帝国暦487年9月、イゼルローン回廊 ダゴン星系 side: リリーナ
シヴァ星域からイゼルローン回廊へ歩を進めながら、リリーナ艦隊は周辺宙域への攻撃を怠らなかった。
各所へ分艦隊を派遣し、航路近くの惑星や基地を襲撃していく。目的は占領ではない。第一にハイネセンの同盟政府への脅し、それから補給拠点を事前に叩くことで後方から大規模な敵が追ってこれなくするためだった。
分艦隊は短時間の砲撃による主要拠点と都市部の破壊だけを行って宙域を離れ、主力へと合流する。その繰り返しによって、回廊周辺の同盟側拠点は次々と沈黙していった。
やがて艦隊はイゼルローン回廊の入口に達する。リリーナ艦隊は慎重な陣形を取り、ゆっくりと回廊へ進入した。
戦闘艦隊を前方に展開し、その外周には索敵艦を広く散開させる。主力の後方、およそ数AUの距離には輸送艦隊と小型要塞群、そしてそれを守る砲艦部隊が続いていた。輸送艦隊を維持しながら進む、長距離侵攻隊形だった。
だが、その存在は完全には秘匿できていない。
頻繁に短距離ワープを行い、追跡する同盟軍哨戒艦隊を振り切ってはいた。だが、回廊内は狭い。どこかで接触は避けられない。時空震を探知しているのか、毎回近くの哨戒部隊が出張ってくる以上、進路と規模はすでに推測されているとリリーナは感じていた。
「敵影確認。数……一万以上。大艦隊です」
接触地点はダゴン星系だった。
艦隊指揮所に一瞬の静寂が落ちる。
「反乱軍の一個艦隊規模です。回廊から引き返してきた艦隊と思われます」
やはり来たか、とリリーナは思った。
同盟側からすれば当然だ。帝国に侵攻中に背後から攻撃されるというのは悪夢に近いのだろう。
「イゼルローン要塞の通過の際に追ってこられても迷惑だわ。ここでとっとと叩いておかないと」
リリーナは戦闘を決意した。
はじめ直ぐに決着すると思われたそれは、意外に膠着状態に陥っていた。
「星系内は乱流が多くて動きにくいわね。もう少し回廊ぎりぎりを通過すべきだったのかしら」
そうリリーナがぼやくほどにダゴン星系とその周辺宙域は艦隊機動に向いているとは言い難かった。
スクリーンに、赤い点が次々と広がっていく。だがその動きは、リリーナの予想とは少し違っていた。
同盟艦隊は十二の群れに分かれ、距離を保ったまま左右へと広がっていく。既に情報を仕入れているのか長い射程の圏外でリリーナを囲い込むような機動だった。
リリーナはわずかに目を細めた。
「慎重ね」
敵は焦っていない。乱流の中に追い詰めるつもりだろう。
確かに、射程と最高速度ではリリーナ艦隊は同盟艦隊に大きく勝っている。
しかし、相手は数倍の兵力だ。右へ逃げれば左から回り込み、距離を詰めようとすれば反対側から包囲の輪を閉じる。そうした機動を繰り返されれば、決定的な打撃を与えることは難しい。そして、背後からちくちくと撃たれ続ければ、いつかは機関部や通信機器のような弱点に命中するだろう。
「接近だけは許さないで」
リリーナは短く命じた。
背後から接近を試みる同盟艦隊へ、反転したメルゲントハイム艦隊の主砲が威嚇射撃を浴びせる。長射程の衝撃波砲が宇宙を横切り、同盟艦隊は一度距離を取る。だが、それも束の間だった。別の方向から新たな分艦隊が進出し、再び攻撃の姿勢を見せる。
まるで波のようだ、とリリーナは思った。
押し寄せては引き、引いてはまた別の方向から現れる。
数の力を生かした、粘り強い戦法だった。
しばらくその機動を観察してから、リリーナは静かに言った。
「……もういいわ」
リリーナは我慢の限界だった。
「砲艦と駆逐艦は、次の前進で戦闘宙域を離脱して、先にワープした輸送艦隊と合流しなさい」
リリーナは淡々と続けた。
「戦艦だけで敵艦隊を処分するわ」
その理由は明確だった。
砲艦と駆逐艦は巡航速度での燃費効率を重視した設計だ。長距離航行には向くが、高速戦闘を続けると推進と主砲、シールドのエネルギーが急速に消費され、すぐに限界に達する。高速機動のまま主砲を連射し続ければ、長時間の戦闘は難しい。それに、防御力に不安があるため、接近を許容するような戦い方には不向きといっていい。それは設計段階では遠距離からの一方的砲撃しか考慮していなかったせいだった。
だが戦艦は違う。
容積に余裕のある大型艦、特にプロシア級戦艦は膨大な搭載量を持つ。全速機動を続けながら戦闘を維持しても、戦闘終了まで持ちこたえるだろう。
つまり、この状況では戦艦だけの方が戦いやすい。
ただし代償もある。
消費される一方の推進剤やエネルギーをここで大量に使えば、事情は変わる。
戦艦隊は無補給のまま回廊を通過できるほどの余裕を失い、どこかで輸送艦隊との積み替えを強いられることになる。そうなれば進撃速度は落ち、作戦の主導権も鈍る。
とはいえ、補給すればいいだけといえばそうだった。敵の排除が済めば何の問題もない。
むしろ、リリーナはここで同盟艦隊を素早く撃破する方が有利だと考えた。
この宙域に敵艦隊が集結すればするほど、回廊を進む輸送艦隊が発見される確率は上がってしまう。戦闘艦艇による掃討にも限界があった。
リリーナは戦術スクリーンを見つめた。同盟艦隊は十二の分艦隊に分かれ、包囲の輪を広げながら距離を保っている。互いに支援できる位置を取りながら、じわじわと圧力をかけてくる布陣だった。
だが、それは裏を返せば分散しているということでもある。
「全艦、最大船速」
艦隊指揮所の空気が変わる。
「ひとつずつ分艦隊を叩くわ」
リリーナは淡々と言い切った。
帝国暦487年9月、イゼルローン回廊 ダゴン星系 side: 第十二艦隊司令官 ボロディン中将
「このまま敵艦隊を追い込むぞ」
ボロディンは戦術盤を睨みながら命じた。
「第3分艦隊は黄道面鉛直下方向へ機動、背後を取れ。第8分艦隊は敵が突出してくる。散開回避、地点225で再集結」
命令は滑らかに各艦隊へ伝達されていく。
ダゴン星系には、この宙域特有のエネルギー潮流が漂っていた。恒星風と重力の干渉で生じる不安定領域、航行の障害物だが、熟練した指揮官なら戦術に応用できる。
ボロディンはそれを利用していた。
リリーナ艦隊を潮流の合間へと誘導し、機動の自由を奪う。十二の分艦隊がゆっくりと輪を閉じ、逃げ道を塞いでいく。射程で不利というのは分かっている。ならば、後ろから接近して撃てばいい。それをボロディンは実行していた。
「どうも、艦の性能は良くても艦隊運動が上手いわけではなさそうだな」
ボロディンはにやりと笑った。
恐ろしい艦隊だ。個艦の性能は高く、火力も機動力も同盟艦を上回っている。
だが数が少ない。包囲して全方位から押し込めば躱しきれるものではない。
損害を恐れて互いに距離はまだ遠い。だが包囲は確実に完成しつつあった。
「敵艦隊、二つに分裂します」
ボロディンが眉をひそめる。
「何?」
スクリーンの青い光点が突然二つの塊に分かれる。一方は旋回して逃げるように見え、もう一方は……
「敵巨大艦、第4分艦隊に向かって突っ込んできます!」
別の士官が叫ぶ。
「加速しています!」
ボロディンは即座に命じた。
「躱せ! 回避機動!」
しかし報告はすぐに返ってきた。
「ダメです!」
「速すぎます!」
戦術盤の赤い楔が、まるで弾丸のような速度で迫ってくる。同盟艦隊はそれを躱そうとするが、ここまで速度差が大きければ逃げることもままならない。
「どういうことだ……」
ボロディンは思わず呟いた。
巨大戦艦群が、推進炉を限界まで吹かして突進している。その速度は通常の同盟艦ではあり得ない速度だった。
「隣の分艦隊で側面から砲撃しろ!」
「了解!」
だが次の瞬間、通信が悲鳴に変わる。
「第4分艦隊に向けて敵主砲斉射きます!」
「直撃多数!」
戦術盤の青い光点が、一瞬で消えた。
「第4分艦隊、壊滅!!」
数百隻の艦隊が、千隻規模の分艦隊を瞬時に消し飛ばす。通常の艦隊戦ではあり得ない光景だった。
だが、ボロディンには驚いている暇などなかった。
艦隊は止まらない。第4分艦隊を撃破した楔形の艦隊が、そのまま次の分艦隊へ向けて機動を続けている。
まるで一撃ごとに獲物を変える捕食者のようだった。
「落ち着け」
ボロディンは低く言った。
「何かタネがあるはずだ」
戦術盤を睨みながら、次々に命令を出す。
「第3、第7分艦隊は相互支援。敵の背後へ回り込め」
「第2分艦隊は主星方向へ回避機動だ」
敵の突進を空振りさせ、包囲を再形成する。それが彼の狙いだった。
しかし報告はすぐに返ってきた。
「ダメです!」
士官の声が震えている。
「敵の勢い……止まりません!」
戦術盤の赤い楔が、信じられない速度で航跡を伸ばしていく。
「第2分艦隊も追いつかれます!」
メルゲントハイム艦隊は一度標的を定めると、執拗に追撃を続けた。
逃げる分艦隊に対し、減速も散開もせず、そのまま全速で距離を詰める。接敵した瞬間に主砲の集中射撃を浴びせ、隊形を崩した艦隊を一気に叩き潰す。
戦術盤の青い光点が、また一群、消えた。
「第2分艦隊……通信途絶」
艦橋に重い沈黙が落ちる。
ボロディンは戦術盤を見つめたまま、何も言わなかった。
分艦隊は互いに支援できる位置を保ち、網を狭めているはずだった。
だが、メルゲントハイム艦隊はその網を気にも留めない。包囲の一角へと全速で突入し、そこにいる分艦隊だけを叩き潰す。そしてすぐに次の標的へ向かう。
結果として、分艦隊は次々と孤立し、個別撃破されていった。
また一つ、青い光点の群れが消える。
「全艦隊、散開して離脱!!」
しかし、それは遅きに失していた。
ボロディンは、分艦隊が撃破されていくのを眺めるしかなかった。
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