島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第47話 罪過

 膝を抱えた腕の隙間から、鈍い光を放つ太陽が沈んでいく。いつまでも追いかけてくるそれを視界に入れたまま、まだ痛みが抜け切らない体を荷台に預ける。

 世界を救う。そう宣言したコニーたちに同行し、あたしは荷馬車に揺られていた。あと何分こうしていればいいのかは分からないが、協力者はこの場にいる人だけではないらしい。今いるのは、ジャンを除いた同期たちにライナー。それに、アニ。ファルコとガビの二人までいる。あたしとライナーだけではどうしようもなかったから、みんながいてくれて心底ほっとしているけれど、同時に不思議でもあった。

 ずっと同じ体制でいた膝を解く。ある方向から逃れるように、馬の手綱を握っているアルミンの背中へ目をやった。このまま地鳴らしが遂行されれば、エレンの言う通りあらゆる遺恨が消え去る。世界はパラディ島の中だけになり、英雄とまで言われていたアルミンたちなら、それなりの地位が約束されているはず。人類なんか救わない方が、よっぽど楽に生きていけるだろうに。享受できる幸せを放棄してまで、アルミンたちはエレンを止めようとしている。あたしだったら、うまく権力の中枢に入るか、人類なんか救わずに山奥で隠居生活でもしているところだ。

 

「ノエル、」 

「ねえ。アルミン」

 

 誤魔化し続けるのにも限界がきて、ずっと向けられている熱烈な視線を断ち切るよう声をあげる。名前を呼ばれたような気もするが、風がそう聞こえただけだろう。そう結論付けて、振り返りはしなかった。

 

「さっき言ってた……マーレ残党って、信用できるのかな」

「分からない。話してみないことには……」

 

 そう言い淀むアルミンの姿に、まだ疲労の残る体が重くなる。今まさに踏み潰されんとしている人類を救うために、ここまでの人数が集まったまではいい。巨人の力も、この場にいるだけで、三体は揃っている。車力の巨人と手を組んだ、と言っていたから、車力を含めて四体。それと、あたしたち。

 本当にエレンを止められるのだろうか。少し景色に目を走らせた先には、巨人たちが歩き去っていった跡があった。遠目でもわかるほどに草木は薙ぎ倒され、盛り上がった土が山のように積まれている。常人ならとっくに諦めているだろう、圧倒的な力の差を見せつけられていた。せめて、できる限りの巨人の力を集めなければ、あれを止めることはできない。頭の回らないあたしでも、それくらいはわかった。

 

「その、マーレ残党に……ポルコは。顎の巨人はいないの?」

 

 ポルコは牢で別れたっきり、戦場で見たのが最後だ。アルミンたちの中にもいないとなれば、マーレ残党とやらの中にいるのだろうか。頭の中でちらついていた疑問を漸く口にすると、「ガリアードさんは……」苦しげな声がした。

 

「何?ファルコ」

 

 反応したのは、ガビと並んで暗い表情をしているファルコだった。聞き返しても、ただでさえ浮かない顔つきに皺を刻んだままだ。カラカラと車輪の回る音だけが残った空間で、その異様な様子に瞬きをする。暫しの沈黙を経たのち、ファルコは喉を潰すようにして答えた。

 

「ガリアードさんは、……俺が、食いました」

 

 声は、出なかった。ただ、景色が緩やかに進んで。

 ぐしゃりと顔を歪めたファルコの肩に、ガビが手を添える。その様子が、やけに遠く見えるくらいで。それだけだった。

 

「すみません……俺が巨人になったせいで、ガリアードさんが……」

「ファルコ」

 

 今にも泣き出してしまいそうな嘆きを聞き届けて、あたしは名前を呼んだ。自分でも驚くほどの平静さを保つように、言葉を重ねた。ゆっくりと潤みかけた丸い瞳があたしを捉えたあとに、笑みをつくってみせる。

 

「教えてくれて、ありがとう」

 

 微笑んでも、前のような溌剌とした返事が返ってくることはなかった。元気付けるつもりで言ったのだけど、ファルコはそれっきり俯いたまま。もしかして、例の記憶とやらであたしとのやり取りを見てしまったのだろうか。それとも、ポルコの代わりに自分が生き残ってしまったことを悔やんでいるのか。その表情は、影に阻まれて窺い見ることができない。肩を落として、薄く月の浮かんだ空を仰ぐ。

 ある一点を境に暗く染まっている空は、星の輝きひとつ、乗せていなかった。

 人は死んだら星になる。何処かの誰かが言い始めた、その場凌ぎの言い訳。盲目的に信じていられれば良かっただろうに。あたしたちは、仲間たちの炎で温まったあの日から知ってしまった。人は死んだら、何も残さない。骨が灰になって、消えるだけ。ポルコも、やっぱり同じだった。

 裏切られ、利用されてもなお、あたしを求めた人。もう、一度くらい鉄格子の外で話せたら。偽るのを、やめていたら。あと少し、夢を見ていられたのだろうか。

 いくら考えても、意味はない。ポルコは死んでしまって、迎えが来ることはないのだから。軽く首を振って吐き捨てれば、どこか穴の空いた胸は、何も言わなくなっていた。

 

 

 やがて森へと入り、荷馬車は目的地へ辿り着いていた。つま先から頭まで、どっぷりと闇に浸かった夜の森。中心で揺らぐ焚き火を囲っているのは、複数の人影だった。

 

「誰か、手伝ってくれないかな?睨み合ってないでさ」

 

 グツグツと良い音を立てて煮えている鍋の側。状況は、まさにハンジが言った通りになっていた。大人しく座っているのは複数で、その他のみんなは地面に膝すらつけていない。殺し合ってきたもの同士。気持ちはわかるが、もう少し抑えられないものだろうか。殺気立った雰囲気に溜息を溢しつつ、一人嘆いていたハンジの隣で膝を折った。

 

「手伝います、ハンジさん」

 

 あたしは、黙々と芋を剥いている方が性に合ってる。ブラウン家で、嫌ってほど鍛えられたことだし。ハンジが何か言うよりも先に、積まれていた芋を手に取る。慣れた動きで芽をとって、適当な大きさに切っていく。

 

「ありがとう……ノエルだけ?」

「フッ。散々殺し合った者同士で飯を囲うか」

 

 そう話し出したのは、マーレ残党の中の一人だ。「面白いな、どうして気が変わった?」高圧的な態度に、これまた出そうになった息を喉の辺りで止める。こんな調子で、本当に世界を救えるのだろうか。

 

「説明した通りだよ、元帥殿。私たちは虐殺なんて、望んでいない」

 

 二人の会話を耳にしながら、手持ち無沙汰で芋を切り、落としていく。シチューはお得意の味付けを加えた色をしていないが、牛乳があるのかと言い出せるような場の空気でもなかった。

 

「つまり、正義に目覚めたと言う訳か」

「正義だと?今正義を語ったのか、あんたが」

 

 この元帥とか呼ばれている男は、波を荒立てるようなことしか言えないのだろうか。白けた目を向ける横で、ジャンが先陣を切って言い返した。パラディ島脅威論、とかいう何処かの新聞でよく載っていた単語。実際に聞いたのは初めてだ。物珍しさを感じつつ、最後の芋を鍋に入れる。そもそも壁が破られたせいでエレンが地鳴らしまでに至ったとか、二千年前の歴史がああだとか。子供染みた言い合いがいつまで続くのかと欠伸をしかけ、止めたのは「――ああ、やめよう」ハンジだった。

 

「私たちは外の世界で数ヶ月暮らした……もう何も知らない島の悪魔には戻れない」

 

 丁度よく沸騰してきた鍋を、ハンジが静かに掻き混ぜる。夕飯とするには簡素だが、即席にしては美味しそうだ。漂ってきた香りに鼻を動かしつつ、いつかの記憶が掘り起こされる。訓練兵時代は、食堂からしてきた匂いによくお腹を鳴らされていた。それをライナーに揶揄い、ベルトルトが知らないふりをする。アニは一歩先でやり取りを聞いていて、たまにあたしの馬鹿な言い草を切り捨てる。適当に雑談していたら、食堂まで着いていて、有耶無耶になるのがオチだった。何も知らない島の悪魔でいられた、くだらない日常の一幕だ。

 

「それで、あんたたちに殺せるの?」

 

 あの頃と同じように、少し外れたところで様子を伺っていたアニが言った。輪の中へ入ってきて、「エレンを、殺せるの?」ミカサたちの正面で足を止める。

 

「エレンを止める方法は殺すだけじゃない」

「あんたならそう言うと思ったけど……それじゃあ何。説得でもするの?」

 

 ミカサが言い返しても、アニは動じない。不穏な空気が漂い始めたのを肌で感じながらも、あたしは口を噤んだままでいた。あたしとしては、人類を救えさえすればどちらでも良いのだが、アルミンたち。特にミカサは黙ってはいられないのだろう。眉間に皺を刻んでいるミカサの横で、「それは……分からないよ。エレンと話してみないと」アルミンが曖昧に答える。

 

「じゃあ……対話が可能だとして……それでも虐殺をやめてくれなかった時はどうするの?」

 

 痺れを切らしたアニがそう捲し立てるも、反論はなかった。重苦しい空気と火花の弾ける音だけが残った空間で、「やっぱりね」とアニは諦めの色を滲ませてつぶやく。

 エレンを殺してでも止めたいマーレ勢力と、エレンを生かして説得したいパラディ島勢力とでは、真っ向から反発してしまう。エレンとの関係を知っていれば、ミカサがその筆頭になるのは必然だ。

 

「結局はそうでしょ?ミカサ。あんたにとって、エレンより大事なものなんて考えたこともないだろうからね」

「つまり、私を殺すべきだと?」

 

 問い詰められたミカサが勢いよく柄を抜き、アニが呼応するように腕を構えた。「レオンハート!!」唐突な戦闘体制に周囲が響めく。一発触発の状況を前にして、あたしはアニを止めようとはしなかった。深刻にはならないと、心のどこかでわかっていたのだろう。ピリつくような緊張が走るも、アニが腕を下ろしたことで弛緩する。

 

「説得してエレンを止められるのなら、それでいい。少なくとも、その時まで私たちは争うべきじゃない」

「……わかった」

 

 少しの間をおいて、ミカサも構えを解く。ひとまずは、お互いに落とし所がついたらしい。その代償として、すっかり重たくなってしまった空気を吹き飛ばすように「さあ!シチューができたよ、食べよう!」場違いなくらい明るいハンジの声が響いた。

 

「ノエル、もう人数分あるよ」

 

 シチューを掬いかけていた手を、ハンジに止められる。一度手を貸してしまった以上は仕方ないかと、二人で分担してシチューを配っていたのだが。あと一人で遮られ、ハンジの言っている意味が分からずに首を傾げる。

 

「でも、あの子の分が」

「どの子?……ああ!」

 

 焚き火から少し離れた場所にいるノエルを指さそうとして、ハンジが先に合点のいったような声をあげた。あたしが訂正する間なく、ノエルがいる方向とは別の大きな影へ顔を動かす。

 

「車力の君は、食べなくていいの?」

「結構です」

 

 ハンジが話しかけたのは、あたしたちの側で地に臥している車力の巨人だった。その状態でも喋れるのか、と驚嘆しかけた心が、間接的に拒絶されて濁る。

 

「らしいから、……ノエルも食べていいよ」

「……はい」

 

 手の中に残ってしまった器へ、視線を落とす。結局、よそった分は自分のものになってしまった。ノエルも何も言わないし、これでいいのだろう。湯気の纏った器に唇をつけ、釈然としない気持ちを出来立てのシチューで洗い流す。理不尽に萎まされた胸へ、熱が染み渡った。

 

「地鳴らしの視察用に飛行艇を港に用意してあるらしい」

 

 腹が満たせるようにと、大きく切って入れた芋を咀嚼しつつ、ハンジの話へ耳を傾ける。飛行艇、が何なのかは想像すらつきもしないけれど、エレンに近づけるのなら何でもいい。一先ず、あの強大な巨人の群れを見上げるだけにはならなそうだが、問題はエレンがどこにいるのか。「闇雲にとんでも、すぐに燃料は尽きる」あたしの中に浮かんだものと、同様の疑問を投げかけるハンジに、「だからこいつを攫った」元帥と呼ばれていた男が言った。見据えたのは、ここへ来てからあたしたちの会話を静観しているイェレナだ。

 

「クソ野郎」

「……は?」

「なぜ私が、マーレ人のクソ野郎に協力する必要があるのかと聞いている」

 

 語りかけられたイェレナは、男に向かって吐き捨てた。どうやら、易々と情報を渡してくれる気はないらしい。もしくは、主張通り何も知らないのか。あのジークの信仰していた、というだけで信用できなくなるのだから、ジークの胡散臭さは恐ろしい。

 

「自らを嘘を塗り固め、人類史に刻まれんとする。その欲深さに、敬服いたします」

 

 その答え合わせのようにイェレナの嘘が暴かれ、ピークはわざとらしく付け加えた。あからさまな皮肉を前にしても、イェレナの態度は飄々としたままだ。小さく笑みを溢し、車力へと手を這わせてみせる。

 

「世界を救う――これ以上に人を惹きつける甘美な言葉があるでしょうか」

 

 イェレナは堰を切ったように話し出した。芝居がかった喋り方が鼻につくが、指摘するような気力はない。

 

「何億もの命を救うという崇高な胸の高鳴りに身を任せ、これまでの遺恨などなきもののように喉へと流し込む」

 

 「それが今、私の目に映るあなた方の姿です」とイェレナは言った。一転して饒舌になったイェレナを視界に入れながら、薄味のシチューを味わう。その通りになってくれたら、話は楽なのだけど。食事時とは思えない静けさからして、そう簡単にいっていないことは明白だった。

 

「少し……思い出してみませんか」

 

 イェレナの提案に、同調する者も反抗する者もいない。残ったのは、炎が巻き上がりら火花が弾ける音だけだった。それを良しと捉えたのか、イェレナが順々に人を選んで語り始める。

 

「ライナー・ブラウン。貴方が壁に穴を開けたことで、どれだけのエルディア人が巨人に食い殺されたでしょうね」

 

 真っ先に餌食となったライナーは、イェレナに何を言うでもなかった。晴れない表情のまま、視線だけを僅かに逸らす。変えられもしない過去を掘り返して、あたしたちを仲違いでもさせたいのか。次いで、アニ。アルミンたちと、イェレナは順々に話の矛先を変えていく。

 

「……しかし、訓練兵から家族のように過ごした皆さんの悲しみと憎しみとは比べ物にならないでしょうが」

 

 イェレナが取ってつけたような憐憫をみせる前で、あたしは器につけていた口を離す。サシャの死を挙げてまで、くだらないお喋りを続けるイェレナが心底煩わしくなってきた。あの髭面を信仰していると喋り方までよく似るらしい。シチューのおかわりでも貰って気を紛らわせようと、体を少し動かして。

 

「ああ、」

 

 ミカサとはまた違う、底の知れない黒の瞳に捕まってしまった。罪や過去を嬉々として掘り返してきたイェレナが何を言い出すのか。身構えるあたしへ、イェレナは同じ調子で続けた。

 

「貴方もいましたね、ノエル・ジンジャー。自らの故郷を裏切り、戦士隊を誑かし、今度は我々に取り入ろうという訳ですか」

 

 全て知ったような態度のイェレナに、敢えて口角をあげてみせる。当事者でも無い人間から横槍を入れられると、こうも神経を逆撫でされるらしい。みんなのように黙ってやり過ごすのも癪で、閉じていた口を開いた。

 

「さあ?どうだろうね」

「……そういえば、顎とは、随分親しげでしたよね」

 

 嘲笑を隠さずに聞き返すと、イェレナはさも今思い出したみたく、そう言い出した。露出していた中身に直接触れられたような不愉快さが、体の芯で膨れ上がっていく。

 

「ライナーとは夫婦だったと聞いていましたが……真逆、」

「ふふ、イェレナ」

 

 自分の笑い声が、やけに大きく響いた。笑みを作ったまま、感心するくらいペラペラと話してくれるイェレナを遮る。割り込まれた本人は、特に瞬きもせず、あたしを見つめ返してきた。つまらない反応だが、ずっと続いていたイェレナの独壇場を少しでも崩せた事実に、そっと笑みを深める。

 

「あたしの気を引くつもり?生憎、しつこい男は嫌いなの」

 

 苛々としていた心を満たすように、あたしはわざとらしい猫撫で声を出した。乱雑に切り揃えられた髪の毛先を指で弄りながら、「ああ、女の子なんだっけ」仕返しのつもりでイェレナの芝居染みた言い方を真似てみせる。

 

「忘れてた、ね。ライナー?」

「あ、……ああ…」

 

 突然呼ばれたライナーは、弾かれたように顔をあげ、困惑しつつも頷いた。その様子を目に映してから、イェレナへと視線を戻す。変わらずの無表情だけれど、口を閉じさせることには成功したらしい。荒んでいた胸の内が、滲んでいく優越感で落ち着きを取り戻していく。再び、静寂がその場を支配すると「プハッ」ジャンが言って、手に持っていた器を下ろした。

 

「美味しいです、ハンジさん。おかわりありますか?」

「ああ、まだまだあるよ」

 

 軽快に返事をしたハンジが、ジャンから渡された器を手にシチューを掬おうとする。「ハンジさん、あたしも」丁度喋ったお陰で喉が渇いていたところだ。便乗して、空になった器をハンジへ向ける。

 

「ありがとう、イェレナ。お互いのわだかまりをここで打ち明けて、心を整理させようとしてくれてるんだよな」

 

 あたしがおかわりを貰う傍ら。ジャンはどこから持ってきたのか分からないワインを手にしたまま、イェレナに語りかけていた。やはりあたしと同じく、言われるがままではいられないらしい。

 

「気を、遣わせちまったな」

 

 最後まで言い切って、ジャンがワインの瓶を豪快に仰ぐ。ワインは高級品だから、ライナーの昇格祝いに少し口をつけたことしかない。こんな夜は少しくらい酔っても許されるだろうか、とジャンに一口強請ろうとして「あー忘れてた。何でしたっけ、以前教えてもらった親友の名前は」イェレナの方が早かった。

 

「そうだ。マルコだ」

 

 ジャンの親友。そんなのは一人しかいない。脳裏にその姿を思い描くと同時に、イェレナが名前を口にした。

 

「確か、彼の死にアニが関わっていると言ってましたよね?」

 

 忘れていたんじゃない。無意識のうちに、知りたくもない真相から目を逸らしていたかった。忘れられない、あの凹み。お揃いだと笑い合った思い出の傷が、アニの立体機動装置についていたことなんて。

 

「もうアニから聞いたんですか?マルコの死の真相を」

 

 今更。聞きたくもないのに。渇いた唇はうまく動いてくれない。あたしが耳を塞ぐ隙もなく、アニは答えてしまった。

 

「私がマルコから立体機動装置を取り上げた。だからマルコは巨人に食われた」

「アニは俺の命令に従っただけだ」

 

 アニの声の上から被せるように言ったのは、ライナーだった。合わせて、ズキリと頭の奥が痛む。これで、本当に決まってしまった。ライナーたちが、マルコを殺したことが。知らないでいたかった、残酷な真実。

 

「マルコはその場から動けないまま…背後から来た巨人に食われた」

 

 ライナーからマルコの死の真相を聞き終え、残ったのは息苦しさだけだった。半身だけ残して、不自然な角度で固まった冷たい体。あたしに何の返事もしてくれなくなったマルコの抜け殻が、今も網膜に焼きついている。そうなるまでに至った経緯を知ったところで、消えるはずもない。

 あたしを映さない虚な瞳も、赤黒く汚れてしまった肌も、遠くなっていく白い塊も。きっと、死ぬまで覚えたままなのだろう。

 

「マルコは……最期に何か言ってなかったか?」

「"俺たちはまだ話し合ってない"……って」

 

 現実にしては、不明瞭な視界を地面へ這わせていたら、ライナーの言葉が耳に入ってくる。マルコらしい、と素直に思えていれば良かったけれど、どうにも釈然としなかった。曇り空のように悶々とした気を引き摺るあたしの横で「そうだ……そうだよ」ジャンが独り言みたいに呟く。

 

「俺たちはろくに話し合ってない。だから、どっちかが死ぬまで殺し合うみてぇなことになっちまったんじゃないのか」

「今からでも遅くないよ」

 

 すかさず言ったハンジを、あたしは他人事みたいに目で追っていた。殺し合いがどうこうとか、そんな飽き飽きとした話はどうでもいい。気がかりなのは、ただひとつ。マルコのことだった。

 マルコが最期に残した遺言。本当に、その一言だけだったのだろうか。あたしについては、何も。

 そこまで考え、項垂れていた顔をあげる。あたしが最期の現場にいた二人へ問いただそうとするのと、ライナーがひとりでに話し出すのはほぼ同時だった。

 

「マルコが巨人に食われるのを見ながら……俺は、なんでマルコが巨人に食われているんだって思った……」

「え?」

「そして、怒りに身を任せてその巨人を殺した。"よくもマルコを"……とか言いながら」

 

 ハンジが驚嘆の声をあげるも、ライナーの耳には届いていないらしかった。まるで何かに取り憑かれているみたく、望まれてもいない話を語ってくる。こんな姿のライナーは、初めてじゃなかった。むしろ、既視感しかなくておかしくなりそうだ。レベリオの、あの狭苦しい家で、何度相手をさせられたことか。

 だから、「もういいって、罪悪感で頭がおかしくなっちまったんだろ」と乱雑に切り上げようとするジャンの対応が、悪手だとすぐわかった。

 

「許さないでくれ。俺は……本当にどうしようもない」

「もう、いいって」

「……すまない」

 

 ライナーが全て話し終え、意味のない謝罪をする。これじゃあ、危惧していた通りになってしまった。そうやって、呆れた息を吐く間もない。目の前で、焚き火にかけられていた鍋が大きく揺れたからだ。中身が地面へひっくり返るより早く、飛び掛かったジャンがライナーに拳を振り上げる。

 一発で、ライナーはあっさりと後ろに投げられた。力無く地面に打ち付けられた体。ライナーの襟首をジャンが掴み上げ、顔面を殴りつける。何度も何度も、執拗に。ぐしゃりと骨が歪む音、飛び散る鮮血を目にしながらも、あたしはアルミンたちのように駆け寄る気はしなかった。 

 

「ライナー」

 

 すっかり冷え切ってしまったシチューを地面に残し、立ち上がる。あたしがライナーへ呼びかけたのは、ジャンが立ち去った後だった。

 血濡れになったライナーの側で俯いていた二人が、近づいてきたあたしを見上げる。さっきのことがあったからだろう。二人は体を強張らせていた。

 

「ノエル、さん……」  

「……マルコが最期に言ったのって、それだけだったの?」

 

 向けられる視線に構わず、土の上で四肢を投げ出したままのライナーへ問いかけた。導かれるように膝を折って、頬に手を滑らせる。血で汚されようと、関係なかった。

 

「あたし、の……」

 

 願うように喉奥から搾り出しても、ライナーが答えることはなかった。鼻の骨が折れて、痛みで悶絶しているのか。本当に、マルコが何も言い残さなかったのか、は分からない。

 

「……ガビもファルコも、早く寝なよ」

 

 数秒、そうしていた。もしかしたら、もっと短かったかもしれない。ライナーの顎をなぞっていた手を離し、体を正した。ここへ来る前よりも疲れ切った体を翻そうとして、「あの!」背後から呼び止められる。

 

「ノエルさん。そのマルコって人は、……誰なんですか?」

 

 ファルコに投げかけられたのは、以外な問いだった。知ったって、既にジャンもいなくなってしまったし、どうすることもできないだろうに。

 

「……なんで?」 

「ただ……知って、おきたくて」

 

 聞き返すと、ファルコはたどたどしく言葉を紡いだ。あたしを真っ直ぐに見つめ返していた瞳が、自信なく下へ落ちていく。

 答えたところで、何の意味もない。無視したっていいはずなのに。乾いた唇を、ゆっくりと開く。やっぱり、あたしはファルコに弱いみたいだった。

 

「……訓練兵団104期生、マルコ・ボット。あたしやライナーたちの同期で……人一倍賢くて、優しい人」

 

 そんな人が、あたしを好きだと言ってくれた。添い遂げたいと、伝えてくれた。

 目を動かして、腰の横で下ろした自分の手を眺める。別れ際、惜しむように離した指。あの時と比べて、穢れてしまった手のひら。汚れてしまった体を、今もマルコは受け入れてくれるだろうか。

 もしかしたら、じゃない。きっと、マルコならこんなあたしの手でも取ってくれる。あたしをずっと気にかけてくれた、優しいマルコなら。

 でも、もう。聞いてみることさえ、できない。

 

「ノエルさんは、……その人のことが、好きだったんですか」

「え?」

 

 そばかすのある頬をあげ、微笑むマルコの姿を思い出していたら。ファルコが突拍子もなく言った。訳もわからずに、息を洩らす。

 

「だって、……泣いてる」

 

 隣で座っていたガビの視線を辿って、自分の頬に触れる。指先をつたっていたのは、熱のない透明な雫だった。

 

「……そう、かもね」

 

 とめどなく流れ落ちていくそれを手の甲で払って、つぶやく。どうにも耐えきれなくなり、ファルコたちに背を向ければ、引き止められはしなかった。

 

 その日は、適当に敷いた寝具の上で身を抱えるようにして眠った。これだけ話をしたのだから、マルコが夢に出てきてくれると期待していたが、そう上手くもいかないらしい。寝た気のしない体に悪態をついて、早く目覚めていたミカサやアルミンたちと出発の準備をする。

 大方の荷物を積み終えた頃。直前まで寝こけていたライナーをジャンが叩き起こして、あたしたちは再び荷馬車に乗り込んだ。

 

 飛行艇のある港へ向けて動き出した馬車は、退屈ながら順調に進んでいった。あとどれくらい、包帯でぐるぐる巻きになった人類最強を見ていたらいいのだろう、と清々しいくらいの青空に目を細めた時だ。先行していた車力の巨人が、「港が、イェーガー派に占拠されています」とそう告げた。

 あたしたちはハンジの指示によって進路を即座に変更し、港を一望できる高台で地面に足をつけた。ハンジとマーレ軍服を着た男――マガトが偵察している間に、積荷から運び出した立体機動装置を着込んでいく。まだ新型に慣れていないのか、あたしの理解が遅いだけなのか。おそらくは両方だろう。両肩を締め付けるベルトを背負い直していると、手早く準備し終えたみんなは既に集まっていた。

 

「じゃあ、どうするの?」

 

 足りない部分がないことを確認したあと、ジャンの隣へ肩を並べる。急ぐのに必死で話を聞けてなかったが、みんなの表情を見る限り上手くはいってなさそうだ。前に立っていたアニの瞳が、遅れてきたあたしを映し、すぐ逸らされる。

 

「どうやって襲い掛かる敵から死者を出さずに、飛行艇とアズマビトを無傷で守りつつ、整備にかかる時間を稼ぐのか――教えてよ、アルミン」

 

 「私を追い詰めた時みたいに、作戦を教えて」アニが強く問い詰めるも、アルミンがすぐさま返事をすることはなかった。その時間すら惜しいとばかりに、車力から体を出したピークが「そんな作戦はない」と切り捨てる。

 

「一瞬でカタがつくか、しくじって飛行艇を失うか」

「待てよ。俺たちは人を助けるためにここにいるんだぞ!?なのにまずやることが、島の連中の皆殺しかよ!!」

 

 非情な現実を突きつけてくるピークに、声を荒げたのはコニーだった。どちらの意見も一理あるが、人類を救うためなら、邪魔をするイェーガー派は排除しなければならない。それが、同期であろうと。どれだけ、矛盾してようと。じゃなきゃ、エレンは止められないだろう。あたしが、贖罪を果たすことも。

 

「どうしてこうなるんだよ!?」

「それでも」

 

 コニーが苦虫を噛み潰したような顔で嘆くのに、あたしは声を被せた。なにか思い詰めたようなみんなの視線が突き刺さるのを感じつつ、それでも口を開くのをやめない。

 

「それでも、やるしかないでしょ。コニー」

「ノエル……本気で言ってんのか」

「うん。本気」

 

 愕然とした表情のコニーが言うので、あたしは首を縦に振ってみせた。あたしだって、好きで知り合いを殺したい訳じゃない。そんな罪を重ねることも、殺し合いも出来るだけ避けたいけれど、こうなったら選択肢は一つだけだ。でなければ、あたしは。顔を動かして、一人で立っているノエルを、見つめ返す。

 

「じゃなきゃ、世界は救えないよ」

「だからって……!」

 

 エレンが少数を守るために、大勢を犠牲にするなら、あたしたちは大勢を救うために、少数を犠牲にするしかない。項垂れるコニーをまた、説得しようとして、「そうね」アニが固く閉じていた瞼を開く。

 

「そもそも、あんたたちにはこんなこと付き合う義理なんかない。こんな選択を……突きつけられることも」

 

 アニは、「あんたたちならあの日……壁を壊すことは選ばなかっただろうね。私たちと違って」とため息でも溢すように言った。おそらく、それは当たっているのだろう。どちらも捨てたくないと苦しむのは、みんながあたしたちにはないものを持っているから。自分のために他者を犠牲にできるあたしたちとは、違う。

 

「お前たち5人は戦わなくていい」

 

 だからってどうしたものかと悩み始めたあたしの前で、ライナーが一歩踏み出した。「ガビとファルコと一緒に、安全な場所で見ていてくれ」あたしたち全員に向けて、ライナーは続ける。

 

「イェーガー派に見つかれば、否が応でも選択を迫られるだろう。ただし、何も手出しするな」

 

 あたしは嬉々としてライナーの提案を受け入れたくなるのを、ぐっと堪えた。直接手を下さずとも、飛行艇とアズマビトを確保できればそれでいい。全部任せて仕舞えるのなら、戦いの中で死んでしまう心配もなく、素晴らしいけれど。それじゃあ、ノエルが許してくれない。今もあたしの葛藤を殺すように、微笑みかけている。

 と言っても。みんなの力がなければ、飛行艇の奪取も整備も困難だ。「かと言って、巨人が暴れてどうにかなる問題か……?」ジャンの懸念通り、巨人の力があったってそう上手くいくだろうか。あたしは、こんな道半ばで死にたくない。ノエルに、許されるまでは。

 

「私は観客になる気はないよ」

 

 停滞した空気を打ち破ったのは、偵察を終えたハンジだ。斜面を滑り降りるなり、「沖で、大量の蒸気を上げながら進む巨人が見えた」と報告を始めた。

 

「ここから近いマーレ北東の都市は、壊滅しているだろう」

 

 「既に、どれだけの人々が殺されたことか……」ハンジが眉を顰めたところで、隣に立っていたマガトが歩き出す。成り行きを見ていた義勇兵の二人。オニャンポコンの肩を押し退けたマガトは、イェレナに掴みかかった。

 「エレン・イェーガーの行き先を言え!」マガトが怒鳴りつけるも、ばたついた足とぐぐもった声だけが聞こえてくる。ばきゃ、と何かがひしゃげたような音までしてきて「マガト!!」ハンジが叫んだ。駆け寄った二人が止め、マガトはようやくイェレナから手を離した。

 

「コニー、アルミン、ミカサ、ジャン、ノエル」

 

 不自然な沈黙のあと。こちらへ向き直ったマガトが、あたしたちの名前を呼んだ。何を言われるのかと思ったら、「昨夜の、私の態度を詫びたい」と、マガトは謝罪してきた。昨晩のいざこざなんて全然覚えていなかったけれど、正直に言うことはしなかった。

 

「君たちに責任はない。同じ民族という理由で過去の罪を着せられるのは間違っている」

 

 マガトの一言に、ほんの少しだけ目を見張る。昨日とは様子がまるで違うが、心境の変化でもあったのだろうか。あの牢であたしを蹂躙していた男のように。マーレ人は島の悪魔を罵り、罪を擦りつけてくる生き物だと理解していたつもりだったが、そうでもないらしい。

 

「我々の愚かな行いに……今だけ目を瞑ってくれ」 

「断ります。手も汚さず、正しくあろうとするなんて」

 

 アルミンが短く言って、マガトは深々と下げていた頭をあげる。どうやら、決まったらしい。

 みんなの意思も固まり、「作戦を考えましょう」と提案したアルミンを中心に、参謀たちが意見を交わし合っている。イェーガー派から死者を出さずに、飛行艇とアズマビトを手に入れる方法。到底無理な話のようだが、アルミンなら打開できる策を考え抜けるのかもしれない。

 

「ノエル」

 

 役立たずな脳みそで作戦会議を眺めていたら、控えめな声がした。ジャンたちもいるので、昨日のように風のせいにはできない。腕を組んだまま、声の主を見遣る。眉を下げたライナーと顔を合わせるなり、肩を掴まれた。そこそこの勢いで詰め寄られ、体が半歩後ろに靴底をずらす。一体何のつもりだろうか。人前であることを無視した距離に、息を詰まらせて。ライナーはあたしの反応を待たず、話し始めた。

 

「お前は……アルミンたちと違って、実戦経験も浅いだろ。戦場で守ってやる余裕があるかわからない。今回は安全な場所で、」 

「駄目」

 

 焦燥感を露わにして訴える口元を、自分の手で覆い隠す。ライナーが言葉を飲み込んでから、あたしは肩に添えられている手の甲に指をつけた。

 

「あたしも戦う。戦わなきゃいけないの、ライナー」

 

 太く節ばった指の間へ、自分のを絡ませる。ここで傍観者になれたら、どんなに楽だろう。けれど、視界の中にいるノエルが、流されそうになるあたしを引き留める。

 腹の底にある怯えを掻き消すように。ライナーの手を熱が移りそうなくらい握りしめて、目の前に引いた。港の制圧は、巨人の力が頼りだ。今のところ、鎧の戦いをまともに知らないけれど、ライナーには頑張ってもらわないといけない。抵抗してこない手の甲に頬を擦り寄せれば、ピクリ、と予想通りの反応が返ってくる。

 

「あたしを守りたいなら、戦場で守って…… マーレの盾なんでしょ」

「っああ、任せろ……!」

 

 あたしの思惑通り、ライナーは前のめりになって頷いた。どうやら、面倒なことにはならずに済んだみたいだ。

 

「だが、……」

 

 不要になった指を解こうとして。ライナーが引き留めるように強く握り直してきた。まだ肩に残っていた手であたしの体を手繰り寄せ、抱きよせてくる。

 

「もし、……危険になったら。俺の」

「ライナー」

 

 低く囁こうとしてきたライナーを、声で阻む。ついでに暑苦しい胸板も押し返して、あたしは言った。

 

「しつこい」

「な、」

 

 ライナーの口が、中途半端に凍りつく。力を失った手からするりと指を抜いて、ライナーの影から抜け出した。いつもは調子に乗らせていたけど、ここはもうレベリオじゃない。やっとできた仕返しに溜飲を下げていたら、話し合っていたはずのアルミンと視線がかち合った。

 

「作戦は?」

「あ、うん。作戦は……」

 

 どこか晴れやかな気分で問えば、アルミンが謎の戸惑いをみせつつ、作戦を話し始める。隣にいたハンジは何かを気にしている風だったが、その視線の先を辿ることはしなかった。

 

 

「こっちだ」

 

 先頭を行くハンジの忍び声がして、最後尾で周囲を警戒しているジャンの背を叩く。振り返ったジャンと、また別の建物の影へ身を溶け込ませた。真上の屋上には戦闘体制のイェーガー派たちがいる。堂々と道を歩けない理由はそこにあった。アルミンたちが例の作戦を成功させるまで、あたしたちは見つかる訳にはいかない。最新の注意を払って、アズマビトがいるであろう建物へと距離を詰めていく。額にじわりと垂れてきた汗を、銃を手にした袖で拭った。

 動向を知られていないアルミンとコニーが、車力の討伐を理由に飛行艇の整備を要求。それで出来た飛行艇に、何とかして全員が乗り込み、パラディ島を発つ。

 即席にしては、まだ希望がある作戦だ。問題はフロックが何処まで騙されてくれるか、だけど。牢での様子からして、そう簡単にいくとも思えない。「ノエル、進め」ジャンに後ろから急かされ、急いで移動する。敵地の真っ只中で考え事なんて。目を覚まさせるよう、自分の手へ爪を立てた。

 あたしは、作戦の成功を盲目に信じていればいい。言い聞かせ、予測のつかない未来に震えている奥歯をギリ、と噛み締める。泥棒のように建物の合間を進み、都合よく開いていた裏口から、中へと足を踏み入れた時だ。

 

「作戦が、失敗したのか」

 

 建物の真上で計3発の銃声が鳴り、ジャンが呆然と呟いた。何が起こったのかは知らないけど、無謀は無謀のまま終わってしまったらしい。そうなれば、作戦は移行する。イェーガー派を殲滅し、港を占拠するしかない。アズマビトのいなかった部屋の扉を乱暴に閉め、今度はあたしが立ち尽くしているジャンの肩を引く。

 

「行こう、もう。やるしかない」

「ああ、早くアズマビトを探そう!」

 

 ハンジが頷き、廊下の角で待っていたマガトの元へ合流する。並んで廊下を駆けるジャンの表情に、迷いは無くなっていた。

 やけに豪華な絨毯を踏み締め、音の発生源へと急ぐ。導かれた先には、銃を構えている複数のイェーガー派がいた。あたしが銃に手をかけるより早く。先頭にいたハンジたちが発砲し、血飛沫を撒き散らした体が床へ転がる。

 

「地下で攻撃を凌ぐ!生きたければついて来い!」

 

 マガトの叫びに応えるよう、アズマビトは着いてきた。打ち込まれる雷槍の爆風を庇い、弾ける窓の破片を避けたりしながら。アズマビトたちを引き連れ、来るまでに発見していた地下室へと逃げ込む。

 しばらくは焼き殺されそうなほどの雷槍が打ち込まれていたけれど、巨人特有の地響きがしてきてから、それも止んでいた。あとは整備するための時間稼ぎを、と。事情を説明したハンジに、アズマビトの技術者たちがした返答は信じられないものだった。

 

「半日だと?それまでここを敵から守り続けろというのか」

 

 飛行艇を整備するには、長くて丸一日。短くても半日掛かるというのが、技術者たちの見解だった。当初の作戦では、整備が完了するまでの時間を稼ぐことになっていたけれど。マガトの言った通り、ただでさえ消耗戦の戦いを半日も引き延ばせる訳がない。全てを前提から覆すような話に、構えている銃も重くなってくる。それだけでも精一杯な頭に、「間に合わなかった」と畳み掛けるようにハンジの声が流れ込んでくる。

 

「最善の手でエレンを止められたとしても、レベリオは既に……間に合わない」

「……そんな」

 

 絶句しているジャンへ、掛ける言葉は見当たらなかった。地鳴らしがマーレに上陸するのを止めもできなければ、飛行艇の奪取すら危うい状況。手詰まりとさえ言える現実に歯噛みしていると、「考えがございます」アズマビトの中の一人がそう言い出した。

 その考えとは、マーレ海岸にある都市へ先回りし、そこにある格納庫で飛行艇を整備するというものだった。地鳴らしと鉢合わせになるかは賭けになるらしいが、もう手段はそれしか残っていない。

 

「俺は兵長たちを呼んできます」

「私はミカサに知らせる!」

 

 唯一の望みに希望を託し、階段を勢いよく駆け上がる。高台へ行くジャンと別れ、ハンジと共にミカサを探したが、屋根に乗ればすぐ再会できた。作戦の変更を伝え、混戦の中の伝達も任せる。残りは、アズマビトだ。

 立体起動での白人戦を挑みにいった二人を見送り、あたしは屋根の裏に身を隠した。暴れ回る巨人たちへ削がれている意識を刈り取るように、片っ端から銃弾を撃ち込んでく。

 

「あそこだ!」

 

 大人しく的になってくれるはずもなく、何人かを葬ったら居場所を突き止められてしまった。乗り出していた身を縮め、銃弾を凌ぐ。そばを掠める銃弾が止んだところで、場所を変えようと柄に手をかける。そこで、上空から影が降りてきて。「死ねぇえ!!」銃口から放たれた球が、足先で弾けた。銃を構え直している暇はない、なら。

 

「ッぐ、あ!!」

 

 ガスの勢いに乗せて放った蹴りが、男の腹にめり込む。重力のまま、男の体が屋根へと落ちた。追って、銃を取り直そうとした腕を踏みつける。「や。やめ、」口の動きを止めるよう、刃を引き抜いて首を裂いた。鮮血を撒き散らす体に見向きもせず、立体機動でまた別の屋根へ降り立つ。状況を把握しようと覗かせた目が捉えたのは、女型を庇い立った鎧が爆風に呑まれるところだった。

 

「ライナー!」

 

 叫ぼうと、攻撃の手が緩むはずもない。背中を擦るように屋根を滑り降りて、雷槍を浴びている二人の元へ急ぐ。物陰に隠れつつ、邪魔な敵を銃弾で捩じ伏せた。そうやって切り拓いた道を進み、ガスの軌道に乗った体が屋上へと着地する。今にも全身が攣りそうな痛みを堪え、やっと全貌を見渡す。蒸気に包まれた二体の巨人は、膝をついた姿でそこにいた。休んでる暇はない。背負っていた銃を構え直し、二人にとどめを刺そうと飛び出してくる兵士を撃ち落としていく。

 

「ぐッ…」

 

 銃の引き金が、微塵も動かない。弾切れだ。あと、少しなのに。殺しそびれた敵に雷槍を喰らわされ、鎧は皮膚の繊維を曝け出していた。女型なんて、もう首から下しか残っていない。二人の元に行こうにも、雷槍を装備した囲まれている。ギリ、と歯を食いしばったところで、また別の雷鳴が轟いた。遠くの屋根にいたのは、また見たことのない巨人。唐突な出現に、アニたちを囲っていた兵士が響めく。

 今だ、今しかない。使い物にならない銃をかなぐり捨て、刃を引き抜く。屋上の縁を飛び越え、立体起動で敵陣に乗り込んだ。

 

「なんっ!?」

 

 足音で振り返った顔を刻み、その悲鳴で他の兵士も反応する。容赦なく撃ち込まれる銃弾。それを崩れ落ちかけた体で受け止めた。「うああああっ!!」腹の底から叫び、全力で兵士に向かって押し出す。死体に覆い被さられた体が動けない間。もう一人の兵士が構えていた銃を掴んだ。バン、と頭の上を通った銃声を耳にしつつ、もう一方の手で腹を切る。鮮血が吹き出したそこを蹴り捨て、起きあがろうとしていた兵士の背に刃を突き刺した。

 

「はッー、はッー、はッー」

 

 刺さったままの刃に体を預け、呼吸を繰り返す。段々と肺の痛んできて、それを誤魔化すようにどうにか立ち上がった。ここで、へばってる場合じゃない。

 完全に掌握した屋根から、女型の首元へアンカーを突き刺す。誰にも邪魔されることなく飛び乗って、「アニ」頸へと声をかけた。同時に、低く間延びした汽笛が鳴り響き、船の煙突から黒煙が立ち昇る。眼下では見知らぬ巨人と車力が揉みくちゃになっていたが、どうにか動きを止められたようだ。

 巨人の背に乗るマガトらしき姿を追っていると、そばで空気が抜けるような音がする。その方向へ首を動かしたら、アニが憔悴しきった様子で頸から半身を出していた。

 

「お疲れさま、アニ」

 

 敵はあらかた片付いたようだ。刃を納めて、浅い呼吸をしているアニに声をかける。震えている瞳が心配だけど、取り敢えず巨人から引っ張り出す。脇の下に手を入れて持ち上げた体は、驚くほど軽い。身長差もあってか。易々と持ち上げられたアニを横抱きにして、地面へ降り立つ。手を離したら立てなさそうだったので、ミカサと一緒に支えた。アニが階段を登る補助をしつつ、静まり返った戦場に目をやる。

 激戦を終えても、あたしは息をしている。途中何度も死にかけ、今が夢かもわからないけれど。いっそ取ってしまいたいような足の疲労、服に染み込んだ血が、現実だと教えてくれる。

 

「あ」

「…どうしたの?」

 

 階段を登り終えたら、ノエルがいた。その笑顔に、喉奥へ詰め込んでいた衝動が溢れてしまいそうになる。頑張ったねって、頭を撫でて。それで。もう。あたしを、許して欲しかった。

 

「ううん、なんでもない。行こう」

 

 伸ばしかけた手を握りしめ、不思議そうなミカサに首を振る。まだ、その時じゃない。弱りきった心に言い聞かせ、アニを抱え直して歩き出す。 

 

――全ては、エレンを止めてから。




マルコ…罪な男…
遂に、次回最終話です!!やっと辿り着いたぞ…この景色に…
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