帝国暦486年4月、フルギタ星系 惑星ホルフバーデン
右翼方面は他の貴族との連携の必要がなく、かつ規模も小さかったことも味方して、討伐軍の中ではもっとも早く出撃準備を整えていた。
そんなメルゲントハイム艦隊、その旗艦の艦橋に、一人の士官が静かに姿を現す。
「ウォルフガング・ミッターマイヤー少将、ただいま着任しました」
蜂蜜色の髪に活力にあふれるグレーの瞳を持ったその青年は若く、そして無駄のない所作で敬礼した。小柄ながら引き締まった体は軍人としての彼の勇敢さを表しているようだった。
「若いわね」
振り返ったリリーナが短くそう評する。
リリーナは艦橋中央の司令席に座ったまま、興味なさげに視線を戻す。
だがミッターマイヤーの視線は、すでに艦内構造の異様さに注がれていた。
「この艦艇は随分と不思議な作りをしているようですが……」
その指摘はもっともだった。メルゲントハイム艦隊の艦艇は、帝国の標準設計とは大きく異なっていた。艦橋と艦隊司令部は別々に存在し、いずれも艦体の深部に埋め込まれていた。
「中性子衝撃砲へのエネルギー伝達と、弱場ライフリングの制御装置を艦首側に集中させる以上、艦橋の配置がこの位置になるのは必然なのよ」
リリーナの口調は、まるで技術将校のように明瞭だった。
「中性子衝撃砲と言いますと……ヴァンフリート星域で反乱軍を薙ぎ払ったという、あの兵器……ですか」
ミッターマイヤーの声に、わずかな警戒と、それ以上に軍人としての興味が滲む。
彼のような速戦志向の将校にとって、それは未知で魅力的な火力だった。
「ええ。もっとも、あのとき使ったのは初期型。この艦に搭載しているのは強化改良型よ。今回はね、その実戦試験も兼ねてるの」
さらりと言ってのけたリリーナに、ミッターマイヤーは言葉を失った。
目の前の少女には、戦争に来ているという自覚があるのか疑わしく思えるほどだった。
だが、彼はそれを咎めなかった。
あの軍議の場で、ブラウンシュバイク公の一言で押し切られた無力感が頭をよぎったのもある。だが、それだけではなかった。
中性子衝撃砲、その破壊力の真実を、この目で確かめたい。そうした純粋な軍人の好奇心が、諌言の言葉を喉元で留めさせたことを、彼自身否定できなかった。
ミッターマイヤーは敬礼し、一歩引いて静かに配置についた。
帝国暦486年4月、クロプシュトック候領 アイルシュトック星系
「内惑星の拠点を制圧した第五分艦隊は、後続の輸送艦の到着まで現宙域で待機。その間に、第一から第四艦隊は外縁部に移動、ワープ準備に入れ!」
ミッターマイヤーの声が艦橋に響き渡る。短く、明瞭で、全艦隊に即座に通達された命令によって整然とした艦隊運動が引き起こされる。
リリーナは感心していた。
若く才気にあふれるその士官は、初めて接するメルゲントハイム艦隊という特殊編成艦隊を驚くほど短期間で掌握してみせた。その力量はリリーナをして彼が軍人なんていう職についていることを嘆かせるほどであり、引き抜いて資源やエネルギーの管理を任せたいと考えてすらいた。
戦闘以外の艦隊のあらゆることを丸投げされたミッターマイヤーは艦隊運動、補給、交代休息、その全てを合理的に制御し、侵攻速度を驚異的なほどに引き上げていた。
「メルゲントハイム伯爵。この艦隊の戦略機動性能、まさに驚嘆に値します。これほどまでに指揮に応えるとは……」
ミッターマイヤーの言葉に、リリーナは小さく頷いた。その進撃速度は、単に指揮の巧みさだけによるものではない。
実際、リリーナらが進撃しているのはクロプシュトック侯領でも栄えているとはいいがたい領域である。すでに敵の守備は無に等しく、多くの拠点が戦わずして放棄・撤退されていた。そのため、戦闘らしきものは未だに発生せず、足止めにあうこともない。
さらに、メルゲントハイム艦隊の艦艇は動力系・ワープエンジンともに帝国標準を遥かに凌駕する高性能機であり、それが追い風となった。
そう、リリーナの艦隊は、討伐軍の中でも最も速く動き、最も早くクロプシュトック本星に迫った部隊となっていた。それは、目標のある本星への攻撃に遅れるわけにはいかないと、丁寧な制圧をせずにやや強引に急かしたことも原因の一つであった。
「星系外縁部にワープ反応!――味方艦隊ではありません、敵艦です!」
オペレーターの声が艦橋に緊張を走らせた。
「来たわね!!」
リリーナが身を乗り出す。敵は動いた。いや、ようやく動いたと見るべきだった。
クロプシュトック侯も無策で討伐軍に叩かれるような人物ではない。分散しながら進撃してくる討伐軍の中で、最も突出したメルゲントハイム艦隊を狙ってきたのだった。
「敵艦、約五千隻! 真っ直ぐこちらに接近してきます」
「全艦、戦闘配置! 第六惑星宙域で迎え撃つわよ!」
リリーナが命じたそのとき、すかさず横から進言が飛ぶ。
「お待ちください、閣下!」
ミッターマイヤーが進み出る。声に焦りはなかったが、その視線は鋭く、戦局を見通していた。
「五千隻というのはクロプシュトック侯爵家の全戦力の半数以上に相当します。ここで我々を追うなら、本星の防衛は手薄のはず。我々が後退し、敵をこの宙域に引き寄せれば、他の討伐軍がその隙に本星へ突入できます」
正論だった。完璧な軍略。そして、ミッターマイヤーはこの状況を予期しており、あの進撃速度にあってきちんと退路の準備を済ませていた。
しかし、
「……ミッターマイヤー少将! それじゃあ試し撃ちができないじゃない」
リリーナはあっけらかんとした笑みを浮かべた。その表情に、思わずミッターマイヤーが言葉を失う。
「せっかくの実戦なのよ。これ以上の照準調整の機会なんて、そうそう来ないわ。撃たなきゃ損でしょ?」
歯切れの良すぎる物言いに、ミッターマイヤーは内心で歯噛みした。これではまるで、戦場を遊技場か演習場の延長のように扱っているのではないか。
だが、リリーナの目は真剣だった。
「全艦、接敵前に陣形展開。左右に大きく広げ、敵の出方を見ながら前進を継続!」
そう命じてさらに前進の速度を上げる。
それを見て取ったクロプシュトック艦隊も黙ってはいない。前進しながら艦列を左右に大きく広げ、まるで獲物を包み込むように、ゆるやかに弧を描いて接近してくる。劣勢な艦隊相手にそれは戦の常道ともいえる戦い方だった。
すかさずリリーナは命じた。
「全艦、応じて布陣を展開。左右に広げて対抗、艦隊を引き伸ばして受けなさい!」
その指示に従い、メルゲントハイム艦隊も左右に展開する。だがその陣形は自然と薄くなり、中央は明らかに脆弱になっていた。そのうえ、互いの援護が難しい。
その瞬間、ミッターマイヤーが一歩進み、声を強めた。
「閣下、恐れながら、これは包囲ではありません。敵は、中央突破を狙っています」
リリーナが目を細めて視線を送る。
「左右の展開は偽装です。あれは囮。真の主力は中央、あの紡錘状の密集陣形……突き崩す気です。こちらの薄くなった中枢を叩く気でしょう」
艦隊配置図のホログラム上、敵の中央がじわじわと密度を増し、やがて矢の穂先のように尖り始める。ミッターマイヤーの分析は、直感ではなく確かな軍略の読みだった。
「このままでは中央が破られます。側面の展開を一旦止め、中央に再配置を――」
「……ダメよ、ミッターマイヤー少将」
リリーナはそれを軽く制した。表情に焦りはなく、むしろ楽しげな笑みすら浮かんでいた。
「せっかく敵が戦いたがっているのに、逃がすのはもったいないでしょ?」
ミッターマイヤーは言葉を失った。
リリーナはすでに、戦いというより実験に望むような楽しそうな表情を浮かべている。
「全艦、全砲門砲撃準備。目標、敵艦隊中央」
リリーナの指示に、ミッターマイヤーは驚愕の表情で前に出た。
「お待ちください! この距離では射程に――」
だが、言いかけた瞬間、彼の脳裏に嫌な予感が走った。ミッターマイヤーの進言はどれもこの上なく的確なものだったが、メルゲントハイム艦隊が搭載しているのが中性子衝撃砲、それも新型のそれだったということだけがそこに誤算を生み出していた。
前方のクロプシュトック艦隊が急速に隊形を変える。弧を描いていた艦列が、中央へと尖る。紡錘陣形。艦の火力と推力を一点に集め、敵の中央を突き崩す決戦陣。
そして、その陣形変化が完了し、突撃を開始する瞬間。
「――撃て!!!!」
リリーナの声が艦橋に轟いた。
次の瞬間、旗艦から放たれた命令が全艦に伝わり、中性子衝撃砲が、一斉に火を吹いた。
ドギュゥゥルルルルルルルーーーーーーーァァン!!
空間が軋み、視界が白く閃光に染まる。青白い無数の線が次々とクロプシュトック艦隊に突き刺さる。突撃のために密集したクロプシュトック艦隊は左右に展開する二千隻からなる遠距離砲撃になすすべもなく、次々と艦艇が爆散する。
次々と光の柱がクロプシュトック艦隊を貫き、爆発が連鎖する。一隻、また一隻と、艦艇が鮮やかに消し飛んでいく。
「素晴らしい威力だわ。これだけあれば正面からの敵は怖くはないわね」
リリーナが息を吐くように呟いた。
「こっ、これは……」
ミッターマイヤーは絶句した。
艦橋スクリーンには、撃破された敵艦のデブリがまるで流星群のように拡散していく。たった一回の砲撃で、突撃していた敵中枢はその機能を喪失して壊滅、周囲の艦も混乱して動きを鈍らせていた。
これを見たリリーナは一切手を緩めなかった。第二射、第三射と続けざまに攻撃を加えて完膚なきまでに叩き伏せたのであった。あっという間にクロプシュトック艦隊は半数以上を喪失する。
「混乱しているうちに片付けてしまいましょう」
リリーナは迷いのない声で続けた。
「両翼の艦隊は前方の敵を排除しつつ前進。中央はゆっくりと押し上げながら、紡錘陣の残存艦艇を確実に沈めなさい!」
その指揮は、まるで戦術ではなく掃討作業の指示だった。
リリーナの視線は戦場の隅々に及んでいた。逃げ出そうとする艦影を検出し、即座に自動的に対応艦を割り振り、徹底的に追い詰める。
それは、戦場での勝利を目指す軍人ではなく戦闘システムの運用を眺める科学者としての視点であり、だからこそ敵からの通信回線を閉じての殲滅戦に及んでいた。
艦隊運動自体はぎこちないものの、メルゲントハイム艦隊は前進を続け、敵艦は一隻、また一隻と爆散した。光の尾を引く破片が軌道を外れ、無音の地獄絵図が広がっていく。
そんな中、死に物狂いで反撃してきた数隻の敵艦が、味方の前衛部隊に肉薄すると駆逐艦二隻と刺し違えて轟沈する。
「……もったいないわね。装甲の強化も考えないといけないのかしら」
その光景に、ミッターマイヤーは全身が凍りつくような感覚を覚えた。拳が自然と握りしめられる。それは怒りというより、混乱だった。
これは……本当に“戦争”なのか?
ミッターマイヤーは言葉を失ったまま、沈黙した。戦争がここまで冷酷に“作業”になるとは思っていなかった。
目の前の艦橋では、リリーナが静かに次の指示を確認していた。まるで、何事もなかったかのように。
感想・評価・お気に入りいただけると幸いです。
長くなってしまった.....
あとミッターマイヤーがまとも過ぎて意外と書きにくい....