隣に住んでるウェアウルフは距離感がバグっている 作:エヴォルヴ
「ぐえっ……!?」
休日のある日、何かに激突して、
そのまま気絶したくなるような思いに駆られるが、どうにか耐えてそのもの────少女をはっきりと見据えた。ぶつかったのは
亜人。人間の体に動物や植物の特徴を宿す種族の総称である。遥か昔から人類と共に歩んできた彼らの一人である美歌は、狼の特徴を宿す、いわゆる狼人間、ウェアウルフだ。
そんな彼女の容姿はというと────ありきたりな言葉で表現するならとても整っている。
腰まで伸びた淡い銀色の髪、満月のような黄金の輝きを放つ瞳に、透き通るような白い肌。小さく形のいい瑞々しい唇、百六十九センチほどの背丈。
ウェアウルフの特徴として、耳は犬や狼のようなもので、リスの尻尾なのではないかと思う程の毛量があるフワフワの尻尾が揺れている。
そんな彼女の噂は、あまり情報収集が得意ではない碧の耳にも入ってきている。それ程の有名人だ。そのほとんどが肯定的な噂であり、悪い噂はてんで聞かない。文武両道、天真爛漫。授業の体育では常にエース級の活躍を見せ、勉強においては定期試験などでいつも上位五位以内に必ずいるくらいには、勉強もできる。
欠点を見出すことが難しく、容姿端麗、文武両道で誰にでも明るく接しているフレンドリーな美少女……なるほど、男女問わず人気が出るだけではなく、モテるのも頷ける。
そんな少女は、碧が兄と共に住んでいるマンションの隣の部屋に住んでいる。碧はそれを今の今まで知らなかったが、今日それを知った。
知ったが、興味のあること以外数日経てば忘れている残念な記憶力をしている少年は、数日後には彼女がどこに住んでいるのかなど忘れてしまっているだろう。名前に蛇と付いているのに頭脳は鳥類、爬虫類よりも残念な男、それが蛇ノ目碧という男である。
この状況を通っている高校の男子に問い詰められようとも、首をかしげながら否定を繰り返すだけだ。
「あの、大丈夫?」
「え? ああ、うん。大丈夫、です」
「何で敬語? 同級生だよね?」
「いや、接点のない人と話すなら敬語が普通では?」
不思議そうに首をかしげた美歌に対して、碧は間髪入れずに反論した。
「そうなの? 私は君のこと知ってるから敬語いらないよ?」
しかし美歌もすぐさま反論。学校で話題の美少女に覚えられているということに、普通の男子であれば浮足立つのだろうが、碧は全くそんな素振りを見せない。そもそもそういった色恋沙汰に興味を持っていないことが原因だ。色恋に現を抜かしている時間があるのなら、ゲームのトロフィーを全て獲得することに現を抜かしていたい────碧はそういう男であった。
「ところで、どこか買い物?」
「コンビニにエナドリ買いに」
「あれ美味しいの? 私飲んだこと無いんだよね」
なぜついてくる。
そう言いたいのをぐっと堪えて、梅雨の曇り空の下コンビニに向かって歩き出す。
自分の勘違いでなければ、美歌は部屋に戻るためにこちらに向かってきていたはずだ。それに気付かずに激突したのだから、間違いではないはず。だというのにどうして自分についてきているんだろう、この人は。
そんな疑問を抱きながら、碧は目当てのコンビニで目当てのエナジードリンクを数本購入する。お気に入りのメーカーのお気に入りのフレーバーのエナジードリンクを購入した碧は少しだけ上機嫌に笑みを浮かべて一雨来そうな帰り道────と言っても歩いて五分もしないが────を歩く。
もちろん、同じマンションに住んでいる美歌もついてくる。同じように購入したエナジードリンクをちびちび口にしながら。
「うーん? 何か不思議な味?」
「寝れなくなっても知りませんよ」
「だから敬語いらないよー。寝れなくなるって?」
「…………カフェイン結構入ってるから、それ」
「へ? ……あ、ほんとだ。コーヒーより入ってる」
この狼少女は何をしたいのだろう。エナジードリンクをちびちび飲んでは首をかしげ、ただ気に入らない味ではないのかピコピコと耳を動かしている。
帰り道が同じだから当然ではあるのだが、どうして自分についてきたのだろうか。エナジードリンクを購入した時も、美歌が先に購入したのだからさっさと帰ればいいのに、コンビニの外で待っていた。
何が目的なのかさっぱり分からない彼女の行動が、碧にとっては不可解で、不気味に感じていた。興味のないことはすぐに忘れる人間ではあるが、ここまで不可解な行動を取られれば興味や疑問が浮かぶ。ただ、それを聞くことはなく、何か会話をするでもなく、二人は絶妙な距離感を保ちながら、マンションに向かって歩いていく。
これを学校の誰かに見られたらと思うと、普通の人間であれば学校で各方面から追及されたり、嫉妬されたりと肩身を狭くするか、自慢するかだろうが……前述の通り、碧は花より団子ならぬ、花よりゲームな男であるため、何を言われようがゲームの攻略や両親及び兄との約束である勉強に頭を使い続ける。色々と残念な男であった。
「たくさん買ったみたいだけど……そんなに飲むの?」
このまま会話せずに部屋に帰ることができればいいなと思っていた矢先、美歌が碧に声をかけてきた。
「毎日は飲まないよ。兄さんたちに怒られたし。ゲームで徹夜する時のためのストック」
「お兄さんいるんだ。いいなぁ、私一人っ子なんだよね」
ゲームをするため、とでも言っておけばよかったのに、下手に言葉を追加して会話の手札を増やしてしまったことを後悔する。兄についての話題が終わったら次はゲームについて話が展開していくであろうことは誰がどう見ても明白だった。
「お兄さんどんな人? やっぱり蛇ノ目君に似てる?」
「名前知ってたんだ」
「? 同級生の名前は全員覚えたよ?」
どんな記憶力をしているんだろう、この人。関わりが少ないはずの別クラスの同級生の名前も全部梅雨入り宣言が成されたこの六月中旬で覚えたというのか。
「で、お兄さんってどんな人?」
「……まぁ、優しい人だよ。大学の研究? が忙しくて最近はあんまり帰ってこないけど」
「大学生かー……大変そうだよねぇ」
エナジードリンクをちびちび飲みながら隣に並んできた美歌からの問いかけに答えながら、辿り着いたマンションのエレベーターに乗り込み、自分が住んでいる部屋に到着する。
「じゃ、俺はここで」
美歌が何かを言う前に鍵を開けて部屋に入り、エナジードリンクを小型冷蔵庫に放り込んでいく。
人気のある美少女と話をしたということに浮かれることも、優越感に浸るわけでもない。
そんなことを考える暇があるなら、今詰まっているボスをどう攻略するかに全神経を向けていたい。
このボスを突破して、まだ見ぬフィールドやアイテム、NPC、エネミー、ボスに会いに行きたい。
そして何度も周回を繰り返して、トロフィーのコンプリートを目指したい。
どこまで行っても蛇ノ目碧という少年は色恋沙汰よりもゲームが好きな少年であった。