絶飯巡礼 ― JKが『日本一飯のマズイ店』を追い求める 作:隼
――「くれは、たまには“ふつうのご飯”食べようよ」
【葵視点】
もう慣れた。慣れたくなかったけど、慣れてしまった。
駅から10分、住宅街の奥にある古びた居酒屋『ふじなみ』。
のれんの文字が薄れすぎて「ふ し な み」になってるのはもう気にしない。
問題は、ここが「昼だけやってる居酒屋で定食が“致命的”」という情報をくれはがどこからか仕入れてきたことだった。
「昼だけ営業の居酒屋って、妙に侘しさがあるでしょ?」
「それ絶飯ポイントじゃないから……」
でも今日は少し気分が違った。
なぜなら――一緒に来たのが“くれはだけじゃなかった”から。
「ここの店、昔よく親父と来ててさ。最近やってるって聞いて、ちょっと懐かしくて」
その声の主は、西條 照真(さいじょう・てるま)くん。
同じ高校の男子で、真面目で優しくて、どこか落ち着いていて――
正直、ちょっと、ずっと、気になっていた。
今日、偶然くれはが彼を誘ったのだという。
**「胃が強そうだから連れてきた」**という動機に殺意が湧いたけど、断る理由がなかった。
***
【店内】
中は予想通りの昭和風。
床がキシキシ鳴り、壁には黄ばんだメニュー短冊。メニューは全て「本日限定」なのに全く日替わってない。
「……けっこう味ある店だね。好きかも、こういう雰囲気」
「西條くん……すごいね。心、強いんだね……」
「え? どういう意味?」
「なんでもないです」
カウンターの奥には店主らしきおじいちゃん。
無言でメニューを渡してくる手が震えていて、ちょっと怖い。
おすすめ定食:天ぷらと煮物のセット ¥950
「私、これにする。くれはは?」
「うん、同じでいいや。天ぷらの衣に“過去の味”が染みてそうで」
「過去、要らない……今が大事……」
「葵ちゃん、今日はなんか詩的だね?」
「心の声が漏れてるだけだよ!」
照真くんも同じセットを頼んだ。
「いやー、居酒屋の天ぷら、絶対うまいっしょ!」
その笑顔を見て、思った。
この人は……まだ知らない。ここが“絶飯の地”だということを。
***
【料理到着】
出てきた定食は――一見、普通だった。
だがそれは、“絶飯”の常套手段。
■ 天ぷら
・衣が油で透明化し、湿気てベタつき、かつ厚みが異様
・一つめのかぼちゃを箸でつまむと、ズッ……と衣が剥がれて中身なし。
「え、これ“かぼちゃの亡霊”……?」
■ 煮物
・煮崩れしすぎて原形不明
・だがなぜか、芯が残っていて硬い。“柔らかい”と“石”が共存している
・味は……甘い。とにかく甘い。
「これ、煮物というより“砂糖煮”。おばあちゃん家でもここまで甘くないよ……」
■ ごはん
・部分的に茶色
・水分飛びすぎて、米が“羽根つき餃子の端っこ”みたいにパリパリ
■ 味噌汁
・味なし
・なぜか中に大根の切れ端と福神漬けが浮かんでる。なぜ……?
「これ、何を信じればいいの……?」
「食欲……?」
「それは死んだ……」
照真くんは、一口目で止まっていた。
「……あれ? これって……もしかしてヤバい系の店……?」
「ようこそ。ようこそ、絶飯の世界へ」
「え、何? 何でくれはちゃんが嬉しそうなの?」
「だって、仲間が増えたから」
「ちょっと待って、僕、選んでないから!? 自由意志だったからね!?」
そのやりとりを見ながら、私は思った。
――それでも、こんな時間が、嫌じゃない。
絶飯は、確かに不味い。胃が悲鳴を上げる。
でも、そんな中でも誰かと笑える瞬間があって。
照真くんが眉をひそめながらも、「いや、これはこれで話のネタに……」と笑った顔を、私はたぶん、忘れない。
くれはが完食して満足げに言った。
「今日の天ぷら、何層にも衣が重なってて、歯ごたえが“大地”だったね」
「それって褒めてるの!?」
「自然への敬意だよ」
照真くんが言った。
「でも……面白かった。こういうの、たまにはいいかも」
「え!? マジで!? じゃあまた来ようよ、今度“無銘”ってラーメン屋が――」
「いやそれはちょっと……胃薬持参で……」
私はそっと笑った。
そして、心の中で誓った。
次は私から誘おう。絶飯じゃない場所で。ちゃんとした場所で。