リリーナが内政?というか実験してるだけの回です。
帝国暦487年5月、メルゲントハイム伯爵領 赤色超巨星ISRGC-MGH-22 近傍宙域 side: リリーナ
銀河面からわずかに外れた孤立星。
赤色超巨星ISRGC-MGH-22。
帝国標準赤色巨星カタログに登録され、将来的な重力崩壊候補として監視対象となっている天体だ。超新星爆発のタイミングを正確に把握することは難しく、直前かつ精密な重力波測定で辛うじて付近に警報を出すことが可能かどうかといったところだった。
さらに、強力な星風によって周囲に狭い航行不能宙域が存在することも手伝って、無人衛星による遠くからの監視にとどめられている。
ゆえに近くに航路は存在せず、普段は宇宙艦隊も商船も近寄らない。放棄された危険区域だ。
「理想的ね」
そんな恒星を数百AUの距離から観測するリリーナはぼそりと呟いた。
恒星観測データは典型的な赤色超巨星のそれであり、対生成砲による星風の掃討で数AUまで接近しての作業が可能になりつつある。
巨大な半径。不安定な対流層。中心核はすでに鉄族元素生成段階に近い。
自然崩壊までの予測時間は数万年。
そんな恒星にリリーナが目をつけて近くに資材を搬入し始めたのはもう一年以上前になる。
大量の改造亜空間跳躍エンジンと、それの補助としての位相安定化装置及び重力場干渉リング。それは恒星の中心に直接ゲートを開くために必要なものだった。
位相短絡型恒星核爆縮器。
それらの集合体をリリーナはそう名付けていた。
それは兵器というより、実験装置だった。原理は単純だが狂気じみている。
恒星中心核と通常空間を、強制的に亜空間経由で接続するというだけだ。
通常、恒星中心は莫大な重力圧と放射圧の均衡で支えられている。
だが位相短絡によって内部と外部が接続されれば、内部からの圧力が急速に消滅し中心核のエネルギー平衡が一瞬崩れる。
それによって重力収縮が加速して内部構造が不安定化、最終的には人工的な超新星爆発が誘発される。しかし、リリーナは現時点ではもっと温厚なことを、すなわち内部からの高圧状態と真空とを利用して発電し、巨大なエネルギープラントとすることを考えていた。
「もちろん爆発させるのはそれはそれで有意義だわ。超新星爆発を近距離から観測できるのはこれ以上ない機会だもの。だけど、それ以上にエネルギーが不足しているわ。だから崩壊を早めるだけに止めてその分のエネルギーをもらうのよ。」
リリーナは淡々と言った。
だが恒星崩壊を早めるという行為自体が、本来は災厄に近い。近づいていた艦艇が一瞬にして破壊されることはもちろん、周囲に及んだガスや衝撃波は空間にどのように影響をあたえるかすら予想もできない。
当然ながら家臣から
「制御を誤れば、メルゲントハイム領外縁が危険地帯になるのでは」
という意見が出るが、リリーナは
「だからここを選んだのよ」
とその理由を話す。
銀河面から外れて主要航路からも遠いから被害は限定的であると。
そして、リリーナは爆発実験は別の場所でやるべきだと考えていた。それは、超新星爆発が航行可能宙域を作ったのではないかという仮説に基づいた計画で、赤色巨星を爆発させることで航行可能宙域を広げようというものだった。
もしこれが成功すれば長期的には、簡単に広大な空間を得ることができる。なにより、銀河ですら百年に一度それを至近から観測できることは超高エネルギー状態の研究に必須だった。
リリーナの前でスクリーンに映る赤色超巨星がゆっくりと脈動している。
巨大で、鈍く、赤い。
「自然は巨大すぎるわ」
リリーナは呟く。
「だからこそ、制御できれば価値があるわ」
赤色超巨星 ISRGC-MGH-22 は、何も知らずに膨張と収縮を続けていた。
帝国暦487年6月、メルゲントハイム伯爵領 褐色矮星リリーナBD-23 side: リリーナ
暗黒に沈む褐色矮星の微かな赤外放射の中、惑星軌道上に構築された巨大フレームは、もはや建築物というより重力工学装置だった。外部の艦艇が近づかないこの星系で、ことはひっそりと行われていた。
惑星を包む幾何学的リング群が基盤となり、そこに磁気収束塔や位相安定化ノードが規則的に配置される。そして内部に埋設された、数万基の段階圧縮爆縮セル。
クロプシュトック候領で爆破解体した衛星群から得た高密度合金の大半は、この構造体に消えていた。
「ついにここまで来たのね」
リリーナはスクリーンの向こうを見つめる。同盟領への侵攻準備を進める傍らで、もう一つの計画が完成しようとしていた。
そこでは巨大な惑星が静かに自転している。ガス主体の惑星は鈍く輝きその運命を静かに受け入れているように見える。
だが目的は単なる破壊ではなく、制御された破壊だ。
「圧縮に向けた最終確認を始めなさい!!」
一瞬の静寂。リリーナのセリフに従って各所が圧縮の開始に動く。
「第一爆縮リング、起動シーケンス開始」
「外殻セルA群、点火3準備完了」
「磁場収束値、規定範囲内」
「重力場安定、変動なし」
リリーナは頷き、大きく指示を出す。
「点火!!!」
遠く、惑星外層がわずかに収縮する。
爆発ではなく、内側に向かって潰れていく。
「外殻圧縮開始。半径0.4%減少」
「爆縮波、内側へ伝播確認」
「第二リング、準備完了」
「時差誤差±0.0017秒、許容範囲内」
次の層が起爆。さらに内側へ。
段階的に。重層的に。
リリーナのまえで急速に惑星は内部からつぶれていく。
「中心圧力上昇中……1.2倍、1.5倍、2.3倍」
「内部温度指数、臨界値へ接近」
ただ、沈む。モニターの値が刻々と変わり、着々と進んでいることがリリーナには手に取るようにわかった。
「第三リング起爆」
「重力ポテンシャル急増」
「爆縮波収束率、97%」
制御された収縮。中心部に向けて圧力が集まる。
「中心圧力、理論臨界域到達」
「だが質量密度不足」
「予測通りです」
リリーナはわずかに頷いた。
「位相短絡、準備」
通常空間と亜空間を接続する装置が起動。
「亜空間位相安定化リング、展開」
「接続座標、惑星中心核にロック」
「位相差0.0003ラジアン、修正中」
「接続しなさい」
リリーナが低く言う。高まっていく圧力に従って、リリーナの胸の内も高鳴っていた。
「位相短絡、爆縮波送り込み開始!!」
空間が歪む。
観測スクリーンの中心がわずかに暗む。
惑星中心核と亜空間が、一瞬だけ直結する。
「エネルギー流入確認」
「中心質量密度、急上昇」
エネルギー密度を局所的に過臨界状態へ押し上げる。
爆縮波と亜空間位相収束が重なった瞬間。中心部で、重力勾配が急激に変化した。観測画面に表示される数値が跳ね上がる。
「特異点生成反応、確認」
それは直接肉眼では見えない。だがセンサーは確かに検知した。かなりの距離だが、強烈な重力波と時空震が周囲の空間を揺さぶり、惑星をとりまくフレームに限界に近い力がかかる。
「拘束フィールド、急いで!」
「重力拘束リング展開!」
事前の計画に従って、ブラックホールの固定が始まる。
やがて、オペレーターの声が静かに告げる。
「人工ブラックホール、安定軌道に固定」
重力制御リングが一斉に起動する。生成された特異点をフレームで間接的に制御し、安定軌道に固定する。ゆっくりと周囲に残された物質が吸い込まれ始める。
「とりあえずは成功ね」
リリーナは静かに言った。
ここからエネルギー炉にするまでにまだ時間はかかる、それでもブラックホール生成前後のあらゆるデータが取得され、重力や亜空間への理解は一気に進むことをリリーナは確信していた。
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