島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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【注意】過度な暴力描写、嘔吐表現+吐瀉物食べの強要(匂わせ)があります。
閲覧は自己責任でお願いいたします。


第30話 孤独

 

 あの、木の上で。あたしはライナーに、地獄へ堕ちよう、と言った。向かう先がどんな場所だったとしても、ライナーの救いになるなら、なんでも良かったからだ。世界は残酷で、地獄とそう変わらない。自分が息をしている場所もそうだと、簡単に思ってた。だから、あんな軽々しく口にできたのだ。あの時のあたしは、無知で愚かだった。知らなかった。本物の地獄には、苦痛しか存在しないことを。

 

「ぃ、いやだ……」

 

 自ら落ちたはずのそこは、孤独だった。一人で与えられる暴力から逃れようと無駄な抵抗を繰り返して、勝手に怯えた声を出している。そうして、いくつの太陽が沈んだのだろう。地獄に蹂躙され続けた脳みそは、時すら忘れさせてしまった。遠く離れていくユミルの背も、抱き締めてくれたライナーの熱も、あたしが遮ったエレンの叫びも。誰も、そばにいない。

 前にいるのは、例の男だ。何日経とうが飽きもせず、あたしを甚振り続ける男。殴る蹴るを満足いくまでやった後に、治りかけの青痣を踏みつけられるのが定番だった。紫色の部分がじわじわと広がって、嘆き悶えるあたしを嬉々として眺める。理解もしたくない差別用語を投げられながら、何度もあたしを嬲っていた。

 ただ、今日は少し違った。自分の拳に自信を持っていたはずの男が、怪しげな器具を持ってきていた。見せつけるみたいにその器具を晒され、あたしは後ろ手で拘束されたまま体をばたつかせる。何かを挟み込めるような先端の輪。こびりつく乾いた血痕が、それがなんであるかを嫌でも理解させた。

 

「ゃ、だ。いやだ、やだッ……!!」

 

 座学で少しだけ、拷問についての話をされたことがある。古い教科書をずっと使っているから、こんなのも乗ったままなんだと、クロード教官は言っていた。気乗りしないだろうが、知識としては知っておけ、とも。知りたくもなかった事実を突きつけられ、その日の夕食は残す人が多かった。

 

「煩いな。お前が最近声を出さないから、こうするしかなくなってるんだぞ」

「ぉ、おねがいッ、おねがいします!や、めてください!」

「おい、お前」

 

 男が、背後に立っている兵士へ呼びかけた。背後の兵士が、応えるようにきて力を込める。片足を立たされ、あたしの意思とは関係なく、前に引っ張り出された。先日の打ち身の跡が残った足を思い切り固定される。慣れきらない鈍痛に、懇願の途中で苦しげな吐息を漏れ出す。

 

「やだ……」

 

 器具から隠すように拳をつくろうとして、大した抵抗もなく無理矢理広げられる。あたしは、身の丈に合わないことをした罰を受けているんだ。

 

「いやだ……」

 

 アニが何度も、調子に乗るなって釘を刺してくれていたのに。全部忘れて、全部捨ててきたつもりで。覚悟なんか、何にも。

 真っ直ぐに伸ばされた足の親指。神経が詰まったそこ。先端に付け足されたようなそれを、男が挟んだ。油ぎった柔らかい皮ふであたしの指が覆われる。先端に乗っている白んだそれを、器具が挟んだ。「あ、」恐ろしいほどの冷たさが全身を駆け回って、頬に生暖かい雫が落ちていく。

 

「ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!」

 

 熱が脳天を貫いた。喉を晒して、体がその場でのたうち回ろうとする。意識が飛びそうになって、痛みがあたしを引き戻す。足が、燃えているみたいに熱い。

 霞む視界の中で、赤黒い液体を滴らせている足が映る。他の指に乗っている白い爪が、親指にだけない。赤い肉をのぞかせて、びくびくと真っ赤な液を垂らしている。

 

「おお、上手く剥げたな」

 

 新しい血を被った器具が銀色の光をうつす。その先端は何かを挟んでいた。切り離された、自分の一部。「おぇ、っ……ぅ、げぇ」喉元から迫り上がってきたものを、止められなかった。胃液の匂いが鼻を刺す。地面にぶちまけられたのは、ほとんど水のようなものだった。こっちに来てから、少量の水と残飯しか口にしていないからだ。焼け付くような喉の痛みに誘発されて、何度も咳き込む。ぐしょぐしょになった口元でえずいていたところで、髪を引っ張られた。前屈みになっていた頭を持ち上げられる。恐ろしい形相の双眼が、家畜でも見下ろすかのようにあたしを映していた。

 

「牢を汚すな。自分で掃除しろ」

 

 男が足先で、それを指す。固まっていると、背中に衝撃が走った。ずる剥けた親指が空気に触れて、針で刺すような痛みを訴える。水たまりよりも粘度のあるそれを前にして、その時。わかった。あたしはこの男から見たら、家畜か害虫のように見えているんだろう。それは、こっちにいる人全てがそうで。決められた事実。

 

「はは、」

 

 体液でぐちゃぐちゃに汚れ切った顔を一筋の涙がつたう。あたしは、この地獄を受け入れるしかなかった。

 

「始祖奪還作戦の船が出て一ヶ月は経ったよな。役立たずの巨人共……まだ始祖を奪還できないのかよ」

「獣と車力まで投入したんだ。もうしばらくの辛抱じゃないか」

 

 話し声が近づいてきて、カシャンと音がした。胎児みたいに丸めていた体を動かし、瞼を持ち上げる。あたしがここに来てから、まだ一ヶ月半しか経っていないのか。指先の痛みと共に、落胆の気持ちが広がっていく。

 

「そこが問題なんだ。本国に残っているのは継承したての顎だけ。これが他国にでも流れたら……狙われるのは始祖奪還作戦の補給地点である我が軍港だぞ」

「……まあ、そう心配するなよ」

 

 兵士の会話が遠ざっていく。あと何ヶ月。あと何日、息をしていられるのか。想像しかけた頭を、軽く振った。そのまま、深く息を吐き出して、地面を這う。鉄格子へ手を伸ばし、縋り付くみたいに体を持ちあげる。満身創痍の体では、上半身を起こすだけにも一苦労だ。やっとのことで座り込み「ふー……」痛みを吐き出してから、顔を上げる。あたしを囲っている檻の向こうに、銀色のプレートが鎮座していた。床に手をつきながら近づいて、その上に乗っているものを取る。手のひらに満たない大きさのパン。所々に色とりどりのカビが生え始めている。毎度、どこから持ってくるのか。歪な器に入った透明な泥水で、不自然な酸味を流し込む。訓練地のご飯よりも豪華な味だ。ひとり、鼻で笑って口内に残った違和感を唾で押し込む。こうして、食料を胃の中へ落とせるのは貴重だ。明日の昼に男が来なければ、吐き出す前に消化できるかもしれない。

 あの男が来るのは、決まってる。牢の窓から覗く太陽が青空の真上に上がっている頃だ。食事でもとりに来たような足取りでやってきて、あたしの悲鳴で満足した頃には帰っていく。数日に一度の頻度で続いている。これがもし毎日だったら。休みなく痛ぶられた体は、簡単に壊れていただろう。足音がすると震え出ようになってしまった体が、正常だとも思わないけれど。

 今もそうだ。窓の外に浮かんでいるのは、闇夜を照らす月光。男がくるはずのない、時間だ。それなのに、靴音が響いてきている。苦労して押し込んだパンを諦め、松明に照らされた人影を目にうつす。

 いつもの男ではなかった。あの男よりも幾分も若い、それこそ、自分と同じほどの若さの男がいた。髪を後ろに撫で付け、新緑の上着を羽織っている。その腕には、真新しい腕章。いつもの兵士たちについていたものとは違う色だ。あたしのどの記憶にも属さない男は、前で立ち止まった。ライナーとはまた違った、淀んだ琥珀色が、あたしを見下ろす。

 

「お前が……ノエルか」

 

 名前を呼ばれたのは、いつぶりだろう。それも、記号的な呼び方じゃない。微かな高揚が人間らしさを思い出しかけ、慌てて押し留める。あたしは散々教え込まれたはずだ。外の人たちは、あたしの人間的な感情を求めている。化け物が人間の真似事をしていて、可笑しいみたいに。

 

「誰……?」

「顎の……ユミルの継承者だ」

 

 慎重に声を出して、淡々と返された。ユミル。行方知れずだった名前に、反応した体が前に出る。倒れ込むみたいに冷えた鉄格子を掴んで「ユミルは、どこにいるの」縋るような声を出した。男はすぐには答えず、何か思っているような間を空けてから口を開く。

 

「死んだ。巨人になった俺に食われた」

「…………そっ、か」

 

 鉄格子にかけていた力が緩む。あれだけ傷んでいた足の指先も、ズキズキと染みていた青あざも、全部がなくなったみたいに静かだ。なぜだが、衝撃はなかった。あの時の後ろ姿で、覚悟していたからかもしない。あたしはクリスタみたく、仲良くなかった。むしろ、煙たがられていたようなあたしに、悲しむ権利はないだろう。口に溜まってきた唾を嚥下してから、眼前に男へ言った。

 

「ありがとう……教えてくれて」

「……記憶通りのお気楽さだな」

 

 感謝を告げるあたしへ、男がため息でも吐くように呟く。まるで、前から知っていたような口ぶりだ。何度探っても男の容貌は記憶のどこにも引っかからない。当然だ。壁外にあたしの知り合いがいるはずもない。

 

「巨人の力は前任者の記憶を継承することがある」

 

 怪訝そうな顔をしていたのだろう。男が説明でもするように喋り出したのを、あたしは一字一句聞き逃さないように傾聴した。引き継がれるのは、巨人の力だけではないらしい。男の前任者がユミルことならば、さっきの一言も腑に落ちる。

 

「……あの女の記憶でお前を見た。あのドベは随分とお前に入れ込んでたみたいじゃねぇか」

「ドベ……ライナーのこと?」

 

 どこかで聞いたことのある単語を反芻する。脳内を探って、すぐにピンときた。ライナーの昔のあだ名だ。全く似合わない呼び名だと、あたしは不思議で仕方なかった。故郷で呼ばれていたと言っていたから、この男はライナーの知り合いなのだろうか。

 

「ああ、お前に散々兄貴ぶってたアイツだよ」

 

 それにしては憎々しげで、苦虫を噛み締めているような、そんな表情をしている。ユミルの記憶なんて間違いなくクリスタ色に染まっているだろうから、てっきり、そのことを聞かれるんだと思い込んでいた。予想外の人物の名が挙げられ、ぴくりと眉を上げる。

 

「島の悪魔を皆殺しにしてやるって散々息巻いてた奴が、その悪魔に懐柔された挙句、国にまで連れ込むなんてな。はっ」

 

 男は自分の言葉を笑い飛ばして、上がった口角を手で押さえた。その光景をどこか遠くの方で捉えながら、足元から上がってきている影を追い返す。あたしたちが島の悪魔と呼ばれていることは、もう十分過ぎるくらいに理解した。引っかかるのは、皆殺し、という単語。まるで、ライナーが言っていたみたいな言い方だ。

 

「……どうだ?あの野郎に連れてこられた、故郷とやらの居心地は」

 

 「来て良かったか?」男の視線が別のところへ向けられる。ボロ布になった服からはみ出ている足先は、薄暗い中でもわかるほど赤く腫れ上がっていた。最初こそ、埃が乗っただけでのたうち回っていたから、動かせる今はマシな方だ。とは言っても、醜く変色したそこをまじまじと見られていい気はしない。暴力の跡を隠そうと、服を引っ張ってみる。

 

「見たところ。そうじゃねえだろ」

「良かったよ」

 

 すぐさま否定すると、男は僅かに目を見開いた。あたしも同じ立場だったら、そんな反応をしそうだ。玩具みたいに扱われて、尊厳を奪われて。ただのひとつもよかったところなんてない。

 だけど、あたしは違う。ライナーの救うために。何があろうと、あたしはこの状況を受け入れないと。

 

「ライナーが、迎えに来てくれるから」

 

 捻じ曲がった現実を誤認させるように、狂気めいた言い訳を口にする。熱の入っていない、空虚な音がそのまま宙に溶けて消えていく。

 

「そりゃあ、いつだ。お前が動かなくなった後か?」

「さあ……?」

 

 曖昧に答えて視線をずらす。今は未来のことを、あまり考えたくなかった。恐ろしくて、深く考え込む気すらおきない。全部理解してしまったら、自分がどこで息をしていればいいのか分からなくなりそうだ。

 

「お前らはそんなことすら考えられないほど、馬鹿なのかよ」

「あたしは、馬鹿だよ。記憶を見たなら知ってるかもしれないけど……」

 

 見下すように言った男へ、分かりやすく肩をすくめてみせる。あたしは、悪魔で、ヘタクソで、馬鹿だ。ジャンがいたら、呼び名に迷ってしまうだろうな。

 

「ああ、知ってるぜ。お前がドベと乳繰りあってるとこもな」

「あはは、なにそれ。ライナーの恋人でもないのに」

「あ?……お前、ドベとデキてるんだろ」

 

 見当違いのことを指摘され、乾いた笑みを漏らす。嘲るような態度だった男があたしの返事を耳にするなり、不可解そうに眉を顰めた。

 

「ううん。デキてないよ、何で?」

 

 ずっとそばにいて欲しい、とか。確かに、第三者が聞いたらプロポーズ紛いな言葉だけど、告白を受けたわけじゃない。この男は船内の記憶でも見たのだろうか。あたし達の関係性を知らないで、あの光景だけを見たら誤認しそうだ。

 

「……成る程な。ははっ、ざまあねぇ……」

 

 男は深い沈黙を落としてから、再び口を開いた。あたしの知らないところで納得がいったように口角をあげ、ため息をつくみたいにそう溢した。

 

「あなたは、それを言うために来たの?」

「……どうだろうな」

 

 会話が途切れたところで、あたしから声をかけてみる。無視されるかと思ったが、男は返事を返してきた。こっち側に来てから、初めてのまともな会話だ。胸に微かな高揚感が湧き上がり、コツンと鉄格子に額をつけてみる。

 

「じゃあ、次はあたしの番ね」

「はあ?」

 

 男の口は、何を言ってるんだ、と言いたげに歪む。こっちの人でも、人間らしい顔をするんだ。なんだか可笑しくて、頬が緩むのを堪える。下から見上げた男の服は、よく見るとだいぶ変わった形をしていた。上着だけど、首元を守る襟みたいなものがついている。触ってみたいけれど、手は重しをつけられたみたいに動かない。

 

「あなたの名前、教えてよ」

「聞いてどうする」

 

 思いつきで投げかけた質問を、真正面から切り捨てられる。嫌悪感すら滲んでいる目つきに、何故だか懐かしさを覚えてしまった。

 

「話してる相手の名前を知りたいって、そんなにおかしいこと?」

「…………ポルコだ。ポルコ・ガリアード」

 

 長考の末、男――ポルコは痺れを切らしたように自分の名前を告げた。「ポルコ、ふふ」そのまま帰られてもおかしくないと思っていたから、作戦の成功に喜びが漏れしまう。壁内ではあまり聞かないような響きが、癖になりそうだ。

 

「……なんだよ」

「ポルコ、よろしくね」

 

 名前を笑われて、いい気はしないのだろう。分かりやすく不満そうな顔になったポルコへ、そう言って笑ってみせる。ポルコは何とも言え無さそうな表情をつくって、苦々しげに吐き捨てた。

 

「……わりぃが、島の悪魔とよろしくするつもりはない」

「どうだろう。わかんないよ」

「ないって言ってんだろ」

「いいでしょ、信じるくらい」

 

 今日初めて会ったはずだけど、そんな気がしないのはなぜだろう。やはり、ユミルの記憶を継承しているからだろうか。ユミル相手なら萎縮していたであろう言葉にも、負けじと噛みついてみる。島の悪魔に口答えされても、ポルコは手の届く範囲にいるあたしをどうこうしようとする仕草をみせない。かなり鬱陶しそうにしながら、あたしを粛清するでもなく、立ち去るでもなく、ただつぶやいた。

 

「やっぱり馬鹿だろ、お前」

「うん、馬鹿なんだ。あたし」

 

 あたしは素直に首を振ってみせる。ここでは人間以下のあたしが、こんな風に話すとどうなるか。心底学んでいるはずなのに。足先でじゅくじゅくと蠢いている肉が教えてくれているのに、人間になるのを諦めきれないでいる。

 

「こんな状況なのに。ポルコのことをもっと知りたいって、思っちゃうんだもん」

「は……意味、わかんねぇよ」

 

 下から真っ直ぐに瞳を捉えれば、ポルコの瞳孔はわなわなと震えてから逸らされた。嫌悪の混じった視線の中、隠しきれていない人間らしい色が揺れている。

 

「あたしも。わかんない、あなたがユミルの継承者だから、かな」

 

 それを言ったら、ポルコはいなくなってしまいそうだ。燻る好奇心を覆い隠して、もうひとつの理由だけを声に乗せる。「罪滅ぼしなのかも、しれない」遅すぎる懺悔に、額をずるずると格子に押しつけたまま落とす。あたしはユミルと誠実に向き合おうとしなかった。奪還作戦で助けてくれた時のお礼すら、しないまま。だから今更、ユミルを継いだポルコに興味があるのかもしれない。

 

「ここまで来たのも、それか」

「ここに来たのは……約束のため」

 

 ぽつりと、合点が言ったようなポルコに声を重ねる。跡がつきそうなくらい、顔面を格子に擦り付けたまま、馬鹿みたいに呟いてきたそれを口にする。

 

「約束、だと?」

「知らないんだ。そっか、……良かった」

 

 記憶を継承しているからと言って、全てを知っているわけじゃないらしい。目を見開いて聞き返してくるポルコに生唾を飲み込んだ。ライナーと因縁がありそうなポルコが知れば、また一悶着ありそうだ。

 

「どうせ、ドベ関連だろ。碌なもんじゃねぇな」

「うん。そうかも」

「それで?お前はあのドベ野郎と関わったばっかりに、ここで惨めに死ぬのか」

「その前に、ライナーがきてくれるから」

 

 ポルコはライナーを否定して欲しいようだったが、応えることはできない。代わりに、絶えることのない痛みの中で祈りのように唱えてきた言葉を声にする。ただ盲目に信じていればいいんだ。けふ、と膜の張った喉が体を咳き込ませる。「は」鼻につくような嘲笑が聞こえた。

 

「聞き飽きたな。そろそろ、その足りねぇ頭で別の言い訳を考えたらどうだ」

「言い訳じゃないよ。事実、だから」

 

 そうだ。そう信じ込むことが、あたしにできる唯一のこと。あたしとして生きるために、罪を償うために。あと少しなんだ、あと少しで、あたしは人を救える。ライナーの望みを叶えれば、あたしはずっと息をしていられる。

 

「……そうかよ。あの曹長がいつまでお前を生かしてられんのか、見ものだな」

「うん。ポルコが飽きないように頑張るね」

 

 鉄格子に体重をかけるのはやめて、首を上げる。へらりと笑みを浮かべてみたら「……チッ」舌打ちを返されてしまう。これ以上近づきたくないみたいに一歩退いて、軽く握った自分の手を額にあてた。

 

「悪魔相手に何やってんだよ、俺は……」

 

 空を見つめていた目が、手と共に落ちてきて視線が交わる。それもほんの僅かな時間で、ふいと顔を逸らされた。そのまま、ポルコは背を翻して歩き出した。鉄格子に阻まれ、後を追うことはできない。あたしはその靴音が鼓膜に触れるなり「ポルコ」声を出していた。

 

「また、ね」

 

 返事はなかった。どう返して欲しかったのかも、分からないけれど、あたしの心は満たされていた。ずるずると鉄格子寄りかかったまま、地面に倒れる。悲鳴ばかり上げていた口は、喋り方をも忘れてしまったようだ。痙攣している唇を半開きにしたまま、息をつく。

 久しぶりに、人間と会話したみたいだった。笑みを保つ体力すら残っていなかったはずなのに、人間の底力はおそろしい。自嘲して、軋む胸で空気を吐き出す。今だけは、まともに呼吸できている気がした。

 




この小説のガリアードさんは「島の悪魔」というすり込みが根本にありつつも、ユミルの記憶でその意識が軟化してるはず。という妄想を元にして書かれています。
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