ラインハルトたちの沈黙をいいことに、リリーナはさらに続ける。
「それにしても助かったわ。回廊の向う側の人口は百億人はいるのよ。私一人では管理するのが難しいと思っていたの」
リリーナは軽く肩をすくめる。
「欲しいのは主に資源だし、人間がそこまでいても管理できないから、もう少し減らそうかとも思っていたのだけど…………。ローエングラム伯が管理してくれるなら幸いだわ」
「そんな簡単な話ではない」
低い声でラインハルトが言った。
「奴らが無条件降伏など受け入れるとは到底思えん」
「簡単よ」
リリーナはあっさりと言った。
「言うことを聞かないなら、ハイネセンでも何でも適当に壊しておけばいいのよ。有人惑星を壊していけば、いつかは静かになるはずだわ」
その言葉に、部屋の空気が一瞬だけ凍りつく。
「民間人を大量に殺戮する気か……」
ラインハルトは言葉の途中で、わずかに額へ手を当てた。
しばらくそのまま目を閉じる。
それに対してリリーナは小さく首をかしげる。
「おかしな話だわ。自由惑星同盟なんて名乗っているけど、あれは賊でしょう。宇宙海賊と同じよ。賊に民間人も軍人もいないというのが帝国の見解のはずだけど」
「お言葉ですが……」
発言したのはオーベルシュタインだった。
「確かに帝国は、自由惑星同盟なる存在を国家として認めておらず、叛徒として扱っております。しかし、それらの星系を手中に収めたとしても、既に一世紀以上に渡って存在を知られている以上、それは未知の領域を開拓したとは解釈されない可能性が高いでしょう」
オーベルシュタインは淡々と続ける。
「既知の星系を取り戻すことは、確かに比類なき大功。されど、それがそのまま閣下の私領になるとは考えにくい。特にそれが巨大であればあるほど、一貴族の私領として認められることはないでしょう」
リリーナはしばらく考え込むように視線を宙にさまよわせた。
「……何を言っているの?認めない連中は焼いてしまえばいいのよ?」
やがてそう言う。リリーナにはオーディンでの判断は分からない。別にリリーナの好き勝手を認めないなら、帝国はいらない存在だ。
しかし、別にリリーナは同盟領がそこまで欲しいわけでもない。実際に管理する人がそういうなら、壊して回るほどのものでもない。もっと具体的に欲しいものだけ回収できれば十分だった。
「でも、確かにそうかもしれないわね」
そして、ふと思いついたように続けた。
「じゃあ、占領するのは一部にして、あとは欲しいものだけ回収してくればいいのよね。持って来られるものなら領土には入らないはずだわ。回収したい天体については目星がついているの。そこをいくつか確保して、それから惑星を少し占領したら終わりにするわ。そこまでならいいでしょう?」
リリーナは、おもちゃをねだる子供のような目でラインハルトを見つめていた。
「その天体というのは……?」
ラインハルトは慎重に尋ねる。
「えーっと、このあたりね」
リリーナはスクリーンに次々と衛星を表示させていく。
「一番大事なのはカプチェランカっていう惑星よ。ここはイゼルローン要塞からも近くて持ち帰りが容易だわ」
指がさらに別の場所へ移る。
「それから……こっちはアスターテ星系の衛星ね。こっちの衛星は、質量が小さくて……分かりやすく言うと0.1京トンしかないの。その割に自己重力で球形をたもっているし、自然天体ワープ計画の第一弾としてもいい条件を持っているのよ。ぜひ実施したいわね」
リリーナは続ける。
「ああ、そうそう。ついでにイゼルローン要塞ももらっておくわ」
最後に映し出されたのは、精錬された金属に流体金属が乗っかった小さいが贅沢な天体だった。
ラインハルトはしばらく黙っていた。だがリリーナは気にした様子もない。
やがて、こめかみに手を当てる。普段の余裕をもった態度は完全に失われていた。
「……分かった。考える。だから、とりあえずは待ってくれ」
一度息をつき、続けた。
「返答と具体的な実施方法については、時間が欲しい」
その様子に、周囲の提督たちも思わず顔を見合わせる。 頭を抱えている者も少なくなかった。
「ブリュンヒルトに残っているロイエンタールがこれを知ってどう反応するか、見ものだな」
ミッターマイヤーが小さく呟く。
「まあ、いいわ。ちょうど新しい艦を作ってからにしようかと考えていたところだわ。貴方がさっさと滅ぼしてくれるなら、それでもいいのよ。手こずるようなら、試射の的として使わせて貰うわ」
リリーナは少し残念そうにしていたが、直ぐに切り替える。
同盟がどういう反応をするかは知らないが、いざとなったらしれっとハイネセンに恒星間誘導弾を打ち込めばいいのだ。艦隊戦力ではないのでリリーナの管轄下だし、なにより実験という名目もたつ。短距離ワープを断続的に行い、その際に意図的に巨大な時空震を発して周囲に艦艇を近づけず目的地まで到達する。理論上ではそうなっているが、そんな兵器がきちんと運用できるのかがリリーナにとっての挑戦だった。
それに、リリーナには当面ほかの拡張先がある。これまで手を出しにくかった帝国内部の貴族の領地を適当に奪い取って、ラインハルトに管理させればよいのだから。それに、メルゲントハイム領でのテロ未遂にフェザーンのいくつかの企業が関与した証拠も挙がっている。それを口実に
リリーナの表情がぱっと明るくなる。
「これから貴方たちがうちの艦隊を使うこともあるかもしれないのだから、とりあえず……せっかくだし、この艦を案内するわ。」
リリーナは誇らしげにそういうと、頭が詰め込まれた内容で混乱中のラインハルトはそれに頷くしかなかった。
「この艦の一番の心臓部はここ、主砲射撃統制室よ」
リリーナは厚い隔壁の扉の前で立ち止まり、軽く手をかざした。認証音とともに扉が左右に滑るように開く。
配置についていた全員が敬礼するのをリリーナは軽く手で制す。
部屋の中央には、半球状の戦術スクリーンが浮かび上がっていた。12本の砲線予測軌道が淡い光の線となって交差している。
その周囲を囲むように、十数基の操作卓が配置されていた。
「主砲機関部機能の大部分をこっちに移しているわ。砲の冷却、出力調整、砲身姿勢補正、エネルギー配分……そういう細かい制御は全部ここで処理しているわ」
壁面には主砲の断面図が表示され、出力曲線と温度分布がリアルタイムで変化していた。
「そこらの砲とは比べ物にならないほど精密だから、発射以外の全てを統合して管理する必要があるのよ」
リリーナは上機嫌で案内を続けていた。
旗艦指揮区画にある艦隊指揮所、通信管制室、電子戦センター、作戦計画室、旗艦として必要な機能は一通り見終えたところだった。
「この艦は艦隊戦術コアを中心に設計しているの。通信と電子戦を全部ここに集めているから、艦隊規模の戦闘でも指揮の遅延はほとんど起きないわ」
もっとも、艦隊規模では指揮官の判断が良くないことにはどうにもならないということをリリーナは話さなかった。
そう言いながらリリーナは振り返る。
その拍子に、動きにくいドレスの裾が床に引っかかりそうになる。
「……ああ、もう」
面倒そうに呟くと、リリーナはスカートを適当にたくし上げた。
本来なら侍女が止めに入るような仕草だったが、リリーナはまったく気にしていない。
ラインハルトは小さく息を吐いたが、リリーナはそれも気にしていなかった。
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