島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第36話 善人

 ふわり、と水々しい果実の香りが鼻腔をくすぐる。渡された紙袋を抱え直して、手の上に乗せられた小銭の重みで顔を上げた。眼前に積まれているのは色とりどりな野菜や食べ物。壁内では見たこともなかったような形のものから、馴染みのものまで大量に売られている。

 

「重いから気をつけて」

「ありがとうございます」

 

 毎週の買い出しで、もうすっかり顔を覚えられてしまった。お釣りを渡すついでに店主から声をかけられ、笑みを浮かべて感謝する。一週間分の材料が入った紙袋をしっかり抱いて、歩き出した。

 あたしは材料の買い出しに市場へと来ていた。これはブラウン家で生きるための仕事の一つであり、あの狭い家から解放される息抜きの時間だった。出来る限り寄り道して時間を潰していたのだが、夕食には間に合わなければならない。買い出しも終えてしまったし、帰路に着くしか選択肢は残っていなかった。俯きながら、前に進む自分の足先を眺める。ライナーが戦場へと赴いてしまった今、あの家は息苦しくて仕方がなかった。いないものとして扱われるならまだ良い。困ったのは、カリナがあたしを受け入れるつもりであることだ。不審者なんか受け入れられないと外に放り出してくれるなら助かったのに。初めはそんな雰囲気だったはずが、ライナーの様子を見て変わったようだ。今からでもあたしに幻滅して、追い出してくれたりしないだろうか。母親の言うことなら、ライナーも諦めたはずだ。あたしが島の悪魔であることを言えば、すぐにでも解放してくれるだろうが、また別の場所に捕まってしまう。

 ふと、狭い路地が目に入り、そのまま視界外に過ぎ去っていく。ライナーがいないうちに、逃げ出すことも考えた。けれど、この腕章がある限りあたしは収容区の中でしか生きられない。その上、誰が流布したのか。ライナーの妻、としてそれなりに顔が知れ渡ってしまっている。まだ結婚してもいないのに。こうなったら誰か利用できる相手を探して匿ってもらう他ないが、そんな都合の良い人間は思いつかない。

 自立せずとも、生活できている。その現状だけに目を向けて、喜ぶべきなんだろう。選択肢も、逃げ道もないのなら。ライナーを利用して生き延びるのが、最適解だ。視線をあげ、落ちそうになっていた野菜を紙袋の中に強く押し込む。

 だけど、時々恐ろしくなる。与えられた役割を演じ、求められるがままにノエル(あたし)を明け渡して、そんな生活をいつまで続ければいいのか。そのうち、あたしまでおかしくなって。「は、」小さく溢れた笑いを噛み殺す。いや、もう。おかしいか。ライナーも、あたしも。ずっと前から。

 

「わ」

  

 がつ、と腕に衝撃が伝わり、声を上げる。考えながら歩いていたのが災いした。少し力を加えられただけで、体は簡単に投げ出されてしまう。膝が地面で擦れ、紙袋に収まっていた色とりどりの野菜やら果実が道に散らばる。

 肩でも落としたいが、道の大部分を占領する人間に向けられる視線は冷たい。痛む膝を抑えながら、這いつくばって散乱した野菜に手を伸ばす。買ったばかりだった野菜は、幾つもの傷をつけていた。これが見つかったら、またカリナに小言を言われそうだ。ぐしゃぐしゃによれてしまった紙袋へ、次々と食べ物を入れていく。周りの人々はあたしを遠巻きに見つめるばかりで、転がっている物一つ拾おうとしない。惨めな気持ちを呑み込みながら、ただ腕を動かす。

 もし、これが数年前なら。誰かが、一緒に手伝ってくれただろうに。今のあたしに、落ちたものを拾ってくれるような、いい人はいない。探さないと。壁外での呼吸の仕方を教えてくれるような、いい人を。ライナーじゃない、もっと別の誰かを。そうしたら、また利用できる。あの家に一生囚われたままの未来は、まだ受け入れたくない。

 

「大丈夫ですか?」

 

 地面に這いつくばって、落ちた食材を拾っていると、知らない声が聞こえてきた。その方向へ顔を向ける。石畳に転がっていた野菜を手に立っていたのは、黄色の腕章をつけた少年だった。

 

「本当にありがとう。荷物も持ってもらっちゃって」

「いえ!同じ方向ですから」

 

 感謝を告げるあたしに、屈託のない笑顔がそう言って首を振る。少年はファルコ・グライスと名乗った。ガビと同じ候補生で、マーレの戦士となるために日々訓練をしているらしい。今日はその帰りなんだと、ファルコは擦り傷のついた頬を上げて答えてくれた。

 

「ノエルさんは、最近レベリオに来たんですか」

 

 心臓が嫌な音を立てて跳ねる。率先して荷物運びをしてくれているファルコが、好奇の混じった視線を向けてきた。本来ならなんてこともないような疑念が、神経をざわつかせる。

 

「あ、いや。詮索するつもりはないんです……ただ、見慣れない顔だな、と思って」

 

 じわりと滲んだ汗が隠しきれていなかったのか。ファルコは敵意がないことを示すように眉を下げて付け加えた。道端で転んでいる人間を助けるようなお人好しだから、普段から人のことをよく見ているんだろう。

 

「長らく病院にいたから、そのせいかな」 

「病院、ですか?」

 

 物珍しげに瞬いたファルコへ「ほら、収容区の中にあるところ」もはや懐かしくなってしまったあの場所を脳裏に浮かべながら答えた。ここまで言えばファルコもピンときたらしい。

  

「最近、退院したの」

 

 正しくは退院させられたのだが、そんな怨みがましいことを目の前の少年に言ったって何も変わらない。頬の筋肉を緩ませ、いかにも病弱ぶった笑顔をつくる。

 

「それなのに、一人で買い出しに……?」

「うん。あたし、天涯孤独なんだ。今は……ある人の家に依拠させてもらってる」

 

 敢えて悲劇的な単語を使えば、こちらへ向けられている少年の瞳はあからさまに動揺した。その心の隙へ付け入るように、眉を顰めて悲痛げな表情を浮かべる。

 

「その家族とはあんまり……で。唯一頼れる人も戦争に呼ばれちゃって」

 

 だいぶ柔らかく包括した方だ。今日の朝食の様子を見てもらいたいくらいだが、残念なことに過去は遡れない。

 

「っそれは、大変でしたね……」

 

 何ひとつ、嘘はついてなかった。あたしが置かれた現状をありのまま伝えると、ファルコは自分事のように目を伏せる。出会って数分の他人に、心から同情しているらしい。

 その様子から目が離せなかった。瞬きをしても、ファルコは変わらずに暗い影を落としてる。あたしは、自分のために壁外へ飛び出して、海を渡った。憎悪、疑念、恋や愛と呼ぶのさえ憚られる、なにか。こちら側の人間から向けられてきたのは、歪んだものばかりだった。この子は違う。純粋に、他人を心配してる。なんの意図も悪意もないそれは、何よりも尊い。あたしが目指していた、あの子のような。

 

「ずっと、一人で買い出しをしていたから、寂しかった……」

 

 少しばかりの沈黙を挟んで、あたしは自嘲気味に溢した。気遣うような黄の瞳に腹の底が満たされていく。無垢な魂を汚すのが、どんなに罪深いか知りながら。それでも懲りず口を開いて、囁き続けた。

 

「だから、あなたが親切にしてくれて……本当に嬉しいの」

 

 大きい子供の相手ばかりしてきたからだろうか。子供相手には大袈裟な甘え声が出ていた。手で口を抑えると、照れ臭そうに染まっているファルコの表情が映った。隠れた口元が、弧を描く。

 

「もし良かったら、またこうやってお話ししない?」

 

 躊躇いがちに眉を下げて「訓練帰りにでも、会った時だけでいいから……」歯切れ悪く続ける。子供相手にしても、唐突過ぎただろうか。恐々と目を向けてみたら、ファルコは溌剌とした笑顔が浮かべていた。

 

「勿論ですよ!」

 

 あたしはいかにも怪訝そうな顔を、すぐさま返された返事で引っ込める。ファルコが向けてくる純真な眼差しは、僅かに残った良心を逆撫でするのに充分だった。子供を、自分の孤独を埋めるために。いつかの保険に、使うなんて。

 

「俺なんかでよければ……ですが」

「そんなこと言わないで」

 

 取ってつけたような自戒はすぐに霧散した。ファルコが眩しいくらいの笑顔をピタリとやめて俯いたので、横顔を覗き込んで囁く。

 

「ファルコが、いいの」

 

 丸く見開かれた幼なげな瞳を前に、くすりと笑みが溢れる。ああ、よかった。これなら、あの家で閉じ籠っているだけにならなくて済みそうだ。 

 

「あ、着いちゃった」

 

 奇妙なお願いを取り付けてから、ファルコについて色々と聞き出していると、見慣れた建物が目に入った。なんの気も使わなくていい会話は久しぶりで、つい熱が入ってしまったらしかった。物足りなさに尾を引かれながら立ち止まる。紙袋を受け取ろうと顔を動かしたら、ファルコは訝しげに問いかけてきた。

 

「ノエルさんは、ここに住んでるんですか?」

「うん。ガビも一緒にね」

 

 戦士候補生ならもしかしたら、と考えていたが、やはり予想は当たっていたらしい。その割に、ガビの口からファルコという名前が出ていた覚えはなかった。お手製の料理を消費することに必死で聞いてなかっただけかもしれないけれど。

 

「じ、じゃあ。ガビが騒いでたブラウンさんの恋人って……」

「あはは、お騒がせしちゃった?ごめんね」

 

 刮目したファルコが、たどたどしく言葉を紡ぐ。それほど衝撃だろうか。ファルコの動揺が目に見えて伝わってきて、あたしはつい笑い声を上げてしまった。

 

「ち、違うんです!聞いてた話と、全然……イメージが違ったので」

「碌に仕事もしない引きこもりのかまとと女だって言ってた?」

「い、いえ!そこまでは……」

 

 持たせていた紙袋を受け取り、腕の中で抱え直す。自虐的に首を傾げてみせると、ファルコは自由になった両手を何度も左右に振った。自分のことではないのに。必死な様子がまたおかしくて、「ふふ、」ゆっくり目を細めた。

  

「なんてね、うそ」

 

 そう言うと、ファルコの狼狽した表情が脱力する。思い通りの反応を見せてくれると、こんなに楽しいのか。あたしを散々揶揄ってきたジャンたちの気持ちが、今になって分かってきた。

 

「ガビはそんなこと言う子じゃないってわかってるから」

 

 本当は、何と言われようとどうでもいいだけ。そんな本心に蓋をして、あたしはそう微笑んでみせた。

 

 それからは、鬱屈としていた日常に一筋の光が差したようだった。あの家から離れるためだけの時間だった買い出しが、違う意味を持つものへと変化していったからだ。朝食に使う食材を買い忘れたとかそれらしい理由をつけ、今日も家から抜け出していた。初めて出会ってから、定番となっているその場所。その近くの壁に身をもたれながら、行き交う人々に目を走らせる。

 本当なら、収容区の検問所で待つのが確実なんだろうが。親でもない女が、一人の子供を待っていたら門兵になんと言われるかわからない。これ以上不審者だと思われるのは、ライナーの恋人という立場にしても不味いだろう。

 その上、ガビや他の候補生と出会ってしまう可能性もある。ファルコが他の候補生と歩いている姿はもう何度か見ていた。子供好きなら声をかけていたんだろうが、あたしは違う。今の所、ファルコ以外の人間にはあまり興味を持てない。家の中だけでさえ堪えているのに、外でまでガビの相手をしてとやかく言われるのも面倒でしかなった。

 結局、ここで待っているのが一番いい。そう結論付けたところで、丁度よく頭ひとつ分背の低い人影が視界に入ってきた。まだこちらへ気づいていない影に、紙袋を抱えたまま近づく。

 

「ファルコ」

「っあ!ノエルさん」

 

 猫背がちに歩いている背の横から、覗き込むようにして声をかける。考え事でもしていたんだろう。体を大きく跳ねさせてから、ファルコは顔をあげた。その大袈裟な反応につい笑ってしまったら、ファルコの頬が子供らしく赤らんだ。

 

「最近はよく会いますね」

「ほんとに」

 

 赤みが抜けてきた頬の下で、ファルコが口を動かした。本当はいつも会えそうな時間に合わせて出てきているのだが、知らないフリで相槌を打つ。

 

「訓練帰りで疲れてるところを……毎回付き合わさせちゃってごめんね」

「そんなこと言わないでください!オレもノエルさんと話すの、楽しみにしてるんですから」

「そう?よかった」

 

 弱々しく謝ってみせるも、ファルコは明るく返してくれた。あたしは心配げな顔をけろりと変え、口角を上げる。一人ぼっちの惨めな女に気を遣ってくれているのか、心底そう思ってくれているのか。真意は探れないが、どっちでも良かった。少し前までは、こんなことを口に出す相手すらいなかったのだから。

 

「ファルコは、また怪我してるね」 

「ああ。こんなのどうってことないですよ」

 

 ずっと気になってことを指摘するも、ファルコは平然としていた。いつも頭からつま先まで全体的にぼろぼろだけど、今日は顔が特に酷い。左目の上辺りの皮膚が擦れて赤身を晒しているし、顎にも擦り傷が多く刻まれている。立体機動術でそんな怪我ばっかりしていたから、見るだけで痛みが伝わってくる。

 

「そんなことだろうと思って、今日は消毒液とかガーゼ持ってきたよ」

 

 なんてことのないように笑ってみせるファルコへ、あたしはそう声を出した。毎度のことのように傷だらけなファルコが気になって、棚から適当にくすねてきたのだ。ライナーの閑散とした部屋を探ったら、使いかけのものが残っていた。ライナーのものかは知らないが、同居しているのだから使ったって問題ないだろう。そもそも、怪我しても治るのだから必要ないはずだし。紙袋の中身を探っていると、ファルコが戸惑いの声をあげた。

 

「えぇっ、そこまで……」

「遠慮しないでいいから」

 

 食材の間から、やっと消毒液の瓶を掴んで取り出せた。道端のど真ん中で堂々と処置をすることはできないので、ファルコと近くの建物の影に移動する。単なる応急処置なので、ガーゼに消毒液を含ませて「染みるよ」声をかけてから傷口にあてた。

 

「あ。ありがとう、ございます」

「うん。いつも頑張ってる戦士くんは、あたしたちがサポートしないと」

 

 消毒さえして仕舞えば、あとはどうにでもなるだろう。顔の傷は処置し終わって、ついでだから「他には?」と問いただしてみる。間を置いてから、ファルコがズボンの裾を摘んで上げてみせた。服の下から覗いた左足の膝は、赤く変色している。裂けた皮膚の間から痛々しい中身を曝け出していた。包帯も持ってきて良かった。手当たり次第かき集めてきた過去の自分へ感謝しつつ、作業しやすいようにしゃがむ。

 

「オレは……まだ候補生ですよ」

 

 消毒を終えてから、使いかけの包帯に手を伸ばす。乱暴に千切られた跡のあるそれを引き出していると、ファルコがぽつりと言った。

 

「候補生だから、でしょう?」 

 

 何を躊躇っているのだろう。手頃な長さの包帯を両手で割きながら、あたしは小首を傾げた。戦士候補生だから、次の戦士に選ばれる可能性がある。ポルコのように力を継承するのか、別の方法で力を得るのかは知らないけれど、人智を凌駕する巨人の力。その近くにいれば、ここでの安泰が保障される。今もそうだが、都合のいい手札はいくらあったっていいだろう。前のように、一人の力へ依存するのは良くない。

 

「将来有望な戦士の卵を労うのは当然だよ」

 

 文字通りの期待を込め、包帯を軽く巻いてきつめに結ぶ。前までは強く締めすぎてライナーを痛がらせたり、逆に緩すぎてヨボヨボになっていたのに。いつの間にかコツを掴んでいたらしい。自慢げに鼻を鳴らしてから、地面についていた膝をあげる。

 

「……ノエルさんは、ガビを見ても……そう思ってくれますか」

 

 微かに俯いたファルコの表情は、曇っていた。下へ向いていた視線が持ち上がり、力無くあたしを映す。

 

「オレ、アイツに何一つ勝ててないんです。今日だって……一度も」

 

 ファルコが、擦り切れて汚れた手のひらを眼前で仰いだ。手の上に訓練の情景でも蘇ったのか、下がっていた眉が顰められる。

 

「このままじゃ、戦士になるのは…」

「思うよ」

「え?」

 

 困惑した目線がこちらへ向けられ、自分が声を発していたことに気がついた。いつも通り、適当な御託を並べて励ませばよかったのに。この子といると、なぜか調子が狂うらしかった。丸い瞳に真正面から見つめられれば、そうやって自問自答している暇は無い。自分の足先を見つめてから、あたしは小さく息を吸った。

 

「あたしもそうだったから……敵わない人がいて、それでも。その人を越えなくちゃいけなくて」

 

 前までは、あたしもファルコと同じだった。否応なしに脳裏で蘇ってくるのは、幸せだった頃の記憶。あたしが、まだ善人を演じていられた時の罪。超えられる訳がないと知りながら、あの子の背を追い続けていた。きっと、そうやって振る舞っているのが楽だった。

 

「自分じゃ到底及ばないことくらい、わかってても。それでも……」

 

 あたしは生きるための言い訳を探してた。ただ、それだけだったんだろう。けれど、あの時の自分が本気であの子に成ろうと足掻いていたのも事実だ。どうして自分にはできないのか、と問いただして、それでももがき続けた。あの子を殺したのは、自分自身だとわかっていながら。諦めの悪い子供みたいに。

 

「ノエルさんにも、……いたんですか?」

「うん。ずっと、ずっとその人を目指してた。憧れていたし……好きだった」

 

 ファルコの瞳孔が緩やかに開かれ、あたしは調子良く出していた声を途切れさせた。そうだ。あの子が大好きだった。なんの濁りもない笑みが、好きだった。

 

「でも、あたしは……逃げたんだ」

 

 善人の、真っ直ぐな視線が耐え切れなくなって顔を逸らした。あの子から、罪から。何もかもを放棄して、逃れようとした結果。あたしは今、ここにいる。

 

「だから、諦めないファルコはすごいよ」

 

 下から這い上がってくる過去の幻影を断ち切って、顔を持ち上げた。自分じゃ到底及ばない相手に向かい続ける辛さは身をもって知っている。ここに来てから久しく口にしていなかった、本心だった。

 

「あなたが戦士を目指す限り、あたしはずっとファルコの味方だよ」

 

「ガビには悪いけど、ね」そう最後に付け加えると、「ノエルさん……」ファルコが眉間の皺を解いて、あたしを呼んだ。純真な少年は、保身や打算から寄せられる濁った期待を素直に受け取ったようだった。

 

「……オレ。もっと、もっと頑張ります!」

 

 そう声を張り上げたファルコの顔は、晴れやかだった。下ろされた腕の先、自分の宣言を刻み込むようにぐっと拳を力強く握っている。

 

「いつか……アイツを、越えられるように!」

「……うん、応援してる」

 

 決意を新たにするファルコの前で、あたしは大きく頷いてみせる。そうしてから、耐え切れなくなって目を逸らす。自分で励ましたのに、どうにも見ていられなかった。

 

「ノエルさん?どうしました?」

「あ。いや、なんでもないよ」

 

 肩を並べて歩きながら、ふいに名前を呼ばれる。あたしは虚に流れていた意識を引き戻して、誤魔化すように微笑む。この子は、かつてのあたしと同じでありながら真逆だ。偽物と本物の差が、静かに喉元を締めてくる。本物だから、選んだ癖に。被害者面が染み付いた頭は、眩しがって仕方なかった。

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