帝国暦485年5月、メルゲントハイム伯爵領 首都惑星トワングステ side: リリーナ
ヴァンフリート星域での戦いを終えて領地に帰還したリリーナを待ち受けていたのは意外な光景だった。トワングステの宇宙港に降り立ったリリーナ艦隊を一目見ようと多くの民衆が詰めかけていたのだ。これには過酷な労働に追われる領民の不満のガス抜きのために、家臣たちがリリーナが凱旋してくる日を休日としたというのが大きい。
しかし、普段の労働に追われる領民たちにとって宇宙の彼方で行われている戦争というのは現実的な脅威ではなくある種の英雄譚的な娯楽であり、そこで輝かしい手柄を上げるというのは現状に対する意味付け装置として大きな役割を果たしていた。
「それに、目端の利く商人たちが資金提供を申し出ております。どうやら、新型砲の情報は……知る人ぞ知る、という状況のようです。おかげさまで、なんとか資金繰りの目処が立ち始めました」
嬉しそうに語る家臣の目は、これまで見た中でもとびきり優しく、誇らしげだった。
「戦争で技術が進歩するとは言うけれど、技術の進歩のためには戦争が必要な訳ではないわ。だけど、.......」
思わず口にしたリリーナの独り言は、幸いなことに家臣には聞かれなかったようだ。すぐに、彼は次の話題に移った。
「姫様もご存じの通り、この新型砲が今後の戦場の主役となるのは、まず間違いございません。近いうちに、帝国軍からの正式な要請もあるかと存じますが――いかがなさいますか?」
だが、リリーナはきっぱりと首を横に振った。
「それは違うわ」
「はっ、しかし……中性子衝撃砲はヴァンフリート星域で、その威力を遺憾なく発揮したと。反乱軍も手をこまねいていると聞いておりますが……?」
困惑気味に問う家臣に、リリーナは迷いなく答えた。
「それでも、あれは未完成品よ。今回の実戦テストで得られた改善点を整理するまでは、何とも言えないけれど……今の方式では駄目ね。造船所そのものから作り直す必要があるわ」
その言葉に、家臣は一瞬言葉を失う。
「……そ、それはつまり?」
「今ある艦隊は、造船所ごと帝国軍に売却するわ。その資金で、真に必要な技術開発に移行する。そして――あんなもので満足しているようでは困るのよ」
リリーナは背筋を伸ばし、まっすぐに言い切った。
「私が目指すのは波動砲。正確には、次元波動爆縮放射器。まだ、道のりは遠いけれど」
「ひっ、姫様……ま、まだ新しい大砲をお造りになるおつもりで……それに、今の衝撃砲ですらご満足いただけない姫様が目指される“波動砲”とは、一体……?」
家臣はおずおずと問い返す。
「そうね。一言で言えば――惑星を、一撃で吹き飛ばすことができる砲。それが波動砲よ」
そして、リリーナは満面の笑みで高らかに言い放った。
「さあ、宇宙の明日は明るいわ!!」
帝国暦485年5月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: ラインハルト
ヴァンフリート星域での戦いから一ヶ月。帝都オーディンに帰還したラインハルトは、宇宙港からの車中、キルヒアイスに中性子衝撃砲の運用構想を語っていた。
帰路の艦内では、リリーナが自ら艦艇の整備にまで指示を出していたが、その過程で中性子衝撃砲の情報も自然と明かされた。性能から運用法に至るまで事細かに語られたことで、ラインハルトとキルヒアイスの頭には、すでに次の艦隊戦の構図が思い描かれていた。
「今回の戦いで、反乱軍もこの砲の存在を把握しただろう。無能な連中とはいえ、それなりに徹底した対策を講じてくるに違いない」
ラインハルトは敵の動きを想定しつつ、同時に、自分がこの砲を向けられたときにどう立ち回るべきかを思案した。
数パターンのシミュレーションを脳裏で描いたあと、隣の赤毛の副官に問いかける。
「キルヒアイス。お前なら、あの砲にどう対処する?」
「そうですね……。私なら、高速艦艇で小規模の艦隊を複数編成し、接近戦を狙います。中性子衝撃砲は再充填に時間がかかりますし、接近されてしまえば迎撃は困難かと」
即答するキルヒアイスに、ラインハルトは満足げにうなずいた。自身の考えと一致していたことが嬉しかったのだ。
「流石だな。まるで古代の砲兵に対する騎兵突撃のような戦術だ。小型かつ俊敏な相手に対しては、衝撃砲では狙いが定まらない。そもそも、あれだけの兵器を大量に配備できるとは思えん。そうなれば、艦隊全体の配置、全体戦略がこれまで以上に重要になる。無能な連中にはついてこられまい」
力強く語るラインハルトに、キルヒアイスは微笑を浮かべながら頷いた。
「これからの艦隊戦では、いかに敵の行動を制限するかが鍵になりますね」
「うむ。作戦全体で敵を縛る構想力が問われる、というわけか。……キルヒアイス、今回の戦役で我々は昇進することになるだろう。艦の性能頼みで出世というのは気に入らないが、准将のままでいるよりはマシだ」
そう言って小さく笑うラインハルトは、窓の外を見ながらつぶやいた。
「しかし、これで少将。この調子なら……俺はあっさり宇宙を手に入れてしまいそうだな」
キルヒアイスは答えず、静かにその横顔を見守る。
しばらく沈黙が続いた後、ふとラインハルトが尋ねる。
「それはそうと、キルヒアイス。あの令嬢はいったい何者だ? 伯爵だとは聞いたが……年端もいかぬ身であの知識と胆力とは」
少し驚いたように顔を上げたキルヒアイスが答える。
「ラインハルト様はメルゲントハイム伯爵をご存じないのですか? 彼女は五歳で父君を亡くし、その後すぐに爵位を継いでいます。ただ、その後は貴族同士の付き合いをすべて断ち、自領に引きこもっていると聞いています。オーディンの屋敷も既に売却したとか。周辺の貴族領に怪しげな機械を売っているとか、一部では反乱を企てているのではと囁かれています」
「けれど……」
キルヒアイスは少し間を置いて続けた。
「今回、彼女は砲の性能を一切隠しませんでした。あれが真意であるなら、ただの噂に過ぎないのでしょう」
あの時、艦橋に入り込んだ彼女をキルヒアイスが即座に排除しなかったのは、このためだった。 ラインハルトにとって有益になり得る人物と判断しなければ、迷いなく排除していたはずだ。
「……つまり、五歳の少女が領地にこもって中性子衝撃砲を作った、というわけか。なるほど、彼女の知識が本物であるのは確かだな」
そして、窓の外に目をやりながら、ラインハルトはゆっくりと息を吐いた。
「いずれにせよ、あの砲は戦場を変える。技術だけで戦争に勝てるとは思わんが、技術を理解しようとしない無能になる気もない」
少し笑みを浮かべたが、すぐに真顔に戻る。
「……帝国軍が、あれを放っておくとは思えんな。無能とはいえ、あの兵器の意味くらいは理解できるだろう。次に、あの砲が俺の艦隊に配備される保証は、もうないな」
帝国暦485年5月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: ミュッケンベルガー
ヴァンフリート星域での会戦に一応の勝利を宣言した宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガーは艦隊とともにオーディンに引き返して以降、その膨大な後始末に追われていた。大規模な会戦とはいえ互いに決定的な打撃を与えることなく戦役が終了したため、損耗率でいえばそこまで大きな数字ではない。とはいえ、失った艦艇・兵士・物資の補充を受けて新規に編入された艦隊を戦場で失った艦隊のレベルにまで引き上げることは決して容易なことではなかった。
しかし、それ以上に厄介な問題がミュッケンベルガーには残されていた。それが左翼に配置されたメルゲントハイム伯爵艦隊の扱いである。艦隊に装備されていた新型砲は彼我の距離をものともせずに一方的に敵右翼を屠るという戦果を上げ、その威力はまさに画期的新兵器として両軍に認知されるのに充分であった。このままであれば、帝国軍に新兵器が誕生したことを喜んでおけばよかった。
ここで問題になるのがこの艦隊が貴族の私設艦隊であり、帝国軍へ加わっていたのはあくまでも一時的なものであるということだ。メルゲントハイムには帝国軍に技術提供をする義務もなければ、艦隊を貸し出す義務もない。
そして、この艦隊の帝国艦隊参加を許したのはほかならぬミュッケンベルガー自身であり、母方の親戚を経由した伝手を辿ってのものであった。そのため、ミュッケンベルガーとしては可能な限り穏健にかつスムーズにかの新型砲を帝国軍の手に出来ることを望んでいた。何しろ相手は帝国軍すら開発していない新型砲を装備しており、かの幼き伯爵のこれまでを調べる限り強引な接収を強行すれば要らぬ血が流れるのは明確であった。
「メルゲントハイムからの反感を買う方がまずい。万が一にでもフェザーン経由で売り払われたらとんでもない損失になるのだぞ」
しかし、一部の軍官僚や作戦参謀からは強制的な接収を行うべきとの意見が噴出しており、その多くは門閥貴族出身とその傘下の者たちであった。彼らは名門貴族とはいえ関わりの薄いメルゲントハイムが軍内部で力を持つことを警戒しており、技術局から機密を盗んだと主張して接収とともにメルゲントハイム領の軍による捜査まで望む者さえ存在した。
「第一、もし本当に盗まれたとして実用化に先を越されるとは情けない限りだ。奴らは自分たちをバカですと宣伝しながら歩いていることが分からないのか?」
結局、帝国軍三長官の話し合いを経てミュッケンベルガーの意見が採用されることになるも、メルゲントハイムへの帝国貴族たちの感情は日増しに悪化していくのは明白であった。
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