帝国暦487年8月、自由惑星同盟
リリーナの惑星への砲撃。それを見ていた者たちは、言葉を失った。
自由惑星同盟最高評議会は、直ちに状況の鎮静化を図った。取り急ぎ、問題の通信を遮断し、映像の拡散を止めようとしたのである。だが、その試みは遅すぎた。
超高速通信でばら撒かれたリリーナの宣言と映像は、すでに同盟の通信網を通じて各星域へと広がっていた。ハイネセンの報道局がそれを止めるころには、民間回線、個人端末、果ては船舶間通信に至るまで、あらゆる経路で複製が流通していたのである。
首都星ハイネセンをはじめ、多くの惑星で噂が飛び交った。
いくらリリーナがそれらしい宣言をしたところで、その時点では誰も本気にはしなかった。十代前半の少女が堂々と帝国貴族を名乗り、同盟に降伏を命じる。映像に映るその姿と声は、威圧よりもむしろ愛らしさを印象づけ、肝心の内容が現実味を帯びて伝わってこない。
多くの人々にとって、それは悪趣味な映画の宣伝か、あるいは誰かの悪戯にしか見えなかった。
しかしその直後に流れた映像が、その認識を打ち砕いた。
カルティケーヤの都市が、軌道上からの砲撃によって次々と焼き払われていく。
大気圏上層から落ちる光条。
都市圏を覆う炎。
崩壊する建造物群。
その一部始終が、先ほどの宣言とともに同盟全域へ公開されていたのである。
最初は、ただの誇張された戦闘映像だと考える者も多かった。高度な映像加工、あるいは軍が作った心理戦の素材。そう解釈する方が、まだ安心できたからだ。
だが時間が経つにつれ、それが現実である可能性を否定することが難しくなっていった。
カルティケーヤからの通信が途絶えている。周辺航路を航行していた民間船がその艦隊の存在を確認したと証言する。そして何より、映像の中の破壊があまりにも具体的だった。
それは、作り物の破壊ではなかった。
現実の都市が、現実の砲撃で燃えている光景だった。
人々はようやく理解し始めた。
相手は占領するつもりではない。惑星そのものを焼き払うつもりなのだ、と。それは、これまで同盟が経験してきた戦争とは明らかに違っていた。
軍に対する批難が噴き出した。なぜ防げなかったのか。なぜ敵の存在すら把握できなかったのか。
哨戒線は何をしていたのか。情報部は何を見ていたのか。
怒りはやがて最高評議会にも向けられる。
同盟政府は何をしているのか。
なぜこの事態を隠そうとしたのか。
本当にカルティケーヤは滅びたのか、それともまだ何か情報を伏せているのではないのか。
ヤン・ウェンリーが帝国からイゼルローン要塞を奪取したときに広がっていた勝利の余熱は、急速に冷え始めていた。帝国は後退し、同盟は主導権を握った。そう信じていた空気は、今や跡形もなく消えつつある。
もしあの艦隊が次の惑星に向かったらどうなるのか。もし次が自分の星だったら。
宇宙港には人が詰めかけた。他の星域へ逃げようとする者たちだった。だが、どこへ行けば安全なのかを知る者はいない。一部の宇宙港では、出港手続きをめぐって混乱が起き、警備隊が出動する事態にまで発展していた。
その一方で、別の議論も広がっていた。
あれは偽物ではないのか。
帝国の心理戦ではないのか。
あるいは評議会が支持を集めるために作った陰謀ではないのか。
もし作り物ならば、まだ安心できる。もし心理戦ならば、対策も立てられる。そう考える人々が少なくなかった。
陰謀論は瞬く間に広がり、真実と噂が入り混じる。だが、どの説も人々の不安を消すことはできなかった。
結局のところ、確かなことは一つしかない。同盟社会は、上から下まで完全な混乱の中に落ち込んでいた。
その混乱は、最高評議会の内部でも同様だった。
緊急招集された会議は、開始早々から紛糾した。
カルティケーヤの状況、映像の真偽、敵艦隊の規模、侵入経路――議題は山ほどあったが、確かな情報はほとんどない。
最大の論点はどうやってその艦隊が同盟領内へ侵入したのか。その一点について、誰一人として説明できなかったのである。
イゼルローン回廊の監視網にも、辺境星域の哨戒線にも、それらしい記録はない。フェザーン回廊を通った様子もない。まるで、どこからともなく現れたかのようだった。
議論は長く続いたが、結論と呼べるものはほとんど出なかった。
唯一決定されたのは、軍への対応命令だけだった。
再編成中であった第十一艦隊を、ただちに出撃すること。そして、帝国領侵攻作戦を開始したばかりのロボス元帥に対し、戦力の一部を割いてこの新たな敵への対応に当たらせること。
それは、事実上その場しのぎの決定にすぎなかった。
帝国暦487年8月、自由惑星同盟 シヴァ星域 惑星カルティケーヤ side:リリーナ
砲撃が地上を焼き尽くす。その様子を、リリーナは興味深そうに眺めていた。
一仕事終えた満足感があった。
「いい形で宣言ができてよかったわ」
慣れない言葉遣いと、妙に仰々しい演技のせいで肩が凝っている。リリーナは椅子に深々と腰を沈め、背もたれに体を預けながら砲撃の様子を眺めていた。
地上では次々と火災と破壊が広がっていく。軌道から見ても分かるほどの規模だった。
その映像はすでに中継されている。先ほどの宣言とともに、同盟の通信網にばら撒かれているはずだ。
やがてこの光景は、自由惑星同盟のあらゆる星域で知られることになるだろう。
「それにしても」
リリーナは顎に手を当てながら言った。
「熱核兵器とか小惑星とかっていうのも悪くないけど、やっぱり艦砲というのは素晴らしいわね。こんなこともあろうかと、惑星への攻撃プランをいくつか考えていてよかったわ」
スクリーンの中で、また一つ都市圏が燃え上がる。
「焼き尽くすだけだから余計な汚染を残さないし、やっぱり脅迫のためには絵面というものも考えるべきね」
少し考えてから、肩をすくめる。
「まあ、次からは適当に熱核兵器で片を付けるわ」
その言葉に、艦隊指揮所では誰も何も言わなかった。しばらく砲撃を眺めたあと、リリーナは再び口を開いた。
「これで同盟軍は、少なくともこちらの存在を認識したはずよ」
カルティケーヤの夜側がゆっくりと明るくなっていく。
「できれば大艦隊が出てきてくれるといいのだけど」
リリーナは楽しそうに続けた。
「それを撃破すれば、かなり降伏に近づくはずよ」
機動力で上回っている。射程でも火力でも優位に立っている。
ならば戦闘は単純だ。多少の数の差などなんの問題にもならない。
そうリリーナは考えていた。
「機動力で上回れば、射程外から撃ちまくるだけの簡単な戦闘で終わるはずだし」
少し首を傾げる。
「でも同盟軍も、どうやらイゼルローン方面に兵力を集めているみたいだし……」
リリーナはスクリーンの星図を見つめた。
「そうなると、本国には艦隊はあまり残っていないかもしれないわね」
指でハイネセンの位置を軽く示す。
「だったら……」
ほんの少し楽しそうな声になる。
「いっそハイネセンまで突進していった方がいいのかしら」
カルティケーヤは最後の輝きを放っていた。
お気に入り・評価よろしくお願いいたします。