店があるの」
「もうやだ……帰りたい……」
今日、くれはが連れてきたのは、駅から徒歩15分、郊外の住宅街を抜けた先にある古びた一軒家。
看板には手書きで**『Toast Parlor クラッシュ』と書かれているが、“Parlor”のスペルが間違っていて“Perlor”になっていた。**
「名前からしてもう不穏だよ!? “クラッシュ”ってどういう意味!? 食感!? サービス!? それとも心!?」
「全部、じゃない?」
くれはの返答に、涙が出そうだった。
***
【店内】
中に入ると、期待を裏切らない不気味さ。
天井のシーリングファンは機能的に回っていないのに音だけうるさく、「ガラ……ガラ……」と壊れた滑車のように響いている。
「やばい匂いしかしない……」
「私は、“希望の匂い”がすると思う」
「絶対それ、焦げ臭だよ」
メニューを開くと、衝撃が走った。
> ◆看板メニュー◆
・クラッシュトースト・ハニー風味(¥820)
・クルトンより硬いベーコンチーズトースト(¥900)
・“焼かない”トースト・冷製スタイル(¥780)
・コーヒー(ぬるめ)¥350
「“ハニー風味”って何!? “風味”!? ハチミツじゃないの!?」
「とりあえず、私はこれ」
くれはは“クラッシュトースト・ハニー風味”を選んだ。
私も渋々それに合わせる形で、“冷製トースト”を選択。名前からしてやばかったけど、もう逆らう気力がなかった。
***
【料理到着】
くれはの前に置かれたのは、黒いトースト。ガチで黒い。焦げ茶じゃない。炭。
ハチミツらしきものは一滴もかかっていない。
代わりに、乾燥してひび割れた表面に、白い粉(たぶん砂糖?)がまばらに振りかけられていた。
私の前に来た“冷製トースト”は、見た目はただの食パン――だが、冷たい。冷蔵庫から出してすぐ。しかも中央が凹んでいて、そこにレタスが直置き。
「……これ、何?」
「“焼いてないからトーストではない”という突っ込みすら許されない存在」
「ホントだよ!トースト名乗るのやめてほしい!!」
くれはは嬉しそうに炭パンを一口かじった。
ガリッ――ッッッ!!!
……歯が、割れるかと思うほどの音が響いた。
「……ああ……これよ……この“焼きすぎて焼きじゃない”感覚……」
「何その狂気の分析!? 歯ごたえ通り越して“石”じゃん!」
「甘味、ゼロ。風味、スス。なのに、香ばしいふりだけはしてくる。この矛盾……最高」
一方の私は、冷たいパンに手が震えた。
口に入れると……パンが冷たい上に、ゴムみたいに弾力がある。
レタスは鮮度が無いのか苦く、マヨネーズが“酸っぱいだけ”という裏切り。
「これ、冷製っていうか……“冷たくなっちゃった”だよね?」
「違うよ、“冷やしてる”んだよ。意志のある冷たさ。罪のある選択」
「やだもうなんかカルトみたいなこと言ってる!!」
周囲の客の様子も見た。
老夫婦が半分でギブアップして帰ろうとしている。
カウンター席のOLらしき人は、明らかにパンを前にしてメンタルを崩していた。
「食パンて……優しいはずだったのに……」
そんな中、くれはは完食していた。
しかも、皿に残ったパンくずまで指で集めていた。
「ごちそうさまでした。……“粉になるほど焼かれたトースト”、美しかったです」
店主が奥から出てきた。
年配の女性。無言。
だが、くれはの皿を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。
そして一言だけ呟いた。
「……全部食べたの、あんたが初めてかもしれんね」
くれはは笑った。
「“クラッシュ”、確かに受け取りました」
私は、パンを半分残した。
だけど、前よりは食べられた。
くれはに、少しだけ近づいた気がした。
でも――
「……次は、ちゃんと焼いてる店、行こ?」
「うん。次は、“蒸す系”」
「違うってば!!」