銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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リリーナの帰還2

帝国暦487年10月、メルゲントハイム伯爵領 首都惑星トワングステ side: ラインハルト

 

 

「これは…………まるで要塞だな」

 

リリーナの旗艦ヴュルテンベルクは帝国貴族の旗艦と聞いて想像するような、華美な装飾とは無縁の艦内だった。

壁も床も重厚な合金で覆われ、余計な装飾はほとんどない。金属とビーム擾乱材の多重層からなる装甲は、強襲揚陸艦で乗り込むことすら拒否するほどだ。

 

整然と並ぶ通路と、実用一点張りの設備。それらは単に建造期間の短縮と資源の節約を意図したものであったが、ラインハルトは決して悪い印象を抱かなかった。

 

「こちらです」

 

ラインハルト一行は厳重なボディチェックといくつかの検査を抜けてから艦内シャトルに乗せられ、その広大な艦体の内部を移動していった。

 

四千メートル級の旗艦ともなれば、歩いて移動するにはあまりにも広すぎる。そのための高速移動手段も多様に用意されていたが、その中でも中枢区画につながるのはいくつかのシャトルのみだ。

 

シャトルは何度か減速と旋回を繰り返し、やがて艦中央部にある中枢区画へと到着した。

扉が静かに開く。

 

「姫様……いえ、伯爵はこちらでお待ちです」

 

ラインハルト一行が通されたのは、艦の応接室だった。

広い部屋だったが、帝国貴族の応接室のような豪奢さはない。壁際にはスクリーンがいくつも並び、一部には応接室らしい内装に見えるような表示がされ、残りには星図や設計図が浮かんでいる。

 

どうやら本来の用途より、別の使われ方をしているらしかった。

 

そこにいたのは、応接室らしい高級な椅子に体をうずめ、肘をついて頬を支える少女だった。

 

家臣たちの手によって正装を整えられたリリーナは、動くのも面倒らしく、椅子に半ば沈み込むような姿勢のままぼんやりと宙を見ている。

 

もっとも、実際にはぼんやりしているわけではなかった。現実逃避のように、頭の中では波動砲艦の設計について構想を練っていたところだった。

 

白いドレスは淡い髪色を引き立て、軍服姿のラインハルトほどではないにせよ、不思議なほどよく似合っていた。帝国貴族の令嬢として恥じぬ高貴さを備えながらも、考え事に没頭して覇気を失ったその姿は、むしろどこか儚く、透明感のある印象を与えている。

威厳というよりも、むしろ壊れそうな静けさ。

 

そんな現実離れした空気が、リリーナの周囲には漂っていた。

 

「よく来たわね……ローエングラム伯」

 

リリーナの言葉は穏やかな調子だったが、その奥にはわずかに棘が含まれているようにラインハルトには感じられた。

 

ラインハルトはそれに特別な反応を示すことなく、リリーナの横に用意された椅子へ静かに腰を下ろした。

 

「お受けしていただいたこと、感謝する。メルゲントハイム伯」

 

「煮え切らない顔をしてよく言えるわね。いいわ、さっさと始めましょう」

 

短いやり取りのあと、部屋の空気は再び静まり返った。

 

 

 

メルゲントハイム側の家臣が書類を広げ、その内容を読み上げる。

隣ではキルヒアイスがそれを静かに聞き取り、ラインハルト側の代表として条項の内容を確認していた。

条文は一つずつ読み上げられ、その都度確認が行われる。

 

内容の修正はすでに事前の交渉で終わっており、ここで行われているのは形式的な最終確認に過ぎない。それでも、その手続きは慎重に進められていた。

 

静かな作業が、淡々と続く。

 

本来であれば、この場にはもう一人同席しているはずだった。リリーナの母でもある伯爵夫人ヘレーネである。しかしその姿は、この応接室にはなかった。これはリリーナ自身の希望によるものだった。

 

やがて最後の条項の確認が終わる。

 

書類は静かに閉じられ、メルゲントハイム家の家臣がそれを両手で整える。

 

 

「メルゲントハイム伯」

 

その呼びかけに、リリーナはわずかに視線を向ける。ラインハルトは静かな声で言った。

 

「改めて問う」

 

一瞬の沈黙が落ちる。

 

「私との婚姻を、メルゲントハイム伯の意思として受け入れるか」

 

それは儀礼的な問いに過ぎない。しかし、部屋の空気はわずかに張り詰めた。

リリーナは、指先で椅子の肘掛けを軽くなぞり、少しの間ラインハルトを見つめていた。

 

「……了承するわ」

 

リリーナはそう言うと、ほんのわずかに視線を落とした。あまりにも簡潔な言葉だった。だが、その一言と書類へのサインによって形式上の婚姻は成立したことになる。

 

一瞬の静寂ののち、周囲の家臣たちが静かに拍手を送る。それは歓喜というよりも、儀礼としての祝意だった。

そして儀礼的な確認がすべて終わると、それまで張り詰めていた空気が、ようやく緩んだ。

 

 

 

リリーナはその後の手続きを家臣たちに任せるとして、艦隊について言及する。

 

「それにしても、ここまでして私の艦隊が欲しいというのは、技術者としては冥利に尽きるわね。どういった心情の変化なのかしら」

 

リリーナは椅子の背に体を預け、軽く肩をすくめながら言った。

 

慣れない儀礼的な手続きを終えたばかりだったが、その声にはすでにいつもの調子が戻っている。

ラインハルトはわずかに口元を歪める。

 

「メルゲントハイム伯は、私が手に入れる前に宇宙そのものを壊しかねない。それは困るのだ……」

 

リリーナはその言葉を聞いて、くすりと小さく笑う。

 

「……別に宇宙を壊すつもりはないのだけど……いいわ。帝国はご自由にしたらいいわ。残りの宇宙は私がいただくわ」

 

ラインハルトの眉が、わずかに動く。

 

「言っておくが、叛徒どもの領土だろうと、貴女の好きにしてよいなどと言った覚えはないが」

 

リリーナはその言葉を聞くと、少しだけ考えるように首をかしげた。一瞬、視線が宙をさまよう。それは困惑の表情だった。

 

「反乱軍は間違いなく私の領土を攻撃してくるわ。だから、先ほど確認した条項にあるように、反乱軍との戦いについては私の判断で行うし、そこで領土を得たなら、そこがメルゲントハイム伯領になるのは当然でしょう?」

 

ラインハルトは腕を組み、静かに首を振る。

 

「確かに、此度の戦役では奴らに帝国領深くまでの侵入を許した。だが奴らは既に撤退している。ここにあるように、『攻撃が不可避』とは言えないだろう」

 

その言葉に、リリーナはきょとんとした顔になる。

 

「何を言っているのかしら。私が言っているのは、ここじゃなくて、あっちに置いてきた領土のことなのだけど……」

 

ラインハルトは一瞬だけ言葉を失う。

その沈黙を見て、控えていたメルゲントハイム家の家臣が困ったように咳払いをした。

 

「姫様……」

 

慎重に言葉を選びながら続ける。

 

「あちらでのことをご説明になりませんと、ローエングラム伯にはお分かりにならないかと」

 

「ああ、そうだったわね」

 

リリーナは軽く手を打つようにして言った。

ラインハルトの指が、椅子の肘掛けをゆっくりと叩く。その視線はリリーナから外れない。

 

「ちょうどいいわ。帝国軍の皆さんもいることだし、意見でももらおうかしら」

 

そう言って、リリーナは何でもないことのように語り始めた。

 

 

航行不能宙域を航行可能にする実験が成功したこと。

 

その成果を用いて新たな回廊を開き、既存の航路とは別に艦隊が通過できる安定した航路を作り出したこと。そしてその航路を使い、同盟領へ侵攻したことを。

 

その途中で遭遇した警備艦艇を撃破し、一つの惑星を占領したこと。さらに拠点となっていたいくつかの惑星を焼き払い、無条件降伏を要求して脅しつけたこと。

 

やがて帝国領への侵攻作戦の報を聞き、同盟側奥深くへの進撃を一旦止めて帝国領へ帰還することを決めたこと。その帰路、ダゴン星域で敵艦隊と遭遇し、それを壊滅させたこと。

 

さらにイゼルローン要塞付近の回廊を拡張し、要塞を無視して帝国領へ帰還したことを。

 

そして最後に、こちら側での用事が済み、艦隊の整備が終わりしだい直ちに攻撃に向かうか、あるいは万全を期して新たな艦艇を整備してから向かうかで悩んでいる、と結んだ。

 

その口調はどこか気軽ですらあった。しかし語られている内容は、決して軽いものではない。

 

新たな回廊の開拓。

銀河面垂直方向への開拓。

同盟領奥深くへの侵攻。

惑星の占領と焼き討ち。

敵艦隊の壊滅。

 

そしてイゼルローン要塞を迂回しての帰還。

 

「全く…………貴方が有能だったら私はハイネセンを丸焼きにできていたし、多少でもましならアムリッツァであんな無様な戦いをしなくて済んだのだけどね…………」

 

そう首を振って息を吐くリリーナを誰も否定できなかった。

 

ラインハルトもキルヒアイスも、互いを見つめ合ってしばらく言葉を発しなかった。いや、そこにいた誰もが沈黙していた。それは彼らの想像をはるかに超える話だった。

 






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