島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第4話 幼馴染

 時折聞こえてくる、誰かの荒い咳、僅かに漂う鉄臭さ。ウォール・ローゼの壁上まで帰還した僕らを迎えたのは、エレンを無事に奪還したことへの歓喜などではなかった。助太刀に来ていたはずの憲兵団は壊滅状態。調査兵団は熟練の兵士の大半を失い、エルヴィン団長は昏睡状態で運ばれていってしまった。幸運にも――ジャンに言わせてみれば、悪運だろうか。生き残った104期の面々もその例外ではなかった。

 

「この子は、こっちで引き受ける。君たちも早く荷車に乗ってくれ」

「クリス……ヒストリアを、頼みます」

「ああ」

 

 力強く言ったエレンに、駐屯兵が頷き返す。その腕の中にいるヒストリアは、憔悴し切っていて、声すら出せないようだった。いっときはユミルを取り戻そうとしてものの、流石に限界がきていたらしい。普段なら大きく輝いている瞳を半分ほどに伏せたまま、駐屯兵に連れられていった。

 残された僕らもとっくに限界だった。疲労の滲んだ顔を付き合わせてすぐ、残っている荷車へと足を向ける。ライナーたちの裏切りに、エレンが巨人を操った可能性。次々と萌芽する新たな謎に、目を回す暇もない。

 今日だけで様々なことが起こり過ぎた。手に持っている松明さえ、取りこぼしてしまいそうだ。

 

「ヘタクソ、いくぞ」

 

 忘れていたわけじゃない。疲労困憊の状態でいたから、気づけずにいたのだろう。

 ジャンの呼びかけで、僕は残る一人の存在を思い出した。僕らの輪を外れた壁の淵。一人座り込んでいる姿は朧げで、今にも闇夜へ溶け消えてしまいそうだった。ジャンの声は届いているはずなのに、ノエルは何の反応も返さない。

 

「ぼさっとしてんじゃねえ、ほら」

 

 歩き出したジャンが外套のフードを摘んでみせるも、ノエルは俯いたままだった。

 いつもとは全く正反対の様子に、驚く人はいない。ノエルと、ここにはいないライナーたちの関係性。ベルトルトと交わしていた会話の内容を聞いていれば、かける言葉は見当たらない。口を噤むしかできずにいれば、ふいに見たエレンの横顔は、何かを堪えるように唇を噛んでいた。

 

「ノエル、立てよ」

 

 痺れを切らしたジャンに肩を揺すられても、ノエルの様子は戻らなかった。生気のない人形のようで、表情さえ窺えない。

 

「しっかりしろって」

 

 そばに並んだコニーが追い立てるように言っても、変わらないままだ。

 ノエルをここに置いてはいけない。心苦しいけれど、無理にでも立って荷車に乗ってもらうしかなさそうだ。同じ考えに至ったであろうエレンと顔を見合わせ、近寄ろうとして。

 

「アルミン」

 

 ノエルが、僕の名前を呼んだ。

 

「……え?」

 

 浅く開いた口から、中途半端な疑問符が溢れる。前触れもなく破られた沈黙を、不思議に思う間もなかった。振り返ったノエルの瞳が、僕を真正面に貫いてくる。松明に照らされて、浮かび上がった表情は、泣き出してしまいそうだった。

 

「あたしたち、幼馴染じゃなかったよ。アルミン」

 

 恐ろしく平坦な声色で、ノエルが言った。それは、いつの日かの会話の続き。

 ノエルの引き攣った頬に、涙が垂れた跡はない。僕とエレンを眩しがるみたいに目を窄め、ノエルはとってつけたような笑みをたたえていた。

 

「違ったんだ……無理だったの。最初から」

 

 呟いたノエルの口元が、平常さを保つようにひくついている。いつもの、気が抜けるような笑い方は面影すら見当たらない。そんなノエルを安心させてきたであろう人も。

 痛々しいそれを見ていられなくなる前に、ノエルの顔がぐしゃりと崩れ、前に倒れた。

 

「あたしが。あたしが、勝手に……!!」

 

 ノエルは頭を垂れたまま、掠れ切った悲鳴をあげる。投げ出された片手が、地面へ擦り付けられていた。昼間と同じような動作は、耐えきれない痒さを、発散させているみたいだ。

 

「ッ何バカなことしてんだ!」

 

 自傷行為と違わない動きを、そばにジャンが止めさせる。掴まれた手のひらは、暗闇でもわかるほど赤くなっていた。

 それで勢いが途切れたのか、ノエルの体がジャンに引っ張られるがまま立ち上がる。ふらついているノエルをジャンがどうにか荷車に座らせて、僕たちも後に続いた。

 

「ごめん、ごめんなさい……」

 

 カラカラと車輪の回る音に紛れ、ノエルが小さく謝罪を繰り返す。それが、誰に向けたものであるかは、僕も。その場にいた誰も、問いただそうとしなかった。




寄生先いなくなったので、104期に迷惑を掛けまくりです。最悪ですね。
ちゃんと持っていけよ、ライナー。
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