島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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訓練兵団編:ないものねだり

 訓練兵になってからは誰かを羨んでばかりだ。憲兵狙いで上位を目指していなくても、教官から評価されていると意識せざる負えない。ライナーのように人望に熱く力を持った人物になりたい、アニのような格闘術を手に入れたい。模範解答以上の考えをスラスラ語れるアルミンみたいな頭脳も欲しいし。優秀な同期が多いからか考えればキリがない。ミカサのような完璧超人とまではいかなくとも、何か特筆した特技が欲しくなる。頼るよりも頼られる方が多くなるような未来は近いうちにはないだろうと分かっていても、そう願えずにはいられなかった。例えば、今なんかはベルトルトの身長が欲しい。

 

「ぐぐぐッ」

 

 つま先立ちをして訓練所の備品が入った箱を持ち上げる。収納するスペースに届くよう、全力で腕を伸ばしているけれど、届きそうな気配はない。こうなるのは二度目なので、今度こそはと意気込んでいたつもりだった。身長の問題はどうにもならないらしい。

 

「ノエル、僕に貸して」

「も、もうちょっとだから!」

 

 隣であたしの有り様を見かねたベルトルトが手を伸ばしてくるのを静止する。あたしとベルトルトは二人で雑用を任されていた。二人で話しながらのんびり歩いていたら、運悪く教官に見つかってしまったのだ。指定された扉を開けたら、それはもう酷い有り様だった。入り口付近に備品が積まれていたので、二人で一つづつ退かしてどうにか中へ入る。旧式の立体機動装置から巨人模型の一部まで訓練兵団の歴史を感じるような物が散見していた。教官からの指示は物置の整理と、大雑把な内容だったので掃除はしないと二人で決めて、備品の整理に集中することにしたのだ。

 

「ぐ……」

「ほら」

 

 荷物が重みでプルプルと震えている指先に支えられて不安定に揺れている。つま先が痛みを感じてきたあたりで、ベルトルトが声をかけてきた。また手を煩わせてしまうけれど、あたしで覆すことは出来なさそうだ。足を地面につけて、大人しくベルトルトに荷物を手渡す。あんなに苦労しても届かなかった場所へ、ベルトルトはあっさりと荷物を置いてしまう。

 

「いつの間にこんな差がついたんだろ」

 

 出会ったばかりの、二年前までは同じくらいだったはずだ。それがどうして、差をつけられてしまったんだろう。食べている物も環境も大きな違いはないはずなのに。訓練兵になった頃はすでにあたしが見上げていたけれど、ベルトルトの身長は留まることを知らない。日に日に身長が伸びてきている気がする。このままいったら、ベルトルトと顔を見合わせるだけで首を痛めてしまいそうだ。

 

「少し前までは同じ目線だったのに……」

 

 過去の記憶を掘り起こして、手で腰の辺りを示す。アニも、ライナーもみんな同じくらいだったような。いや、ベルトルトだけはやっぱり高かったかもしれない。水平に手を動かしているあたしを前に、ベルトルトが苦笑する。

 

「ノエルはもっと身長が欲しいの?」

「うん、ベルトルトが羨ましいよ」

 

 ベルトルトの問いに大きく頷きながら、作業を再開する。高いところに戻すのはベルトルトに任せてしまって、あたしは散らかっている部品をまとめるのに集中しよう。錆びついているよくわからない部品を同じものと合わせて木箱に詰めていく。

 

「ベルトルトみたいにライナーを見下ろせたら楽しそうでしょ」

 

 あたしの身長が高くなったら便利そうなのは確かだけど、まずはベルトルトと肩を並べてライナーを見下ろしてみたい。ライナーが見上げてくる姿は新鮮で面白いに違いなかった。立場が逆転して、今度はあたしがライナーの頭を撫でる番になるだろう。

 

「アニにも吹っ飛ばされないかもしれないしさ」

「それは……どうだろう」

 

 対人格闘でベルトルトとアニが組んでいるのはみたことがない。これだけの体格差があれば、投げ飛ばされるのも耐えられそうだ。希望を見出しているあたしに対して、ベルトルトはどうやら自信が無さげだった。

 

「ベルトルトがいつも見てる景色、みたいなー」

 

 自分の視線がみんなより頭二つ分高い景色なんて、あたしには想像もつかない。想像して思いつくのでは、物事を俯瞰して考えられそうなことくらいが最後だ。ベルトルトが訓練で冷静に戦局を分析できることに関係していたりするんだろうか。木箱に一通りの部品を詰めると、空間が開いてスッキリした印象を受ける。

 

「ふぅ」

 

 一息ついたら、あたしでも手の届く範囲の棚に収納しなければならない。高い位置の棚に手を伸ばしているベルトルトの横で抱えるくらいの大きさがある木箱を適当な位置に並べていく。床に落ちている物がなくなったから、作業がだいぶしやすくなった。これだけしておけば、教官に文句は言われないだろう。

 

「僕もノエルも。そこまで変わらないんじゃないかな」

「そう?」

 

 あたしが二つ目の木箱を持ち上げたタイミングで、背を向けたままのベルトルトが言った。本人が言うのだからあたしが考えていたような違いはないのかもしれない。いまいちピンとこなくて小首を傾げていると、上の棚に纏めている部品の一つをベルトルトに渡すように頼まれる。

 

「背が高いのもそんなに良くないよ」

 

 自分の隣にあった部品を手渡すとベルトルトは眉を下げながら言った。高い背で軽々と高い位置の棚を整理しつつ、ベルトルトがうんざりしたような声で続ける。

 

「天井に頭を打つし、毛布に体が入り切らなかったりするし」

「さっきも痛そうだったもんね」

 

 この物置に入る際もベルトルトは入り口の枠に頭を打っていたのだ。ゴンっと鈍い音が鳴ってかなり痛そうな感じだった。羨ましがるだけだったら、いくらでも良いところばかり挙げられる。背が高い人にしかわからない悩みも多くあるのだろう。無神経だった自分の発言を反省しつつ、ベルトルトの様子が心配になってくる。

 

「腫れてない?」

「そこまで勢いがなかったから、平気だよ」

「よかった」

 

 ベルトルトの言葉にホッと胸を撫で下ろす。たんこぶでもできていたら、今すぐに作業を中断して救護室に駆け込もうと考えていたけれど、その必要はなさそうだ。包帯を使った手当の上達具合を披露するのはまた今度だ。

 

「そっかぁ……背が高くても大変なんだね」

「ノエルも低くはないだろう?」

「人間は持ってないものが欲しくなるんだよ、ベルトルト」

 

 なんでも知っている風の鼻につくような言い方をしながら、最後の木箱に手をかけて、持ち上げようと力を込める。若干は浮いたけれど、このまま棚に戻すのは難しそうだ。横に少しだけずらせても、力が抜けて木箱が床についてしまう。折角、綺麗に入れたのに部品を一度外に出すしかなさそうだ。できることなら、このまま仕舞いたいのに。

 

「身長は諦めるとして、屈強な肉体も欲しいな……」

「欲張りだね、ノエル」

「この箱を持ち上げられるんだったら、いくらでも」

 

 自分の非力さが嫌になってつぶやいたら、ベルトルトに揶揄われてしまった。男女に力の差が存在するとは言え、ミカサあたりなんか簡単に持ち上げていそうなのに、あたしにはいつまでも筋肉がつかない。一般人に比べたらあると思いたいけれど、力こぶなんかついているか辛うじてわかる程度だ。

 

「じゃあ、二人で持ち上げようよ」

 

 ベルトルトが提案してくれたので、あたしは一緒に持ち上げてもらうことにした。向き合って、木箱を掬い上げるようにして掴む。一人の時とは全く違う重さに、ベルトルトの有り難みを感じた。棚の近くまで寄せたら、顔を見合わせてから掛け声を叫んだ。

 

「いくよ、せーのっ!」

 

 声に合わせて力を込める。一人では肘より上にすら上げられなかったのに、一度乗せて仕舞えばスムーズだった。二人で、木箱の背を最後まで押し込む。

 

「これであらかた済んだかな」

「っはあ……だいぶ片付いたね」

 

 一仕事終えた気分に鳴って、額を拭う。教官に連れてこられた時こそ、気分は最悪だったけれど、ベルトルトと雑談しながら作業できたし、放置された部品を拾ってきて戻すだけだったから、酷く疲れもしないで雑用をこなせてよかった。

 

「あとは教官に報告しよう」

「うん」

 

 あらかた片付いたので、後は教官に伝えるだけだ。ベルトルトに相槌を打って、酷使した腕の力を抜く。重いものを持って痺れている指先をぶらぶらと振っていると、あることを思い立った。立っているベルトルトに指を出して、地面を指す。

 

「ベルトルト、そこに屈んで」

「え、どうしたの。ノエル」

「いいから、いいから」

 

 訝しげな表情のベルトルトを誘導して、目の前で屈んでもらう。ライナーと違い、ベルトルトの頭にはつま先立ちをしたって届かないので、こうして情けをもらわないと頭に触れられもしない。

 

「……楽しいの?それ」

「うん。楽しいよ」

 

 ベルトルトが訝しげに見上げてくる。それもなんだか新鮮で首を縦に振って、キュッと口角をあげた。柔らかい髪が指の間からすり抜けていく、それを二往復したらベルトルトの頭から手を離す。

 

「よし、満足した」

 

 いつも見下ろされているベルトルトの頭を撫でるだなんて、なかなかできない経験だろう。物置の片付けも終えられた達成感も相まって、気分を良くした。すっかり片付いた物置を見回してから、ベルトルトと外へ出る。頭をぶつけないよう、少し屈んで出てくるベルトルトを待って、二人で教官の元へ歩き出した。

 

「ノエルって時々子供みたいなことをするよね」

「へへ、我ながら子供っぽいと思う」

 

 ベルトルトが関わると尚更だ。つい構いたくなって、その優しさに甘えてしまう。もっと大人にならなくちゃいけないな。

 

「何?どうしたの」

「なんでもない!」

 

 今度はベルトルトの落ち着きが羨ましくて、じっと見つめていたらベルトルトが不思議そうに問う。凝視してしまっていたことには言われてから気がついた。ベルトルトの視線をヘラヘラ笑って取り繕おうのだった。

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