島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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訓練兵団編:幸せ者

 

 あたしは割と運がいいのではないか、と思うことがあった。たまたまとは言え、開拓地ではライナーたちと行動させてもらっていたし、訓練兵になってからも関係は継続させてもらっている。どうしようもないあたしを見捨てないでいてくれるのはライナーたちの優しさありきではあるけれど。少し前の闇討ちだって間一髪だったし、何よりも友人に恵まれているのだ。あたしからあげられるものはそう多くないのに、それでも隣に居させてくれている人ばかり。この間の喧嘩は直近で最大のピンチだったけれど、なんとか仲直りできたし。天狗になるには十分過ぎるくらいだ。現に、あたしは成績優秀者のマルコと座学トップのアルミンに囲まれて贅沢な講座を受けていた。

 

「む、難しいから、もう一度いい?アルミン」

「ここは理解するのに時間がかかるからね。一つ一つ見ていこう」

 

 何度も説明するのは手間だろうに、アルミンは嫌な顔ひとつせず最初から説明を始めてくれる。あたしの必死さが面白かったのか、マルコは静かに微笑んでいた。教官も驚きの布陣を獲得したのは経緯がある。まず、座学で理解が難しいことがあって、書庫に来たあたしが本を読んでいたアルミンとばったり会った。これは好機とアドバイスをもらいつつ、立ち話をしていたら本を返しに来たマルコが書庫に入ってきて、いつの間にやらこうなっていたのだ。アルミンに座学の教科書を見ながら解説をしてもらって、本を読んでいるマルコがたまにアドバイスをくれる。埃臭くて、本が置いてあっただけの場所が二人がいるだけで塾に早変わりしていた。

 

「つまりはこういうこと……?」

「うん!あってるよ」

「やったぁ……」

 

 難題が解けるとさっぱりして心地がいい。この感覚は何度味わってもいいものだ。脱力して椅子の背もたれによりかかり、脳に酸素を送り込むつもりで大きく肺を膨らませる。たちまち、埃くさい匂いで一杯になった。

 

「うーん、埃っぽい!」

 

 書庫はいつ来ても相変わらずだ。安心感すら覚えてくる簡素さ、山のように積まれた本と厚い埃。綺麗にしようとはたきを持参したこともあったけれど、叩いたところから埃が舞ってそれどころではなくなるのでやめてしまった。

 

「長らく掃除されてないみたいだからね」

「管理はどうなってるんだろ」

 

 アルミンも困ったように眉を下げて、書庫を見渡している。司書の姿は見えないし、教官がやってくることもない。あたしたちがいない間、ずっと無人だったのはこの有様から一目瞭然だ。壁に取り付けられた窓から差し込む光で空中を舞っている埃がよく見える。

 

「かなりずさんな管理だよ。貸出記録帳もないし……」

「教科書みたいな本しかないからだ、それ」

 

 この書庫であたしが読めるのはごく少数だ。どれもこれも、分厚くて古めかしい装飾が施されたものばかり。背伸びして読もうとしても完全に理解するには何度も読み返す必要があるだろう。書庫を見つけた当初は読破なんて想像もしていたけれど、早々に諦めて図解や解説が事細かく載っている本を選んで読んでいた。

 

「借りるのも僕たちくらいだしな」

「うん、残念だけどね」

 

 マルコの言葉に小さく頷く。書庫にもっと人が来てくれれば、埃くさい場所も一変するかもしれない。活気あふれる場所にしたいのは山々でも、これだけ時間が経っても新しい顔が増えないのを見るに望みは薄そうだ。卒業までこの三人で貸し切れる、と言えば聞こえはいいけれど。利用者でもないライナーに掃除を手伝わせるのは気が引けるし、どうしようもない。

 

「場所が悪いと思うなぁ、ここ」

 

 書庫を示す表示は掠れていて読めないし、随分と奥ばった場所にある。ひとときの冒険心から訓練所を探索しなければ、あたしは書庫の存在に気づかないまま卒業していただろう。あまりにも人の気配が感じられないので最初は物置だと思ったくらいだ。

 

「あたし、ここが書庫だって思いもしなかった」

「一目じゃわからないしね」

 

 マルコもうんうん、と頷いている。マルコが書庫を知っていると分かったのは一人で座学の難題と格闘していた時だ。床が軋む音がしたのでなんだと思っていたら、目を丸くしているマルコと出会った。お互いに人が来るなんて思っていなかったんだろう。目を合わせてから数秒して、互いの反応で笑ってしまった。

 

「アルミンはいつから見つけてたの?」

「訓練兵になった辺り、かな……」

「流石アルミン」

 

 訓練兵になる前から勤勉なアルミンの性格が窺える。入団当初から、本が所蔵されている場所がないか目をつけていたんだろう。施設の紹介でも説明がなかったくらいなのに。学ぶ姿勢をいかなる時でも忘れないアルミンの精神には脱帽だ。尊敬の念も込めて言ったあたしの言葉に対して、アルミンは肩をすくめた。

 

「やめてよ、ノエル」

「ノエルの言う通りだ。アルミンはもっと自分に自信を持っていい」

 

 マルコがあたしに呼応するように言うと、アルミンは困り顔を深めてしまう。ベルトルトの顔で見慣れている表情だ。自分に自信がない気持ちはわかるけれど、アルミンほどの人が自信を持たないのは不思議だった。

 

「マルコまで……」

「ほら、謙遜しないで。アルミンが座学トップなのは事実なんだからさ」

 

 あたしにはアルミンが自分を卑下する理由がわからない。体格さや格闘、立体機動の面において言うとアルミンは目立たない存在かもしれないけれど、人には向き不向きがある。あたしと違って、アルミンは得意な面を人よりもずっと伸ばし続けている。座学で類稀な発想力を遺憾無く発揮しているからこそ、教官たちの評価にもつながってきているのだ。

 

「そこまでじゃないよ」

「うーん、そうかなぁ?」

 

 アルミンは眉尻を下げて、またもや謙遜を重ねている。少なくともあたしにとっては尊敬できる友人の一人なんだけどな。マルコもあたしと同じような反応をしている。このまま、アルミンの凄いところを上げ続けても良かったけれど、深刻そうな表情をしていて、負担をかけてしまっては悪いのでやめておいた。

 

「僕からしたら、二人の方がよっぽど凄いと思う」

「マルコはともかく、あたしはそんなに言われるほどじゃ……」

 

 持ち直してきたとは言え、立体機動装置は素質がないし、これと言って得意科目もない。馬術なんて主人よりも利口な彼女のお陰で成り立っているし、座学や技巧は平均レベルだ。アルミンに凄いと褒めてもらえるような人間じゃない。ましてや、成績優秀なマルコと一纏めにするなんて。

 

「ノエルも謙遜してるじゃないか」 

「そりゃあするよ!マシになってきたとは言え、別にそんな」

 

 褒められる要因が全く見当たらなくて、あたふたしていたらアルミンがふっと笑った。あたしが中か、中の下くらいなことは普段見ていればわかるはずなのに。アルミンの考えていることがサッパリで、助けを求めるようにマルコを見た。

 

「僕も、ノエルは凄いと思うよ」

「えぇっ、マルコまで!?」

 

 デジャヴを感じつつも、驚嘆して大声を上げてしまう。あたしなんかがこんなにも褒められて良いんだろうか、とても勿体ない気もする。アルミンを褒めに褒めていれば、混乱せずに済んだのだろうか。アルミンと同じような反応をしてしまうあたしに、マルコが笑う。

 

「ノエルは理解さえすれば呑み込むのが早いから、とても教え甲斐があるんだ」

「あ、それ……マルコにも言われたかも」

 

 いつかの訓練が思い浮かんだ。マルコに言われてから、自分の特性を知るために何度も頭の中で噛み砕いた言葉だった。それが実感に変わったかと問われれば、未だに分からないままだ。実感がなくとも、アルミンにまで言われてみればそんな気もしてくる。

 

「見習わないと」

「あ、アルミン……やめてよ」

 

 アルミンの真っ直ぐな視線で見つめられれば、心からそう思ってくれているのが伝わってくる。褒められたことを素直に喜べばいいのにいつもの調子が狂ってしまって、熱くなった頬を隠すように視線を逸らした。あたしはアルミンに見習われるほど、できた人間じゃない。

 

「ノエルがこうやって照れてるの、珍しいな」

「誰でも照れるよ……優秀な二人に褒められるんだもん」

 

 狼狽えているあたしを前にして、マルコが微笑ましそうに言った。曇りのない純粋な賞賛を浴びれば、誰だったこうなるだろう。ましてや、兵団内でも群を抜いて優れているマルコとアルミンにこうも褒められて終えば尚更だ。

 

「明るくて、優しくて、努力家なのはノエルの魅力だ。君も自信を持っていいんだよ」

「ゔ……」

 

 マルコが追い打ちをかけるようにゆっくりと微笑む。あたしは言葉を詰まらせてどうしようもなくなった末、机に顔を伏せた。胸がむず痒くて深呼吸でもしないとやっていけそうにない。褒め言葉を受けとって喜べられるほど、素直なら楽だったのだろうに。

 

「っ続きを、続きをやろっかな!」

 

 ガバッと体を起こしたあたしは頬の熱を振り切るようにして教科書の新しいページを開いだ。くすくすと笑っているアルミンとマルコの声がするけれど、複雑な図解に目を落として問題文に集中する。アルミンもこんな気分だったんだろうか。照れくさいから、受け止めきれずに否定してしまう。優しい友人に恵まれたのは幸運だ。こうやって誤魔化せるのも、きっと贅沢な悩みなんだろうと思った。

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