帝国暦487年3月、カストロプ公爵領 side: マリーンドルフ伯フランツ
フランツ・フォン・マリーンドルフ――
帝国貴族の一つであるマリーンドルフ家の当主にして、
カストロプ公爵領と隣接するマリーンドルフ伯爵領の領主である。
今回の一連の騒動を受け、彼がこの宙域まで自ら艦隊を率いて来た理由は単純だった。
反乱を起こしたカストロプ家は、形式上ながらマリーンドルフ家の縁戚であり、その縁をもとに説得を試みられる最後の人物が彼だからだ。
反乱に組したと考えられる危険すらも犯しての説得は、フランツの人柄によるものだった。
フランツは、武力衝突による深刻な被害を避けるためにも、可能であれば話し合いによる終息を選びたかった。
たとえそれがどれほど難しいとしても、縁戚として、また隣接領主として、放置するわけにはいかなかったのである。
しかし、現実はフランツの意図よりも早く動いた。
カストロプ本星の手前に至った時、艦橋の通信士が緊迫した声で報告を入れた。
「カストロプ本星近傍で大規模戦闘発生。識別不能の艦隊が交戦中とのことです!」
突如として戦端が開かれたという知らせに、フランツは艦艇を即座に停止させ、しばらく外縁にて待機を余儀なくされた。状況が不明瞭なまま星系内部へ踏み込めば、誤認による攻撃の巻き添えになりかねない。
そして、戦闘終結の報が届いたのは、それからさほど時間を置かずのことだった。
「戦闘、終結を確認。星系内部よりメルゲントハイム艦隊の誘導ビーコンを受信。進入が許可されています」
「……メルゲントハイム伯が?」
フランツは静かに眉をひそめた。
自分が説得を試みようとしていた相手は、すでに他勢力との戦闘によって事態が動いてしまったらしい。マリーンドルフ家としての意図は、手遅れになった可能性すらある。
だが、状況確認と後処理は必要だ。フランツは短く頷き、艦隊を星系内へ進めさせた。
「こっ、これは……」
フランツ・フォン・マリーンドルフは、旗艦のメインスクリーンに映し出された光景を前に、思わず声を失った。いや、その場にいた全員が言葉を失っていた。
目に映る現実が、あまりにも常識外れだったからだ。
そこに広がっていたのは、反乱鎮圧という言葉で表現できる規模をはるかに超えた、惑星規模の破壊だった。
赤熱した溶岩であふれた直径数百キロのクレーター、そこからの衝撃波と熱放射によって惑星の大半は火に包まれ、とりわけ政庁の存在した都市付近はリリーナが重点的に小惑星を突っ込ませたので完全に原型をとどめていない。
もはや地上には文明と呼べるものは存在せず、辛うじて焼死していないものがいたとしてもそう遠くない死を待つことになる。
眼下の惑星の悲惨さと対照的に、星系内ではメルゲントハイム艦隊の艦艇が規律正しく動き、何事もなかったかのように落ち着いている。
補給艦が編隊を組んで往復し、各艦は次の作戦に備えるかのように整然と整備作業を続けていた。
これほどの破壊の直後に、なぜ彼らは平然としていられるのか。伝え聞くクロップシュトック領での暴虐と比しても度が過ぎる…
そんな疑問が脳裏によぎる一方、フランツは誘導信号に従って艦隊を前進させた。
やがて、惑星軌道上に進んだフランツの前にひときわ巨大な艦影が、その威容を現す。
「……あれが、メルゲントハイム伯の旗艦か」
無機質な装甲板と幾何学的に整列した構造物が組み合わさったその艦は、
他の艦艇とは明らかに異なる存在感を放っていた。軍艦というより、巨大な研究施設か処刑装置のような印象すら受ける。
フランツは深く息を吸い、吐いた。
この惨状の原因となった人物――
リリーナ・フォン・メルゲントハイム。
彼女に会わなければならない。
艦内は、異様なほど静まり返っていた。
兵士たちは規律正しく動き回っているものの、その顔に浮かぶ影は、任務の緊張ではなく畏怖とも憔悴ともつかぬ沈鬱だった。
通路を進み、案内役に先導されて艦隊指揮所へ入った瞬間、フランツは思わず歩みを止めた。外の惨劇とは対照的に、室内は整然としていた。
しかし、巨大スクリーンに映し出され続ける地表の赤熱した地獄絵図が、その整然さを逆に不気味なまでに際立たせている。
マリーンドルフ伯が緊張を抑えつつ歩みを進めると指揮卓に背を向けていた少女が、ゆっくりと振り返った。
淡い髪、無表情の側貌。その眼だけが、氷のように冷えた青で静かに燃えている。
年若いはずのその少女の姿には、不釣り合いなほどの威厳……いや、威圧感があった。その姿は、戦勝の高揚も、後悔も、一切纏っていないように見えた。
「ご足労いただきありがとうございます、マリーンドルフ伯」
丁寧な言葉。だがその声音は氷のように淡々としていた。
フランツは唇を震わせながら問いただした。
「……メルゲントハイム伯。これは一体、何が起きたのだ。これは戦闘で偶発する破壊ではない……惑星そのものを葬るような行為だ。意図的な――虐殺と受け取られてもおかしくない」
リリーナは、ほんの僅かだけ首を傾げた。
「虐殺の意図はありませんでしたわ?」
リリーナは淡々と答える。
「カストロプ公は 軌道上に叛徒から購入した不明規格の防衛衛星を配置していました。詳細な性能が分からなかったので、万全を期して対処しただけです。想定以上に脆弱な衛星でしたので…。まさか、このような結果になるとは……私にも誤算でした」
フランツの頬がわずかに引きつった。
「そのような言い訳が通るとでも思っているのか……!?」
その声は震えていた。
「帝国臣民は、皇帝陛下から各貴族家に預けられたものである。反乱を起こしたとはいえ、理由もなく許可も取らずに惑星を破壊していいはずがない。ましてや、惑星ごと殲滅など……!」
フランツの震える抗議の言葉が艦橋にこだました。しかし、その反応とは裏腹に、リリーナの表情は微動だにしなかった。
少しの沈黙が艦橋を満たす中、リリーナはきわめて事務的な口調で言葉を継いだ。
「――さて、事後処理についてですが」
リリーナがクレーターの全景を映したスクリーンを指先で示すと、焼き切れた地表が鈍く赤く輝いた。 その光景は、文明の廃墟というより、最初から生命など存在しなかった惑星のようですらあった。
「万が一にも生存者がいる可能性はあります」
声には同情も憂慮も乗っていない。ただ事実だけを淡々と述べている。
「とはいえ、重度の熱傷や臓器損傷による即死が大半でしょう。救助可能な者がいたとしても、ごく少数と思われます」
フランツは思わず目を閉じた。救助可能という言葉が、ここまで軽く扱われる場面を聞いたことがない。リリーナは、まるで残骸整理の手順を確認するような落ち着きで続けた。
「こちらは我が艦隊で救助を実施します。医療装備を備えた艦艇も用意していますので、対応に遅れはありません」
そして、リリーナは一拍置き、まるで今思いついたことのように言う。
「――それと、帝国財務部および帝国軍への報告をお願いしたいのです。もちろん、最低限のものは既に済ませてありますが……」
「……報告を、だと?」
フランツの声は低く、怒りとも困惑ともつかぬ震えを帯びていた。
リリーナは小さく頷いた。
「はい。なにしろ私は若輩ですし、判断に偏見があってもいけません。第三者、特に貴族家のご当主である伯爵殿の目で、今回の経過を客観的にまとめていただく方が望ましいと考えます」
リリーナは本気でそう考えているようだった。 それがフランツの胸に、ぞっとするほど寒々しい感覚を呼び込んだ。
「……あなたは、自分が何をしたのか、本当に理解しているのか?」
絞り出すような問いだった。
しかしリリーナは、まるで問われた意味そのものが曖昧であるかのように、淡々と首を傾げただけだった。
「カストロプ領での反乱の鎮圧を行いました。それ以外に、何か?」
宇宙を漂う金属片を見るのと同じ目で、この少女はひとつの惑星文明の死を見つめている。そしてそれは、どんな残忍な敵よりも恐ろしい。
フランツはそう思えてならなかった。
帝国暦487年3月、カストロプ公爵領 side: リリーナ
低軌道に降下したリリーナは惑星表面の調査を進めていた。もっとも、その走査範囲はクレーターとその周辺にほとんどの力が割かれており、もちろん生存者の発見には至らなかった。
灼熱に覆われた地上には文明の痕跡すら確認できず、大量の噴出物は大気圏奥深くからの情報を遮断していた。
それにしてもと、リリーナは先ほどのマリーンドルフ伯の激昂を思い返す。リリーナは肩をすくめ、ため息まじりに小声でつぶやいた。
「優しそうだと思ったのに、思ったより怖かった……。うーん、これ思ったよりやばいのかしらね?でも、直接いうよりはマリーンドルフ伯に言ってもらった方が怒られずに済みそうとは思うのよね」
大気圏内での熱核兵器使用が文化的タブーであることは、リリーナも一応理解していた。
だが、その禁忌の理由、居住可能惑星は人類文明全体の生命線であり、破壊行為は生存圏の自殺に等しい、という根源的な価値観までは、リリーナの感覚からは少し遠い。
惑星自体はありふれていても、居住可能な温度・重力・軌道要素・大気・資源・磁気圏といった条件の整った惑星は極めてまれであり、帝国の多くの惑星で農業が産業の基本であるがゆえにそれら以外の惑星への居住が困難なのである。
対してリリーナは食糧をプラントで生成し、非惑星天体への居住を進めることで工業化を促進する立場のために、個々の惑星への被害には盲目的であった。
「まあ、とにかく目的は達成したわ!」
そして、これが何を引き起こすかを考えることをリリーナはやめることにした。リリーナには次の考え事が待っていたのだから。
スクリーンに目を落としたリリーナは戦術ログを黙々とチェックする。今回の戦闘データは、リリーナに新たな課題を示していた。
「命中精度の向上もそうだけど、誤射が怖いから対転移兵器装甲の強化が必要ね……」
空間転移による攻撃はその性質上、どうしても運用が不安定にならざるを得ない。フリーハンドを得るためには、それに対する対抗策も持っておくことが定石であった。
「空間歪曲シールドの開発も急がせないと。うっかり暴発した場合、このままだと艦隊が穴だらけよ」
リリーナはクレーターを見下ろし、赤く融けた地表を眺めながら、あっさりとそう結論づけた。