帝国暦487年3月、カストロプ公爵領 side: リリーナ
「敵旗艦、轟沈!!」
オペレーターの叫びが艦橋に響いた瞬間、前方の戦域が眩い光柱に飲み込まれた。
「主砲、第三斉射完了! 敵中枢部隊、壊滅を確認!」
「敵弾幕、こちらまで届きません! 全弾装甲で吸収可能です!シールドエネルギーコントロール開始!!」
リリーナはわずかに息を吐き、椅子の肘掛けに指を軽く添えた。
「このまま中央を突き破りなさい。両翼の艦隊に通達、前進しながら展開、敵側面を押し潰しなさい。いいわね? 逃すんじゃないわよ。徹底的にやりなさい!」
「了解、全隊に伝達します!」
新型戦艦の主砲群は一射毎に敵戦列を抉り取り、正確無比な射撃管制システムはカストロプ艦隊の指揮系統そのものを瞬く間に吹き飛ばしていった。
敵は反撃を試みたが、メルゲントハイム艦隊の重装甲の前には、ただ火花を撒くばかりで何の戦果も上げられない。
「しかし…どうして側面を晒してしまったのかしら?」
リリーナはしばし悩んだが、艦橋のスクリーンに散る光点を眺めながら次の判断をする必要があった。徐々に減少する光点を見ながら、リリーナは次の作戦への移行を通達する。
「ここまでくれば全艦隊で掃討する必要はないわ。追撃は必要最低限の艦だけで行いなさい!!他は集結。次の作戦を始めるわよ」
勝利の余韻が残る艦橋に、リリーナの冷静な声が鋭く響く。
画面には、敗走するカストロプ艦隊の残骸と散発的な爆発が点々と映し出されていた。
「次の……作戦、でありますか?」
リリーナは薄く笑った。その笑みは、勝利の快感というより、計画が予定どおり進んでいることへの確信めいたものだった。艦隊指揮所が一瞬、緊張に沈む。
「カストロプの首都星、第四惑星には自由惑星同盟のハイネセンと似た防衛機構があるわ。軌道上を周回する巨大砲台の一部は、同盟製の規格からこちらが提供したプロトタイプの衝撃砲に組み替えられているわ。というか、お金もらったからやっちゃったんだけど……。まあ、それでも前世代の兵器とはいえ、真正面から攻略するのは骨が折れるわ」
「それに、帝国軍や、他の貴族家の横槍も考慮すると…時間をかけた地上戦は避けるべき、ということ」
リリーナは背もたれに軽く寄りかかり、指先で肘掛けをとんとんと叩いた。
「こちらが地上を一歩ずつ制圧している間に、余計な連中が参戦してきたら最低限の目的すら達成することは叶わない。ここは時間との勝負。先に仕上げを済ませる必要がある」
もちろん、リリーナは単純な地上侵攻など選ばない。
「そこで、こんなこともあろうかと、最低限の装甲を施した工作艦三隻を参加させてあるわ。予定していたあれをやるわよ」
その言葉が落ちた瞬間、艦橋の空気が一段階、重くなる。
「姫様、あれ…とはまさか……?」
指揮所に控えていた家臣の声がわずかに震えた。本当に実行するつもりなのか、と。
リリーナは椅子から軽く身を乗り出し、艦橋全体を見渡す。その瞳にはためらいの色が一切なかった。
「小惑星を使うわ。質量兵器としてはこれ以上ないでしょう?」
リリーナは平然と続ける。
「軌道上防衛機構は面倒よ。クロップシュトック候の時のように小規模じゃない分、余計に砲撃では時間がかかるかもしれないわ。それに、二度同じことをやれば流石に怒られかねないわ。地上の資源や施設なんて、どうせ財務官が全部持っていくんだから、『多少』壊れたところで損失にはならないわ。むしろ、中途半端に残されるより都合がいいくらいよ」
準備は比較的短時間で完了した。
メルゲントハイムにおける小惑星牽引計画は、リリーナが必要性を認識してからというもの軍に深く根を下ろし、いまでは一種の量産された技術体系に成長していた。牽引用エンジン、姿勢制御ノズル、推進剤の供給システム、さらには小惑星表面に直接溶接される仮設ブースター。そのどれもが、短時間で大量に用意できるほどに平準化され、実戦での運用経験も積み重なっている。
作戦開始からわずか数時間で、直径5キロに達しようかという十二個の金属質の小惑星がホログラム上に姿を現した。
岩塊そのものはありふれた天体に見えても、表面に張り付いたエンジン群が放つ青白い光は、それが単なる自然物ではなく、意図を与えられた兵器であることをはっきりと語っていた。推進剤は決して十分とは言えず、いくつかは戦艦の残余燃料が流用されたが、その即興めいた過剰さすら、全体としては強い合理性に収束していた。
宙域は静かで、重かった。
すでに敵艦隊の残骸は散り、抵抗らしい抵抗も存在しない。
だが、惑星を囲む複数の防衛砲台だけは機械的な警戒態勢を保ち、軌道上に不穏な質量が現れたことを、鈍く無機質な光で記録していた。
小惑星群は、戦艦と工作艦によって整列させられたのち、一体の巨大な運動体として徐々に速度を増していく。推進器の排気は細い光の帯となり、ゆるやかなアーチを描きながら真空を切り裂いた。十二の岩塊は互いにわずかに異なる軌道修正を受け、それぞれが指定された到達点へ向かうための最適な角度へ収束していく。
「第三次精密軌道誘導完了。ブースター点火準備完了!!」
「発射!!!」
続けてリリーナが宣言する。
「同時に通達しなさい。我々が実行するのは、あくまで軌道上防衛装置の無力化を唯一の目的とした作戦であること。作戦行動の結果として生じ得る惑星表面への影響は、武装勢力が防衛機構を都市上空に設置し続けたことによる不可避的付随損害として扱う、と。
また、武装解除が完了した時点で、速やかに降伏交渉へ移行する権利を保証すると添えなさい。適切な範囲で行動していると明確に記録しておくのよ!!」
リリーナの声は冷静で、しかし切断刃のように鋭かった。
小惑星群が、これまでとは桁違いの強烈な加速を受ける。
十二の岩塊は、牽引艦との接続を断つと同時に、表面に装着された巨大ブースターを一斉に点火した。真空中とは思えぬほど眩い光が吹き出し、岩塊表面の鉱物を灼いて白色の蒸気が尾を引く。
同時に戦艦群が軌道上からビーム照射を開始した。小惑星に取り付けられた反射板がそのエネルギーを受けて推力へ変換し、通常の化学推進では到底得られない加速度が岩塊へ叩き込まれる。
十二の天体は音もなく震え、次の瞬間、まるで見えない手に強引に押し出されたかのように、一直線に第四惑星へと滑り始めた。
推進剤の光が尾を引き、軌跡は細く鋭く伸びる。照射ビームは断続的に反射され、岩塊をさらに研ぎ澄まされた弾体へと変えていく。
「着弾までは2時間ほどかかります。」
オペレーターの報告が、艦隊指揮所に鈍く落ちた。その時間は、長いようでいて実際には受け手側からすれば何もできないほど短い。防衛機構が全力をもって迎撃に回ったところで、どうにかなる段階はとうに過ぎていた。
なにより、リリーナ自身ですらもはや止めようとして止まる質量と速度ではない。加速し続ける暴走した岩塊は計算しつくされた軌道でカストロプ本星へと向かっていく。
「そろそろね……」とリリーナが呟いたとき、計器が一つ、低い警告音を鳴らした。
それは進路上に位置する防衛衛星が、反応限界ギリギリで照準を合わせたことを示していた。だが、その砲撃はあまりに遅く、あまりに無力だった。
表面が削れようと、内部に蓄えられた運動量は揺るぎもしない。もはや加速し終えたブースターはただの飾りであり、狙って撃ってもなんの意味もないだろう。
「記録は問題ない?」
リリーナが気にしていたのは防衛衛星からの砲撃が記録できたか否かであり、その後のことに興味はなかった。なぜなら、それが何をもたらすかを知っていたからである。
十二個の小惑星はほぼ同時に防衛衛星に到達し、そのうち十個が衝突。当然その勢いが止まることはなく、カストロプ本星の大気を1秒にも満たない時間で突き抜けると、衛星に当たらなかったものと同様に砕ける間もなく地表に激突した。
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カストロプが長い..... もう少しテンポよく出来るように頑張ります....