足枷がついているみたいに重い足首を、引き摺って動かす。気を抜いたら、その場で崩れ落ちてしまいそうだった。むしろ、そうしていたかった。歩けない、行きたくないから会えないと、誰かに伝えて欲しかった。あの日のように、何もかも聞かなかったことにして、遠くへ行きたい。今すぐにでも、逃げ出したい。
いくら願っても、唇をかみしめても、現実は無常に過ぎていく。走ってもいないのに、息切れが止まらない。みっともない息を垂れ流して、ふらついて、それでも前へ進むしかなかった。向かうのは、昨日ジークから伝えられた場所。あたしの居場所になる、はずだったところ。
異常をきたしてる体でも、そこへ行くは簡単だった。病院と収容区を分け隔てる塀。赤茶色の煉瓦が積まれたそれの前で、立ち尽くす。より煩く騒ぎ出した心臓が、頭の中を反響して揺れる。口を浅く開いて、熱を出さないと息ができない。痛いくらい伸縮している胸を、服の上から握り締める。
大丈夫。きっと何かの勘違いだ。あのジークの性格だから、あたしを試しているのかもしれない。きっと、そうだ。エレンなんかいなくて、ただ。ジークがいるだけ。あたしの様子を見て、また茶化してくるに違いない。そう自分に言い聞かせ、やっと足が動いた。まだ荒い呼吸を整えもせずに、塀を潜る。
病院の広場は、三年前と何も変わっていなかった。暇つぶしに、窓の外から眺めていたからよくわかる。ずっと壁に頭をぶつけている人、車椅子で散歩をしている人。みんながそれぞれ、ささやかな自由を享受している。いつもと変わらない光景、だから。
ベンチに腰掛けている人影が、異質であることにすぐ気がついた。
「4年振りだな、ノエル」
「エレン……」
聞き間違うはずもない、懐かしい響きだった。意思と関係なく溢れた声が、震えと共に落ちていく。
無造作に伸び切った髪の毛、巻かれている包帯、欠けている足に、かつての面影はない。それでもエレンだと確信できたのは、乱れた髪の毛の間から向けられている瞳。獰猛な獣とまた違う、激情を煮詰めて固めたような、ギラギラとした輝きを秘めた瞳が。訓練兵の頃から変わらない、あの木の上で向けられたものと同じ瞳が、あたしを見ていたからだ。
「やっぱり、なんで……ここに……」
つま先から、熱が冷えていく。ズリ、と本能のままに体が後退して、靴裏が砂利を擦る。遠くに見えていた現実が色を取り戻し、すぐそばで脈動し始めていた。全身から垂れていく嫌な汗、背筋に張り付いた悪寒が、体の芯から震撼してる。今、あたしが息をしているのは、紛れもない現実。
変わり果てた姿の旧友が、海の向こう側に捨ててきたはずのそれが。目の前にいた。
「どうして、」
まるで、縫い止められてしまったみたいに、眼前の光景から目が離せない。昨日から、こうなることは分かっていたのに。使えない頭は用意してきたはずの言葉を、何ひとつ出してくれない。
「……ノエル、座れよ」
衝撃の余韻で打ち震え、唇を戦慄かせるあたしの耳に、その音は淡々と響いた。定まらない視界の中で、指し示された指を追う。エレンは、ベンチに腰掛けた自分の隣。空いている空間に手をついていた。
「は、ぁっ」恐縮した頭が勝手に息を吐き出して、呼吸を整えようとする。短く肩を震わせてから、覚束ない足取りで近づいた。逃げようとする体を、ガクガクと震えている手を押さえつけ、無理矢理にでも動かす。無様な姿を晒すあたしに、エレンは言葉をかけようとはしない。静寂を保ったまま、あたしが席に着くのを待っていた。
その視線に怯えながら、やっと辿り着いたベンチに手をつく。それを支えにして、鉛のように重たい体をベンチの上へ乗せた。体重で木が沈むのを感じながら、怠慢な動きで腰を下ろす。
指示通りにしても、エレンがすぐに何かを言うことはなかった。呼吸ひとつですらやっと空間で、沈黙が静かに首を締めてくる。
あたしは、エレンの方を見ず、細かく揺れている手のひらを膝の上で組んだ。心の中を掻き乱している感情を全て押し込むように、硬く握り締める。熱を上げている体のまま、あたしは乾いた喉を動かした。
「ど、うやって……ここに来たの」
粘ついた唾を、胃に押し込んで。あたしがようやく吐き出せたのは、随分と逸れた質問だった。言ってすぐ、額の上が重くなってくる。その体はどうした、とか。なぜジークと繋がっているのか、とか。他に聞きたいことはいくらでもあったはずが、まるで最初から決まっていたように、その言葉しか発せなかった。
「お前なら、聞かなくたってわかるだろ」
返答に身構える間さえなく、エレンが言った。なんの敵意もない、恐ろしいほど淡々とした返事。昔よりも落ち着きの増した、別人のような声色は、あたしの肩を跳ねさせるのに充分だった。「っ……、なら。何で、」鬱陶しいくらい正直に反応する体を手で押さえ込み、噛み締めた唇の間から声を溢す。
「なんでって、お前と同じだよ」
「は、……?」
身構えていたものとは掠りもしない答えに、嘆息が洩れる。膝の上で留めていた視界が反射的に動き、エレンの姿を真正面から捉えた。
「ライナーたちの故郷に、来てみたかったんだ」
その口ぶりからは、何も推し量れない。冗談で言っているつもりか、それとも本当に。あたしには、それを問いただすだけの力も、勇気もなかった。
「聞いたよ。ライナーの嫁になったんだってな」
「なんで、……それを」
あたしが何も理解できないうちに、エレンの口が動いた。その横顔をじっと見つめているあたしと違い、虚を辿るように宙を眺めているエレンからは、言葉の意図を計り知れない。口内で広がってきた違和感を、噛み殺す。何百回も言われてきたその言葉が、エレンの口を通すだけでいつもよりもずっと苦かった。
「ここじゃ有名だろ」
狼狽えるばかりでいるあたしに、エレンがそう付け加えた。エレンの言う通り、あたしとライナーの関係性はそれなりに広がっている。収容区内にいるエレンが知っていたっておかしくはない。
だけど、病院となれば話は別だ。あたしは、入院してたからわかる。外部からは一切遮断され、情報源とすれば新聞くらい。戦士隊副長の妻候補がどうこう、なんて知れるはずがない。ジークが、告げ口したのか。それとも、他の。
「良かったな。ライナーと帰れて」
余計な考えを回し始めていたあたしへ、その平坦な呟きはよく聞こえてきた。熱をどこかに置いてきてしまったような、他人事のようなそれ。問いただす訳でも、糾弾している訳でもないのに。あたしの縮み切った胸の辺りを、強く圧迫してくる。
「エレン、」
深く落ちた沈黙の中。喉奥から迫り出したのは、掠れ切った一言だった。息苦しくなった体を屈め、つま先に目を落とす。
「言ってたよね……あたしも、こ、殺さなくちゃ、ならないって……」
上手く回らない口で、たどたどしく言葉を紡いだ。じわり、と目の奥が熱くなってきて、そのまま地面に伏せてしまいたくなる。昨日からずっと、頭の中で繰り返される光景。脳に焼き付いている音。
あの日。あたしが、エレンを、みんなを捨てた日。エレンが、そう叫んだ。裏切り者を、殺さなくちゃならないって。あたしを、殺すって。
間違いない、変えようのない過去に、視界が歪む。無視するだけで良かったあの音が、今更になって喉を締め付けてくる。
「っその、ために、あたしを……呼んだんでしょ?」
そうだ。それしかない。あたしをわざわざ呼び出してまで、することなんて。弱々しく問いかけてすぐ「ああ……」エレンの吐息が聞こえた。
「あの時は……ライナーたちが裏切って、それについて行くお前も、裏切り者だと思った」
やっぱり、そうだ。泣き出しそうな頭が、ベンチから、エレンから、逃げようと腰を上げさせて。
「でも、……今は違う」
その一言が、動きを止めた。
「お前には、選択肢がなかっただけなのにな」
「え……」
あたしには、わからなかった。目の前の人間が、何を言っているのか、理解できなかった。
定まらない視界。その先で、爛々とした光をした深緑の瞳が、あたしを見つめてる。
「そうだろ?」
その輝きに魅せられたまま、息を呑む。エレンから目を逸らせないまま、口が再び動いた。
「――」
「は、」
形作られた音が、鼓膜を揺らす。捻じ曲がっていた現実が正されて、静まり返った。それは、久しく耳にすることのなかった。七年前に捨ててきた、悍ましい悪魔の名前。
「これがお前の、本当の名前なんだって?」
「あ、……あ、あ」
つま先の、頭の、指の。ささやかな温度が、体から抜け落ちていく。「は、はっ、は、」持ち上げた手の、指の腹が頬についた。恐ろしく冷えたそれが、じんわりと頬を侵食してくる。わからない。これは、誰の熱なのか。あたしのはずなのに、ちらつくのは、鼓膜にこびりついた音。この世の何よりも、不快で耳障りな「ち、が、う」手のひらで現実を覆い隠したまま、首を横に振った「違う!」あたしのじゃない。頭の中に浮かんだそれを、否定する。じゃないと、「そんな名前、知らない」あたしが、溶けてく。
「わたし。わから、ない……」
悪魔のか細い嘆きが、遠くから聞こえた。顔についた手を肌に食い込ませて、背を曲げた。エレンからも、誰からも、見えないように身を縮み込ませる。苦しい。その中で、引き攣った呼吸を繰り返す。喉を抉るような息しか、吐けない。腹の底から押し出し、肺に突き刺さるような空気を吸って、また吐く。一人そうやって苦しんでいても、あたしの体を摩ってくれる人はいない。知ってる。病院じゃ、こんなのは日常だった。
「お前だったんだな」
それを繰り返していたら、また。声がした。顔を持ち上げるような間もなく、エレンは続けた。
「壁が破壊された日。船の上で、俺に謝ってきたのは」
失落と絶望を乗せた船。船底に波があたる音と、誰かの啜り泣き。呻き。悲しみに暮れるあの場所で、一人だけ。あたしだけが喜んでた。黒煙立ち上る故郷を目に映しながら、あたしは。あの子を突き飛ばした手で感嘆の息を溶かした。生の実感に身を震わせていた。何もかも考えるのをやめて、目を閉じようとしたんだ。そうしたら、声がした。
この世の憎悪を焼く尽くさんとするような咆哮。この地獄を生み出した者たちへ叫ばれたそれに、ただ同調することはできなかった。あたしだけが、違ったから。
「お前は、親友を殺した」
そうだ。命を奪われたあの場所で、あたし、だけが。
「ノエルを殺して、生き残った」
あたしだけが、ノエルを殺した。
「あ、あぁ……!あ、あ」
殺したんだ。だって、あれじゃあ駄目だった。巨人から、逃げられなかった。あそこであたしが手を離して。離してなかったら、二人とも死んでいた。巨人の口に咀嚼されたまま、荒れ果てた故郷を眺めることしかできなかった。それを、あの子にさせた。違う。あたしは。死にたくなった。それだけで、足音がそばまで近づいてきてて。目の前にいたおじさんが、変な形に折り曲がってた。鮮血を吹き出して、巨人の唇に食まれた。虚な黒目があたしたちを見つけてしまって、だから。ああするしか、できなかった。去り際に見たあの子の顔。見開かれた丸い瞳孔が、あたしを。そうだ、ずっと。ずっとわたしを。
「そうなんだろ?」
「あ、」
ベンチが軋む。瞬いた時には、エレンの顔がすぐ近くにあった。黒い睫毛に縁取られた目玉が、瞳孔が、あたしを捉えて離さない。きっと。あたしが、どんなに逃げようと、隠れようとしても、無駄だった。
「あたし、は」
「正直言って」
その瞳の中。惨めな女が揺らいでいる姿に急かされて、口を開こうとした。その上から、エレンが声を被せてくる。
「オレは……お前をアホな奴だと思ってた」
背中を押されたら触れてしまいそうなほどの。恋人が、逢引きをするような距離。いつもはライナーがいるそこに、別人の顔があった。そよ風に長く伸びた髪の毛を靡かせながら、エレンは言って目を伏せた。
「いつもヘラヘラしてて、アニに蹴られてもずっとそんな調子で……」
何かを思い出すかのように下された視線、それを追うことはできないけれど。ここへ来て始めて、あたしにはエレンの頭に浮かんでいる光景が分かった。記憶だ。あたしがまだ偽りを信じ込んでいた頃の。空っぽの贖罪を追い求めていた、あの頃の。
「だから、気づかなかった」
エレンの言う通りだ。あたしは、間違いなく自惚れたアホだった。みんなにそう思われているのが楽だった。アホだけど、いいやつなんだ、と。ヘラヘラと軽い調子で笑っていれば、誰もがそう騙されてくれた。
みんな、そうだ。疑いすらしていなかった、コニーやクリスタ。勘の鋭いサシャ、成績優秀なミカサ。頭脳明快なアルミン、出来損ないの面倒をよく見てくれた、ジャン。あたしなんかを好きだと言ってくれた、マルコ。ライナーたちでさえ。
最初からわたしを見破っていたのは、きっと。ユミルくらい。それ以外の人は全員そうだった。
エレンも、その一人だ。その、一人の、はずだったのに。
「エ、レン……」
エレンは、知ってしまった。あたしの罪、偽り、嘘。全てを。
だからこそ、分からないんだ。今日、出会った時から。その想いは、あの町に捨ててきたはずの過去を引き摺り出されてから、より一層強くなった。選択肢がなかっただけだ、と。全部知ってしまったエレンが、どうしてそんなことを言えるのか。
その言葉の先で、エレンが何を求めているのか。
「……ほんとの、……本当のことを、教えてよ」
言い切って、鼻で笑い飛ばしてみたかった。嘘を吐き続けたあたしが、真実を求めるなんて。エレンもあたしと同じように思ったのだろう。身を引かれて、顔が逸らされる。エレンは、松葉杖から離した片方の手で、耳の裏を掻いていた。手を動かしながらも「近々。ここで祭りが行われるって、知ってるか」そう呟いた「ま、つり?」唐突で、あまりにも場違いな言葉に、その意味を問いただそうとして。
「その日、ここは襲撃される」
エレンが続きを話し出す方が、早かった。
「……襲、撃って。そ、んな、……そんなの、誰に」
さっきとは、真逆だった。まるで対照的な、不穏さを孕んだそれ。内臓が浮つくような感覚に、耐えきれず吐露すれば「オレだ」エレンは間髪入れずに答えた。相槌と同じような軽々しさに、エレンの横顔を見遣る。
「オレがやる」
その表情は、無を貼り付けたままだ。エレンは顔色一つ変えずに話し終え、またどこかを眺めてる。問いただした癖して、衝撃はなかった。やっぱり、と。諦めに似た気持ちが湧いてくる。あのエレンが、ただの観光だけで終わるはずないと知っていたからだ。エレンは訓練兵の時から、そういう人だった。
でも、それ以上はさっぱりだ。過去の面影を探ることはできても、別の生き物になってしまったように、変貌してしまったエレンの前では通用しない。
「……どうして」
あたしは、何度目かも数えられなくなった疑問を口にして、添えていた手を離した。思うような力が入らない手のひらは、頬を這うように剥がれた。汗でぐっしょりと濡れた指が、ベタついている。
ライナーでも、ポルコでもいい。軍の人間が一人でもいれば、こんなこと聞かなくたって済む。エレンを終わらせて、あたしの罪と共に葬り去ってしまえるのに。なんで。築き上げてきた味方は、肝心な時に役立ってくれないんだろう。あたしは、一人じゃ何もできないのに。「ノエル」そう、ひとりごちたところだった。エレンに、名前を呼ばれたのは。
「帰ろう、ノエル」
「え?」
「オレたちの故郷に」
いつの間にか。頭をじゅくじゅくと刺していた痛みも、耳元で五月蝿いくらいに鳴り響いていた心音も、なくなっていた。煩わしいものが何ひとつ感じられなくなった世界で、自分の息遣いだけが残っている。
「……兵団に話はつけてある。こっちに戻ってきても、お前は反逆罪に問われない」
目を見開くことしかできないあたしの前で「当日になったら、お前は指定した場所に来い。オレの仲間が迎えに行く」エレンは平然と付け加えた。まただ。最初からそう決まっているみたいに。
「なんで、」
「なんでって、お前……」
エレンが首を動かした。狼狽えることしかできていないあたしを、深緑の瞳が映す。ふ、と小さく溢された嘆声が耳に入ってきた。
「オレたちは、仲間だろ」
エレンの口端が、柔らかく上がる。「は、」それを目に入れた途端、視界が潤む。一緒に夜まで特訓して、目標を達成した時に笑い合った時の。あたしがくだらないヘマして、呆れ笑ってくれた時の。昔と変わらない笑い方だった。
「それとも、お前は……もうオレたちのことを仲間だと思ってないのか?」
唇を戦慄かせることしかできないあたしに、エレンは怪訝そうな顔をする。その懐かしい動きに目を窄めてから、あたしは今すぐにでも叫び出してしまいたかった。
みんな、仲間だ。仲間に決まってる。それを否定したことは、一度たりともない。あたしが。ライナーたちが、いくら偽っていたとしても。あたしたちは、苦楽を共にした仲間だった。あの、宝物のような日々は幸せに違いなかった。
「あたし、……戻れるの」
ぎゅう、と瞼を閉じる。真っ暗闇に浮かぶのは、見慣れた訓練地。何度焦がれたかも分からない、生温い日常。記憶の中で、燦然と輝くあの景色に。
「……仲間で、」
あたしが、手放した居場所。あたしが、消した未来。あたしが、捨てた故郷。
それに今さら、都合よく縋ってもいいの。みんなは、あたしを受け入れてくれるの。こんな、どうしようもない人殺しの屑を。自分のために親友を殺すような悪魔を。エレンは。
「仲間で、いいの……?」
眉間に込めていた力を抜く。ゆっくり、と下ろしていた瞼と顔をあげた。今度こそ、あたしからエレンを見つめて、待つ。緩く閉じられていた口が、開いた。
「当たり前だろ、ノエル」
「ぁ……ぁ、あぁ……」
気の抜けた微笑みだった。無造作に分けられた前髪の間から、眉を下げたエレンが笑ってる。あたしは。何も背筋を駆け登ってくるそれを、目尻から頬につたっていくそれを、止められなかった「っあ゙、は…」止めようと、しなかった。
「ま、てた……ッあたし、待ってた。この四年間、今までも、ずっと。ずぅ、っと……!」
「ああ」
止めどなく溢れ出る衝動を、拭い去りもせずに。あたしは、両手を自分の腰へ回した。ベンチに座ったまま。身を前に屈め、胎児みたいに丸くなって。服が染み込んだ雫で、じわじわと色を変えていく。
「一人、っきりで。みんなを。助けをッ、待ってた……!」
「ああ」
あの日から、後悔し続けていた。なんて馬鹿なことをしたんだろうって。くだらない贖罪を信じ込んでたばっかりに、救済者になれると勘違いしていたばっかりに。結局、あたしは何も得られなかった。海の向こう側へ渡っても、重ねたのは罪だけだった。それが、やっと。
「あ、りがとうっ……エレン、ありがとう」
ツン、と燃え上がり続けてる喉を動かし、あたしは嗚咽の中でそう言った。涙や鼻水が顔をぐちゃぐちゃに汚したまま。かけがいのない仲間に見守られ、あたしは子供みたいに泣きじゃくった。胸に降り積もっていたものが、全て吐き出されるまで。ずっと。
「……ああ」
あたしは、知っているはずだった。犯した罪は取り戻せないと、過去を変えることはできない、と。分かっていた、はずだったのに。愚かなままの自分は、気づかなかった。
そうやって蹲っているあたしの背中を、エレンがどんな顔で見ていたかなんて。気づこうとも、しなかった。