隣に住んでるウェアウルフは距離感がバグっている   作:エヴォルヴ

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ストック消えたって話をしましょう。


気付けば距離感バグ仕様

 碧と美歌の不思議な縁が生まれてから一週間弱が経過したが、関係性は変わっていなかった。

 

 そもそもの話、碧と美歌は交友関係が異なるため、会うタイミングが少ない。友達が少ない碧と、友達が多い美歌。学校でもプライベートでも会う機会が少ないのだ。

 通学時間も全く違うため、会わないのである。

 

「で、沼らせた人ってのは誰だよ? 男? 女?」

 

「ところで新フレーバー飲んだ?」

 

「はぐらかし方下手くそか?」

 

 教室で、興味津々に問いかける恵に下手くそなはぐらかしで対応する碧。前髪のせいで目線が全く合っているように感じないが、碧はしっかり恵の目を見ている。

 

 ここ一週間、恵は碧に会う度に碧がどんな人をゲームの沼に沈めたのかと聞いていた。しかし碧は答える気もなく、下手くそな誤魔化し方で親友の尋問をのらりくらりと躱していた。

 

「そんなに隠すことかねぇ? ……いやまさか、お前にも春が来たか!?」

 

「違う」

 

「違うのかよ、つまんねぇの」

 

 お前も彼女作れよ、とぼやく恵をあしらいながら、頭の中をゲームの攻略で一杯にする碧。

 いつものゲーム攻略モードに移行したことを理解した恵は、碧がどうしても話そうとしないことを理解して苦笑する。

 

 何年も碧の親友をやっているのだから、彼がどれだけ追及しても答えないなら一度退いて、忘れた頃に聞いた方が答えてくれる可能性が高い。そもそもお互いに、何を聞いて何をはぐらかしていたのかを忘れてしまっていることも多々あるが。

 

「そういえば母さんがお前にまた常備菜持っていけって言ってたぜ」

 

「ん? ああ、うん。今度もらいに行く。材料費とかもその時に」

 

「いらんいらん! 母さんもお金が欲しくてやってるわけじゃねぇ────って、何か廊下がうるせぇな?」

 

 確かに、言われてみれば廊下の方が騒がしい。

 喧嘩か何かが起こっているのか、厄介ごとは御免だなど、様々なことを考えながら廊下を見ると、先輩と思われる虎の亜人らしき男子生徒が教室に入ろうとしていた美歌の通行を邪魔して何やら言い寄っている現場があった。

 

「ねぇ月宮さん、今日の放課後、ちょっと時間貰えないかな?」

 

「え、嫌です。私、用事あるので」

 

 ストレートな断わり方であった。かなり警戒しているだけではなく、通行の邪魔をされて不機嫌なのか耳が前方に傾いており、髪の毛や尻尾の毛も逆立っている。触れようとすれば間違いなく、亜人の膂力で殴り飛ばされるか、鋭い犬歯によって噛み千切られるだろう。

 

「用事があるなら、その用事に付き合うよ。どうかな?」

 

「必要ないです。退いてください」

 

 ギシギシと歯軋りもし始める美歌を見て、誰もが彼女の不機嫌振りを察する中、碧はふと、彼女のスカートのポケットからはみ出ている紙に目が行った。

 

「…………マックロドラゴン……?」

 

 マックロドラゴン。碧が美歌を沼に叩き落したゲームに登場する、夜限定出現のドラゴンの名前だ。ずんぐりとした大きなオオサンショウウオのような風貌で、のろまなイメージが付いて回っているが、早い。しかも攻撃モーションが多彩なので初見殺しが多いドラゴンである。

 

「どしたよ碧」

 

「いや、月宮のポケットの紙、マックロドラゴンって書いてる」

 

「おん? ……マックロドラゴンなー……いい思い出が無いぜ……」

 

 苦い記憶を思い出したのか、恵が表情を歪めた直後、美歌が凄まじい圧を放ちながら男子生徒を押し退け、教室に入ろうとし始めた。ここまで不機嫌な彼女を見るなど、誰もが初めてで困惑している中、押し退けられようとしている男子生徒が美歌の細腕を掴み────。

 

「連絡先だけでも交換しない────」

 

「邪魔」

 

 その一言だけ口にした美歌に振り払われる。彼もまた亜人だが、美歌の膂力には敵わなかったらしい。

 バチンッ! と強めに振り払われた男子生徒は、自分が完全に振られたことに今更気付いたのかトボトボと自身の教室に戻っていった。

 

「月宮さん今日結構不機嫌だよね……何かあったのかな?」

 

「そういう日なのかも……? そっとしておこうよ」

 

 女性特有の悩みなのかもしれない、と碧のクラスの女子生徒達が話している中、碧は恵と共に席に戻る。

 席に着いて先程の光景を見た恵が一言。

 

「ま、月宮さんも人間ってこったな」

 

「月宮は亜人だけど」

 

「そうじゃなくてな? 一人の女の子だってこと」

 

「? 何を当たり前のことを」

 

 美歌が一人の女の子じゃないとしたら、何だというのか。まさか化け物にでも見えているのかと言わんばかりの視線を恵に向ける碧。

 そんな彼を見て、恵は苦笑した。

 

「お前、結構人のこと見てるよなぁ」

 

「いきなりなんだよ」

 

「いや? そういう考え方ができるやつはモテるぜ、って話」

 

 はっはっは、と明らかに演じているような笑い声を上げる恵に首をかしげながら、碧は美歌のポケットに入っていたマックロドラゴンについて考えを巡らせる。

 考えに考えて、まさかそんなわけがないと口元を歪ませる中、恵がそういえばとスマホを取り出した。

 

「そういえば碧、この前水族館に行ってきたんだけどさ、あそこ、滅茶苦茶いいぜ」

 

「デートにってこと?」

 

「おう! 風花先輩も喜んでたよ」

 

 恵の彼女である遠間風花(とおま ふうか)という女性は、碧達の一つ上の先輩だ。

 ミステリアスな雰囲気を纏う、深窓の令嬢といった風貌の少女であり、美歌とは違った人気を誇る美少女である。

 

 そんな風花を彼女に持つ恵は毎日幸せそうで、この一週間に碧が恵に連れられて何度か顔を合わせた際は、凄まじいいちゃつきを見せつけられ、お互いに幸せオーラが全開になっていた。

 

 見ているだけで胸焼けを起こし、砂糖を吐きそうになるような甘い空間に放り込まれた碧だったが、親友が幸せならこちらとしても嬉しいと、恋人を持たない男子生徒達の殺気混じりの嫉妬の目を向けられる彼らを、純粋に祝福していた。

 

「でさ、ダブルカップル割りってのをやってたんだよな、あの水族館」

 

「通常のカップル割りはどこに消えた?」

 

「いや、普通のカップル割りもやってる。ダブルデートしてるカップル専用の割引だな」

 

「酔狂な割引だぁ……」

 

 カップルが二組、しかも四人仲良くなんてことは中々起こらないだろう。

 それよりも。

 

「なぜ俺にそれを伝える?」

 

「そりゃあお前……お前も彼女を作って俺達とダブルデートって寸法よ」

 

「そういえばトロフィー残り二つになったわ」

 

「話の転換下手くそか?」

 

 彼女を作ることよりもゲームでアイテム作りをしていたい。蛇ノ目碧はそんな男である。

 

 そもそも、彼女という存在は欲しただけで手に入るような存在でもない。欲しただけで手に入るのなら、リア充を血涙流しながら羨む非リア充という構図が生まれることもないのだ。

 

「彼女はともかくとして、好きな人くらい作れよ」

 

「じゃあ月宮で」

 

「じゃあって何だよじゃあって……お前、マジで興味の無いことにはとことん適当だよな」

 

「人間大体そんなもんだろ」

 

「おいコラ食べ物を丸呑みするんじゃねぇ、詰まらせて病院行きとか笑えねぇぞ」

 

 小腹が空いたのでチョコバーを丸呑みする碧。

 

 彼女など、自分には縁遠い存在だ。美歌と同じくらい縁遠い存在が自分にもできるなんてことを考えるよりも、ゲームをやっている方が余程楽しい。仮に彼女ができたとしても、恵のように要領が良いわけでもない自分では、きっとすぐに破局して、赤の他人となってしまうだろう。

 

 それと同じように、あのイレギュラーで縁ができた美歌とだって、そのうち縁が消えて赤の他人になる。本来関わり合うはずもなかったのだから当然だろう。

 

 根暗とまでは行かないが、周囲の人間と比べてパッとしない自分と高嶺の花の代表格と言える美歌が関わることはもう無いのだ。

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

「マックロドラゴンが倒せない!」

 

 関わるはずがなかったのになぁ、と心の中でぼやいた碧の目の前でいかにも不機嫌ですと主張する耳と尻尾を揺らす銀色のウェアウルフ。

 

 この状況に陥っているのには訳があった。

 

 放課後、さっさと家に帰って少しゲームでもしようと足早に帰った碧を待ち伏せていたかのように現れた美歌に捕まり、碧の家に押しかけられたのだ。いきなり過ぎた行動に対して何らかの抵抗ができるわけもなく、家に入れている状況である。

 

 どうしてこうなったと頭を抱える碧を尻目に、美歌はヒートアップしたように不満を口にする。

 

「何あれ!? あんな見た目なのに早いってどういうこと!?」

 

「あー……さては噛みつきで即死したな?」

 

「正解! 何で分かったの?」

 

「あのゲームプレイした人は皆同じ穴の狢」

 

「そもそも最初のエリアにいるようなボスじゃないよね!?」

 

「まぁ、そういうのもあのゲームの醍醐味だし」

 

 倒せないなら装備やアイテム、立ち回りを見直して再挑戦すると案外サクッとクリアできてしまったりする。

 

 恐らく、美歌はそれをせずに突っ込んでは負け、突っ込んでは負けを繰り返しているのだろう。碧も通った道であるため、美歌の現状を何となく察した。

 

「立ち回りの改善が急務……って言いたいところだけど……」

 

 今の状態では立ち回りだ何だと言っても、首をかしげるかさらに不機嫌になるだけだと考える碧は、美歌の機嫌が直る方法を考えつつ、ふとした疑問を美歌に投げかけた。

 

「月宮、ゲーム機買ったんだな?」

 

「うん、買った。種類たくさんあるねぇ……」

 

 美歌曰く、碧が使っているものと同じゲーム機とゲームソフトを、家に帰ってからすぐ通販で購入したそうだ。どっぷりと沼に嵌まってしまっている美歌に苦笑するしかない。

 

 学校で不機嫌だった理由はゲームで大敗を繰り返し続けたからだろう。寝不足などになっているようには見えない健康的な顔色だが、耳や尻尾が逆立ってイライラしているのが素人でも分かる。

 

「あれどうやって倒せばいいの!?」

 

 初心者の叫びに対し、一応上級者に該当する碧は、初心者殺しと言っても過言ではないからなぁ、と苦笑する。

 

 最初はどうやって倒しただろうか、と考えた末、思い出したのはそのゲームがまだ続編発表もされていなかった頃。当時小学生だった恵と共にギャーギャーと騒ぎながら協力し、何十分もかけて撃破したことを思い出す。

 

 あの達成感が、碧をゲーム好きにしたと言っても過言ではない。ならばあの達成感を美歌にも味わってもらわなくては、布教した人間として責任を果たしたとは言えないだろう。

 

「月宮」

 

「何?」

 

「協力プレイするなら付き合うぞ」

 

 数秒、碧の言葉を考えた美歌は、ソファから飛び起きるようにして目を輝かせた。

 

「やろう! 今すぐ!」

 

「お、おお……ソロで倒すって言うかと思ったが」

 

「皆でやった方が楽しいってネットに載ってた!」

 

 尻尾をブンブンと振り回して笑う美歌。まるで飼い主が遊んでくれるのを待っている大型犬のようで吹き出しそうになるが、碧はどうにか耐えて、紙に自分のゲームのIDを書いて彼女に渡す。

 

「このIDゲーム機に入力してフレンド申請してくれ。それで協力プレイとかもできるようになるから」

 

「分かった! やってくる!」

 

 そう言うや否や、自分の家に走り去っていく美歌。

 

 柑橘類の香水か何かを使っていたのか、爽やかな甘い香りが碧の鼻腔を擽り、妙な気恥ずかしさを覚える。

 

 気恥ずかしくなることなど、一つもないというのに。

 

(……ゲーム起動しないと)

 

 何を恥じらう必要がある。ただゲーム仲間を手伝うだけだし、ゲーム仲間の相談を家でやっていただけだ。そのゲーム仲間が同年代の女性だっただけ。

 

 そう、何も気恥ずかしくなることは一切存在しないのだ。

 

 ゲーム機の電源を付けて美歌からのフレンド申請を待っていると、マイク付きヘッドホンからフレンド申請が届いている時に聞える軽快な音が聞えた。

 

 フレンド申請をしているのは間違いなく美歌だろう。迷うことなくフレンド申請を受諾し、フレンドだけが入ることができるボイスチャットの部屋を建てる。

 

『もしもーし! 聞えるー?』

 

 可愛らしい快活な声が耳元で聞える状況に少々ドキリとしたが、すぐにゲームに意識を向ける。恵とゲームをやっている時と同じなのだから、ドキリとする必要はないのだ。

 

「聞えてる。月宮、とりあえず協力プレイのために部屋を作ってくれ」

 

『部屋? この皆と一緒にプレイってやつ?』

 

「そう、それ。合言葉とか付けて作ったら、その合言葉教えてくれ」

 

 協力プレイをするのも初めてな初心者の美歌にやり方を教える片手間に、美歌に渡すための回復アイテムなどを用意していく碧。

 

 数分後、協力プレイのための準備が整い、碧が作ったキャラクターが美歌のキャラクターがいる世界に降り立つ。

 

『おおー……なんかゴツイね!』

 

「まぁ、やり込んでるからな。まぁ、今回この鎧とかは使わないけど」

 

 アイテムも装備も美歌の進行具合で手に入るものだけで揃える碧は、美歌の作った狼少女のキャラクターに回復アイテム各種を渡す。

 

「多分月宮は回復とかせずに突っ込んでるだろ? 回復さえあれば多分行ける」

 

『回復アイテム高くて買ってない!』

 

「あれ、作れるんだが……あー……まぁ、金策とかも後で教えるよ。今はマックロドラゴンに集中しよう」

 

『分かった! よろしくね、蛇ノ目君!』

 

「こちらこそよろしく」

 

 軽く挨拶を終えて、夜の草原が広がるフィールドに出る碧と美歌のキャラクター。二人のキャラクターは真逆の装備を身に着けている。

 

 美歌のキャラクターは大剣と頑丈な鎧を装備した傭兵のような姿で、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないだろう。

 

 対する碧のキャラクターは、ザ・魔法使いといった姿をしていた。一度でも攻撃を受ければ瀕死になるくらいには防御力が引くそうである。

 

『魔法使い、私苦手ー……色々考えないといけないのちょっと好きじゃない』

 

「意外だな。前期の考査と中間考査の順位一桁だろ?」

 

『それとこれとは話が別だよー!』

 

「それもそうだ」

 

 ゲームに頭のリソースを使っている碧と、勉強やらスポーツやら交友関係やらとたくさんのことに頭のリソースを使っているゲーム初心者の美歌では、ゲームの難しさなどが変わってくるだろう。

 

 しばらく草原を歩いていると、ずんぐりとした黒いオオサンショウウオのようなものが川から上がってきた。美歌が何度も戦って敗北しているマックロドラゴンである。

 

「お、出てきた出てきた。サポートはするから、ガンガン戦え。あ、回復はこまめにしろよ? 俺がサポートできるのは火力面だから」

 

『何だか世話焼きなお兄ちゃんみたいだね、蛇ノ目君』

 

「どこがだよ。ほら、攻撃来てるぞ」

 

『あわわわ!? これでも喰らえ!』

 

 攻撃をどうにか躱した美歌のキャラクターが大剣を振るい、その後ろから碧のキャラクターが杖を振って、巨体に雷をお見舞いする。

 

 危なっかしくも、碧の言葉をしっかり守って回復をこまめに挟んでいるので、美歌が操るキャラクターの体力は高い状態で維持されている。ちなみに碧が操るキャラクターは攻撃を一切受けていないため、体力のバーが一切動いていない。動いているのは魔法を使うためのMPバーのみだ。

 

 戦闘を開始して大体数十分が経過した頃、その時はやってきた。

 

『これで────終わりだ!』

 

 美歌が操るキャラクターが大振りの一撃をマックロドラゴンに叩き込み、マックロドラゴンが腹を見せて倒れ、戦利品の宝箱が現れる。マックロドラゴンの討伐が完了した証拠だ。

 

『やったぁあ! 勝てたよ蛇ノ目君!』

 

「おめでとう。じゃ、街にその宝箱持っていこうか」

 

『うん! えへへ、楽しかった!』

 

 協力プレイとはいえ、何度も辛酸を舐めさせられていた存在に打ち勝ったのは、本当に嬉しかったのか、声だけで強い喜びを感じさせる。

 

 戦利品の宝箱を街に運び、アイテムを鑑定してくれる場所に届けた後、碧は小さく息を吐いてから美歌のキャラクターが住む世界から離脱して天井を見上げる。

 

「ふぅ……じゃ、俺はこの辺で失礼するわ」

 

『え? まだやるんじゃないの?』

 

「いや、腹減ったし、眠いから飯食って寝る」

 

『んー……分かった。ありがとね!』

 

「ゲーム仲間を助けるのもゲーマーの役目だから。気にすんな」

 

 久しぶりに弱い装備を使った影響もあっていつも以上に疲労感を感じた碧は、ゲームを早めに切り上げて休むと伝えてからゲーム機の電源を落とす。

 

 食事と言っても、レトルト食品を電子レンジに放り込んでそれをご飯と共に食べる程度のものだが。

 

 戸棚に入れているレトルトカレーがあったはずだと立ち上がった碧の耳に、来客を伝えるベルの音が響く。

 

 デート終わりに恵が何か届けに来たのだろうか、と首をかしげつつ殺風景な部屋を出て玄関に出る。

 

「恵、別にデート終わった後に────」

 

 来ることはない、と言葉が続くことはなかった。ドアを開けるとそこには親友の姿はなく、代わりに先程まで共にゲームをしていた美歌が立っていた。

 

「恵って家守君のこと? よく話すの?」

 

「……何で俺の家の前にいるんだよ」

 

「ゲームで助けてくれたお礼! ご飯まだなんでしょ? 作るよ」

 

「気は確かか?」

 

「また言われた!?」

 

 なぜゲームで手助けした程度でご飯を作るなんて思考に行きつくのだろうか。

 そんな思いを込めた言葉に対して、ショックを受けたように耳と尻尾を伸ばす美歌。

 本当に何をどう考えればそうなるのだろうか。

 

「私もご飯まだだし、まとめて作っちゃおうかなって!」

 

「いや、だからといって俺の家で飯を作るって考えに行きつくか? 好意を持ってるって勘違いされるような行動代表だろ、それ」

 

「君は勘違いとかしないでしょ?」

 

「その信頼は何だ」

 

「だって君、学校とかでも恋愛全然興味ないですって感じだし。それに……」

 

 それに、何だというのか。

 そう聞こうとした直後、美歌の口から鋭い牙が見え、綺麗で鋭い爪が碧の頬に少し刺さる。血は出ていない。

 

 鋭い爪で頬を突かれている碧がごくりと生唾を飲み込みそうになる中、美歌は頂点捕食者のような笑みを浮かべていた。

 

「君が何かしようとしたら、私も色々考えがあるんだよ?」

 

「しねぇよ。俺を何だと思ってるんだよ」

 

 そんなことしたら物理的にも社会的にも再起不能になるだろう。それが分かっていて何かしようと考えるほど、碧は性欲に正直な人間ではない。

 

「ならいいでしょ? お邪魔しまーす!」

 

「おいこら家主の許可なく入るんじゃねぇ」

 

 柔軟な体を駆使して入っていった美歌に意味のない苦言を呈しながらも、どうにでもなれと諦めの表情を浮かべる碧。

 

 二度と食べることがないと思っていた美歌の手料理を食べる権利を獲得したとはいえ、どういうわけか負けたような気がしていた。

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