帝国暦487年8月、自由惑星同盟 シヴァ星域 惑星カルティケーヤ side:リリーナ
旗艦ヴュルテンベルクの執務室に通信の断片が届いたのは、カルティケーヤ砲撃を終えて同盟中心部につながるバーミリオン星域に駒を進めようと進発した直後だった。
部屋に入ってきた家臣が、困惑した顔で報告する。
「姫様、帝国本国からの断続通信です」
リリーナは眉をひそめた。
「内容は?」
「帝国では、大貴族が結集してメルゲントハイムを糾弾する動きが活発になっているようです。ブラウンシュバイク公とリッテンハイム侯が中心となって、討伐令の発布を働きかけているとのことです」
リリーナは軽く頷いた。
帝国貴族の一部が、リリーナの急進的とされる政策や大規模実験、工業力の集中、艦隊の急速な整備拡張に反発していることは以前から報告されていた。とはいえ、ここしばらくは資源の購入を断られることもなく、あえて注意を払うほどの問題とは考えていなかった。
だが、家臣はさらに続ける。
「さらに……帝都では、今回の艦隊の急な招集を見て、メルゲントハイム反乱の噂が広がっているようです」
「反乱?」
リリーナは眉を上げた。
「はい。オーディンでは、艦隊を集結させていることそのものが不穏視されているようです。詳しい情勢までは不明ですが、半ば恐慌状態に近かったとか……。近く法廷での取り調べが行われる可能性もあるとのことです」
一瞬の沈黙が流れた。
それからリリーナは、ふっと鼻で笑った。
「失礼ね。私ほど帝国に対して忠義を尽くしている帝国貴族も、そうはいないわよ」
椅子の背にもたれながら、やや不満めいた声音で続ける。
「しかも私は、言葉ではなく行動でそれをやっているのよ」
皮肉だった。
リリーナはいままさに、帝国最大の敵である自由惑星同盟の領土へ侵攻している。普通ならば帝国から賞賛されてもおかしくない行為である。
まあ、リリーナの主張では未知の宙域の開拓中に大規模な根拠地をもつ賊を発見したので攻撃したということになっているのだが……。
家臣はさらに報告を続けた。
「加えて、辺境貴族の中にも同調する動きが広がっているようです。中立を保つ気すらない者が多いかと……回廊入口付近の通信中継衛星を設置しているケルンテン男爵も、敵に回る可能性が高いとのことです」
それはつまり、通信線が切断される可能性が高いということだ。
「つまり、あのあたりの連中は、私が留守にしているのを好機だと思っているわけね」
「その可能性が高いかと」
「クロプシュトック侯の時みたいに、適当な正義の名目をつけて略奪艦隊を送り込むつもりかしら」
リリーナの声はあくまで落ち着いていたが、その内容は冷ややかだった。
「よりにもよって、どうしてこのタイミングなのかしら」
少し考えるように視線を落とし、それから自嘲気味に付け加える。
「私がやったのは、せいぜい経済的に依存するように仕向けたくらいで、支配っていうほど完全にはやってないわよ。一体どういう正当性でもって他人の領地に攻撃しようとしているのかしら……こんなことなら逆らえなくなるまで全部こちらで管理するべきだったのね」
リリーナは嘆いたが、報告はそれだけでは終わらない。
「さらに……叛徒、自由惑星同盟軍が帝国領に大規模攻勢を開始しているとのことです」
リリーナが顔を上げた。完全に寝耳に水だ。
「はい??」
「イゼルローン回廊を突破して、相当規模の艦隊が帝国領に侵攻し始めたとのことです。
進撃速度によっては……メルゲントハイム領が同盟軍に攻撃される恐れがあります」
状況は一瞬で整理された。
帝国内部では大貴族を中心としてリリーナを陥れようとしている。
帝国外部からは自由惑星同盟の大規模侵攻。
そしてメルゲントハイム領は、その両方に挟まれている。
だがリリーナは淡々としていた。
「通信を送れるならとりあえず伝えなさい。どんな防衛施設も使い捨ててもいいから、トワングステとトルンだけは守り切るようにと。」
メルゲントハイム領には多数の防衛拠点や産業拠点がある。それらは破壊されても再建できる自信がリリーナにはあった。
だが、トワングステとトルンだけは別だった。
この二つは単なる拠点ではなく、メルゲントハイムという国家そのものを支える中枢だったからである。
トワングステは首都星であり、政治と行政、そして重工業の中心が集約された世界だった。本来ここは後方の安全圏として設計されており、本格的な敵襲を想定していない。実験的な防衛施設があるのみで防衛力も限定的で、一個艦隊程度の敵ですら撃ち漏らしをしかねない。もし戦火が直接及べば被害は甚大になるだろう。
一方のトルンは、メルゲントハイム艦隊の軍事中枢だった。艦隊司令部、主要な整備ドックが集中しており、ここを失えば艦隊は長期運用どころか大型艦艇の整備すらままならなくなる。艦艇が残っていても、それを動かし続ける基盤が消えるのだ。
ここも本来であれば固く守られているはずが、リリーナが要塞を移動可能にした上に、六方に派遣したために守りが薄くなっていた。
それらを守る艦隊戦力はメルゲントハイム領にはほとんど残っていない。艦隊の主力は、回廊を超えて同盟領にいる。
「それ以上はどうしようもないわ」
リリーナはため息をつく。
「こうなった以上、ハイネセンを攻撃する猶予はなさそうね。同盟領なんかの代わりにうちの領地を荒らされたら割に合わないわ。すぐに戦略を見直す必要があるわね」
リリーナはスクリーンに星図を映し出す。
「戻るとして考えられるのは二つ。元来た道を戻るか、イゼルローン回廊を通るか。でもこれは考えるまでもないわね。距離においても、安定性においても新回廊は不安が多いわ。敵がいることさえ無視すれば、イゼルローン回廊が最速になるはずよ。」
実際、リリーナの艦隊が細かく神経を張るようなワープを繰り返した新回廊と比べれば、イゼルローン回廊ははるかに航行しやすい宙域だった。
航行可能宙域が連続しており、重力乱流や航法上の危険も少ない。操艦に過度の緊張を強いられることもない。また、新回廊は事前観測と航路計算に多くの時間を要するため、単純な移動時間でも不利だった。
リリーナは星図を見ながら、軽く指先で航路をなぞった。
「イゼルローン回廊を通る場合でも、持ってきているシュタウフェン級小型要塞の対消滅直撃砲で回廊の狭隘部を少し広げてあげれば、イゼルローン要塞を気にせず進めるようになるはずだわ」
まるで些細な整地作業の話でもするような口調だった。
「そうすれば、同盟軍を後ろから撃破して帰還する。それが一番早いはずよ」
スクリーンには、同盟艦隊が帝国領へ侵攻している予測航路が表示されている。
「上手くいけば、引き返してくる同盟艦隊とすれ違う形で帰れるかもしれないしね」
リリーナは肩をすくめた。
「さらに言えば、イゼルローン回廊付近の同盟側惑星は帝国との前線基地が多いわ。そして、帝国の支配地だった場所もあるから取り返しても私の領地にはならないのよ」
それは、リリーナにとって重要な判断材料だった。
「つまり遠慮なく砲撃できるわけよ」
リリーナは微笑んだ。
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