帝国暦486年11月、メルゲントハイム伯爵領 首都惑星トワングステ side: リリーナ
水星での調査を一通り終えたリリーナは、分析と報告を任せると、迷うことなくメルゲントハイム領へと帰還の途についた。今回の遠征は地球まわりの余計なトラブルを除けば予想以上に順調であり、水星の資源化についても目途を立てることができた。あとは具体的な爆破の手順を確認していけば数か月で安定した金属資源を得ることができるだろう。
それに、長く領地を空けるのも気が進まなかった。最近は各方面で妙な動きが多く、内側の管理にも目を光らせておく必要がある。だが、首都星トワングステに帰還するや否や、月に残してきた監視艦隊から緊急通信が届いた。
内容は、帝国軍艦艇が姿を現したという報告だった。どうやら、以前からリリーナの行動を監視していた艦隊の一部が、動き出したらしい。特にこちらは挑発も接触もしていないのに、帝国軍の警戒心というものは、相変わらず厄介だ。特に悪いこともしていないのでお帰り頂くしかないのだが、迷惑な話だ。
その帝国軍といえば、最近またイゼルローン方面で騒がしくしており、ミューゼル大将が前線での作戦でまたも戦功を挙げたという。正式にローエングラム家の名跡を継ぐ運びとなり、伯爵の称号とともに上級大将の階級を授けられるようだ。
もっとも、これ以上地位を高めていけば、いずれ敵の数が足りなくなってしまうのではないかと、余計な心配すらしてしまう。ちまちまと戦いを繰り返すより、力を蓄えて、あの自由惑星同盟なるものを一気に征服でもしようと言い出すのも時間の問題かもしれない。
リリーナとしてはイゼルローン周辺の宙域はあまり荒らしてほしくないので、より奥地で戦ってくれるなら万々歳だ。あの辺りには、ルテチウムをはじめとした、工業触媒として活用している貴重な元素がいくつも産出されているので下手に破壊されると後が面倒だ。可能ならばその向こうで楽しく戦争でもしておいて欲しい。
そういえば、彼は大将に昇進した際に専用艦を与えられている。どうやら、かねてより細々と交流を続けていた帝都の技術者たちと進めていたやりとりはその艦の設計に関するものであったようだった。その事実を知ったときには、リリーナは少しばかり苛立ちを覚えた。
というのも中性子衝撃砲の試作機を搭載しようとしていたが、艦の設計との相性が悪くて結局断念したということを聞いたからだった。先に一言相談してくれていれば、あんな旧式砲の焼き直しを載せそこなうなんてことは無かっただろうに。
まあ、専用艦というだけあって、費用には糸目をつけずに使ったとのことだ。特に装甲材についてはこちらが提案したものを言い値で買ってくれたのでよしとしよう。
艦艇といえば、メルゲントハイムでも新型艦隊の建造が進む一方で、旧式艦の処遇がリリーナの頭痛の種になっていた。
旧型戦艦――ブランデンブルク級については、そもそもの設計からしても多少装甲も厚く、多少目をつぶればしばらくは運用可能だとリリーナは判断していた。だが、ヴィッテルスバッハ級駆逐艦やドイッチュラント級砲艦については話が別だった。火力も装甲も心もとない。何より、敵艦との交戦中に接近されれば十分な生存性を保てないという評価が、リリーナの中で決定的だった。
「……売るのも一つの手だけど、整備回りでまた教えに行かなきゃいけないのは面倒ね。いっその事彼らがこっちに来てくれたら手取り足取り教えられるのに」
リリーナがぼやくと、隣に控えていた家臣がやや顔をしかめて言葉を添えた。
「姫様、その件につきましては、以前に引き抜こうとした際の一件で、帝国軍から正式に抗議が入っております」
「ああ、そうだったわね。ミュッケンベルガー元帥からも暴れ回らないようになんて釘を刺してきたわ」
とはいえ、そもそもリリーナは帝国軍への売却をそこまで推し進める気は無かった。理由は明白だ。近年の情勢変化なのか、メルゲントハイム領外のいくつか航路における治安の悪化が顕著だったからである。妙に組織化された宇宙海賊による被害が報告されており、ほとんど武装していない輸送艦隊が襲撃されるようになっていた。
領内であれば、警備艦隊や監視網の整備により、即座に対応し殲滅することも可能だ。だが、一歩外に出れば状況は一変する。こうした航路の安全を確保するには、即応可能な哨戒戦力と随行可能な戦闘艦がどうしても必要になる。
しかし、
「配備されている護衛艦が足りておりません。現在、配備されているのは数世代前の警備艇が中心です」
そう言いながら差し出された報告書に、リリーナは目を通した。だが、数ページも読み進めぬうちに視線をそらしたくなった。そこに記されていた性能、艦齢、火力、航行能力、いずれも、実戦には到底耐えうる代物ではなかったからだ。なにしろ、リリーナが領主になってすぐに売り飛ばした旧式艦よりさらに古い艦艇なのだ。規模が小さいが故にリリーナの目に留まらなかったが故かもしれないが、スクラップになっていないのが不思議なくらいだ。
思い返せば、クロプシュトック侯征伐のあの一件以来、艦隊戦力の強化は一時棚上げし、その代わりに輸送艦の建造へと資源を回した。結果、交易量は飛躍的に増大した。だが、それは同時に、海賊どもにとっても好機となった。利益があれば略奪もまた集まるのだろう。
「……砲艦を再編して航路パトロール部隊を組織しなさい。それと、大規模な船団には必ず数隻の駆逐艦を随行させて」
リリーナは短く命じると、脇に控える家臣たちに視線を走らせた。
「いずれは、百光年規模の超光速レーダーを配備したいところだけれど……今はこれで手を打つしかないわね。哨戒任務に駆逐艦を回せば、恒星間のテロ警戒線としても機能するかもしれないわ」
リリーナは目を細め、報告書に目を走らせた。確かに、駆逐艦の速度は監視と追跡任務に有利なのは間違いない。命知らずにもほどがある無法者たちをリリーナは宇宙の藻屑に変える必要があると考えていた。
結局、法外な値段を言い値で払ったフェザーンへ三十隻を売却した以外の旧式艦は、再整備のうえで手元に残す方針とした。
「航路防衛任務に必要な分を割り当てなさい。特に主要な民間輸送路を優先して」
「はっ」
とはいえ、リリーナの本意はそこにはなかった。
リリーナが本当に欲しかったのは速度と火力を兼ね備えた新型巡航戦艦だった。戦艦並みの火力と戦艦を超える高速性。通商路が伸びるにしたがって、そうした艦が必要になるとリリーナは夢想していた。
しかし、その建造計画は未だ本格化していない。理由は明白だった。
「……波動理論の検証と実験。今は、そちらを優先するべきだわ」
リリーナの声には、明確な期待と、少しの焦りが混ざっていた。
未知の技術、波動砲を含む次世代エネルギー兵器の開発には、資源と時間の両方が必要だった。そしてそれが進まない限り、次世代艦と呼べるべきものではなく、対症療法にしかならないことは明らかだったのだ。
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