島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第10話 残り者

 6人分の食糧とは言え、こんなにも高かっただろうか。告げられた金額を頭の中で反芻しながら、渡された財布の中を探る。慢性した食糧不足はウォール・ローゼだけじゃなく、内地にまで影響を及ぼしているらしい。一枚、二枚、と布の中から硬貨を引っ張り出す。人生で一度も払ったことのないような額を目視で確認してから、支払いを待つ手のひらに落とした。

 

「まいどあり。重いから気をつけて」

「ありがとうございます……あっ」

 

 店主が差し出した袋を受け取ろうとして、伸びてきた腕に掻っ攫われた。驚きも束の間、その人物はスタスタと歩き出してしまう。あたしは店主に礼をして、慌てて背中を追いかけた。

 

「持たせちゃってごめんね、ミカサ」

「気にしなくていい」

 

 不甲斐なさを謝るも、ミカサはなんてことないように答えてくれる。軽々と背負われている袋に羨望の眼差しを向けながらも足を動かした。その中身は、これからの移動中に腹を満たすための食糧だ。

 護衛作戦が失敗し、二人が連れ去られたのが昨日のことになる。誘拐犯だったリーブス商会との交渉を経て、あたしたちは中央憲兵を捕らえることができた。

 レイス家が、真の王家である。中央憲兵から力づくで聞き出した真実は、信じ難いものだった。顔を見知らぬ壁の王様はどうやら偽物で、ヒストリアが真の王位継承者だったらしい。あの飛び抜けた美貌と気品のあるただ住まいはそういうことだったのか、と。納得してしまった人はあたしだけじゃないはずだ。

 上等な服を見に纏った人たちが行き交う中を、ミカサは迷うことなく突き進んでいく。頼りになる背中の後ろから、軒を連ねている屋台へとつい目を走らせてしまう。一眼見ただけで高価だとわかるアクセサリーや服。屋台に積まれた野菜は、みずみずしく輝いている。一歩壁の内側へ来ただけで物の質も、人も、ここまで違うのか。庶民なりの感想を抱いていたところで、人混みの群れから見慣れた顔が向かってきていた。

 

「ジャン、それは?」

「憲兵団が配っていやがった……殺人集団だとよ」

 

 ひらり、と仰がれたそれを横から覗き込む。大人数が連なって大量の買い物をしては怪しまれる、とアルミンの懸念で二手に別れたのは正解だったかもしれない。ジャンが見せてくれたものは、事実無根の罪がつらつらと書かれた調査兵団の指名手配書だった。

 

「これで本物のはぐれ者になっちまったな」

「……そうだね」

 

 失笑するジャンに、重苦しい相槌しか残せない。昔のみたく笑い飛ばせていれば良かったが、どうにもそんな気にはなれない。色鮮やかな雑踏に耐えきれなくなり、自分のつま先へ視線を落とす。

 昨晩。山小屋で響き渡っていた悲鳴、アルミンの言葉が、まだ耳に残っている。良い人、でいることはやめたはずなのに。諦めきれない偽善者が、地団駄を踏んでいるみたいだ。

 そっと、みんなの姿を盗み見る。誰一人助けられない自分が不甲斐なくて、どうしようもなく苦しい。それだけなら、まだ良かったんだろう。

 あたしは――嬉しかった。みんなが、あたしと同じになってくれたから。この場違いな感情を、放っておいていいはずがない。分かっていても、何をしても、浅ましい自分は、消えないままだ。

 

「――俺が言った通りだろ。奴らはここで巨人同士を戦わせて、めちゃくちゃにした連中だ」

 

 「エレンって怪物を使って、人類を滅ぼすつもりなんだ!」ビラを配る憲兵の声に紛れ、そんな言葉が耳に入ってくる。

 一週間ほど前。リヴァイ兵士長から、私服待機の裏側で行われていた作戦の全貌を聞いた。壁外調査であたしたちを襲った女型の巨人――アニとの激戦とその後の話だ。

 正体を告げらても、あまり衝撃はなかった。きっと、頭のどこかで知っていたのだろう。女型の巨人の、あの瞳。つい見惚れがちだった色の前に晒されれば、気付かない方が難しい。5年間、1番近くで見てきたのだから、尚のことだ。それでも、分からないふりをしていたかったのは。あたしに、真実と向き合う勇気がなかったからなんだろう。

 

「さっさと行くぞ、ノエル」

「あ……うん」

 

 知らずのうちに足を止めていたらしい。跳ねるように顔をあげ、呼びかけてくれたジャンに頷く。人の賑わいから逸れた小道へと入り、向かうのはリヴァイ兵士長たちが待機している森だ。段々と遠ざかっていく町の雑踏。雑談のひとつもせずに、ただ前へ歩いていく。買い出しを手伝うつもりが、結局何もしてないような。無力さに手のひらを握り、ゆっくりと力が抜けていく。

 時々、考えてしまう。もし、アニにあたしの罪を話せていたら。解散式の夜、アニの問いに真実を答えていたら。また、別の未来があったんじゃないか、って。

 

 

 鬱蒼と茂った森。密に育った草木を押し分け、踏みつける。ざくざく、と道なき道を開拓しながら、先導する新緑の背中を追う。そこへ模られた紋章は、見慣れた自由の翼ではなく、御伽話に出てくる一角獣の横顔だった。

 

「検問所まで後どのくらいだ?」

「もう少し。この森を抜けた先です」

 

 兵士長の問いに、溌剌とした返事が返される。中継地点にしていた小川から、かなり遠くまで歩いてきた。後どのくらい続くのか、と不安がっていた心と貧相な体が、ようやく近づいてきた目的地に和らぐ。

 

「と言うか……マルロ。お前、よくあんな森の外れまで来ようと思ったな」

「捜索網は出来る限り広げなければ意味がないだろ」

「……お前みたいな奴が一人で助かったよ」

「私は全然助かってないけど」

 

 不意に呟いたジャンへ、先頭のおかっぱ頭――マルロが断固として答えてみせる。あたしの隣に並ぶ巻き髪の憲兵――ヒッチは辟易した様子でそう付け加えた。

 憲兵団の二人と出会ったのは、買い出しから戻ってきてすぐのことだ。正確には、見つかってしまった、と言うべきだろうか。一時は緊張した雰囲気が流れていたけれど、二人は協力を申し出てくれた。そのお陰で、思ったよりも早くレイス卿の領地へと辿り着けそうだ。

 

「なんだ、ヒッチ。文句があるなら最初から着いてこなければ良かっただろう」

「私ひとりで、誰かさんに襲われたらどうしてくれるのよ」

「それこそ、訓練で習った護身術を使う時だ」

「はあ。私はアンタや……アニと違ってか弱い乙女なの。一緒にしないで」

 

 軽快なやり取りの途中で、ヒッチが一段と声を潜める。自分でも口にするつもりがなかったのだろう。罰の悪そうな顔をしたヒッチが口を閉ざし、複数人の足音だけが残った。このまま、何事もなかったのようにしていればいいのに。こう言う時ばかり、あたしは自分を抑えきれないみたいだった。

 

「ヒッチ」

 

 前へ進みながら、そっと呼びかける。垂れ目がちな睫毛に縁取られているくすんだ黄緑色の瞳は、真っ直ぐにあたしを見つめ返してきた。

 

「ヒッチは、アニのルームメイトだったんだよね」

「そうだけど……それが?」

「……憲兵でも、アニはベットの端で寝てた?」

 

 訓練兵の頃は、アニの方が先にベットへ入っていることが常だった。二つ並んだベットの奥で横になっている姿は思い出さずとも目に浮かぶ。女子寮での会話に、滅多に混ざらない。こちらへと向けられた背は、外界を拒絶しているようでもあった。それがどうしてか寂しくて、こっそり腕を回してみたら、容赦なく手首を掴まれたこともあったっけ。

 

「あいつが、どんな風に寝てたなんて知らない……何、あんたも同室だったの?」

「うん、ずっと……一緒だった」

 

 眉を顰めて聞き返してくるヒッチに、小さく肯首してみせる。忘れていたはずの苦さが蘇ってきて、それを追いやるように唾を飲んだ。ごくり、と嚥下しきったところで、「もしかして」と、独り言のようにヒッチが言った。

 

「ノエル・ジンジャーって、あんたのこと?」

「えっ」

 

 まるで予想だにしていなかった単語を投げかけられ、肩が大きく跳ねる。自己紹介もしてないはずなのに。なんで。あたしが問い直すよりも早く、「手紙。送ってきてたでしょ、アニに」と、ヒッチは声を重ねてきた。

 

「へぇ……どんな物好きかと思ったけど、思ったより普通なんだ」

「お、思ったより……?」

 

 目の色を変えたヒッチが、上から下へと吟味するような視線を走らせてくる。一体、どんな奴だと思われていたんだろう。あたし、妙なことはしていないはずなのに。それとも、手紙に変なこと書いてたかな。冷や汗をかきながら随分前の手紙の内容を呼び起こしていると、ヒッチは口端を吊り上げたまま続けた。

 

「じゃあ、ライナーなんとかって男も、あんたの知り合い?」

 

 「どの男?」左右を見回すヒッチに、変な汗が流れた。持っている銃の冷たさが、指先から流れ込んでくるみたいだ。「そいつは……」前を歩いているジャンがそう言い淀み、確かめるように目を向けてくる。じわりと染み出した焦燥感に追い立てられるよう、気付けば口を開いていた。

 

「ライナーも、アニに手紙を?」

「そうだけど、何?まさか……彼氏だったとか言うんじゃないでしょうね」

「それは……全然違うけど」

 

 違和感を誤魔化すように問うと、ヒッチは余裕そうな笑みを一変させた。苦汁を飲まされたような表情で告げられたのはあり得ない予想。あたしまで声を引き攣らせると、「ふぅん」興味なさげな吐息が聞こえた。

 

「なら言っておいてやってよ。自分語りばっか書いてもモテないって」

「……うん。伝えておく」

 

 呆れ返ったような口調で告げるヒッチに、相槌を返す。ライナーがアニに送った手紙。やっぱり、壁外調査のことだったんだろうか。それとも、もっと別の。考えたところで、答えが出てくれるはずもない。ただ足だけは動かしていると、「ねえ、あんたさ」今度はヒッチの方から呼びかけてきた。

 

「コソコソ逃げ回らなくてもよくなったら、ストヘス区まで顔見せに来なさいよ」

「憲兵団に?」

「そう。あんた、あいつと仲良かったんでしょ?」

 

 含みのある言い方に、ひとつ瞬きをする。ヒッチは飄々とした態度を潜め、横顔に影を落としていた。あたしとは顔を合わせず、何かを堪えるように目元を窄めている。

 

「私にもっとあいつのこと……アニのことを教えて」

「ヒッチ……」

 

 物憂げな表情を前に、口端から音が溢れていた。あたしが続けて話すよりも先に、「まあ、あんたたちが犯罪者じゃなくなったらの話だけど」と、嘲るように言ってみせる。

 

「わかった。また、手紙出すよ」

「アニに送ってたみたいなのが届いたら、送り返してやるから」

 

 ヒッチがフッと鼻を鳴らすように笑って、あたしも吊られてしまう。ヒッチとは、仲良くなれそうだ。まだ挨拶も済ませたばかりなのに、直感がそう囁いてきていた。

 なんてったって、あたしたちはアニのルームメイトなのだから。




約一ヶ月ぶりだな、ライナー(再来)
前々から相性良さそうだな、と思っていた二人。そして、連載開始から1周年の活動報告上げてます。いつもありがとうございます。
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