島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第9話 言い訳

 

 トロスト区の外れにある川沿いの倉庫。カビ臭い湿気が、あたりに充満していた。円座になった面子の中に、エレンとヒストリアはいない。

 俺たちの作戦は失敗した。何も起こらず穏便にいくなんか思っちゃいなかったが、二人は誘拐され、熟練兵士の先輩方も殺された。考えるうる限り、最悪の状況と言っていいだろう。残ったのは、104期の俺たちとリヴァイ兵士長だけだ。相変わらずの悪運続きだと笑い飛ばせれば、少しはマシになったかもしれないが、頭に焼きついている光景がそれを許さなかった。

 

「アルミン。お前が手を汚してくれたおかげで、俺たちは一人仲間を無くさずに済んだ。ありがとう」

 

 数時間前、俺に向けられていた銃口は不発のまま終わった。アルミンが俺の代わりに手を下したからだ。

 兵長の言葉に、アルミンがただ静かに目を伏せる。変わらない瞳の色に、「リヴァイ兵長」もう、黙ってはいられなかった。

 

「人と戦うなんて、間違っていると思っていました。そんなことをいきなりやらせる兵長のことも……」

 

 鮮やかに舞い散った血の色が、ぶわりと鼻腔を掠めた鉄の臭いが、体のどこかに残っている。骨の燃え滓に誓った時は、こんな未来になると想像もしていなかったし、何よりも俺は。「人に手を下すのが、怖かったからです」まだ怯えているような奥歯を噛んで、溜まっていた唾を嚥下する。

 

「でも、間違ってるのは俺でした。次は、必ず撃ちます」

「何が本当に正しいかなんて、俺は言ってない」

「え……?」

 

 自然と入っていた力が、一気に緩んだ。ぽつり、と聞こえてくるのは自分の嘆息。それが馴染むより先に、リヴァイ兵長が言った。

 

「お前は間違っていたのか?」

「……あ」

 

 ミカサと似た黒の双眸に貫かれ、汗がつたい落ちていく。俺が何も答えられないまま、兵長が立ちあがろうとして、「あたしは」と、別の声がしてきた。呆然としていた視線を、ぎこちなく動かす。他の奴と同じように木箱へ腰掛けているノエルは、表情に暗い影を落としたまま、話を続けた。

 

「……殺したくありません。これ以上、誰も」

「お前がそうしたいのなら、そうしろ」

 

 そう告げたノエルに、兵長は淡々と言い放った。至極当たり前のことのはずが、あまりに呆気ないそれに目を見張ってしまう。

 

「だが、お前はここに置いていく。ほとぼりが覚めるまでテメェは一人で身を隠せ」

「っノエルを、置いていくんですか?」

「ああ。覚悟出来てねぇ奴が行っても、無駄死にするだけだ」

 

 調査兵団が目をつけられている今、ヘタクソ一人で太刀打ちできるとは到底思えない。焦燥感に駆り立てられて口を開くも、兵長は変わらずに淡々と頷くだけだった。

 確かに、今の戦力でノエルを庇いながら戦い続けるのは厳しいだろう。アルミンが撃っていなければ、俺が死んでいたように。ミカサのような身体能力もないノエルなら、尚更難しいはずだ。だとしても、ノエルをここで一人だけほっぽり出す訳には。

 脳裏にちらつくあいつの顔。揶揄い甲斐のねぇ惚気話を思い出して、力無く下ろしていた拳に力が籠る。何か、別の方法はないのか。考えを巡らせかけ、「ひと、を」声にも満たない音がした。

 

「なんだ」

「人を殺せば……人類を救えるんですか」

「さあな」

 

 重苦しくつぶやいたノエルに、兵長がまたもさらりと返す。聞いている自分まで拍子抜けしたような心地になり、浅く開きかけた口を咄嗟に閉じた。

 

「言っただろ。何が正しいのか、結果がどうなるかは、誰にもわからなかった」

 

 刃物のように鋭い三白眼が、何かを思い起こすように宙をなぞる。俺たちをぐるりと一周して、ノエルへと向いたのがわかった。

 

「お前が人殺しになったとこで、人類が救われる保証はねぇよ」

 

 「クソみてぇだろうが……これが現実らしい」そう他人事のように言ってみせる兵長に、違和感は抱かなかった。

 この世界がいかに残酷で理不尽なのかは、兵士をやっていれば嫌でも知ることになる。それは、ノエルも変わらない。むしろ、俺以上にわかっているはずだ。

 

「それで……お前はどうする?お前は――何を選ぶ?」

 

 兵長の問いにノエルは、すぐ答えなかった。

 停滞した空気が、あたりを包む。痺れを切らしたであろう兵長が唇を開きかけたところで、ノエルが力無く垂らしていた腕を持ち上げ、顔に手を這わせた。

 

「……やり、ます」

 

 縮こまるように背を曲げたまま、ノエルはそう溢した。息苦しさを堪えるような声色に、心臓が嫌な音を立てる。

 

「それで、人類を救えるかもしれないなら……やらなきゃ、いけないんです」

「そうか」

 

 兵長がゆっくりと腰を上げ、奥で拘束している誘拐犯の元へ歩いて行く。ミカサも倣って立ち上がるが、後に続くことはしなかった。

 二つ分の席が空いた中心で、あの日誓ったのと同じ色の炎が揺らいでいる。バチリ、と爆ぜた火花がノエルの靴先へ散った。前のような悲鳴もあがることなく、火種は色を失っていく。

 ノエルは、自分なりに結論をつけた。俺が前のように何か言ってやる必要はない。分かってるはずが、どうにも釈然としなかった。視線の先には、ピクリとも動かない体。顔を覆っている姿は、泣いているようにも見えた。

 本当に、お前はそれで良かったのか。矛盾した問いが、漠然と浮かぶ。それを問う時間は、残されていなかった。




都合のいい言い訳を発見!
壁内にいたらずっとメソメソするのが分かってたので、本編では壁内に残さなかったみたいなところがあります。
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