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帝国暦487年10月、アムリッツァ星系 side: 第13艦隊司令官ヤン・ウェンリー
「第12艦隊のボロディン提督の消息は?」
「まだつかめておりません、閣下」
フレデリカが俯きながら答える。
「第12艦隊はほとんど壊滅したとのことです。仮に生存していたとしても、ダゴン星域の乱流に捕まれば通信は不可能。現在は漂流状態と推定されます」
ヤン艦隊の生きた航路図ことフィッシャー少将が答える。ヤンは小さく息を吐いた。
「……そうか」
わずかな沈黙。
「戦闘映像をもう一度スクリーンに出してくれ」
スクリーンに映像が展開される。アムリッツァへの撤退中にそれを眺めるのはこれが三度目だった。
暗黒の宙域。そこを突き進む千隻規模の艦隊。
一方的な殲滅。第12艦隊の分艦隊が、近づいた瞬間に貫かれていく。回避機動も、防御も意味をなさない。ただ、消える。
これをなした艦隊はこの回廊内部をこちらに向かってきているのは間違いなかった
回廊という特殊環境の影響か、それとも単に急いでいるのか、索敵結果はその艦隊が高度な跳躍制御ではなく、比較的単純なワープを短い間隔で繰り返していることを示していた。
つまり、予測可能だ。そしてその予測の延長線上に、次の出現点がある。回廊出口に近い複数の星系。その候補の一つが、このアムリッツァ星系だ。
だからこそ、警戒体制は極限にまで引き上げられている。三個艦隊が集結し、即応可能な布陣を維持し続けているのも、決して過剰ではない。各個撃破を避けるために、補給拠点になっていたこの星系で合流できたこと自体、状況を鑑みれば幸運だった。
左手でヤンは頭を搔く。
しかし… 果たして三個艦隊で勝てるのだろうか?それも、互いに連携をとるのは容易ではない。勝機があるとすれば、ボロディン提督の狙ったように背後から攻撃することだ。正面の装甲が異常なほど強固なのに反して、背後の機関部の防御力は高くはない。それは、第12艦隊に囲まれたときの様子からして明らかだ。
そうスクリーンを眺めるヤンは判断していた。
ヤンは腕を組み、しばらく黙っていた。
妙な話だ
「閣下?」
人類史の大半では、技術格差はそうそう決定的にはならなかったことをヤンは知っている。
視線はスクリーンのまま。
制度や人の差が戦争の勝敗を左右することはあっても、一方が一方を手も足も出ないまま消し飛ばすなんて状況は、むしろ例外的だ。国家や文明間で大きな技術格差が開いたというのは西暦の19世紀から20世紀に見られた特異な現象である。
当時は技術力こそが国力だったから、主権国家がそれぞれ独自に技術開発を進めていた。つまり、技術による進歩こそが人類の唯一の進歩だと考えられていた。そして、いわゆる第二次世界大戦での原子爆弾の完成をもってそれが裏打ちされたと信じられた。あの13日戦争までは…………
そこからは地球時代、銀河連邦時代は統一政府のもとでの技術発展の時代だ。やっと、二大国による競争になったのはここ百五十年。だけど、昔のような歩兵の戦いではなくて宇宙艦隊同士が撃ち合うようになっている。そして、帝国・同盟双方でそこに乗っている技術者が大量に戦死し続けている。
帝国の人口がいくら多くても、技術者というのは育てた分だけしか育たない。技術開発へのコストをお互い払えなかった…………だからこれまで互角だった…………
ヤンは指揮席の前の机に座って思案を続ける。
それにしても、敵は一体何を目的としているんだ?
ブランデー入りの紅茶に口をつけながら、目はスクリーンに向いている。
ヤンの前に示された航路はシヴァ星域からイゼルローン回廊を通って、帝国側に出ようとする道を示している。すでに撤退する同盟艦隊と幾度も砲火を交えながら、アムリッツァ方面へと向かっているのは明白だった。
同盟軍が帝国に攻め込んだ隙を突いて、別の回廊から本土を衝く、教科書的に言えばなかなか良くできた戦略だ。帝国側の迎撃が遅れたのも、おそらく意図的にこちらを引き込んだんだろう。おまけに、こうもあからさまに物資集積所があるというのは来てくださいと言っているようなもの。そうしているうちに、第1艦隊と第11艦隊を叩けば、同盟領内にまともに動ける艦隊はほとんど残らない。そして、バーラト星系を押さえられれば、軍事的にも政治的にも詰みだ。
次善の策として、イゼルローン回廊を塞いでしまうのも良策だ。同盟の補給線を叩き続けて持久戦に持ち込めばいい。帝国軍が同盟軍を正面から拘束すれば、イゼルローンに伸びる補給線なんて細いものだから、そこを削ればいずれ同盟艦隊は自壊する。
でも、そうしなかった。数千万人を虐殺しておいて、その直後にハイネセンに進まないのは不自然だ。そのうえ、同盟側の回廊入り口を荒らしまわっておいて、そのまま回廊に突入…………それに加えてあの降伏勧告…………
スクリーンに映る戦闘映像を見て、ヤンは少しだけ目を細める。
ローエングラム伯は政戦両略の天才だ。このあたりのことを考えていないはずがない。それに、ローエングラム伯があそこまで極端な虐殺を唐突に行うとは考え難い…………何か別の力学が帝国の一貫しない戦略を裏打ちしている。
いずれにしろ、この状況で同盟側が付け入る余地があるとすれば、それは正面からの軍事的均衡ではなく、帝国が未だ一つの意思のもとに統合されていないという不完全さにこそあると考えるべきだ。
門閥貴族とローエングラム伯の対立が表面化して政争や内戦が長引くなら、その分だけ帝国の戦力は自ら分散し、同盟にとっての時間的猶予が生まれる可能性がある。
そして、その時間を単なる延命に終わらせないためには、あの艦隊を一隻でも鹵獲し、その構造や出力機構の一端でも解析できれば、決定的な技術格差に接近する足がかりが得られるはずだ。それが弩級戦艦の出現のように既存技術の延長で説明できるものかは疑わしいにせよ、少なくとも手がかりのないまま対峙し続けるよりは現実的な選択肢かもしれない。
そう考えてたヤンの意識は艦橋に響き渡る警告音で急速に引き戻される。
「第3艦隊前方に重力異常確認……ワープアウト反応、急速増大!」
ヤンの第13艦隊の前方に位置していた第3艦隊から異常が報告され、艦橋に緊張が走る。
「数は?」
「不明、観測値が安定しません!ただ、質量だけでいえば、一個艦隊に近い数字です!」
「来ます!!」
空間が歪み、次の瞬間、巨大な艦影が一斉に出現する。
「あれは……!同盟領に侵入していた帝国艦隊です。間違いありません。」
誰かが息を呑む。
それは、第3艦隊の正面、至近距離。ここが宇宙であることを考えれば信じられないほどの近距離だ。そして、この距離は敵の優位性である射程の長さを無効化できる。
そして、第3艦隊が拘束している間に背後から第13艦隊が回り込めば…
「第10艦隊、ウランフ提督に連絡、第3艦隊の援護に向かうと」
ヤンはすぐさま決断する。この機を逃さないために全速力の前進を命じる。
「第3艦隊、敵艦隊に攻撃開始!」
「敵も撃ってきます!」
第3艦隊から帝国艦隊に凄まじい砲火が叩きつけられる。ビーム、ミサイル、実体弾。あらゆる火力が一点に集中する。が、その大半は最前面に展開していた巨艦の装甲とシールドに弾かれる。
不幸にも、巨艦が盾となってしまいルフェーブル中将の速攻は思ったような成果を上げられない。同盟側はその防御力について、完全に見誤っていると言わざるを得なかった。
そして、お返しとばかりに放たれた極太のエネルギーの筋が至近距離から第3艦隊へと襲い掛かる。
次の瞬間、スクリーン上の艦影がいくつも消滅した。戦艦であろうと、巡航艦であろうと、あっさりシールドを貫かれ、その背後の艦まで次々と串刺しにされていく。
「味方艦の撃沈多数!」
さらに第二射、第三射とわずかに角度を変えて、同じことが繰り返される。第3艦隊の前衛が事実上全滅し、激烈な砲火にさらされた艦隊中央部は狩られる一方だった。
「敵艦隊、さらに攻撃してきます!」
「第3艦隊、損耗率30%を越えています!」
「……なんだと、まだ3分も経っていないぞ」
スクリーンはすでに混乱していた。
艦影は密集し、重なり、識別コードが次々と消えていく。
「ルフェーブル中将の旗艦ク・ホリン、確認できません!」
「どういうことだ?」
「第3艦隊中央部、壊滅!爆沈した残骸と高熱源が混在しており個艦識別は不可能です!」
通信波も乱れ、命令系統が消えている。
そこに、さらに一撃。
中央部が完全に裂け、紡錘陣の芯が消える。隊形は維持できない。というより紡錘陣の意味がない。
「第3艦隊、隊形崩壊!」
スクリーンは、もはや戦場ではなかった。ただの崩壊過程。艦は互いに干渉し、回避機動も統一されず、ただばらばらに削られていく。
「敵、第3艦隊に突撃してきます!」
「中央突破する気か!」
敵は迷わない。最も脆くなった一点へ突っ込んでいく。
残存艦が迎撃を試みるが、隊形を失った砲火は散発的で、密度が足りない。
「第3艦隊、推定損耗率は70%を超えています。壊滅状態です!!」
ヤンは一瞬だけ目を閉じた。
回り込むどころか、第3艦隊の後ろにつける前に艦隊が崩壊するとまでは考えていなかった。それでも、敵がこのまま帰ってくれるわけではない。切り札がなくても勝負しなくてはいけない。
ヤンはすぐに次の手を打つ。
「戦艦と砲艦を中央に、機動力のある他の艦は散開して前後左右で4つの分艦隊に!!」
「第3艦隊を突破した敵、第10艦隊に向かっていきます。」
帝国艦隊は勢いを止めない。第3艦隊を貫いたそれは、第3艦隊の救援に接近していた残り二つの艦隊と接触を避けられない場所に来ていた。そして、そのまま次の標的となった第10艦隊に攻撃を開始する。
「戦艦は私とともに、このまま進んで敵の背後に回る。駆逐艦と巡航艦は第10艦隊の背後に。敵が第10艦隊を貫いたなら、そこにミサイルを集中しろ!!」
ヤンの命令と同時に、第13艦隊は進路を切り替えた。
正面からの迎撃ではない。主力は第10艦隊へと突っ込んでいく帝国艦隊の軌道に沿うように外側を回り込み、わずかな時間差で背後へと滑り込む。
第10艦隊へ突入した帝国艦隊は、なおも前進を続けていた。
それでも、前方に敵がいる以上速度は落ちる。そして、貫通という行動そのものを前提とした運動。背後の警戒は最小限に抑えられている。
そこを突く。
「撃て!!」
命令と同時に、第13艦隊の主力戦艦群が一斉に砲火を解き放った。
集中射撃。狙いは装甲ではなく機関部。 防御の薄い箇所に火力を叩き込む。
数隻の敵艦にビームが命中し、一部はそのまま爆散、残りは運動から脱落する。
続いて、追い打ちのミサイル群が機関部を損傷した艦に吸い込まれるように着弾し、内部で爆発。
それを避けようと後続艦がわずかに回避機動を取る。その一瞬の遅延が、連鎖する。さらに砲撃。今度は減速した艦を確実に仕留める。数十隻が、短時間で戦列を離脱した。
そして、第10艦隊の側面にいた艦隊がそれに呼応する。第13艦隊と併せて帝国艦隊を完全な包囲下に閉じ込めつつあった。
それに気が付いた帝国艦隊は第10艦隊を貫通してから反転する。そこに、回り込んでいた第13艦隊の小型艦艇が全方位から攻撃を仕掛けた。
破壊された第10艦隊の残骸と合わさって幾筋ものエネルギー潮流が帝国艦隊を翻弄し、制御された反転ではなく、数隻程度での応戦に終始してしまう。そしてそうした艦隊は全体の反転を妨害し、同盟艦隊は集中した砲火を受けることなくミサイルを投射、さらに機雷を撒いて艦隊行動の妨害すら行っていた。
「第3艦隊の残存艦隊、宙域の離脱を開始!!」
「巡航艦隊に被害拡大!」
だが、ヤンはそれ以上を求めない。
「十分だ、引け」
即座に命令を下し、敵が立て直す前に再び隊形を変え、散開しながら後退に入る。帝国艦隊は依然として強大であり、正面戦闘に移れば同じ結果を繰り返すだけだ。帝国艦隊が艦列を立て直す前に離脱する必要があった。
「全く、なんでこんなものを相手にしなくちゃいけないんだ…………」
ヤンはこれからを思って嘆かざるを得なかった。
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13艦隊のリズムの良い掛け合いは諦めました…………。