島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第6話 ゆがみ

 監視として着いてきた男の気色悪い視線に晒されながらも、手を動かす。一通り書き終えて、自分の文章を読み返しはしない。傷んだ手を少し休ませてから、最後に一行付け加えた。それは、私が生きるために付けられた名前。こっちの世界じゃ女神様で、あっちの世界じゃ、私自身のことだった。

 差出人なんて書かなくてもあいつならわかんだろうが、そばにいるボンクラが伝え忘れるとも限らねえ。

 

「ほら、わざわざ覗かなくても良かっただろ」

 

 束というほどでもない数枚の紙切れを、横から覗いてやがった男に手渡してやる。問題になるようなことを書いてないことくらい分かるはずだが。そいつは手紙を確認するように一枚ずつ捲ったあと、折り畳んで懐に入れた。

  

「確かに受け取った」

「……ま、期待はしないでおいてやるよ」

 

 ヒストリアが来るとも限らねぇし、こいつらがどこまで生きてられんのかも分からねぇ。私の手紙が届くかは、つくづく望み薄な道筋だ。期待したところで私に確認する術はねぇだろうから、こう思ってんのが正解だろう。ひらひらと手を振ってやっても、ライナーのクソ真面目な面は変わらない。

 気持ちはわかるが、こっちに来てからはずっとこんな調子だ。いつもの巫山戯た兄貴面はどうしたのか。華もねぇ男の顔を数時間見続けるにも飽き飽きしてるってのに。このままじゃ、最後の走馬灯にまでこいつの顔が映り込んできそうだ。ヒストリアの顔でも思い出しながら不貞寝でもしてやろうと身を屈め、止める。

 そういや、まだあったな。死ぬ前に確かめておきてぇこと。残り少ねぇ余生の暇を潰せそうなことが、もう一つだけあった。

 

「で。結局、あいつはなんだったんだよ」

「あいつ?」

「最後までピーピー騒いでただろ」

 

 聞き返してきた腑抜けた面にそう付け加えてやる。こいつらが逃げていた時、それはもう悲惨になるくれぇの散々な言われようだったが、一人だけ姿勢が違った。裏切りもんのこいつらに、唯一ギャンギャン泣き喚いて耳を痛くさせてきた、あいつだ。

 

「ノエル・ジンジャー。確か、そんな名前だったっけか」

 

 口にすると、言いようのない悪寒が背筋を撫でた。本能が忌避しているような、耐えようのない気持ちの悪さ。あいつと初めて面を合わせて以来から、ずっとこうだ。

 

「お前、本当に知らねぇのかよ?あいつの本性を」

「……なぜ、そんなことを聞く」

 

 再度尋ねてみるも、目の前の男は訝しげに眉を寄せるだけだった。その馬鹿真面目な表情を鼻で笑いたくなりながら、背もたれに体重をかけてみる。ぎ、と古びた椅子が悲鳴をあげ、私は視線をあげた。小さな蜘蛛の巣が張っているだけの天井は、残り余生の景色としては恐ろしくつまらない。

 

「特に意味はねぇよ。強いて言えば、そうだな……暇潰しか」

 

 「死に土産に教えてくれたっていいだろ」やけに神妙な男の視線に、そう答えてやる。少し間をおいて、男は前のめりになっていた姿勢を正した。壁に背を預け、長話の話始めみたく腕を組む。その澄ました横顔を目に入れてすぐ、駄目そうだな、と頭が察した。

 

「何度も言っているが、ノエルはそういう奴じゃない。あいつは……俺たちが心配になるぐらいのバカ正直なお人よしで、最初だって――」

 

 木の上よりかまともな回答が聞けるかと思ったが、どうやら無理らしい。ペラペラと喋り続けそうな男の話を止めようと口を開き、「そうだ」声色が変わった。

 

「あ、いつが……あいつだけが、初めから……俺、を」

 

 例の分裂って奴なのか。顔に手を翳したライナーは、ぶつくさと言ってやがる。手土産にはなってやるが、ベルトルさんみたく世話をやらされるのは御免だ。無理くり黙らせてやるにしても、それにしちゃあ、何か妙だった。

 腐るほど見てきた兵士面でも、戦士でもねぇ。今いるこいつは、無駄にでけぇ図体を震わせて、焦点の合わない瞳を彷徨わせている。まるで、居なくなった親を呼ぶ、迷子のガキみてぇに。

  

「……今度あれと会ったら、どうするつもりだ?」

 

 そのあからさまな異常を、諌めてやる親切心は持ち合わせていない。口に出す言葉を探るような。現実を飲み込むような沈黙のあと、ライナーは広げていた手を下ろす。深呼吸するみたく肩が上下して、言った。

 

「俺は……俺のすべきことをやる。それだけだ」 

 

 自分へ言い聞かせてやがるのか。ライナーは、釈然としない答えだけを残して押し黙った。頬杖をつき、意味もなく空を眺めてみる。

 

――悪魔、か。ベルトルさんが言っていたことは、あながち間違っちゃいねぇらしい。




ノエル「っくしゅん(鼻を抑える)」
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