島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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第11話 夜明け

 ヒッチとの約束が果たせるようになったのは、意外にもその数時間後のことだった。

 構えていたはずの銃もほっぽり出して、みんなでリヴァイ兵士長の手元を覗き込む。松明の光で照らされた紙面に、連なっている文字を何度も読み返す。大見出しに書かれている言葉へ目を擦っても、意味は変わらない。これが、あたしの空想じゃなかったら。つまり。

 

「――我々は、自由の身だ」

 

 おおっ、と誰かのどよめきに合わせ、全身から力が抜けていく。調査兵団の冤罪は晴れ、偽りの王政も白日の元へ晒された。これで、あたしたちが森の中をコソコソ逃げ隠れる必要はない。

 

「良かった……」

 

 ミカサへと飛びついて喜んでいるサシャを横目に、安堵のあまり崩れかけた膝を抑える。たった数日とは言え、指名手配犯なんかなるもんじゃないな。全身が弛緩していくのを感じながら、視線を持ち上げると、そばにいたジャンと目が合った。

 

「これでもう、はぐれ者じゃないね」

「それは元々だけどな」

 

 皮肉っぽい笑顔に釣られ、自分の口角が上がっていくのがわかる。未だ現実味のない手のひらを握り締めて、差し出された拳に軽くぶつけた。

 

 喜びに浸って至られる時間は、そう長くなかった。調査兵団が無罪になったからと言って、やることはまだ残っている。ハンジ分隊長が新たに掴んだ手がかりを元に、あたしたちは休む間もなく馬を走らせていた。目的地は、レイス家の領地。真の王が隠したがっている秘密の場所だ。

 

「それで、作戦の件だが……」

 

 とある寄り道で荷を積み終えて出発するなり、兵士長はそう切り出した。最前線をミカサとリヴァイ兵士長で切り開き、二人をハンジ分隊長とジャン、コニーで援護する。その采配に異論はないはずが、何故だか素直に飲み込めないような。胸の内がどうにも落ち着かない。

 

「残った三人は後方で援護だ」

「リヴァイ兵士長」

「なんだ」

 

 速度を落として馬車に並ぶ。じろり、と向けられた三白眼に隠れて息を呑む。

 何度も実践を積んできた兵士長の指示だ。この場ではおそらくそれが最善だと分かっている。わかっていながら、あたしは。

 あの日から何ひとつ掴めない手を。ざらりとした手綱ごと、痛いくらい握りしめる。

 

「あたしも、前線で戦わせてください」

「おい、なんだ。俺たちだけじゃ不安か?」

 

 リヴァイ兵士長に向かって、ハッキリと告げる。そんなあたしへ、真っ先に声を上げたのはジャンだった。前を往くジャンが振り返り、真っ直ぐに目を合わせてくる。

 

「ヘタクソが無理に前線まで出てくる必要はねぇよ」

「分かってる。でも……今度こそ」

 

 このまま、後衛に徹したって別に構わないはずだ。得体の知れない敵の本拠地へと足を踏み入れる時点で、危険度はさほど変わらない。それでも、些細な違いを受け入れられないのは、あたしが我儘だからなんだろう。

 

「今度こそ、やらなきゃいけないの」

「お前……」

 

 何か言いたげなジャンに、場違いなくらいの笑みをつくった。もう。何もできない役立たずでは、いられない。

 

「好きにしろ、だが……死ぬことは許さない」

「はい!」

 

 リヴァイ兵士長の言葉へ、あたしは首を縦に振った。高揚して浮ついた体と、焦ったように脈動する鼓動が不釣り合いで落ち着かない。

 きたる決戦が、現実味を帯びたからだろうか。元いた位置まで馬を戻して胸のあたりを諌めていれば、並走するジャンが話しかけてくる。

 

「ヘタクソの癖に我儘ばっか言いやがって」

「ごめんね。足は引っ張らないから」

 

 ジャンには見抜かれてしまっていたらしい。どうにもならない謝罪だけをするも、ジャンは、はっ、と笑い飛ばすような。呆れたような息を吐いてから、言った。

 

「これでおっ死んだら許さねぇからな」

「うん、ジャンもね」

 

 やっぱり。こんな我儘なヘタクソを見捨てないでくれるのだから、ジャンは優しいんだ。緩み切った頬を持ち上げると、「……ったく」ジャンは複雑そうにぼやいて進行方向へ向き直った。

 

「あれが」

 

 敵勢力最大の脅威であるケニー・アッカーマンやその血筋。交わされているやり取りに耳を傾けながら馬を走らせていると、程なくして目的の建物が姿を現した。ぽつりと見えてきた礼拝堂は、のどかな山奥にしては妙なくらい立派な石造りだ。

 やけに静かな周囲を警戒しつつも中に通し入り、「あった……隠し扉だ」聞こえてきたハンジ分隊長の一声で、仮説は確信へと変わった。この先に、エレンたちがいるはずだ。

 

「それでお前ら、手を汚す覚悟の方はどうだ」

 

 怪しげな扉のそばで足をついたまま、リヴァイ兵士長が問いかけてくる。以前のような動揺を見せる人は誰一人としていない。五月蝿いくらいに泣き喚いていたはずの鼓動も、ゆったりとその時を待っている。

 これまでも、これからも。全てはあたしの弱さが招いたこと。だから、ごめんなさい。ノエル。

 あたしがそっと謝る傍らで、「そうか」兵士長が呟いた。ハンジ分隊長が、隠し扉の把手へ手をかける。ギィ、と軋む音を立てる扉の奥から覗いたのは、目も眩むほどの煌びやかな光だった。

 

 

「行くぞ!」

 

 戦闘は、洞窟へ降りてすぐに始まった。寄り道して工作した樽を蹴り飛ばし、兵士長の号令に続く。サシャが火の矢をつがえ、広場の中央へ転がった樽を射る。ガラガラと転がり落ちた樽が爆発して、視界を黒煙が覆った。

 真っ先に飛び出したのは、先頭を走っていた兵士長とミカサだ。その背に合わせて信煙弾を撃てば、狙い通り視界が不明瞭になっていく。

 

「作戦続行!全ての敵をここで叩く!」

 

 何発か撃ち終えて、兵士長の声が響いた。空になった煙弾を投げ、刃に手をかける。隣にいたジャンと目を合わせる間もなく、立体機動へと移った。

 

「敵はどこだ!?」

 

 びゅうびゅうと耳鳴りがする。顔面へ容赦なくぶつかる風。それに紛れて、敵の叫びが耳に入ってくる。進行方向へと射出したアンカーを切り替え、回り込む形で巻き取っていく。遠心力で重くなる体。奥歯を食いしばりながら、黒煙へ身を投げる。

 

「なっ!?」

 

 晴れた視界に映ったのは、無防備な背中。気配を感じ取った影が困惑の声をあげるが、遅すぎる。

 

「っは……!」

「ぐあ゙っ!!」

 

 振り翳した刃が、振り返った男の顔面にめり込む。柔らかい肉を切り裂くような手応え。見開かれた瞳孔が光をなくす。噴き出した血の鮮やかさに驚嘆する間もなく、ひしゃげた体は地面へと落ちていった。

 

「この野郎!」

 

 まずは、一人。間髪入れず、また別の方向から怒号がした。遠くから突きつけられたのはギラリと反射する銃口。強張った体を捻る。まずい。冷ややかなものが背中をなぞって、目の前を緑の煙幕が覆った。

 

「クソッ!!どこにいる!?」

 

 射撃対象を失った敵が喚き、見当違いな場所へ弾丸が抜けていく。アルミンの援護だろうが、感謝している暇はない。一発、二発鳴って、銃声が止む。今、だ。

 

「が、ッ……!!」

 

 突風を纏った靴先が、女の腹へめり込む。ごりゅ、と骨が擦れる音。糸を断たれた人形のようにひしゃげた体へ、刃の切先を翳そうとして。

 

「あっ」

 

 足首を、掴まれた。

 

「ぐあ、ぁっ!」

「ゔ、ゔ……っ!!」

 

 ガクン、と落ちる景色。背中を焼け付くような鈍痛が走った。一回、二回。目の前が暗転して、止まる。

 

「ぅ……」

 

 急激に襲いかかってきた重力。酸欠になった脳味噌が、頭の奥で嘆いてる。柱へ縺れるように落ちたお陰で、バラバラにはならなかったみたいだ。ぼやけた天井を振り払い、どうにかして腕をつく。

 

「ゔ、ぐ……」

 

 視界を上げると、あたしを引き摺り下ろした女が、唸りながら上体を起こしかけているところだった。地面へ転がっていた刃を手繰り寄せ、柄に指を絡める。燃え上がるような熱に突き動かされるまま、振り上げた。

 

「ひっ」

「待て!!」

 

 影が落ちる直前、跳ねるようにして首を動かす。ぎらり、と鈍い色が掠めた。今からじゃ弾丸を避けられない、先に殺すのも無理だ。目の前が真っ暗になりかけて、見知らぬ名前が耳朶に触れた。

 呟いたのは、怯える女。視線の先にいるのは、向かってくる男だ。途端に、全てがゆっくりと進んだ。これしかない。命を絶とうと翳した刃を、これ見よがしに首元へ寄せる。

 

「近づいたら殺す!武器を捨てて!」

「くっ」

 

 狙い通り、あたしに合っていた標準が外れた。それどころか地に足をつき、手元の銃を弄っている。よほどこの女と仲がいいのか。あるいは、恋仲なのだろうか。驚くほど素直に応じた男を他人事のように眺め、奥歯を痛いくらいに噛み締める。なんであろうと、躊躇はできない。

 

「捨てたぞ!早くそいつを解放し」

 

 男が武器を転がしてすぐ、あたしは垂れていた女の腕を掴んだ。「っえ?」狼狽にも構わず、持ち上げる。添えられていた手に指を絡めた。自分の手を覆うように重ねる。「――ッやめ!!」何かに気づいた男が叫ぶ。少し力を込めれば、痺れるような反発。焦燥に濡れた口が半開きになったまま、仰向けに倒れる。

 

「なっ!?は、話が、話が違うじゃない!!なんで」

 

 喚きが最後まで発されることはなかった。亀裂から噴き出した血液が飛び散り、ゴボゴボと溺れるような音に変わる。大きく痙攣した四肢が、力無く伸びていく。愕然と縮まった瞳孔から逃れるように、アンカーを射出した。

 

「ッ……次は」

 

 一度柱へと足をつき、左右を見渡す。まだ二人。それなのに、体の至る所が引きちぎれそう。浅く息を溢し、下へ向いていた顔を上げ直す。あたりは、作戦通り煙に飲まれて視界が悪い。兵士長とミカサの。みんなの援護をしないと。

 不明瞭な景色に目を細め、見慣れた姿が視界の端を掠める。得意の立体機動で、追っ手をひらりと躱す。あたしには真似できない戦い方。その死角から迫る不穏な影に、「ジャン!」体が動いていた。

 

「死ねぇっ!!」

「あ゙っ、……が」

 

 無防備な背を庇うように体を滑らせ、迸る耐え難い激痛。

 

「ノエル――!!」

 

 最後に見えたのは、あたしへ伸ばされた手。応えようとした指先が宙を掻いて。何も、見えなくなった。

 

 

――――

 

 

 大地を揺るがすような振動に紛れ、カラカラと車輪が回っている。その荷台にいるのは、連れ去られたはずの二人。

 僕たちは、エレンとヒストリアの奪還に成功した。ようやく、と一息をつきたいところだけれど、それを許さないとでも言うように。また別の問題が、視界の隅に映り込んでいた。尋常じゃない蒸気をあげ、地面を押しのけ進んでいるのは、超大型巨人を優に超えた巨体だ。

 

「エルヴィン」

「みんな無事か」

 

 暗がりから駆け寄ってきた白馬に、握っていた手綱を引いた。馬が嗎とともに歩みを辞め、駆け寄ってきた団長が僕たちを見回す。

 

「負傷者二名だ。一人は眠っているが……命に別状はない」

 

 馬車に横たわっている体は、二つだった。敵にアンカーを体に刺されて負傷したハンジさんと、肩に銃弾を受けて墜落したノエルだ。その瞳は固く閉ざされていて、開きそうな予兆もない。ぞわり、と騒めく何かを抑え込むように手綱を握る。

 洞窟からノエルを運び出してくれたモブリットさんと、応急処置はした。被弾による浅い負傷と、落下時の軽い脳震盪。撃たれた箇所は見た目こそ大袈裟だが、弾も貫通もしていて、大したことはないということだった。

 それでも、不安はどうしたって拭えないまま。いつもノエルを揶揄っているジャンも、横たわるノエルを前に、苦々しい顔をしていた。

 

「なんだ。こいつがどうかしたのか」

「いいや……みんな、よくやってくれた」

 

 不自然なくらいの間を空けてから、取り繕うように団長が言った。リヴァイ兵士長とのやりとりに耳を傾けながら、ふとした違和感にそっと荷台に振り向いてみる。

 ハンジさんの隣に横たえられたノエルは、身じろぎ一つしていない。その肩を汚している血は鮮やかなままで、無事だとわかっていても痛々しかった。荷台にいるエレンも同じなんだろう。僕の視線を辿って、複雑そうにノエルを見下ろしている。

 

「ノエルが起きたら……謝らねぇとな」

「どうして?」

 

 ひとまずは、団長を先頭に移動するらしい。再び馬車を走らせていると、背後からそんな声がした。ヒストリアが不思議そうに聞き返して、何か思うようなのあとに「オレは……」エレンは話し出した。

 

「オレは、こいつが謝る理由がずっと……理解できなかった」

 

 覇気のないエレンの言葉に、数日間の光景が蘇ってくる。

 ノエルは、よく謝っていた。何かにつけては、ごめんなさい、と謝って、らしくない笑顔をみせる。明らかにやりすぎなそれは、いつの日の叫びを清算しているかのようでもあった。原因は火を見るよりも明らかで。だからこそ僕は、なんと声を掛けるべきか分からなかった。

 

「というか……人に謝るってこと自体、ロクにしてこなかったと思う」

「あはは。エレンは、そうだよね……」

 

 そっと付け加えられた一言に、つい口が出てしまう。エレンは昔から、頭を下げるタイプじゃなかった。カルラさんにさえなかなか謝らなくて、僕の家に転がり込んできたことだってあったくらいだ。あの時はミカサが迎えにきて、後で散々怒られたと聞かされた。

 

「だから。こいつの気持ちも考えてやらないで、偉そうなことばっか言っちまった……」

 

 「オレが他人にどうこう言える権利なんか……なかったのにな」思い出に浸りかけた頭が、現実に引き戻される。苦しげに続けたエレンへ、何か言おうと考えを巡らせて、「謝ればいいよ」ヒストリアの方が早かった。

 

「謝ればいいよ、ノエルが起きたら。それで……ノエルが謝ってる理由も聞いてみようよ」

「……ああ、そうだよな」

 

 ヒストリアの提案に、エレンは力強く答えた。もう、僕が何か言わなくても大丈夫そうだ。確信して、後ろに取られていた意識を前へ戻す。

 ノエルが目を覚ましたのは、これから数時間後。ロッド・レイスを討伐した後のことだった。

 




必殺!島の悪魔式外道戦法を喰らえっ!
ノエの戦績:2キル(憲兵)3アシスト(親友、父親、憲兵)
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