帝国暦486年10月、太陽系 第三惑星地球 side: リリーナ
地球制圧、それは極めて退屈なものだった。
「もっと撃ち込みなさい。折角潰しても根が残っていたら意味がないわ!」
地球を統治しているという地球教はヒマラヤの山地に立て籠もり、複雑な地下陣地を築いて抵抗の構えを見せていたようなのだ。いくつかの地上施設や宇宙港などの重要施設は高高度からの砲撃で沈黙せしめたが、山脈内の全貌は全くもって分からない。
山体に砲撃を集中させて削っていくも、どこまで深く掘っていたか分かったものではない。そして、軌道上からの観測で確認できたものが全てとも限らない。
施設を破壊しきったかどうかはまさしく悪魔の証明であった。
ルナシティの調査と同時に進めつつ、さらに数日間の徹底的な砲撃によって本部周辺の山地は数キロ単位で掘り返される。そこまでやって一切の抵抗がなくなったことを受け、数隻の艦艇で地上を探らせるも、粉塵が多すぎてこれでも確証を得るには至らなかった。
しかし、それとは別に、より厄介な問題が残っていた。
地球にはなお、一千万もの人口を支える広大な農業産業圏が健在であった。いくつかの都市、地下水系に依存した農耕圏、そして旧世界の遺産を改修して維持されている古典的な農場群。
問題はこちらだった。
「この産業を放置すれば、地球教とかいうのの再興もあり得る……。最悪、こちらへの攻撃を企てないとも限らないわ」
リリーナは資料モニターに映る地球の表層解析データを見つめながら、低く呟いた。
それだけではなかった。地球教の本拠は潰えたはずだったが、おそらくその教義に感化された人々は、農業共同体の中に多数存在しているだろう。
突然現れ、軌道からの艦砲射撃で山脈を叩き潰した存在に対して、平和的感情を抱くはずもない。表面上は服従していても、いつ裏で牙を研ぐか分からない。
とはいえ、リリーナは、地上への全面砲撃をためらっていた。
「地球には……技術史の八割が詰まっているのよ」
誰に語るでもなく、ただ静かにそう口にする。
「車輪も、蒸気機関も、量子通信も……果ては宇宙飛行までも。すべて、地球で生まれたのよ」
リリーナの声には、わずかに震えが混じっていた。それはリリーナが抱く、人類技術への敬意と畏怖の念から来るものだった。
だからこそ、地球という惑星そのものを焼き尽くすような行為、開発中の恒星間弾道弾や小惑星質量爆弾や艦隊火力による徹底的な砲撃はリリーナの選択肢にはない。どちらかというと、邪魔な人間のみを除去できる別の手段を模索していた。
最も手っ取り早い選択肢、核兵器の大気中使用は、法によって明確に禁止されている。加えて、余計な詮索を招くリスクもあった。
しかし、ふとある可能性が浮かんだ。
「戦闘の余波……」
つまり、想定外の事故として処理されるような状況なら、いくらでも言い訳ができる。
戦闘の流れの中で施設が破壊され、そこから漏出した何かが結果的に環境へ拡散する。意図せざる被害、偶発的事故、計画外の損傷、そう記録されれば、政治的責任は最小限に抑えられる。
そしてその時、リリーナの目が一点に吸い寄せられた。それは、こんなこともあろうかと地球史を流し見したときに見つけた一つの記述だった。
「北緯61度14分13秒 東経21度26分27秒*1」
突如として放たれた数字に、補佐官たちは一瞬、息を呑んだ。
その座標は、バルト海の奥、ボスニア湾に浮かぶ小島を指していた。かつて、旧地球統一政府がその存在を封印し、その後は誰にも知られぬまま放置された地。
奇しくも、地球統一政府時代の首都ブリスベンのほぼ地球の真裏にあたる位置であり、13日戦争と90年の動乱によるあらゆる悪夢の源を投げ込んだ地獄の坩堝である。
「……はっ?」
目を白黒させる家臣たちの反応に、リリーナは容赦なく指示を叩きつける。
「艦隊を、その真上に移動させなさい!」
その声には一切の迷いがなかった。
「大気圏降下中の艦も含めて、すべて呼び戻しなさい。戦闘配置に移行、対象座標上空にて全艦待機!」
返答を待たず、命令が走る。補佐官たちは動揺を顔に出しながらも、即座に指示を入力し始めた。艦隊は次々と編隊を組み直し、冷たい雲に覆われたバルトの空へと機動を開始する。
やがて艦隊指揮所のスクリーンに、目標の島が映し出された。
明らかに放棄された発電所のような構造物が、雪と霧の中に黒く沈んでいる。地表の至る所には、冷却塔の残骸や旧式の換気塔がそびえ、腐食した建材が風に吹かれていた。周囲の地形には不自然な切り立てと陥没が点在しており、それらがすべて人工的な増設の痕跡であることを誰もが理解していた。
複数の坑道の出口が島中に散らばっている。おそらくそれらは地下深くへと通じており、地球時代の数百年間にわたって積み上げられた不都合なものを、いまだ静かに抱えていた。それは、上空から見れば辛うじて要塞と見えたと主張できない訳ではない程度には物々しく感じられた。
これを攻撃すればそれこそオーディンに怒られそうだと思いつつも、ここで止めても仕方ない。
「主砲、発射用意」
艦隊指揮所に、凍りついたような沈黙が走る。一部のものはリリーナの雰囲気から何かを察しているようだが、それを声に出すものはいなかった。
すぐにオペレーターたちが、手順を正確に、機械的に進め始めた。軌道上から照準が固定され、艦隊の主砲群がわずかに姿勢を調整する。砲身が地表の一点を見据え、空間に低い振動音が鳴り始めた。
「撃て!!」
青白い光がバルトの海に輝いた。
地球攻撃に一通りの満足を得たリリーナは最後に外からの支援の手を遮るために、百隻ほどをルナシティに残しルナシティ周辺の調査と地球の封鎖に充てさせることとした。
農業が壊滅し、艦隊もない地球はこれでどうあっても動きは取れない。戦闘中に地上の宇宙港や輸送船は破壊してあるので、外から来る艦を追い返すだけで良いのだからこのくらいで十分だろう。
地球への始末がつき、ようやく本来の計画通りに水星の調査へと着手し始めたリリーナだったが、彼女のもとにはいくつかの報告が立て続けに届いていた。
最初に目を通したのは、帝都オーディンからの停戦命令だった。内容を簡潔に纏めると、要するにとにかく地球から手を引けとのことだった。
「……妙に早いわね?」
リリーナは眉一つ動かさず、その報告に耳を傾けた。
どうやって察知したのかは知らない。だが、命令が届いた時にはすでに全てが終わっていた。本部はおそらく壊滅し、あの島は燃えている。地球側が健在だったとして停戦命令を聞くかは不明だが、もう少し早ければそれはそれで矛を収めたのにと愚痴りたくもなる。
「気にすることはないわ。既に片付いていると返しておいて」
それにしても、どこの誰がそんなに戦闘を止めたがったのかとリリーナは不思議に思ったが、深く追求するほど暇でも無かった。
次に届けられたのは、メルゲントハイム領からの治安関連の緊急報告だった。
複数の地点で、同時多発的にテロ行為が発生。その一文だけで、リリーナの指先がわずかに止まる。
「……同時に、ですって?」
リリーナはさらに詳細を開く。内容は思いのほか粗雑だった。交通管制システムのハッキング未遂、宇宙港での輸送船の強奪未遂。中には、駆逐艦の艦橋に侵入して主砲の発射を試みたという、信じがたい案件まである。どれもこれも、地球への忠誠やリリーナを悪魔と断罪するような言動が目だったという。とはいえ通信の監視などからある程度目星がつけられていたが故に、被害はどれも極めて軽微だった。
「それにしても散発的で、計画性に欠けている……でもこれは」
その報告には、さらに不可解な記述が付け加えられていた。それは、これらのテロ行動が地球での戦闘が開始される以前から起こっていたというものだった。
「……どういうことかしら?」
思わず報告書を読み返す。
時系列は間違っていない。つまり、テロリストたちは地球攻撃の前から、敵対しようとしていたのか。あるいは、攻撃が始まることを確信していたのか。いずれにしろ、リリーナは地球教からなにやら敵対視されていたらしい。
だとすれば、今回の地球制圧はある意味無駄ではなかったのかもしれない。
だからこそ、早いうちに洗い出しを完了する必要がある。
「領内各地に特別調査隊を派遣。情報局主導で潜伏支援者の洗い出しを急ぎなさい」
リリーナはまたしても煩雑な事務が増えそうだと嘆くのだった。
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リリーナは一部の倫理観が少し緩いだけで狂人度は低めです.....多分
遊星爆弾は可哀そうなので......このくらいにしときました。