銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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クロプシュトック事件の後始末2

帝国暦486年5月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: リリーナ

 

 

折しも、嵐の風が唸り声を上げはじめた頃だった。

 

 

リリーナが拘置所に到着すると、施設全体に張りつめたような空気が漂っていた。

 

剣呑、いや、ただの「緊張」ではない。 本来こうした施設に漂うはずの、規律と沈黙の気配とは異なる、どこか後ろめたい焦燥が滲んでいた。

 

入口に立つ監視兵の動きがぎこちなく、視線は落ち着かず宙をさまよっている。リリーナは何も言わず、護衛を数人引き連れてその空気を切り裂くようにまっすぐと受付へ向かった。

 

「ごきげんよう」

 

声をかけると、受付の職員が一瞬ぴくりと肩を揺らす。リリーナは淡々と続けた。

 

 

「ミッターマイヤー少将が、こちらに拘束されていると聞いたのだけど。彼の行動については十分に把握しているわ。だからこそ、私の下で謹慎させるために――引き取りに来たの」

 

 

受付の職員が返事をする前に、応対に当たっていた社会秩序維持局の男が脇から口を挟んだ。しかし、その声はどこか迷いを含んでいた。

 

 

「は……その件につきましては……ただいま上層部の判断を仰いでいる最中でして……」

 

「身柄を預かってくれたことには、感謝するわ」

 

リリーナの声は穏やかだった。だが、その一言が持つ意味は重い。

 

「けれど、ミッターマイヤー少将は私の指揮下にあった将官よ。重大な軍規違反でもない限り、彼の処遇を決めるのは、本来、私の権限のはずよ」

 

 

彼女は少しだけ顔を傾け、相手の目をまっすぐに見つめた。

 

 

「罰する権利も、処する権利も――まず第一に私にあるはずだわ」

 

社会秩序維持局の男の顔がこわばる。言葉を探すように口を開きかけ、そして閉じた。

 

「……あくまで、中央からの通達に基づいて……」

 

「そう」

 

リリーナは一歩、音を立てずに前に出た。空気がわずかに震えた。

 

「では訊くけれど、社会秩序維持局は、帝国の藩屏たるメルゲントハイム家による処分に、不服ということかしら?」

 

 

その瞬間、空気が凍りついた。場のすべてが沈黙し、職員たちは言葉を失ったまま、反射的に目を逸らす。だが、逃げるように何度も視線を送っていたのは奥の扉の先だった。

 

黙りこくったまま動こうとしない彼らに対し、リリーナは一つ手を振って合図を送った。

連れてきた護衛の数名が一斉に前に出る。制服を着た職員たちは慌てて道を塞ごうとするが、結局、リリーナの前を開けるしかなかった。

止めようとする手を無視して、リリーナはそのまま扉を押し開け、中へと足を踏み入れた。

 

 

 

「これは一体、何事かしら?」

 

その部屋の光景は、想定していたものより数段ばかばかしかった。

どこかで見たことのある青年貴族と、拘束されているはずのミッターマイヤー少将が、文字通り取っ組み合いの殴り合いを繰り広げようとしていたのだ。周囲には取り巻きらしき数人の貴族といかにも下品な拷問官ですと言わんばかりの男が立っていた。

 

「貴様……メルゲントハイムの小娘か!」

 

乱れた髪と怒気に満ちた目でこちらを睨みつける青年。

なるほどとリリーナは心の中で納得する。どこかで見覚えがあると思えば、ブラウンシュバイク公爵の甥とかいう、なんとか男爵。名前は忘れたが、尊大さだけは妙に印象に残っていた。

 

そのとき、リリーナの後ろにいた護衛の一人が素早く銃を構える気配を感じ取る。 リリーナは首だけを少し振り、かわりに小声で別の指示を出した。

 

「ビーム擾乱剤を、さりげなく撒いて。実験段階だけど……銃には有効だわ」

 

荒い呼吸のまま、リリーナに気づいたミッターマイヤーが目を見開く。

 

「閣下……どうしてここに?」

 

「帝国軍でいらないみたいだから、貰ってこようかなと思って」

 

リリーナは肩をすくめ、さらりとそう言ってのけた。部屋の中に、ぽかんとした空気が流れる。殴り合いをしていた二人も、護衛たちも、一瞬言葉を失っていた。

リリーナもリリーナで、状況が読めない。というか、いい大人が拘置所で殴り合ってるなんて、いったい何の冗談だろう?

 

「技術局の人材をまとめて引き抜こうとして怒られたばかりなのに、その勢いでここに来たのは、ちょっと早まったかしらね……」

 

思わず小さくため息をついたリリーナは、呆れ半分、諦め半分の顔で場を見渡す。そして気を取り直すように、場に声を投げかけた。

 

「ええと……ブラウンシュバイク公のほうで要らないなら、私のほうで引き取らせてもらいたいのだけど。色々と使い道はあるし」

 

 

わざとらしいほど柔らかな口調で続ける。

 

 

「もし殴る相手が欲しいなら――代わりの人材、手配してあげてもいいわよ?」

 

 

その瞬間、空気が変わった。

 

「貴様っ!」

 

怒号とともに、取り巻きの貴族たちが一斉にこちらに銃口を向けた。

反射的に護衛の手が動きかけ、だが、次の瞬間。

 

扉の外から、三条の細い光の筋が飛び込んできた。取り巻きの貴族たちの持つ銃に向かって一直線に。しかし、光線は空気中で拡散し、眩い閃光となって霧散する。

 

驚いた貴族たちも撃ち返そうとそちらに向かって反射的に引き金を引くが、こちらもビームは空気中の粒子に拡散され、閃きだけを残して消えていく。

 

「この程度なら綺麗に散らばらせるのよ。ちょっとしたテロ抑制用には使えるかもしれないわね」

 

とそのとき、光の向こうからひときわ鮮やかな金髪が現れた。

 

「ミッターマイヤー!!!無事か?」

 

その整った顔立ち、貴族的でありながらどこか軍人めいた鋭い立ち姿。言うまでもなく、ラインハルト・フォン・ミューゼルその人だった。いつもの赤髪の副官、ジークフリード・キルヒアイスを従え、さらにミッターマイヤー少将の知り合いらしきオッドアイの将校を伴っていた。

 

「リリーナ嬢、どうしてここに?」

 

リリーナは視線を移し、肩をすくめて応えた。

 

「偶然、帝都に寄ったのだけれど、どうしてか帝国軍ではいらないみたいだったから、ミッターマイヤー少将を貰いに来たのよ」

 

淡々とした口調だったが、その内容はあまりに大胆だった。

案の定、ラインハルトの目が見開かれ、その金色の瞳が一瞬だけ揺れる。だが、彼が言葉を返すより早く、リリーナはくるりと振り返った。

 

「さてと、これ以上話がややこしくなる前に……」

 

軽く合図を送ると、リリーナの背後に控えていた護衛のひとりが、超小型の麻酔ピストルを素早く構えた。

 

銃口は迷うことなく、なおも拳銃を構えて緊張を解かぬままの貴族たちの一角、その中でも最も面倒そうな、ブラウンシュバイクの甥と目される男爵の首筋へ。

引き金を引く音は、風の中に紛れるほどかすかだった。弾は音もなく飛び、狙い違わず首筋に命中。男爵は一瞬だけ目を見開き、何かを言いかけたような顔のまま、その場でくずおれた。

 

床に滑り落ちるその姿は、まるで糸の切れた操り人形のようだった。続けざまに、まだ武器を構え続けていた数人の貴族と拷問官の男にも、静かに麻酔弾が撃ち込まれる。

誰ひとり、叫びも抵抗もできないまま、順番に床へと倒れていく。銃声すらない、無音の制圧だった。

 

「はい、これで少しは静かになったわね」

 

リリーナは、事務的な口調でそう言い、手元のスカートの裾を軽く払った。

 

 

「どういうつもりだ」

 

ラインハルトの声は抑制されていたが、その奥底に冷えた怒気が潜んでいた。その瞳が鋭くリリーナを見据える。

 

「ミッターマイヤー少将の能力が素晴らしかったというだけよ」

 

リリーナは軽く首をかしげながら答える。

 

「それがなぜか拘禁されていたみたいだったから、折角だし持ち帰ろうかなと思ったのよ」

 

「特に、ミッターマイヤー少将が科学に通じていると聞いたことはないが」

 

ラインハルトの口調には皮肉が混じっていた。

 

「なにより私は貴方に不必要だと不合格通知を突きつけられた覚えがあるのだが」

 

リリーナは微笑すら浮かべなかった。ただ、事務的に告げる。

 

「ええ、たしかにあなたを欲しいと思ったことはなかったわ。

私のもとに必要なのは、戦争屋ではないの。資源の輸送と配分、そしてプロジェクトの進行を妨げずに整理できる、現場を動かせる人材。そういう意味で、ミッターマイヤー少将は非常に有望だったのよ」

 

間を置いて、わざと皮肉を込めた口調で言葉を継ぐ。

 

「戦争という人命の浪費に喜びを見出す人には理解されにくいでしょうけど」

 

その言葉に、ラインハルトの瞳がわずかに光を失った。だが、感情を荒げることはない。ただ、静かに告げた。

 

「惑星ペレスフェルトで、民間人を巻き込んだ無差別砲撃を行った方がいうこととは思えないな」

 

リリーナは一瞬だけ視線を宙に彷徨わせ、それから真っ直ぐにラインハルトを見返した。その表情には、恥も後悔もなかった。ただ、冷静さだけがあった。

 

「その点については、誤解のないように言っておくわ」

 

一呼吸おいてからリリーナは続ける。

 

「私は、あれを無駄だったとは思っていないわ」

 

リリーナの声は冷静で、何ひとつ揺らいでいなかった。

 

「人類の技術的ブレイクスルーには、常に血が必要なのよ。中性子衝撃砲という新技術の確立には、どうしても実戦データが欠かせなかったの。それにあれは、あくまで流れ弾が当たっただけ。わざわざ狙ってあそこまでやったわけじゃないわ」

 

言葉に情はなく、ただ事実のみを語っていた。部屋の空気が、一瞬にして凍りつく。誰もが黙し、誰もがリリーナの言葉の重さを測りかねていた。その静寂を切り裂くように、リリーナは吐き捨てる。

 

「埒が明かないわ。せいぜい、これからも無意味な人殺しのために人材を浪費なさい。私は、技術的進歩に必要なものにだけ、資源を使うつもりよ」

 

 

そのとき、ミッターマイヤーがわずかに身体を動かした。何か言葉を発しかけたのかもしれない。けれど、リリーナはそれに気づいていながらも目を合わせなかった。

 

もとより、大した期待はしていなかった。

力ずくで引き抜いたところで、うまく動かせる保証はどこにもない。あれほど不遜な態度を取りながらも、部下たちから信頼を集めるラインハルトのもとでなら、ミッターマイヤーはまだ「人」として動けるのだろう。だが、人を徹頭徹尾“資源”として扱うリリーナにとって、それは致命的な不利だった。

 

ラインハルトは何も言わなかった。けれど、その金色の瞳はなおもリリーナの背中を追い、その奥底で静かな炎が揺れていた。その肩を、赤毛の副官、キルヒアイスが、静かに押さえていた。

 

リリーナは、踵を返した。無言のまま歩き出す。

 

その背後には、床に倒れた貴族たちと、言葉を失ったままのミッターマイヤー。そして冷えきった空気だけが残る部屋が、静かに取り残されていた。

 






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