島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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番外編
訓練兵団編:最高の人


 教官が終了の合図を告げて、一気に場の空気が緩んだ。脱力したため息があちこちで聞こえてくる。技巧術は兵士の要になる立体機動装置の仕組みから分解と組み立てを学ぶ。細かい作業になるので集中力が必要になる上、複雑で覚えることが多い。内容としては地味だが、めちゃくちゃ疲れる、と兵団内では評判だった。かく言う私も、椅子の背もたれに全体重を預けて眉間をほぐしている。

 

「ッはあ〜!集中し過ぎて頭が痛いですよ〜」

 

 右前に座っていたサシャが手をグッと突き上げて、背伸びをしながら脱力した声を上げた。この場にいる全員の気持ちを代弁するような言葉に、心の中で顔を縦に振る。今日の技巧術は初歩から一段ステップアップして、新しい部分を一から解説されたのだ。真新しい単語やらをぎゅうぎゅうに詰め込まれて、脳が伸縮していた。

 

「この程度でへこたれてんのかよ」

「なっ、そりゃあそうですよ!ほら、コニーなんて死んでます」

 

 サシャが隣を指さしているが、コニーの姿は見えなかった。覗き込んでみると、脱力して椅子から崩れ落ちていた。白目を向いて今日習った単語をぶつぶつ呟く様子がかなり怖い。

 

「ノエルも疲れましたよね!?」

 

 勢いよく同意を求められて、当然顔を上下に動かした。机に転がっている部品を目に入れるだけで、ドッと疲れが湧き上がってくようだ。

 

「今日のはなかなかキツいよ……」

 

 「ねえ、アニ?」隣にいるはずのアニへ語りかけたが、そこに姿はなかった。さっさと出て行く背中が廊下に消えて行くのが見える。重い肩をさらに落とした。

 

「はっ、片想いだな」

「ジャンもね」

 

 ジャンの嫌味も慣れたものだ。ジャンが熱を上げているミカサの方を顎で指す。エレンの前に立って何かを訴えているミカサと鬱陶しそうに声を荒げているエレン。二人を止めかねているアルミンがいた。あたしにとっては微笑ましい光景以外の何者でもないのだが、ジャンは気に食わないようだ。ただでさえ鋭い目つきなのに、眉間の皺が人相の悪さを際立てている。 

 

「エレン、わからないところは私が教えよう」

「いらねえって言ってるだろ。アルミンに聞いてんだよ」

 

 ミカサがエレンを趣味にしていることは、兵団内で知れ渡っている。止める人間も割って入る勇気がある人間も、この兵団内にはいない。エレンとミカサ、どちらに味方しても事態が拗れるだけだからだ。何より、ミカサに凄まれるのは怖い。残されたのは、幼馴染のアルミンだけだった。二人に挟まれたアルミンの困り果てた顔が、背中から伝わってくる。

 

「わからないところを放置したままでは、よくない」

「そんなの知ってんだよ!」

 

 ミカサの距離がエレンに近づく度、ジャンから歯軋りが聞こえてきた。幼馴染なんだから、あれくらいの距離感は普通じゃないんだろうか。ジャンは嫉妬深い男なのかもしれない。それか、恋がそうさせているとか。愛は時に人間を狂わせる、と訓練兵で最初のカップルになりそうなハンナが言っていたっけ。

 

「くっ……それとこれとは関係ねぇだろ!」

「ジャンが言い出したんだよ」

 

 見事、攻撃を喰らったジャンが悔しげに言い張るので、元凶を告げる。血走った目が怖いので、どうどうと手を出して落ち着かせようとしてみたら、馬扱いするなと怒られた。ばれたか。愛馬にやっている動作だったことを勘づかれてしまったらしい。

 

「そうですよ」

「どんまい、馬面」

「うるせぇ!」

 

 不利になったジャンを囲って、サシャと復活したコニーが嫌な笑顔を浮かべている。形勢逆転だった。ジャンは纏わりつく二人に向かって悪態をついている。

 

「オレは馬鹿二人とヘタクソに何言われようが気にしねえからな!」

「なんで私だけヘタクソ?」

 

 てっきり三馬鹿と呼ばれるものだと思っていたので、肩透かしを食らった気分だ。そりゃあ、馬鹿よりもヘタクソの方が良いっちゃ、良い。かもしれないけれど。あだ名のベクトルがそこまで変わっていない気もする。

 

「お前は風邪引いてたことあっただろ。馬鹿は風邪ひかねぇんだよ」

 

 ジャンの言葉を聞いて納得した。その言葉が正しいかどうかは置いておいて、ジャンの真意がわかって心がすっきりする。

 

「私、風邪引かないです!」

「お、俺も引いたことねぇぞ……!」

「お前らはなんで喜んでんだよ」

 

 二人は何故か驚愕で震えていた。コニーなんて、目を見開いて自分の手を食い入るように見つめている。そんな二人を眺めていたジャンは呆れながら言った。

 

「そこまでにしろよ、ジャン。お前だって講義中は難しい顔をしていただろ?」

 

 軽く柔らかな声がその場を遮ったのはマルコだ。教官と一緒に資料を運んでいたのだが、戻ってきたのだろう。親友の思わぬ暴露に、ジャンも開いた口が塞がらない様子だった。きょとんとしていたサシャとコニーも、段々悪い笑みを深める。

 

「ちょ、バラすなよマルコ!」

「えぇ、ジャンも悩んでたんですかぁ?」

「おいおい、それはおかしいよなぁ?」

 

 ジャンが静止の声を上げた時にはもう遅かった。兄弟のように息ぴったりな二人の包囲が始まる。間延びした声でジャンを責め立てる二人は至極楽しそうだ。あたしもジャンを弄りたいが、二人ほどのスキルはないので傍観者に徹した。

 

「っんだよ!纏わりつくな!」

 

 この二人を調子に乗せたら止められない。餌食になっているジャンを横目で眺めつつ、マルコの肩を叩いた。燃料を投下した本人は不本意だったようで、優しげな表情を顰めている。

 

「マルコもやるね」

「うぅん……こうなるとは思ってなかったな」

 

 ジャンは未だに解放されていない。サシャの腹が空くまでは茶化されるな。あたしも食堂へ向かおうかと、机の上に散乱している部品へ目を向ける。普段は目にしない形だというのも相まって、小さくてバラバラな部品の名前を明日まで覚えていられるとは思えなかった。

 

「あのさ。マルコ、ここの組立をちょっと見て貰ってもいい?」

 

 声を掛けたら、マルコは快く承諾してくれる。教師と生徒のように並んで座り、あたしは今日習ったことを思い出しながら立体機動装置の一部分を組み立て始めた。あたしの記憶力は高が知れているので、間違っている部分はマルコに指摘してもらう。

 

「ここはこっちだ」

「うわっ、そっか」

 

 上手く合致せず、格闘していたあたしに隠れていた別の穴を指さしてくれる。その言葉は一つ一つが分かりやすくて的確なので、指摘されてからは迷うことなく組み立てられた。やっと形になってきた部品を前にして、額を拭う。

 

「ふう、あと少しで……あれ、ネジがない?」

 

 兵団の支給品を失くすのは、ネジ一本でもあってはならない。兵団初日から叩き込まれる内容だ。支給される立体機動装置が闇市では高値で取引されるくらいに高価な物だからだろう。だからこそ、訓練兵は支給品に対して一等気を遣わなければならないのだ。嫌な想像が走馬灯のように頭を駆け巡った。サシャみたいに走らされる、いや、開拓地送りかもしれない。さっと青ざめたあたしを前にして、マルコが何やら胸ポケットを漁り始める。

 

「あっ、これじゃないかな。さっき転がってきたのを拾っておいて良かった」

 

 マルコの手のひらに転がっていたのは、銀色に輝くネジだった。零度まで凍りついていたあたしの心が安寧で満たされる。何気なく開かれた手のひらを上から握って、神を拝んだ。

 

「マルコって最高だ」

「えぇっ、それは言い過ぎだよ」

 

 支給品の紛失。特級レベルの規律違反をあたしが犯すところだった。超えてはいけない一線を、あたしが越えてしまうかもれしなかったのだ。人を救ったのに、謙虚なマルコの優しさが身に沁みた。

 

「マルコは最高です!もっとジャンの弱み……ジャンのことを教えてください!」

「頼むぜ、マルコ!」

 

 ジャンとやりあっている二人からも、同じ意見が飛んでくる。悪用する気しかない言葉に、マルコも苦笑いしていた。阻まれているジャンは、どうにか二人を押しのけて凄まじい形相でマルコに訴えかける。

 

「ぜってぇ言うな!!」

「あははっ、困ったな」

 

 ジャンに口止めされてしまったマルコは、満更でもなさそうに笑っていた。

 

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