帝国暦485年6月、メルゲントハイム伯爵領 自由浮遊惑星トルン side: リリーナ
ヴァンフリート星域の戦いから帰還したリリーナだったが、借財と褒賞によって急場をしのげることが分かるとすぐさま中性子衝撃砲の改良に取り組むべく自由浮遊惑星トルンに向かっていた。ここトルンに存在する宇宙艦隊基地にはリリーナが出発した後に建造された艦隊が並んでいたが、それすらもリリーナは帝国軍に売り払うつもりだった。
リリーナの眼には既に次の艦艇の姿が朧気ながら浮かんできていた。
「中性子衝撃砲の最大の弱点は、その連射性にあります。現在の発射レートでは、敵艦隊に接近された場合、単純な火力の応酬ではこちらが劣勢になります」
声を上げたのは、設計チームの一人である若い研究員だった。
ここはトルン星系最大の衛星、トルン第三衛星に設けられた衝撃砲兵器の開発施設。
会議室の窓からは、外の赤黒い岩肌と、遠くに浮かぶ自由浮遊惑星トルンの薄緑の大気層がぼんやりと見えていた。
この数週間、リリーナと中性子衝撃砲の設計チームは、次世代モデルの構想をめぐり激しい議論を交わしてきた。
ついに今日、その議論は大詰めを迎えつつあった。
「ですが単純に連射速度を上げようとすれば、砲身に過剰な熱とストレスがかかります。それでは長期的な運用が難しくなる。そこで――火力の増大は砲の数によって達成すべきという結論に至りました」
彼の言葉に、リリーナは小さく頷いた。
次に進め、という無言の合図だ。
「そこで問題になるのが、中性子ビーム衝撃波の不安定性です。従来は艦体の回転運動によって不安定性を打ち消していましたが、これは大型化・高密度化に向かない。
そのため、新たな安定化機構が必要になります」
会議室に設置された全方位ディスプレイに、2つの新しい砲設計案が映し出された。
「検討された方式は2つあります。ひとつは螺旋砲塔。これは中性子ビームの螺旋不安定性を逆手に取り、加速路そのものを螺旋状に設計することで、自然な形でエネルギーを蓄積・増幅させようというものです」
ディスプレイに、艦の外周を巻くように伸びた螺旋状の砲塔案が描かれる。
「もうひとつは、弱場ライフリング。これは弱場を使って中性子ビームの回転を打ち消しつつ直線的に射出させる方式です。砲塔自体はコンパクトにできますが、弱場の維持にエネルギー消費が増えます」
2つの方式について、それぞれの利点と欠点を比較する声が交わされる。
部屋の空気には熱気がこもり、議論は瞬く間に活性化した。
一通り意見を聞き終えたあと、リリーナが口を開く。
「……一つ、聞いておきたいのだけど」
室内が静まる。
「螺旋砲塔の半径は、出力――つまり砲のエネルギーに対して、どのように変動するのかしら?」
若い研究者がすぐに応じる。
「はい。加速効率が維持できるという前提であれば、おおよそエネルギー量に比例します。出力を倍にすれば、加速路の半径もほぼ倍に……」
「なるほど」
リリーナは頷き、数秒の沈黙の後、淡々とした口調で結論を下す。
「なら、決まりね」
全員の視線が彼女に注がれる。
「射程を伸ばすほど、弱場ライフリングの方が砲門数で有利になる。エネルギー効率は悪くなるけれど、この利点は将来的には決定的になるわ。この方式で、艦の設計を進めてちょうだい。搭載する艦は一回り大きくして戦艦クラス、砲の配置は先ほどの弱場の配置のとおり8門でいいわ」
科学者たちが一斉に頷き、資料に書き込みを始める。リリーナは椅子から立ち上がると、設計チーフに一言だけ声をかけた。
「艦の設計が終われば、次は要塞搭載型が必要になるわ。その前提で動いて頂戴」
トルンを後にしたリリーナが向かったのはトルンから500AU程離れた恒星間空間上にある実験設備だった。近くの恒星やトルンのヒル圏の外に位置し、重力の影響が相対的に小さいこの領域は亜空間実験のために好条件であった。
リリーナが建造を命じたこの次元波動研究所ではその名の通り主に次元波動エネルギー転換器の研究が進められており、亜空間跳躍でこじ開けた空間から場のエネルギーを効果的に転換することで巨大なエネルギーを取り出すことを目的にしていた。
「うーん、これじゃあ無理そうね」
しかし、現実はそう簡単ではなかった。大量のワープエンジンを同期させて実験施設内に作成された亜空間ホールだったが、そこから漏れ出るエネルギーのほとんどは高周波の重力波や低干渉重粒子によって放出されており、ほとんど利用可能な形式にすることは出来ていない。大量のワープエンジンを常時起動しているが故に膨大なエネルギーを浪費しているが、亜空間ホールからの利用可能なエネルギーは投入した量の百万分の一に過ぎなかった。
「重力波からマイクロブラックホールにエネルギー形態を変換出来れば波動砲への突破口も夢じゃないわ。だけど、肝心の重力波技術のための実験、例えば恒星や惑星の重力崩壊なんて……都合よく起きればいいんだけど……」
ほとんど独り言のように呟くリリーナの声は、まさに遥か遠くの真理を追いかける科学者のそれだった。だが、その内容は、冷静に聞けば狂気すれすれのものだった。
その言葉を耳にした家臣は、血の気の引いた顔で一歩前に出た。
「姫様、どうか……どうか、それだけはおやめください……!」
「えっ、いや、自然に起きたら観測できるのにって言ってるだけよ」
なるほど――積極的に起こすという選択肢もあるのか。
その可能性に気づかされたリリーナは、しばらくのあいだ静かに思考の深みに沈んでいった。
帝国暦485年7月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: フリードリヒ四世
首都星オーディンの中枢、ノイエ・サンスーシ宮殿。その主たる銀河帝国第36代皇帝フリードリヒ四世のもとに一人の老将が訪れていた。
老将の名はグリンメルスハウゼン。先のヴァンフリート星域の戦いでは左翼を務めた将であり、即位前からフリードリヒ四世の近習として仕えていたことで厚い信頼を勝ち取っていた。故に、皇帝の個人的な相談相手となることも多く、それは例えば寵姫アンネローゼの弟たるラインハルトについてのものであった。
「ところで、こたびの戦でそなたの艦隊にいたラインハルト・フォン・ミューゼルという者のことだが、あの者をそなたはどう思う」
皇帝フリードリヒ四世の問いかけに対し、グリンメルスハウゼンはガタついた記憶の引き出しからその若者を取り出す。
「おおっ、グリューネワルト伯爵夫人の、いやぁ彼を見ておりますと姉君たる夫人の美しさはさぞやと思われますな。はっはっは。
若さというものは素晴らしゅうございますな、陛下。あの者を見ておりますとこの世に不可能など無いように思いますな」
フリードリヒ四世はティーカップを弄びながらその言葉にゆっくり頷く。
「そうだな、グリンメルスハウゼン。人間に可能なことであの者に不可能なことなどあるまい。特殊な学問や技芸を除いてな」
カップに少し口を付けてからフリードリヒ四世は語りかける。
「そこでだ、グリンメルスハウゼン。あの者は階級こそ少将ではあるが、爵位で言えば未だに
「それは結構なことでございますなぁ。してどのような家名をお考えでしょうかな」
グリンメルスハウゼンが頷きながらそう答えると、フリードリヒ四世は小さく笑い――カップを指でなぞる。
「すでに絶えた伯爵家を与えるか、はたまたどこぞの婿として後ろ盾をあたえるか」
言葉を切って窓の外を一瞥し、遠くの雲の流れに目をやる。
「もっとも、後ろ盾が足枷にならんようにとすればな」
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