島の悪魔【本編完結】   作:死にかけの細菌

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訓練兵団編:違和感の正体

 手がかかるがどの馬よりも聡明で美人な愛馬の世話を終え、厩舎から食堂へ向かう途中だった。朝食の献立を思い浮かべ、空腹で唸る腹を抑えながら、他の仲間たちに混ざって食堂へ向かっていると「あのさ、ノエル!」聞き馴染みのない声があたしを呼び止めた。

 

「ごめんね、引き止めちゃって」

「う、ううん」

 

 手を合わせたまま申し訳なさそうな顔でそう言ったのは、これまでにも数回ほどしか喋ったことがないような同期の女の子だった。その後ろには、これまた数回ほどしか言葉を交わしたことのない別の同期が伺うようにしてこちらを見つめている。初対面の時に名前くらいは教えてもらったはずだが、どちらか一人の最初の文字でさえ思い出せない。あたしは訓練で足を引っ張るから、それなりに嫌われている。いつも話している以外の同期たちと話す機会なんて、訓練の班分けくらい。そのせいで名前が出てこないんだと胸の内で言い訳をして、冷や汗を流しながら話しかけてきた同期の言葉を待った。

 

「単刀直入に言うけど、この子が今日ライナーに告白するつもりなの」

「こ、こくはく」

「そう」

 

 想像もしていなかった言葉に声を無くす。ミーナたちの恋愛談義からライナーがかなりモテるのは知っていたけれど、こうも現在進行形でモテている姿を見ることになるとは想像していなかった。知り合いが、それもライナーが告白されると知れば自分の方が落ち着かなくなってくる。視線を泳がせていたら、痺れを切らしたようにもう一人の子が話し始める。

 

「ノエルってライナーと仲、いいから。本当に付き合ってないのか知りたい」

 

 何を言われるのかと身構えていたから、すっかり拍子抜けしてしまった。ライナーとあたしがいい仲なんじゃないか、と言う疑惑は一年目から数え切れないくらい聞いてきた。つまりこの同期は、告白する前にあたしと言う疑惑を晴らしておきたいのだろう。

 

「全然、そんなことないよ」

「……本当に違うの?」

「うん。壁の王に誓ってほんとだよ」

「そう……ありがとう」

 

 最初は疑念の目が向けられたままだったが、こういった時の常套句を使ってようやく納得してくれたようだ。正直なところ、王さまのことは偉いこと以外知らないけれど、こう言えばみんな食い下がってくれる。同期はそっと感謝を口にして、二人で足早に去っていってしまった。本当に確認だけしたかったらしい。まあ、あたしと話すことなどそうないということなんだろうが。勝手に被害妄想して肩を落としつつ、再び食堂に向かって歩き出す。先ほどの二人も行き先は同じらしく、肩を並ばせて何か話しているようだ。告白場所でも相談しているのだろうか。近くの湖なら告白にはちょうど良さそうだ。デートでも楽しそう。ライナー、どんな話するのかな。二人並んで歩く姿を思い浮かべて、急に胸がチクリと痛む。あれ。なんだろう。告白されているライナーの姿を思い浮かべると、やけに苦しくなる。

 

「あんたさ、親切だよね」

「あ。アニ、おはよう」

 

 じんわり痛む部分を手で押さえて首を傾げていたら、今度はよく聞き慣れた声に話かけられた。見慣れ切った姿に安心感を覚えながら挨拶する。アニは返事をせずに、じっと前を向いたままだ。

 

「関わらなければいいのに」

 

 言いながら呆れを含んだ碧の瞳が向けられる。どうやら、背後から見られていたらしい。あたしが他の同期と話しているのは珍しいから、よほど目立ったのだろう。会話に入っていなかったはずなのに全て知っているような口ぶりだ。

 

「あはは…アニみたいに器用じゃないから」

「器用もなにも、無視するだけ」

 

 簡単そうに言うけれど、一匹狼をするのはなんだかんだ難しい。アニのように一人で生きていける力を持っている人じゃないとできないから。

 

「アニ、だったら……」

「なに」

 

 アニだったら、この痛みに苛まれることもないんだろうか。ライナーが告白されるって、それだけなのに。ちくりと胸にひっかかった痛みはまだ治ってくれない。

 

「ううん、なんでもない」

 

 その後も、原因不明の痛みが取れることはなかった。胸の内で違和感を残してささくれみたいな痛みを訴えてくる。訓練に支障が出るほどではないが、明らかな違和感はあたしの意識を阻害し続けた。合間で痛みの原因を探り続けたが、ついぞ答えはでずに夕飯の時を迎えてしまった。

 いつもの席。アニの隣でちびちびとスープを流し込みながら、横目で他の席に座るライナーを見てみる。原因不明の傷が塩を塗り込まれたように痛くなり、目を逸らすとましになった。そう。今日わかったのは、この痛みにライナーが関係していることくらいだ。ライナーに聞いてもいいが、逆に心配させてしまいそうだしもうお手上げ状態。惰性で飲んでいたスープから口を離して、アニに助けを求めてみることにした。

 

「もし……あたしが告白されるってなったら、アニはどう思う」

「は?」

「例えば!例えばの話ね」

 

 あたしが告白されるなんてことは万が一にも起こり得ないので想像しにくいだろうけれど、ふと聞いてみたくなってしまった。アニは慌てて付け加えるあたしから目を逸らして、静かにつぶやく。

 

「さあ……どうでもいい」

「え、あ。そっか」

「だからなんなのさ」

「う、ううん。あたしなら寂しいなぁって……あ」

 

 そう口にした途端、じくじくと主張していた痛みが取れて体が軽くなる。あたしは寂しかったんだ。あまりにもストンと腑に落ちるものだから、自分で言ったのに動きを止める。不自然な挙動をみせるあたしに、アニの視線がだんだんと厳しくなる。

 

「……なに」

「あたし。みんなに恋人ができて話せる時間が少なくなるのが嫌みたい」

 

 あんなに悩んだのに。答えはとても子供染みていた。いや、だからこそ辿り着くまでに時間がかかってしまったのかもしれない。

 

「あはは。欲張りだね、あたし」

 

 既に一生分くらい三人を振り回してきたのに。まだ、三人の時間を独り占めしてしまいたいなんて。これじゃあ、ウォール・シーナのどんな貴族よりも強欲だ。

 

「いいんじゃない」

 

 小さく失笑して自分に呆れていたら、アニが言った。ハッとして、手元からアニの横顔に視線をうつす。こちらには向かず、アニは続けた。

 

「……寂しくたって」

「アニ…」

 

 心臓がギュッと掴まれたような心地になって、絞り出すように名前を呼んだ。アニはあたしに甘すぎるよ。そう言いかけた自分に気がついて、すぐ喉の奥へしまう。アニが知ってしまったら、妙な意地を張って言わなくなってしまうだろうから。頬が甘いものを食べた時みたいに緩んでしまうのを手で覆い隠した。

 

「……じゃあ、今日の夜はアニに抱きついて寝てもいい?」

「鬱陶しいから無理」

 

 くすん、鼻を鳴らしてみたが見向きもされない。それどころか、食べ終わった食器をまとめて行ってしまったので、パンを両手で口に詰め込んで慌てて追いかけた。

 

「ライナー、良かったね」

「さっきから、今日はやけにご機嫌だな」

 

 翌朝、例の二人に呼び止められた場所を今度はライナーとベルトルトとあたしの三人で通り過ぎる。蛇のように体をくねらせ、口端から綻ぶ笑みを抑えきれずにいたあたしをようやくライナーが指摘した。

 

「へへっ、そうかなあ」

「いいことでもあったの……?」

「んー……あたしはライナーに聞きたいな」

「はあ?俺か?」

 

 明らかに浮かれているあたしへ、ベルトルトが不思議そうに問うた。本当はあたしもライナーに真正面から問いただしてみたいけれど、隠れた関係にしておきたいかもしれない。まだピンときていなさそうなライナーへもぱなしのあたしは少しの気にならなかった。

 跳ねるように階段を駆け上がり、席を探す。ちょうど目を走らせた先に例の二人組が映った。その中にはもちろん、ライナーに告白した子も座っている。新しい彼女に挨拶でもするだろうと眺めていたら、ライナーは配膳を受け取るなり手短な席に腰を下ろした。

  

「あ、あれ?いいの……?」

「ん?なんのことだ」

 

 てっきり配膳のついでに挨拶でもするだろうと考えていた頭が混乱した。ライナーはさっぱりわからんと言いたげにあたしをみてくる。狼狽えながら視線を泳がせていれば、こちらの様子を伺っていたであろう例の同期と目が合い、慌てて逸らした。

 

「えと……あの子と食べなくてもいいの?」

 

 肩をすくめてベルトルトの陰に隠れながら、小声でそっと尋ねる。ライナーは懐疑的な目をさらに細め、それからやっと合点が言ったように手を叩いた。

 

「もしかしてアイツら、お前んとこ行ったのか。」

「え、あ。ええと……」 

「告白なら断ったぞ」

「え!そ、そうなんだ」

 

 すっかり彼女ができたものと思っていたので、驚嘆の声が漏れてしまう。ベルトルトも知っていたらしく、この場で声をあげたのはあたしだけ。つまり、あの同期は振られた後ということ。意識してから、もう少しだけベルトルトのそばに寄った。こんな話をしていると勘ぐられては双方に良くないので、声量を絞る。ライナーもライナーだ。同じ空間に振った相手がいるのに、もう少し声量を控えてほしい。

 

「なんで、ベルトルトの影に隠れてんだよ」

「敵を作らないように……!」

「敵?」

「ライナー……」

 

 さっぱり理解していないライナーにベルトルトも微妙な表情をしている。こういうデリカシーのないところがアニに嫌われてるのかな。まだ寮で身支度をしているであろう友人の思いに胸を馳せた。

 

「まあ、でも……ちょっと安心した」

 

 ライナーとベルトルトにだけ聞こえるくらいの声量で、正直に心中を打ち明ける。ライナーが告白を断ったと聞いた時。あたしの心に生まれたのは驚きだけじゃなかった。どこかつっかえが取れて解放されたような、嬉々とした感情を滲ませている自分が確かにいたのだ。

 

「ライナーといる時間が少なくなったら、寂しいもん」

「まだまだ子供だな、お前は」

 

 ライナーの言う通り、これは子供染みた独占欲なのだろう。お気に入りのおもちゃを奪われたくない。それくらいの単純な癇癪。あたしは性格が悪いから、何の躊躇いもなくそう思える。

 

「なにそれ、ライナーだって子供だよ。たったふたつ年上なだけ」

 

 また、自分だけ取り残されるのが嫌になって屁理屈を言い出す。ライナーは大人だから、あたしの言い分を否定せずに受け止めてくれる。「ライナーもあたしといれなくなったら寂しいでしょ」勢いにのってそう口走れば、ライナーは嫌な笑みを浮かべた。

 

「どうだろうな?」

「うわ」

「まあなんだ。今は恋人なんか作ってる場合じゃねえから安心しろ」

「そうなの?」

 

 「ああ」とパンを齧りながら首を縦に振ったライナーを目に映して、頭の中で鍵の開く音がした。長年の謎がやっと解明されたのだ。同時に自分へ呆れが全身を巡って、言葉を失った。

 

「そっか。だからか……バカだ、あたし。」

「どうしたの?」

「いやあ、ライナーがモテるのに恋人作らないのはそっちのケがあるのかと……」

「そっち、って」

 

 少し顔色が悪い気のするベルトルトに神妙な顔で頷いてみせる。あ、さらに青くなってしまった。何を想像してしまったのか知らないが、こうも反応がいいと言ったことが申し訳なくなる。

 

「はあ?本気で言ってんのか」

「あ、あはは」

 

 呆れ返っているライナーの顔から逃れ、なんとかその場を持ち直そうと乾笑いで返す。よく考えれば当たり前だ。あれだけモテているのに、恋人がいないのはライナーが断っているかしている訳で。どうして異性に興味がないからだと決めつけていたんだろう。てっきり異性にしかモテてないのかとも思ったが、ライナーは性別関係なくみんなの兄貴分だ。それに、恋人がいたとしたらあたしの訓練に一週間付きっきりでいたりできないはずなのに。

 

「何を勘違いしたのか知らんが……俺は女が好きだぞ」

 

 一人で自分の愚かさを再認識していたら、何を思ったのか少しの沈黙を経てライナーが言った。あたしの返答を待っているのか、食べかけのパンから手を離してまでライナーがじっとあたしを見つめてくる。

 

「…なんかやだな、その言い方」

「仕方ないだろ。他にどう言えっつうんだ。」

「うーん……もっと、なんか。ねぇ?」

 

 そこだけ聞いたら、街の遊び人みたいだ。言い出しっぺながら上手い言い換えが思いつかなくて、ベルトルトに目で助けを求めてみる。自分にふられるとは考えていなかったらしいベルトルトは、スープの器を机に置いてから「わからないよ」と困り顔をつくった。

 

「ほら、ないだろ」

「……マルコだったら、どう言うかな」

「なんだよ、アイツなら嫌じゃないのか」

 

 ふと思いついたようにこぼせば、ライナーが不服そうに聞き返してくる。マルコは性格良し、成績良しのお手本みたいな人だからこういう引き合いにはついつい出してしまう。本来なら比較なんてするべきじゃないんだろうけど、今の発言はアニ以外に言っても何か思われそうだ。

 

「人柄の問題だな。うん」

 

 そもそも、マルコは頼みでもしないと言ってくれなさそう。無責任にもあたしの脳はそう結論づけた。これは育ちの良さとか生まれもった過程とか。そういうものから違っているのだろう。マルコなら、あたしがお尻出して泣きついた話を掘り起こしたりしないし、たまにふざけてお尻を叩いたりしないはずだ。あたしがとにかく、ライナーはデリカシーというものを学ぶべきだ。

 

「それじゃあ、俺が女にだらしない奴みたいだろ」

「実際クリスタにはだらしないじゃん」

「く、クリスタは……まあ。な」

「もう!」

 

 クリスタを引き合いに出すと、ライナーは命令されたようにしおらしくなる。急に女々しくそわそわし始めたライナーを前にして、あたしは嘆声をもらした。

 

 

「ライナー、断ったんだって」

 

 澄み切った空の下、連日の曇り空からは考えられないような濁りのない青を視界いっぱいに映してつぶやく。大の字に転がった体は、動くのを諦めてしまったように重い。いくら体術の相手をして欲しいからといって、後ろから強引に抱きつこうとするのは悪手だった。派手に転げているが、みんなはこの光景に慣れているので声をかけてくる人はいない。

 

「そうだろうね」

「アニ。わかってたの?」

 

 髪やお尻についた砂をぱらぱらと落としながら、地面に手をついた。投げられた余韻で足は痺れていて、腕を組んで立っているアニを下から見上げた。太陽の光で反射して輝くブロンドの隙間から、冷えた蒼の瞳が覗いてる。

 

「分かってたも何も、受けてたら許さない。」

「も、もも、もしかして、ライナーのことが好——」

「あ゙だッ!」

「気色悪い、やめて」

 

 それほど痛みもないのに、大袈裟な叫び声をあげた。ふざけたことを抜かしたからアニの手刀が脳天に直撃したのだ。嫌われないうちに、「ご、ごめんなさい……」悪さをした子供みたいな謝罪をする。頭を抑えながら恐る恐る様子を伺ってみるも、アニはさっきの一撃と謝罪で満足してくれたようだった。

 

「どいつもこいつも、男の趣味が悪いんだよ」

「アニ、怒ってる?」

「怒ってない、うざいだけ」

「そ、そっかあ……」

 

 それって、やっぱり怒ってるんじゃ。頭の中に浮かんだ疑問は今度こそ、そっと心の中にしまっておいた。

 

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