負けヒロインのよもやま裏話 作:名無しのツブワキ生
「はい。はい。それではお願いします。
夜分遅くにすみませんでした」
スマホの通話を切る。これで後戻りはできない。
立候補期日の、それも夜に先生の携帯電話にかけて伝えるなんてギリギリどころかほぼアウトの滑り込み立候補。笑って受理してくれた先生に感謝すると共に受理
バッサリと断られてしまえば諦める口実くらいにはなったろう。
なにしろこれから僕は、
正面からマトモに挑んだ場合、甘く見て4対6、あるいは3対7ほどの得票で負けるだろう。彼女と僕の戦力差はそれほど大きい。
常に生徒会の
つまり僕を選ぶのは個人的な知り合いと馬剃ちゃんに反発する勢力、あとは新しい物を選びたがるミーハー勢くらい。あまりの戦力差に泣きたくなる。
ましてや選挙の練習の側面がある生徒会選挙では細々とした公約より生徒たちを巻き込む勢いと全てを飲み込む熱量こそが武器になる。ひば
さらに悪いことに馬剃ちゃんは
トラブル慣れした温水くんと組むならば馬剃ちゃんのアドリブ力の低さもカバーされてしまうだろう。ただでさえ強大な相手の弱点が消える。このコンビびっくりするくらい隙がない。
こちらの優位点は騙し討ちのような立候補によってまだ僕の立候補が馬剃ちゃんに伝わっていないであろうこととこれから僕の推薦人を決められるということくらいか。
馬剃ちゃんに男子の推薦人を要求されたように僕にも女子の推薦人を要求された。頼めば推薦人になってくれる知り合いはいるけれど、それで馬剃ちゃんと温水くんのコンビに勝てるかと言われると弱い。
要求されるのは馬剃ちゃんに負けないくらいに熱量のある演説ができて
そんな人材に心当たりは……ありはするけど温水くんへの直接攻撃になりそうで気が引ける。でもなりふり構っていられない戦力差なので卑怯者と呼ばれる覚悟で連絡を取る。後で一発殴られても文句は言えないけど仕方ない。
【選挙の推薦人? うんいいよ】
断わられることも視野に入れた打診はアッサリと了承された。えっ、いいの
【別にケンカするわけでもないよね。あと、そろそろ温水くんが私の凄さを忘れた頃だろうからやなちゃんのありがたさを教えてあげとこうかと】
向こうにも向こうの都合があるらしい。そのまま電話で今後の日程を伝える。
【あ、そういえば演説もあるんだっけ。ああいうかしこまった場所でキチッとしようとすると緊張するんだよね〜】
「その演説だけどひとつ提案があるんだ」
おそらくは馬剃ちゃん陣営はこれまでの実績をアピールする堅実な演説でまとめてくる。それだけでこちらは勝てないからだ。
だからこそ僕の演説に馬剃ちゃんのアピールポイントを被らせてほんの少し足並みを崩させる。うまくいけば直前の原稿差し替えによって勢いを削ることができるかもしれない。
だけどこの手は僕自身の演説を自分のアピール以外に使うという諸刃の剣だ。少し冷静になってしまえば演説内容が僕のアピールに繋がっていないことがわかってしまう。
だからこそ八奈見さんには僕の応援演説なんて枠に囚われない、自分の熱い想いを思いっきりぶつけてほしい。
『なんかよくわからないけど凄い演説だった』とでも思ってもらえればこちらにも勝ち目が見えてくる。はずだ。
【よくわかんないけど、要は
先行である僕と八奈見さんの演説が終わり、後行の馬剃ちゃん陣営の推薦人の温水くんが応援演説を始める。八奈見さんの応援演説は意味はよくわからなくとも問答無用の説得力のある、まさに僕の求めた演説だった。
さて、僕の小細工に対して温水くんの取れる手は2つある。少々内容が被ろうと関係ないと元々の原稿のまま強行突破する手とアドリブで応援演説を乗り切る手だ。どちらでも本来の応援演説ほどの効果は見込めないだろうから温水くんが応援演説で稼いだ時間で馬剃ちゃんがどれだけ自分の原稿を修正できるかが鍵になる。
そんなことを考えていたら温水くんは馬剃ちゃんとの馴れ初めから演説を始め、彼女自慢の如き
そっと馬剃ちゃんへ視線を向けると茹でダコよりも赤くなった馬剃ちゃんの姿。夢子さんとの絡みですら見せたことのない色に突入しようとしている。僕たちは何を聞かされているんだろう。
しかしこれは紛れもなく応援演説だ。『これこれこういう人なので投票お願いします』という生徒たちへ向けた物ではなく『俺がついてるから思いっきり玉砕しておいで』という
そしてその熱は馬剃ちゃんだけではなく変温動物系生徒会役員にも伝播する。
「選手……交代……」
ブツンと照明が切れ、温水くんが立っていたはずの演説台にいつの間にか夢子さんが立っている。本来そこに立っていたはずの温水くんは舞台袖で慌てているけど夢子さんが起こす現象としてはおとなしいほうなので慣れてほしい。
そのまま夢子さんが応援演説を始める。なるべく中立に、けれど本人の立ち位置は馬剃ちゃんを推している。僕が墓まで持っていくつもりだったエピソードまで話して僕と馬剃ちゃんの両方の株が上がるように丁寧に懸命に。
「少し……先輩たちを寂しくさせたかもしれませんね」
「自分の力でって離れてたのは僕たちだからね。後でふたりで謝ろうか。もちろんひば姉にも」
夢子さんによる乱入応援演説が終わり、夢子さんは現れた時とは違い歩いて舞台袖に引っ込む。あ、ひば姉が軽くチョップした。
とうとう生徒会選挙の大トリ
ああ、これは勝てないな。
そう実感してしまうほどの熱い女が八奈見さんすら上回る熱量の演説を叩きつけた。
ところで馬剃ちゃんが普段の方向性と真逆なミニスカート姿なのはツッコミを入れていいんだろうか。選挙戦に乗じて変なこと吹き込んだのかな温水くん。
「良い生徒会選挙だった。……ひとつのことを除けばだが」
ジロリと睨むひば姉を夢子さんは悪びれもせず流す。
「ふり返れば
えっ俺が? とでも言いたげな温水くんの姿。そういうところだね温水くん。
「とはいえ今回は私もひとつ悔いを残したな。
私だけ
生徒会長の顔ではなくひとりの少女として拗ねる。夢子さんが動いた以上ひば姉がブレーキ役にならなければ選挙は目茶苦茶になる。それをわかってて夢子さんが動くのだから仲が良いというか気心を知れてるというか。
「……ひばり……早いもの勝ち……」
「むぅ」
「ふたりの良いところ……3分に……おさめられる……?」
「エピソードを絞っていけばなんとか…………いやあのエピソードは盛り込みたいしあの話は外せない……」
温水くんが遠い目をしだし八奈見さんがお腹を押さえた事に気付いたひば姉が締めの挨拶をして解散する。
「桜井くん。ひとつ相談があります」
馬剃ちゃん――
「どうしたの馬剃ちゃん」
次期生徒会への勧誘ならば断るつもりで返答する。
「実は――私は温水さんへ告白します」
「…………へ?」
告白。
一般的には恋人になるための手順というか馬剃ちゃんの場合罪の告白とかもありえるか?
完全に想定外の話が出てきて頭が混乱する。いや馬剃ちゃんが温水くんのことを意識してるのは知ってるけども。
「ふふふ。少しお返しできました」
イタズラっぽく馬剃ちゃんが笑う。生徒会選挙で驚かせた仕返しだろうか。
「告白するのは本当ですよ。今じゃなくて今期生徒会が解散した後、体育祭の直後になるでしょうか」
「えーと、がんばってね?」
「はい。頑張ります」
僕にそんなことを打ち明けるのがよくわからない。仲は良いと思うけれど恋愛相談をする仲ではない。そもそも僕に相談して力になれるとも思えない。
「成功させるつもりで告白しますけど、失敗もありえます。そしてどちらの結果でもしばらくのあいだ私はポンコツになるでしょう。
私は自分が恋人ができて浮かれたり失恋で落ち込んだりしないと言えるほど強くないのはよく知ってます」
「まぁ、そうだろうね」
期の始まりと共にポンコツになる宣言をする生徒会長。大丈夫だろうか。
「なのでそれを監視してくれる人を生徒会にスカウトしようと思います。
同じ
……………………。
その言葉はズルいな。ふぅとため息をつく。
「
「好きになった人が
なるほど温水くんのせいか。
馬剃ちゃんは
放虎原ひばりの名を出されると桜井弘人は弱い。馬剃ちゃんの説得も本心からのものとわかる。これが打算によるものならすぐに断れたものを。
軽く両手を上げて降参する。
せめて他の役員は
天愛星さんも温水くんも親しいぶん桜井弘人のことを持ち上げまくってたけど冷静に考えると桜井くんからするとわりと無理ゲーだよねという話。正面から挑んで勝てるならあんな奇策に出ないし恨まれかねない推薦人の人選もしないよね。
新聞部のアンケート? 桜井くんの公約に『同好会制度の改革』があったから盛ったんじゃないかな。内容的にも明らかに馬剃温水陣営を敵視してたし。