誤字訂正誠にありがとうございます。
帝国暦487年8月、自由惑星同盟 シヴァ星域外縁 side:自由惑星同盟警備艦隊
リリーナ艦隊に対して自由惑星同盟軍が最初に異常を検出したのは、シヴァ星域外縁、第七警備宙域だった。
最初の報告は、ごく簡潔なものだった。
「時空震を観測。大規模空間跳躍の痕跡あり」
ただそれだけである。
この種の報告は決して珍しいものではない。商船が規定外の跳躍を行った場合や、長距離輸送船団が一斉に跳躍した場合にも似たような観測結果が出る。観測精度の低い辺境宙域であればなおさらである。
とはいえ、観測された時空歪曲の規模はやや大きかった。そのため、第七警備宙域司令部は念のため確認艦隊を派遣することにした。
送り出されたのは巡航艦三隻、駆逐艦七隻。いずれも旧式艦ではあったが、この辺境宙域においては十分な戦力である。
任務は単純だった。跳躍痕跡の原因を確認し、必要であれば救助を行うこと。
この時点で、艦隊の誰一人として大規模戦闘を想定している者はいなかった。
むしろ予想されていたのは、故障した商船や迷子になった輸送船団。あるいは、過積載で跳躍に失敗した民間船だった。
それらは辺境宙域では珍しいことではない。
艦隊司令であるアドラー大佐も、任務は半日ほどで終わると考えていた。
「帰還したら補給基地でコーヒーでも飲めるな」
そう言って笑ったほどである。
しかし、予想接触宙域に近づいたとき、その想定が完全に誤りであったことが明らかになる。
「レーダーに感あり!」
電測員の声が、艦橋に鋭く響いた。
「数、およそ二百!! こちらに向かって急速接近中!!」
その瞬間、艦橋の空気が変わった。
警戒レベルが一気に引き上げられ、各コンソールの表示色が赤に変わる。
「救難信号は?」
アドラー大佐が短く問う。
「確認できません!」
「自動応答装置で船籍確認!」
電測員が即座に照合を開始する。
数秒後、結果が出た。
「船籍確認できず!!同盟登録船ではありません!」
「IFFコードなし!敵性艦です!!」
一瞬、艦橋が静まり返った。
二百対十。
数字だけで戦力差は明白だった。
辺境警備艦隊とはいえ、海賊相手ならともかく、この数の正体不明艦隊を相手にするのは自殺行為に等しい。
アドラー大佐の判断は早かった。
「交戦は不可能だ」
声に迷いはなかった。
「可能な限り情報を持ち帰ることを優先する。全艦反転。最大戦速で離脱せよ」
「了解!」
艦隊が一斉に針路を反転させる。
だが、数秒後。
「敵艦隊、進路変更! 追尾してきます!!」
「逃げられるか?」
「距離を急速に詰めてきます!」
艦橋に緊張が走る。
「敵艦影確認!!!未知の艦影です!」
観測員が言った。
「スクリーンに出します」
そして映像が表示された瞬間。艦橋の空気が凍りついた。
それは見たことのない艦だった。
「なっ……」
思わず声が漏れる。
巨大。とにかく巨大だった。
同盟軍の標準戦艦より明らかに大きい。だが、それ以上に異様なのは形状だった。
艦体は装甲の塊のようで、滑らかな曲線と鋭い突起が複雑に組み合わさっている。そして艦首部には、巨大な砲門らしき構造が幾列にも並んでいた。
それが二百隻。完全な陣形を保って迫ってくる。
「帝国軍じゃない……?」
誰かが呟いた。確かに帝国軍の艦とは似ても似つかない。
「艦種識別不能!」
「データベースに該当艦なし!」
次の瞬間、観測士が叫んだ。
「高エネルギー反応!!敵艦前方に集中!!照準、おそらくこちらです!!」
「何だと!?」
アドラー大佐が叫ぶ。
「この距離で砲撃だと!?」
同盟軍の常識では、交戦距離ではない。
「全艦散開!!」
アドラー大佐が命じる。
「乱数回避軌道!!」
「本部にデータ送信!!」
だが――遅かった。
「来ます!!」
宇宙に、青白い光が走った。
極太のエネルギー光条。
それが、無数に放たれる。
最初の一撃で、巡航艦二隻と駆逐艦五隻が消えた。
逃走を開始したばかりの艦隊は、完全に射程外から一方的に撃ち抜かれていた。
「回避間に合いません!!」
次の瞬間、青白い光が旗艦を貫き、艦橋が蒸発した。残りの駆逐艦二隻も同じ運命を辿る。
戦闘時間はわずか十数秒。
十隻の警備艦隊は、宇宙の塵と化したのだった。
帝国暦487年8月、自由惑星同盟 シヴァ星域外縁 side: リリーナ
宇宙空間に散らばる残骸が、つい先ほどまで存在していた小艦隊の痕跡を示している。巡航艦の装甲片、駆逐艦の推進ノズル、破壊された通信アンテナ。
それらがゆっくりと回転しながら漂っていた。
自由惑星同盟軍の辺境警備艦隊その最期の痕跡である。
新鋭のプロシア級二百隻を率いて先行していたリリーナ艦隊。その旗艦ヴュルテンベルクの艦隊指揮所は、同盟領での初めての交戦を終えてなお冷静だった。
「敵艦隊、完全に沈黙しました」
「撃沈十。生存反応なし」
その言葉に対して、艦橋は静かなままだった。
歓声も、安堵もない。
あまりにも短い戦闘だったからだ。
リリーナは指揮席に座り、前方スクリーンを眺めていた。
青白い残光が、まだ宇宙にわずかに残っている。主砲のエネルギー放射の余波だ。
その光は、ゆっくりと薄れていく。
「……ここからは速度が命よ」
リリーナが口を開いた。
指揮所の全員が自然とリリーナに視線を向ける。
「まずは、さっきの艦隊が通信していた最寄りの有人星系と思われる星系に向かうわ」
星図が展開される。詳細な航路データこそないものの、近隣の有人惑星は多くはない。通信先は必然的にいくつかの惑星に絞られた。
先ほど傍受した通信データから推定された通信方向が表示された。
「この通信を辿っていけば――」
リリーナは星図を指でなぞった。
「私たちがシヴァ星域のどこにいるのか、大体見当がつくはずよ」
「推定通信源まで、全力なら跳躍含めて約三時間です」
「十分よ。いったんそこまで進んで補給艦を待つ必要がありそうね」
リリーナは答えた。
帝国暦487年8月、自由惑星同盟 シヴァ星域 惑星サラスヴァティ side: リリーナ
「目標星系確認、判別!」
「シヴァ星域辺境惑星の一つ――惑星サラスヴァティです!」
前方スクリーンに星系図が展開される。 黄色い主星の周囲を数個の惑星が回り、その第三軌道に青緑色の惑星が表示された。
「無事に分かってよかったわ」
リリーナは静かに言った。
「このまま接近しなさい。それで、人口や産業は?」
「詳しいデータはありませんが、辺境惑星のため人口は多くない模様です。推定値で約百万人」
スクリーンに補足情報が表示される。
「主な役割は航路補給基地です。イゼルローン回廊からフェザーン回廊へ向かう航路の中継地点として機能しているようです。それも他の補給惑星と大差ありません」
リリーナは軽く頷いた。
シヴァ星域の外縁に位置する、小さな補給惑星。しかし、価値はあった。
ここを押さえれば、同盟の通信網と航路の情報を手に入れられる。
「ちょうどいいわ」
リリーナは言った。
「まずはこの惑星を占拠するわ」
艦橋の空気が少し引き締まる。
「それから、このあたりの中心星系――」
星図が拡大された。シヴァ星域の中心に近い恒星系。
そこに表示される惑星名。
カルティケーヤ
「そこへ向かうわ」
そのとき、報告が上がる。
「惑星周辺に多数の艦影を確認!」
スクリーンに新しい反応が表示される。
「ほとんど輸送船のようです。現在、離脱を図っています」
航路に沿って、数十隻の輸送船が散開し始めていた。
「当然ね」
リリーナは落ち着いた声で言った。
「退避警報でも出たのでしょう」
次の報告が入る。
「軌道上基地から艦隊発進!」
スクリーンに新しい反応が現れる。
「巡航艦十隻、駆逐艦二十隻程度! 同じく脱出していきます!」
同盟軍の守備艦隊だった。パトロールを行う程度の小規模なものだ。
リリーナは一瞬だけそれを眺めた。
そして命令を下す。
「上下左右、五十隻ずつ散開、輸送船含めて逃がさないように」
巨大な艦が隊列から離れ、上下左右へ広がる。その動きは整然としていた。
「残りは出てきた艦隊を叩き落としなさい」
リリーナの声は冷静だった。
「艦隊が壊滅し次第、軌道基地を攻撃」
「了解!」
命令が艦隊へ送信される。リリーナは短く言った。
「撃ちなさい」
次の瞬間。
宇宙が、青白い閃光で満たされた。
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地理というか星系がイマイチ分からないので、同盟領は大雑把です。