銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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義眼の参謀

帝国暦487年5月、メルゲントハイム伯爵領自由浮遊惑星トルン  side: リリーナ

 

「事情を聞きたいわ。もしかして、とんでもない新兵器が投入されたのかしら?」

 

リリーナは周りから見れば異常と思えるほどの高揚感に胸をたぎらせていた。

 

イゼルローン陥落。帝国にとって、その報は悲報であることには間違いはなかった。しかし、大きな情勢の変化はしばしば技術的な工夫によってもたらされる。リリーナはその匂いを嗅げることを常々期待していたのだった。

 

オーディンへ向けて後退してくるいくつかの帝国軍の残存部隊を、リリーナはドックを空けて受け入れていた。

 

航路上にあってかつ、最大の艦隊整備拠点をもつのがメルゲントハイム領だったのは、帝国軍にとっては不幸そのものだった。しかし、修理を要するいくつかの分艦隊には良い選択肢に見えていた。

 

艦艇のうち航行不能なものは即座に廃艦処分とし、資材は分解して再利用。

 

兵員は輸送艦に振り分けられ、再編成のために後方へ送られる。もっとも、この廃艦処分は多大にメルゲントハイム側の判断に基づいて行われ、分艦隊司令官とはいえそれに強硬に否を唱えることは難しかった。

 

「戦艦もどきでも資源の塊だわ。 無駄に沈めるのは趣味の悪い浪費家のやることよ。それに、戦艦もどきを再建するより有益だわ」

 

その中に、一隻の巡航艦が紛れていた。イゼルローン要塞駐留艦隊幕僚、パウル・フォン・オーベルシュタイン大佐が旗艦脱出後にそこに移っていたのだ。

 

イゼルローン陥落の成り行きについて詳しく聞きたかったリリーナはその男を自身の艦に連れてくるように命じていた。断片的に得られた情報は錯綜しており、その全体像が分からなかった。

 

 

「姫様、イゼルローン駐留艦隊付き参謀、オーベルシュタイン大佐をお連れしました。」

 

無機質な靴音が艦隊指揮所に響く。半白の髪にいかにも冷徹さを感じさせる姿をリリーナは横目で観察していた。

 

「パウル・フォン・オーベルシュタインと申します。」

 

「挨拶はいいわ。それで?イゼルローン要塞はどうやって落ちたのか聞かせてもらえないかしら?同盟軍はどのような兵器を使ったのかしら?」

 

リリーナは次の実験や領域拡張の状況を読みながらそう尋ねる。

オーベルシュタインは叛徒という呼称ではなく、同盟と呼んだことに頬をひくつかせる。リリーナに言わせれば単に叛徒といってもどの叛徒か分からないという事情で使っており、たいした政治的意図はなかった。もっとも、それをオーベルシュタインが知る由もない。

 

ただ、リリーナはリリーナで、このオーベルシュタインが短い期間とはいえ、ミュッケンベルガー元帥の次席副官を務めており、リリーナについての愚痴を聞いて為人についての前提知識があることを知らなかった。

 

「ことの始まりは同盟軍による偽装でした」

 

リリーナの要求に余計なことを挟まず、オーベルシュタインは淡々と説明した。

 

帝国軍を装って救援を求める偽の通信により駐留艦隊が誘い出されたこと。帝国艦に偽装された駆逐艦に陸戦部隊が乗り込んでおり、要塞内部へと侵入されたこと。シュトックハウゼンを人質として要塞を降伏させられたであろうこと。要塞全体のコントロールを奪われ、駐留艦隊は要塞に引き返すも要塞からの攻撃で壊滅したということ。

 

状況証拠と推論によってオーベルシュタインは同盟軍の作戦の全貌を明らかにしていく。その推察力はリリーナをして賞賛に値するものだった。

 

「……なるほどね。事情は分かったわ。残念だったわね……」

 

しばしの間、リリーナは虚空を見つめた。イゼルローン回廊の星図がホログラムで揺らめいている。

 

「まあいいわ。敵のものになったなら帝国のものではないわけよね。今度私がもらっておこうかしら」

 

要塞奪取に新技術が使われていないことを確認したリリーナは、机上の端末に表示されている「解体予定天体一覧」にイゼルローンの名を追加した。

 

「戦争好きのあれがうっかり全面砲撃して蒸発させる前に、私が解体して流体金属くらいは回収しておきたいわ。そういう意味では、あれは優秀な人工天体よ」

 

と、冗談か本気か判断付きにくいことを呟く。

 

「それにしても妙ね」

 

リリーナの声が、わずかに冷える。

 

「そこまで状況を分かっているのに、ゼークト大将が死んで、貴方が生きているのが不思議だわ。 幕僚というのは旗艦に乗っているものではないのかしら?」

 

オーベルシュタインは瞬き一つしない。

 

「ゼークト閣下は私の進言をお入れにならなかったので、やむなくシャトルで脱出いたしました。」

 

「やむなく」

 

「はい。作戦継続は非合理と判断いたしました。」

 

その言葉に、室内の空気がわずかに軋む。

 

通常の、いや多くの帝国軍人ならば、指揮官と最後をともにする。少なくとも、単身でシャトルで脱出するなんてことはしない。指揮官を無理やりにでもシャトルに詰め込んで脱出するだろう。リリーナですら、軍人とはそういう気質だということをうっすらとはいえ知っていた。

 

リリーナは静かに笑った。

 

これまでの説明は理路整然としていた。責任回避のための弁明ではなく、純粋に戦略的な分析。それができるものは少ない。

メルゲントハイム領は現在、官僚不足である。急拡大に次ぐ急拡大で管理側の人間が著しく不足しているのだ。

 

得難い人材だ。そうリリーナは考えた。

 

「なるほどね。このまま帝都へ帰ればどうなるか分かっているでしょう?」

 

「……よくて免職、もしくは処刑でしょう」

 

「そう。分かっているのね」

 

リリーナは微笑む。

 

「優秀そうだし、行政官として便利そうだわ。ちょうどいいから、こちらで保護してあげるわ」

 

「保護、ですか」

 

オーベルシュタインの義眼が短く光る。

 

「ええ。戦闘で負傷したことにするの。旗艦からの脱出時に義眼の制御系に異常が出た、とでも報告すればいいわ。しばらく治療名目で私の領内に滞在。帝都はそのうち忘れるわよ。口うるさいミュッケンベルガー元帥もどうせ今はイゼルローン喪失で忙しいもの」

 

オーベルシュタインはわずかに首を傾けた。

 

「それに……」

 

リリーナは星図を拡大する。

 

メルゲントハイム領の外縁宙域には、リリーナが帝国軍に売り払った中性子衝撃砲艦隊が展開している。

本来ならば同盟への備えのはず。だがその配置は、微妙にメルゲントハイム領を牽制している。

 

「中性子衝撃砲艦隊を私の領地の外縁に貼り付けておいて、イゼルローンで負ける。面白いわね」

 

リリーナの声は、ほとんど独り言のようだった。

 

「よほど私を危険視しているらしいわ。いまさらあなた一人に手を出しても、これ以上どうこう言われないわよ」

 

オーベルシュタインは無言で星図を見つめていた。

 

 

オーベルシュタインはメルゲントハイム領について多少の知識を持っていた。いや、それはメルゲントハイム領を理解するのに全くもって及ばないものではなかったが、帝国の殆どの軍人より詳しく知っていたといっていい。

 

幼い君主のもとで進められる急進的改革。

 

自身のもつ親戚を更迭し、配下の貴族たちの特権を縮小。贅沢品を排除して資源を再分配、行政機構の合理化と管理機構の刷新。

 

それは、帝国の病巣を摘出しようとする試みにも似ていた。

その成否がいかなる結果をもたらすにせよ、オーベルシュタインにとっては興味深い観察対象のひとつだった。

 

帝国を蝕む門閥貴族と無能な官僚機構。それを打破する可能性を、この領地は秘めている。

 

だが、リリーナの次の言葉が、その評価を一変させた。

 

「ええ、だからほとぼりが冷めるまで、しばらくは劣悪遺伝子排除センターに行ってもらうことになるわ。ちょうど義眼の研究もしているし丁度いいのではないのかしら。」

 

沈黙。

 

「劣悪遺伝子排除センターとは……」

 

「ルドルフ大帝が出された劣悪遺伝子排除法に基づいた治療を行う施設よ。」

 

あまりにも当然のように。

それはオーベルシュタインにとって、存在の否定と同義だった。

生まれながらの視覚障害者であるオーベルシュタインはこの法律に基づけば本来なら排除対象だったのだ。

 

オーベルシュタインの合理主義の根底にはこの法への憎悪から生まれている。

 

そして、オーベルシュタインは判断が付かなかった。リリーナがいう"保護"がその思想に基づく人体実験や処刑である可能性を否定できなかったのだ。珍しく直感的にオーベルシュタインは判断を下す。

 

「折角ですが辞退させてください」

 

声音は静かだった。リリーナは眉をわずかに上げる。

拒絶に怒りは見せない。むしろ、評価する視線だった。

 

「まあいいわ。艦の修理は終わっているころだから、それで帰ればいいわ。」

 

あっさりと。執着しない。

それは余裕でもあり、冷淡でもある。リリーナは軽く溜め息をついた。

 

「一大佐の去就より、私には処理すべき案件が山積みなの」

 

視線の先では、ホログラムに複数の案件が浮かんでいる。

 

 





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オーベルシュタインは難しすぎる……陰謀家の頭の中など書けぬのだ
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