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帝国暦486年12月、メルゲントハイム伯爵領 首都惑星トワングステ side: リリーナ
帝国貴族という立場は非常に恵まれている。
帝国に外敵がいてはいけないので反乱軍討伐に貴族の私兵は動員されず、安全保障のコストは低い。高くもない税金すら未納や滞納が平然と行われ、領内の統治権は領主がほぼ完全に握っている。法的、経済的な自由から見て、銀河帝国とは帝国貴族のためにある国家といってもおかしくない。
しかし、帝国貴族とは難儀な生物である。
嘆かわしいことに、その暇と自由を発展と成長に使わず、中途半端な派閥争いに注ぎ込んでいるのだ。
現在の帝国での二大派閥といえばブラウンシュバイク公爵家とリッテンハイム侯爵家。皇帝の娘の降嫁を受けたという点でも抜きんでた権勢を誇り、暇な権力争いに余念がないらしい。
厄介なことに資源収集のための航路警備だとかでメルゲントハイム領の外に拠点を作ったりしているとこれが派閥への挑戦と見なされるようで、時々干渉してきているようだ。
クロップシュトックでの諸々のお陰で直接妨害されるというところまではないが、やれ帝都での役職に推薦するだとか、なんらかの婚約の打診だとか様々だ。
婚約に関してはリリーナ本人に来るものはラインハルトとの婚約を断った一件と同様の対処をすれば終わる話ではある。
ただ、全部纏めて首都星トワングステの屋敷に放り込んである親戚たちに来た婚約話は面倒だ。以前、妹たちにリリーナ自ら教育しようとした時にも相当の反発をしたところを見るに、ここでの生活や今のメルゲントハイムをあまりよく思っていないに違いない。
いくら家長権限があるとはいえ、本人と相手方が納得した結婚を未成年のリリーナが押しとどめるのは相手方から難癖をつけられかねない案件だ。外部の人間が入ってくれば領主館に放り込んでおくのも問題になりかねない。
それに、リリーナにも人の心がないわけではない。多くの人間に標準搭載されていることについて統治者として嘆きこそすれ、親戚家族に情がないわけではない。しかるべき能力を身に着けてもらったならば、むしろ内政をある程度任せられるとすら考えていた。
だからこそ、今の段階でちょっかいを掛けられるのは避けたいところだ。
正直な話でいえば、リリーナは帝都オーディンなりを襲撃してということを考えていないわけではなかった。もちろん、艦隊の規模の差でメルゲントハイム艦隊も無事ではすまないだろうが、それでも戦略的な機動性の面での優位性を生かせば短時間帝都を抑えることは現実的に十分可能だろう。ただ、どう考えてもその後の統治のためのリソースが絶望的に不足しており、治安の悪化や海賊の増加によってメルゲントハイム自体もガス欠になることは目に見えていた。
その上、帝都にはそれなりに知り合いがいるので、リリーナ自身もやりたくない。それに、リリーナは帝国貴族という地位に満足しており、魑魅魍魎と政治ごっこがしたいわけでもなかったのだ。
「結局、陛下に後ろ盾のある男子の後継者がいないのが問題なのよね。」
そう、この点に関しては珍しくリリーナの見立ては間違っていなかった。銀河帝国での派閥争いというのはその多くが政策上の立場の違いから始まるが、極まると権勢を競い合うこと自体が目的になってくる。その際に、皇帝の外戚という立場はあまりにも大きかった。
ましてや、現皇帝がいまだ特定の後継者を指名していないため、両派閥は勢いを増すばかりだった。
現在、皇位継承者として目されているのは三人。
ひとりはすでに亡き皇太子の男子、そして残る二人はブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯の娘である。
リリーナはしばし沈思したのち、ぱっと顔を上げた。
「そうだわ! ミューゼル上級大将の姉上が、たしか陛下のご寵愛を受けていらしたはず。そこに男子が生まれれば ……もし開発中の技術で、受胎を手伝えたら……」
リリーナはさらに考える。
「それか、ブラウンシュバイク公かリッテンハイム候の娘のどちらかとミューゼル上級大将が結婚すれば…… なんだかんだ有能な軍人の発言力は高いはず。これで派閥争いが無くなるにちがいないわ」
残念ながら、リリーナのこの提案は実行に移される前に家臣たちからの必死の嘆願によって却下されることとなった。
帝国暦486年12月、メルゲントハイム伯爵領 首都惑星トワングステ軌道上 side: リリーナ
「全然進んでないじゃないの!!!」
リリーナが余計な方向にやる気を出さないようにと矢継ぎ早に渡された報告書はリリーナを苛立たせるのに十分だった。
それは亜空間跳躍技術、いわゆるワープのためのエンジン開発であり常々リリーナはその重要性と伸び幅を強調しているものの一つであった。というのも、艦の大型化や小型要塞の建造によって、大型天体の戦略的機動性が目下の課題になっており、既存のエンジンの同期技術だけでは限界に来ていたからだった。さらに亜空間技術は波動砲において重要になる高次元との干渉の制御の第一歩であり、これはまさしく心臓部であった。
ただ、実際に亜空間跳躍技術には未熟な点も多かった。
リリーナの求めるものとしては、内惑星領域へのワープや重力圏でのワープのような歪曲空間でのワープ技術、戦術面の強化のための極短距離での精密ワープ、巨大な物体のワープ技術、イオン乱流や強磁場のような極限状態でのワープ技術と多岐にわたる。しかし、その殆どに理論と設計上の致命的な瑕疵があり、著しい停滞を見せていた。
実際のところ、亜空間跳躍技術にはまだ未熟な点が多く残されていた。
理論としては完成に近いように見えながら、その実、適用範囲の狭さと実装上の制約の多さが、運用上の大きな壁となっていたのだ。
リリーナが求めていたのは単なる“ワープ”ではなかった。
リリーナの目指す理想は、内惑星領域へのワープ、重力圏でのワープのような高歪曲空間下での安定的跳躍、さらには戦術的機動のための極短距離・高精度ワープ、惑星級の巨大物体を含む質量転送技術、そしてイオン乱流や強磁場・高重力場といった極限環境下での跳躍制御まで、あらゆる条件を網羅していた。
だが、そのほとんどには致命的な理論的不整合が潜んでいた。エネルギー曲率テンソルの発散、位相歪曲の非可逆性、あるいは転移後の時空座標の揺らぎなど、いずれも根本的な構造問題であり、数百年にもわたる研究にもかかわらず技術の進展は著しく停滞していた領域だった。
「エンジン側の問題じゃなくて、本質的な出力コントロールは可能なのよ。」
リリーナは計算端末の前で身を乗り出し、投影ディスプレイに走る数式群を指でなぞった。
「空間のリーマンテンソルの時間変化に対して、微小時間単位での応答を行えばいいのよ。そのための数値解法は既に確立しているし、この解を基底に高次近似を加えれば、所望の精度まで再現できるはずでしょう?!」
隣で制御アルゴリズムを担当していた研究員が、困惑気味に頷いた。
「うーん……これはすぐには収束しそうにないです。でも、この展開が収束する範囲で議論するなら、確かに問題にはならない。条件付きなら、解は求まると思います。」
「なら、それで進めるわ。」
リリーナは唇の端をわずかに上げ、再びディスプレイに視線を戻した。
その瞳は久しく見せていなかった輝きを帯びている。
リリーナは文句をたれながらも、どこか嬉しそうに問題へと向き合った。
それは、リリーナにとって本当に久々に純粋に世界と正面から向き合う時間だったのだ。
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