島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第2話 虚言者

 感情を逆撫でするような汗が、顎下につたい落ちていく。視界を邪魔するのは、切断された両腕から立ち昇る蒸気だった。鬱陶しいくらいのそれが、上座で偉そうに座っていやがるクソ共を囲うように揺れていた。さっさと、この体を治して、目の前のヤツらを殺してやりてぇのに。ノロマな体を急かそうと唇を噛んだって、なんの役にも立たなかった。漏れ出た鉄の味を、ゴクリ、と喉奥へ追いやる。

 立体機動装置どころか、腕すらねえこの状態では、偉そうに見下ろしているヤツらを引き摺り降ろせすらしない。殺すなんてもっての外だ。

 クソが。悪態を吐き捨てようとして、隣にいるユミルが足を抱え直す。俺よりと同じような蒸気を纏っている足と手は、どうやら順調に回復してきているらしい。

 最初こそどっちつかずだったユミルだが、クリスタの名を出されてからあからさまに態度を変じた。よくわからねぇが、味方でないことは確かだ。敵の正体を誤魔化すどころか、何度も糾弾しようと返事ひとつしねぇ。ただの木偶の坊になっちまったらしい。

 天井に張り付いていた晴天も濁り始めて、傾いた太陽の端が地平線に被さっている。日が完全に暮れたら、ヤツらは動き出すつもりだろう。その前に逃げ出さなきゃならねぇ。何か知っている風のこいつらから、出来るだけ情報を絞り出して。

 

「くっ……」

 

 一段上の幹に控えているヤツらは、相変わらずの澄まし顔で日没を待ち侘びている。武力も、情報も。圧倒的に劣っているこの状況で、オレには何が出来る?事態を好転させるために、どうすればヤツらから情報を聞き出せる?

 行き場のない感情で拳をつくって、爪先が深々と皮膚に食い込む。闇雲に叫んだって、今までみてぇに受け流されるだけだ。ヤツらが、黙っていらねえような、少しでもボロを出させられるようなこと。そうだ。巨人化する直前は、何を言っていたんだったか。

 修復し切っていない腕未満を顎に寄せ、数時間前の記憶を呼び起こす。

 ハンネスさんの報告を受けたあとに、オレはライナーに呼ばれたんだ。なんの疑いもなく着いていったとこで、ヤツは妙なことを話し始めた。オレはまともに受け取ろうとしなかったが、そういえばベルトルトだけが異様な慌てようだった。ユミルが言っていたような、例の話が噛み合わねぇってやつだったんだろう。

――と言うか、待てよ。もう一人だ。あの時に、いたはずだ。腕を引かれたまま、困惑したように笑いかけてきた奴が、一人。

 

「おい、てめぇ」

 

 脳裏に浮かんだ怪訝そうな瞳。心配するように寄せられた眉。無理くり上げたような口元が蘇ってきて、声をあげていた。じゃなきゃ、反吐が出そうだった。

 

「ノエルは、どうなった?」

 

 オレが鎧に捕まる寸前、ノエルも空中に投げ出されていた。眩むような光と爆風でよく見えなかったが、ノエルはここにいない。真逆の可能性を潰すように聞いても、ヤツらはうんともすんとも言わねえ。

 男子寮で話題に上がる度。訳知り顔でノエルはああだ、こうだ、と兄貴面引っ提げて散々語ってた奴がこの様だ。

 気色悪りぃ。なんでてめぇらは、そんなことしかできねぇんだよ。

 

「まだ黙り決め込む気か?口ぐらい動かせんだろうが」

「はあ……いい加減、黙れよ」

「あ……?」

 

 腹の底から沸々と湧き上がってきた熱を言葉にぶつけようして、ユミルが口を挟んできた。ようやく交わった視線を睨み返せば、ユミルは大袈裟なくらいに肩をすくめる。さっきは碌に答えなかった癖に、都合の良い時ばっか喋り出しやがって。お前には関係のねぇことだろうが。そう、吐き捨ててやろうとして。

 

「あいつらにとっちゃ、あんなの構ってる余裕はねぇんだとさ」 

「あんなの……って、本気で。言ってんのか」

 

 煮えたぎった衝動に身を任せれば、地を這うような声が出ていた。用意していた音はとっくに掻き消え、耳元で鼓動が鳴いている。

 たった四文字の単語が、鳥肌が立つほどに神経を逆撫でしていった。確かめるように反芻しようが、ユミルは飄々としたまま答える。

 

「ああ、そうだ。この沈黙が答えだろ」

 

 ユミルがひらり、と手をやったのは、オレたちがいる幹の一本上。クソみてぇな面で黙っている裏切り者共に向けてだ。確実にオレたちの話を耳にしているはずだが、何の反応もしてこねぇ。変わりのない仏頂面で済ましてやがる。それはまるで、ユミルの言い分を証明しているかのようだった。

 

「……聞いたよ」

 

 言っても、ヤツらはチラリともしない。神経を逆撫でどころか、いちいち捲り上げてくるような不愉快さが増していく。出来るだけ静かに言ってやるつもりが、怒気を抑えられなかった。

 

「てめぇら。開拓地で、ずっと一緒だったんだろ」

 

 いつだったかも思い出せないが、あいつの話は覚えてる。オレたちにライナーたちとの関係を聞かれたノエルは、ヘラリと笑っていた。

 

「あいつは、言ってた。お前らとは、幼馴染みてぇなモンだって……」

 

 笑ってたんだ、あいつは。普段のアホっぽい笑みが、お前らの話をする時だけは違っていた。こっちまで釣られそうになるくれぇ破顔して、心底嬉しそうに話してくる。あからさま過ぎて、誰もが知っているはずだ。開拓地から連れ添っていたこいつらなら、尚更。

 

「ノエルが、勝手に言っていただけだ」

「……てめぇ」

 

 纏っていた熱気が、急激に冷えていく。体が修復される音だけを残して、世界が狭くなった。ただ一点。中心にいるのは、ふざけたことを抜かしやがったクソ野郎。

 あの笑みの意味を一番よくわかってる奴、我が物顔でノエルを撫でていやがったはずの本人が、顔色ひとつ変えなかった。それを後ろから見守っていた奴も、膝を抱えて何も言いやしない。

 オレは、一体何を期待していたんだ。ずっとノエルを騙して、利用してやがったヤツらに。寄生虫となんら変わらねぇような、人間の形をした害虫共に。

 

「やめとけよ。エレン」

 

 一歩踏み出しそうとして、ユミルが引き留めてきやがった。俺は、こいつらを駆除しなくちゃなんねぇってのに。ユミルは見返してくる俺を一瞥するなり、「んな奴のことはもう放っておけ」と付け加えた。

 

「は!?コイツらは、ノエルのことを騙してやがったんだぞ」

「そうらしいな」

 

 歯茎を食いしばりながら叫んだオレを、ユミルは眉ひとつ動かさずにあしらってくる。

 ユミルがノエルを嫌っているのは兵団内でも有名だ。自分でも公言していたし、ユミルとノエルが絡んでいる姿は数える程しかなかった。

 ノエルの何が気に食わねぇにしても、さっきからの発言を見過ごすかは関係ねぇ。面倒くせぇガキ相手のような扱いにもだ。一度は失ったはずの熱が昂り始めようとしたのを、再びユミルが遮ってきた。

 

「正直、私はあれがお前らの仲間じゃない方が驚きだよ」

 

 ユミルが蒸気を逃すかのように、シャツの襟元を扇いでいる。驚き、とか抜かしてやがるが、その横顔は特別変わっていなかった。

 

「あいつを懐柔してたお前らなら、あれが何の嘘吐いてんのかも知ってんのか?」

「お前……何を、言ってんだ」

 

 その一言で、ユミルの嘲るような笑みが下がっていく。虚空を眺めていやがったはずのライナーは、今更になって人間らしい動揺をみせた。何を言おうが不動だったはずの首を動かし、俺たちを見下ろしてくる。

 

「ノエルが……俺たちに噓を吐く訳がないだろ……?」

「……ああ、お前もあの大嘘吐きの被害者か。可哀想に」

 

 腐るほど見てきた仏頂面を崩し、ライナーは当然のことのように言った。そんな奴に、ユミルはとってつけたような憐憫を滲ませる。一度は不自然に固まっていた口元が、余裕げに笑っていた。

 

「いや、むしろお似合いだな。どっちも腑抜けた顔で噓を並べてたクソ野郎ってことだ」  

「ッコイツらとノエルは別モンだろうが……!!」

 

 壁を破壊した大量殺人鬼と、ノエルのどこが同じだってんだ。聞き捨てならねぇ言い様に、考えるより早く声が出ていた。傍観をやめたかと思えば、この期に及んでノエルを馬鹿にしやがって。勢いがまま詰め寄ろうとしたオレに、生えかけの手が突きつけられる。

 

「まんまと騙されてやがるお前からしてみりゃ、そうだろうな」

「うるせぇんだよ。てめぇに、ノエルの何が分かるってんだ!?」

「わからねぇよ」

 

 静止するようなそれを払いのけてやりかけ、止まる。差し出していた手を下ろしたユミルは、冗談めいた口調も、笑みもやめていた。

 

「わからねぇから気色悪りぃんだろうが、あいつは」

 

 ユミルは独り言のように呟いて、その先を口にすることはなかった。ついさっきまでの雰囲気を収めたユミルに、湧き上がっていたものが萎んでいく。静寂の中で取り残されれば、無意味に喚く気もしなくなっていた。

 それでも気がかりなのは、嘘吐き呼ばわりされていた友人のこと。あの場にはミカサもいた。その上、アニに小突かれても笑顔のままでいられるくらいには打たれ強い奴だ。まさか、死んじゃいねぇはずだ。そう無事を願う最中にも、時間は刻々と過ぎていった。




IFではちゃんとキャラ視点ごとに話数変えたいな、と思ってます。
ノエ解釈に自信ありニキのライナー・ブラウン君です(間違っている)
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