帝国暦486年9月、メルゲントハイム伯爵領 自由浮遊惑星トルン side: リリーナ
「戦艦を作るわよ!!!!!」
リリーナの一言が、会議室の空気を瞬時に凍りつかせた。
どよめきも戸惑いもない。ただ重たい沈黙が、その場に座す者すべての反応を凍らせていた。
リリーナはもはや我慢の限界だった。
整備された領民情報を活用した防諜機関の強化、通信規格の刷新と旧来規格の廃止による中央集権的制御、メディアの統制、輸送網の再編、廃棄物処理とリサイクル体制の構築、再教育センターによる人材の再教育と再利用。おまけにテロリストへの対処。
制度、機関、インフラ。すべては一つひとつ理詰めに行われたが、その判断と実行に割かれる精神的負荷は、もはやリリーナの中で思考ノイズとなって積もり続けていた。その膨大な負担が脳内に排除しがたい不吉な塊として日々浸食しつつある今、リリーナにはそのストレスのはけ口が必要だった。
「しかし、姫様……新型艦艇は昨年整備されたばかりです。実戦でも有効性を証明しておりますし……」
「帝国軍も、領内に近い基地へ艦隊根拠地を移しています。これ以上の戦力拡張は、さすがに過剰と見なされかねません……」
「運用人員、艦載資源、整備コスト……これ以上の艦隊維持は現実的に……」
家臣たちが控えめな反論を口にしたその瞬間、リリーナは片手をぴしりと上げ、すべての声を制した。
「これまでの艦は、便宜上戦艦と呼んでいただけ。主砲を載せてるだけで満足してる、ただの空飛ぶ大砲にすぎなかったわ。実戦を経て、ようやくわかったの。いよいよ、真の意味での戦艦を作るときが来たのよ」
その瞳には冷たい熱が宿っていた。
「これまで、私たちは防御を軽視してきたわ。中性子衝撃砲の長射程に頼って、遠距離から撃ってしまえばいい、そんな発想に依存してた。でも、現実はそう甘くないわ」
リリーナは卓上のホログラムに手を伸ばし、戦闘記録の再生を命じた。
映し出されたのは、遠距離から放たれた中性子衝撃砲が空間を貫くも、目標を外す様子。そして破れかぶれに接近してきた敵のビームで爆散する自軍の駆逐艦だった。
「まず、命中率が問題よ。惑星の大気圏を貫くほどの威力があってもその手前の衛星に当たらないんだから、いくら威力があってもこの精度じゃ意味がないわ。だから接近されて撃たれることになるの。要するに、相手を貫ける距離と比べて命中精度が保たれる距離が短すぎるのよ。
命中精度についてはたしかに、兵士の訓練不足は認めるわ。だけど、艦が動かせる程度のスキルしかない乗員でもちゃんと勝てるような艦を、私は求めているの」
会議室にいた家臣たちは、徐々に沈黙した。リリーナの語る「艦」は、もはや従来の枠組みに収まるものではなかった。
「根本から設計思想を変える必要があるわ。単に大型の主砲を積むのではなく、それらを統合制御する射撃管制システムを中心に据えるの。数十の艦が自動的に目標を決定して効率的に破壊するのが必須よ。さらに砲の速度を上げて、命中率を根本から引き上げるのも重要ね。そして通信能力の強化、統合射撃システムには艦隊の連携が必須よ。ジャミングごときで沈黙するような指揮系統じゃ意味がないわ」
その口調は冷静でありながら、確信に満ちていた。
「そして、最も重要なのは防御力よ。中性子衝撃砲の直撃に耐える構造。一発なら耐えて、なお戦える艦。そうするには艦体そのものを拡大しなければならないわ」
リリーナが卓上に置いたホログラムが、ゆっくりと展開された。
そこに浮かび上がったのは、全長3000メートルを超える超大型艦のプロトタイプだった。
艦首中央には、球状の巨大なシールド発生器。これは従来の受動的な装甲ではなく、エネルギー攻撃に反応して瞬時にアクティブ・シールドを展開する構造を持っていた。
リリーナとしてはここに波動砲を搭載し、波動防壁を持って防御力を向上させたかったのだが、そちらはまだまだ開発途上だった。
その周囲を取り囲むのは十二門の超大型主砲。従来と違って多少の角度方向への指向と連動制御が可能で、機械的な統合火力として一糸乱れぬ一斉砲撃を実現する。
側面にはびっしりと観測・通信装置群が並び、あらゆる戦場環境下でも指揮統制を維持できる仕様となっていた。エンジンブロックも、通常艦のそれとは比べ物にならないサイズに拡張されており、巨体を動かす推力と機動性が同時に設計されている。
「そもそも、これまでの艦艇は便宜上戦艦と呼んでいただけで、実態は違うわ」
設計図を指しながら、リリーナは淡々と言い切った。
「主砲を積んでいる? 大きなエンジンを載せている? そんなのは戦艦の定義にはならない」
その瞳が、集まった家臣たちを鋭く見渡す。
「戦艦とは、主砲の直撃に耐えうる防御力を持ち、その上で火力投射を続けられる艦のことよ。防御を諦めた重火器運搬船とは違う。私たちがこれから作るのは、初めて真に戦艦と呼べるものなの」
ホログラムに映し出された艦の中心部、球状に組まれた多層構造の防御ブロックに、リリーナは手を添えて示した。
「この艦に必要なのは――反応対向型の多重エネルギーシールドよ」
指先で輪郭をなぞりながら、リリーナは冷静に語る。
「従来のような受動的な被膜防御じゃ意味がない。これは、攻撃そのものを感知して、即時に逆位相で展開する迎撃型のシールド制御構造。一撃に耐えてなお戦える艦にするには、こうした構造が絶対に必要なの」
「当然、それに加えて物理装甲の強化も不可欠よ。従来艦の五倍以上の装甲厚を想定してる。質量は増すけれど、その分だけ撃たれても沈まないわ」
リリーナはホログラムを拡大し、全体図へと戻す。
「そして、これは数で圧すような下品な艦隊戦とは違う。これからは、少数精鋭の巨艦で制圧する時代になるのよ。数を並べても、火力と防御が分散すれば意味がないし、そこに進歩は生まれにくいわ」
リリーナはふと視線を落とし、少しだけ肩をすくめて続けた。
「……もちろん、将来的にはもっと効率の良い新原理の防御技術や、桁違いの主砲が必要になるでしょうね。でも、これは基準よ。ここから引き上げていく」
そして最後に、淡々とした声で現実を認める。
「防御にしたって、飽和攻撃を受ければ限界はある。それはどんな艦でも同じ。でも、それでも一発で沈まないことが何より重要なのよ」
ホログラムに映る艦影の中に、リリーナはこれからの戦いの象徴を見ていた。その視線を逸らすことなく、リリーナはぽつりと呟く。
「巨大だから、数を作るのは難しいかもしれないわね……でも、それでいいのよ」
声が静かに室内に響く。周囲の補佐官たちが息を潜めて聞き入っているのがわかる。
「特に、分艦隊の指揮官以上は、必ずこの艦に乗ることにしなさい。後方にあって安寧の中で指揮をする余裕がないと、高度な判断はできないわ。自分の身に危険がある中で、冷静な判断なんてできるはずがないのだから。それに指揮所がつぶれれば周囲の艦隊の壊滅にもつながるでしょう」
ホログラムがフェードアウトし、薄暗い会議室に再び静寂が戻る。
リリーナは最後に設計が完了したら前のように艦級名を募るように言い残して次のプロジェクトへ向かって足を進めた。
帝国暦486年9月、メルゲントハイム伯爵領 自由浮遊惑星トルン外縁部 side: リリーナ
その宙域ではかねてより建造が進められていた小型要塞群が、ついに次々と完成しつつあった。
標準的な直径は約9.8キロメートル。全周を覆うのは、可動式の多層装甲、自己修復性複合金属を多数組み合わせた、最新鋭の防御構造だった。戦時には、要塞自らが磁気誘導式のビーム擾乱剤を散布し、敵のビーム砲を弱めて装甲へのダメージを最小化することが出来る。これによって単純な撃ちあいならば対艦で充分な防御性能を誇っていた。
リリーナは建造主任からの報告を受けながら、艦橋シミュレーションモニターに映し出された完成予想図を見つめていた。
「ビーム擾乱の全周展開に15秒以内……いいわね」
各要塞には、中性子衝撃砲6連装ユニットを複数基と、主砲枠にあたる大型砲塔がそれぞれ配置されている。これらの射線上には擾乱剤が展開されているが、発射直前には自動でその空間がクリーンになるよう、磁場による精密な噴霧パターン制御が行われる。
「主砲で惑星級天体を粉砕できる……はずだったのだけどね」
リリーナは、やや表情を曇らせながら主砲ユニットのデータに目を落とす。
本来、この主砲枠には「波動砲」の搭載が予定されていた。高次元エネルギーの波動をマイクロブラックホールに爆縮し、連鎖的に無数のホーキング放射によるエネルギー放出が空間構造そのものを歪ませて目標を蒸発させる。それが理想だった。
しかし、亜空間ホールの制御技術が未熟なために、エネルギー源を電子陽電子対に変更したのだが、これが上手くいかなかったのだ。指向性を持たせて打ち出された電子と陽電子は対消滅の後、そのエネルギー密度が故にマイクロブラックホールになる前に電子陽電子対を再生成してしまったのだ。その連鎖は砲門を出て拡散されるまで続き、運動エネルギーへの変換によるエネルギー密度の低下によって電子と陽電子のシャワーとして広がっていく。
エネルギーとしては高いものの収束性が極めて悪く、前面数十度の範囲まで電子と陽電子の疎密波を打ち付けるだけになってしまった。それによって艦そのものへのダメージは少なく、短時間航行を妨害するだけにとどまってしまう。
「失敗作ね……ええ、でも使い道はあるわ」
要塞建設途中にそれを聞いたリリーナはあえてそれを完成させることとした。それは、リリーナが目指すもう一つの目的に有用であると考えたためであった。
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感想もありがたく読ませていただきます。
なかなか艦隊戦をやってくれない.....