銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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リリーナの悲嘆

帝国暦487年10月、ドヴェルグ星系 side: リリーナ

 

アムリッツァでの事故的な遭遇戦は、リリーナにとって初めてのまとまった損害となった。

 

戦闘終了後に集計された報告は、決して軽いものではない。

 

撃沈、あるいは機関大破など修理不能と判定された艦艇は、合計で百五十隻を越えていた。その中には旧式とはいえブランデンブルク級戦艦が二十隻も含まれている。

 

リリーナは報告を黙って見つめていた。艦隊指揮所では誰も声を出さない。

 

「姫様……」

 

あまりに消沈したリリーナに家臣が小さく声をかけたが、リリーナは答えなかった。

もちろん、戦果だけを見れば戦いは圧倒的だった。同盟軍が被った損害はアムリッツァだけでも二万隻以上に及ぶ。数の上では比較にもならない。

 

それでもリリーナの胸を満たしていたのは、勝利の感覚ではなかった。

脳裏に焼き付いた光景には、戦闘宙域の残骸が映っている。破壊された艦艇、漂う装甲片、燃え尽きた推進炉の残骸。

 

 

その中には、ついさっきまで自分の指揮下にあった艦も含まれていた。そして、その乗組員はリリーナが教育機関を作ってまで育て上げた技術者が少なくない。それは、回復に時間がかかる貴重な人材であり、何より同志だったのだ。

 

 

喪失感と、わずかな敗北感。それが胸の奥に重く沈んでいた。

リリーナは味方の死、とりわけ同志としてついてきた技術者を失って何も思わないほど擦れてはいなかった。だからこそ、それを引き起こした問題を技術の進歩によって解決されるべきだと考える。リリーナの思考は全てがこの型に沿ったものだった。

 

そして、これだけの味方の損失はリリーナ個人だけではなくメルゲントハイム艦隊にも衝撃を与えていた。それは、これまでただ叩き潰すだけの相手が、小型艦とはいえこちらの艦を屠り得るという事実によるものだった。

 

しばらくして、リリーナは小さく息を吐いた。

 

「……これではだめだわ」

 

リリーナはゆっくりとスクリーンを見たまま言った。

 

「まともな艦隊をつくらないと」

 

今回の戦いで、はっきりしたことがある。

メルゲントハイム艦隊は強い。だがそれは個艦性能の高さと火力によるものだった。

艦隊としての完成度は、まだ低い。小型艦は脆く、継戦能力も乏しい。 陣形を崩された瞬間、被害は一気に拡大する。

 

リリーナは低く呟いた。

 

「やっぱり波動砲ね。それを搭載して……もっと防御を固めた艦隊が必要だわ」

 

単純な射程の長短では何らかの隙を作って接近されたり、撃たれたりしてしまう。比較程度の優勢ではなく圧倒的なエネルギーで有無を言わせず叩き潰さないといけない。そういった切り札を持たずに同盟領の攻撃を始めたこと自体が間違いだったのだ。

 

重装甲の大型艦に長距離から戦局を決める主兵装。小型艦に頼らず、少数でも戦場を制圧できる艦隊。

 

リリーナの視線は、すでに戦場ではなく未来の設計図へ向いていた。

 

帝国支配域に入って通信を回復したリリーナは、すぐさま戦況と自艦隊の状況を送信した。アムリッツァでの遭遇戦、そして帰還途中の連続した小規模戦闘。同盟領に侵入していたことは隠していたが、それ以外は詳細な戦況把握が可能なものだった。

 

 

 

リリーナには、同盟艦隊がどこまで展開しているのか分からない。幸い通信が安定しているようだったが、いつ帝国軍との通信が再度遮断されるかは不明だ。回廊の外ではすでに大規模な戦線が形成されている可能性もある。

 

これ以上戦闘が連続すれば、さしものメルゲントハイム艦隊でも損耗は免れない。

 

ドヴェルグ星系にはリリーナが周囲の辺境星系に売りつけるための食料や推進剤のような基本物資が蓄えられていたはずだが、それらは同盟軍によって持ち去られたのか、もはやどこにも見当たらなかった。

 

物資にはまだ余裕がある。だが砲艦や駆逐艦の損耗は大きく、護衛戦力は確実に削られていた。戦艦も損傷艦が増え、各所に整備を必要としている。

 

なにより、精神的に鬱々とし始めたリリーナは、新たな艦艇の建造と設計を進めたいと考え、一刻も早い帰還を望み始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国暦487年10月、メルゲントハイム伯爵領 首都惑星トワングステ side: ラインハルト

 

「これは……」

 

リリーナから送られてきた戦闘記録を見て、ラインハルトの言葉はそこで途切れた。思わずキルヒアイスに向くと、目が合う。

戦術ホールの中央に映し出されたのは、アムリッツァ星系での戦闘映像だった。閃光の奔流の中で、巨大戦艦群が同盟艦隊へ突進していく。至近距離から放たれる主砲が戦列を貫き、艦艇が次々と爆散していく。

 

それはあまりにも一方的な虐殺だった。

 

静まり返った室内で、誰も声を出さなかった。

リリーナが貴族の私設艦隊や宇宙海賊のような統率の取れていない部隊を相手にしているのなら、ここまでの戦果でもわずかに余裕が残っただろう。

 

しかし映像に映っているのは違う。

 

同盟の制式艦隊。

 

それも、三個艦隊規模の部隊だった。

 

千隻規模の艦隊でまともに相手ができるようなものではない。それを二時間も経たない戦闘で、敵の半数以上を撃破している。

 

その異常さを、ここにいる誰もが理解していた。

 

「……なんだこれは」

 

ビッテンフェルトが褒めるでもなく罵るでもなく、ただ低く呟いた。持ち前の大声すらも、この前では発揮できなかった。

 

「しかも、あの突撃速度……艦隊運用としては無茶だが、あれを成立させるだけの推進力と装甲がある」

 

ミッタマイヤーはその異常性をあらためて再確認していた。

 

「敵ながら同情を禁じ得ん。よりによって鬼の遊戯場に足を踏み入れるとはな」

 

ロイエンタールが呟く。その言葉の通り、同盟軍が撤退した理由というのが、まさにリリーナの何らかの逆鱗に触れたであろうことに疑いはなかった。

 

 

「問題は……」

 

ラインハルトの視線は、映像の最後に映っていた艦隊へ向けられていた。

 

プロシア級戦艦。三千メートルを越える巨体に高威力の主砲を持つ、メルゲントハイム艦隊の主力艦。

 

そしてそれと同じ艦が、いまトワングステ近郊の軍港で次々と建造されている。それはドックや補給施設からみても明らかだった。

 

数年後にはこれに類する艦艇が大量に完成する。

 

そうなれば帝国軍も、同盟軍も。双方まとめて消し飛ばせる艦隊が完成することは、誰の目にも明らかだった。

 

そして、その世界がどうなっているのか。想像することは難しかった。いや想像したくなかった。

 

メルゲントハイム伯領の首都星トワングステでは、すでに厳格な管理社会が築かれている。

 

領民は徹底的に管理され、労働力として最大効率で運用されていた。農業から教育までが工業化され、生産工程の一部のように組み込まれている。

 

その上で、周囲の星系、いや帝国中から大量の資源が収奪される。

鉱石、エネルギー、人口。

それらすべてがトワングステへと集められ、艦隊、工業設備、研究施設、そして新兵器へと変わっていく。

 

それはまるで宇宙と人類から生命力を吸い上げ、そのすべてを技術進歩の代償として燃やしているかのようだった。

 

大貴族の特権階級支配や、民主共和制の機能不全、それらは確かに帝国と同盟、それぞれが抱えてきた病だった。

 

しかし、目の前に映るメルゲントハイム伯領の体制は、それとはまったく別の次元にある。

 

共和制か寡頭制か、あるいは専制か。そうした政治体制の分類で語れるものではなかった。

 

そこにあるのは、政治ですらない。ただ効率だけを追求した、巨大な生産装置だった。人間も、社会も、星系すらも、すべてがその中の部品として組み込まれている。資源は吸い上げられ、労働は最適化され、教育は生産力のために設計される。

そして、そのすべてが技術開発へと変換されていく。

 

もしリリーナがそれを放棄したとき。あるいはリリーナがいなくなったとき。そして、正気のままでリリーナが暴走したとき。

この巨大な体制は、誰が止めるのか。それによって生み出された危険な技術をだれが管理するのだろうか。

 

銀河帝国皇帝であれ、自由惑星同盟最高評議会議長であれ、フェザーン自治領主であれ、彼らが宇宙を滅ぼし、自らの意志で人類の歴史に終止符を打つ可能性について心配する必要はない。彼らの権力は大きいが、それでもなお政治の枠の中にある。愚かであれば国家は衰え、腐敗すれば体制は崩れる。それだけのことだ。

 

しかし、リリーナが築き上げたものは違っていた。

そこにあるのは国家ではなく、自己増殖する生産機構だった。資源を吸い上げ、技術を積み上げ、兵器を作り続ける巨大な装置。

 

そしてその先には、愚か者一人の判断で全宇宙から人類が根絶されかねないほど危険な技術が生み出されるだろう。

 

それは、はるか昔の西暦時代に核兵器が地球を覆った時代の再来にも似ている。あの時代、人類は自らを滅ぼすだけの力を初めて手に入れた。

 

幸いにも13日戦争で人類は滅びなかった。だが、それは幸運だったにすぎない。

 

そして今、同じような状況が銀河規模で生まれようとしている。

 

だが今度こそ、人類が滅びないという保証はどこにもない。それでも希望的観測に賭けるというのは、あまりにも楽観的すぎると言わざるを得なかった。

 






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