銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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ガイエスブルグ要塞回収作戦

帝国暦487年11月、ガイエスブルグ要塞周辺宙域 side: リリーナ

 

 

 

皇帝崩御の報から二週間、リリーナの眼下には一つの巨大な球形天体が存在していた。

 

その名はガイエスブルグ要塞。直径45kmの巨躯を誇る大宇宙要塞である。その表面は流体金属の分厚い装甲で覆われ、その主砲は強大なエネルギーで艦隊を蒸発させる。つまり、巨大な精錬済みの金属の塊である。

 

ここに至るまでは小艦隊の突出以上の相手がいなかったこともあって、メルゲントハイム艦隊は実に順調に敵地のど真ん中に居座っていた。

 

 

 

リリーナは机の上のホログラムを指で弾いた。ガイエスブルグ要塞の断面図が宙に浮かび、外殻を覆う流体金属層が淡く輝く。

 

「ガイエスブルグ要塞の表面を覆っている流体金属は、要塞の最大の防御設備よ。艦砲でもミサイルでも、当たれば流れて衝撃を逃がしてしまうわ」

 

リリーナは肩をすくめた。

 

「でもね、あれを作るためにどれだけ涙ぐましい努力が払われているか、知ってるかしら?」

 

メックリンガーは黙って聞いている。

 

「極低温でも流体を維持するために、三種類の主要金属を中心に、いくつもの成分がかなり厳密に調整されているのよ。要するに合金化で融点を下げて、常に流体状態を保っているわけ」

 

リリーナは指先で流体層をなぞる。

 

「だけどあれを作ったのは帝国よ。つまり、流体金属を構成している成分も、相図も、ぜんぶ分かっている」

 

メックリンガーの眉がわずかに動いた。

 

「つまり、攻略法はあると」

 

リリーナは笑った。

 

「簡単よ。こんなこともあろうかと思ってというか、イゼルローン向けに準備させていたのよ。簡単に言えば流体金属層に、もう一成分だけ加えてあげればいいの。これはゼルミウムっていう、帝国の外縁宙域で採れる三つの金属元素からなる結晶、そのエネルギー状態を励起させた励起結晶よ。通常は反応性は高くないけれど、砕いて表面積を増やしてから接触させると、あの流体金属の成分の一つと結合して極めて安定な結晶を形成するの。それもかなり偏った量比でね!」

 

リリーナは続けた。

 

「これを流体金属に混ぜると三成分合金としての平衡が崩れてしまう。すると残りの二つの主要成分が急激に相分離を起こして、液体として存在するよりもギブスエネルギー的に安定な固体殻を形成するのよ」

 

ホログラムの流体層が、白い殻へと変化した。

メックリンガーは腕を組んだ。

リリーナは嬉しそうに言った。

 

「でも、これにはきっかけが必要だわ。だから種結晶を投げ込むの。これを流体金属層に入れてあげれば、そこを中心に結晶化が連鎖して分離するわ。後は何もしなくても、流体層は勝手に固体装甲に変わるわ」

 

リリーナは軽く手を叩いた。

 

「つまり、要塞最大の防御装置が、自分自身で固まって動かなくなるってわけね。……もっとも、あまり加熱されると相分離そのものが不安定になって、また流体に戻りやすくなるけど」

 

と、リリーナは呟く。温度による安定性の変化を使って、流体金属を再利用するというのがリリーナの企てだった。

 

「それで、貴方に頼みたいのは、あの中に閉じ込められる連中の管理よ。あの金属は来季の艦隊整備計画に組み込んでいるから、早々にメルゲントハイムへ回収して解体するつもりなのよ。けれど、中に不要なものが紛れ込んでいるでしょう?本来なら、固化した流体金属を再溶解する際の高温で一掃するところだけれど、そうもいかないでしょう」

 

リリーナはわずかに肩をすくめる。

 

「だから、その前に必要な人員だけを選別して、適切に管理して頂戴。ああ一応言っておくけど、前皇帝の血筋に連なる連中については、事故でも何でもいいから確実に処理してもらうわよ」

 

 

 

作戦は、前段階の艦隊戦から始まった。

 

リリーナとしてはさっさと要塞を回収したいところだったが、貴族連合の盟主たるブラウンシュバイク公はいきなり本拠地の目前に出現した艦隊に条件反射的に艦隊を繰り出していた。

 

ガイエスブルグ要塞には、貴族連合の全軍の半分近く、4万隻規模の艦隊が展開している。彼らは要塞に密着するようにではなく、むしろ逆にガイエスブルグ要塞主砲ガイエスハーケンの射界と連携できる距離を保ちつつ、遠方に散開している。

 

要塞を無視して艦隊が回り込もうとすれば、側面から激烈な火力を受けることは間違いない。

 

「主砲斉射!! 接近する隙を与えないで」

 

リリーナの命令とともに、五十隻の戦艦が一斉に火を吹いた。

長大なビームの束が宇宙を走る。しかし、遠方に位置する貴族連合艦隊には有効ではない。

しかし、その威嚇で敵艦隊は半分要塞に隠れるように射程外に退き、接近戦を仕掛けてくるようすはない。リリーナにはそれで十分だった。

その砲火の背後で、リリーナは静かに準備を進めていた。

 

「こっちも始めるわよ……」

 

小さく呟くと、輸送艦隊へ信号が送られる。

 

リリーナ艦隊の後方に控えていた数百隻の輸送艦のハッチが同時に開いた。 次の瞬間、そこから膨大な量の微細な粉末が宇宙空間へと吐き出される。粉末は一瞬、艦隊の周囲に灰色の雲のように漂った。

 

しかしそれはすぐに動き始めた。

 

残りの輸送艦が一斉に高出力ライトを照射した。波長は粒子サイズに合わせた近赤外域である。 集束された強烈な光束が粉末の雲を押し出し、光圧によって加速された粒子群がゆっくりと前方へ流れ始めた。最初は緩慢だった速度が、照射を続けるにつれて次第に増していく。

 

やがてそれは、広大な薄い粒子流となってガイエスブルグ要塞の方向へと進み始めた。

遠方から見れば、それはほとんど観測不能なほど希薄な雲にすぎない。砲撃でもなく、ミサイルでもない。ただ、星間塵のような微粒子が、静かに要塞へ向かって流れているだけだった。

 

その後も貴族連合艦隊とガイエスハーケンに対し、リリーナはガイエスハーケン射程外から主砲の遠距離砲撃とミサイルによる砲戦に徹し、牽制以上の攻撃は行わなかった。

 

粒子流は確かに要塞へ届いている。しかし、期待していた変化がなかなか現れない。

 

「……反応が遅いわね」

 

リリーナは要塞の映像を見つめながら呟いた。

 

「量は十分のはずなのに」

 

しばらく観測を続けた後、リリーナは軽く指を鳴らした。

 

「流れがないのね。流体層が動かないと接触が進まないわ。主砲と浮き砲台を動かしてかき混ぜてもらいましょう」

 

周囲が一瞬静まり返る。

 

「射程限界に近い位置なら、ガイエスハーケンといえども威力は落ちるわ。戦艦は急速前進。要塞主砲の射程に入りつつ、敵艦隊に攻撃を仕掛けなさい」

 

命令は即座に実行された。

 

プロシア級戦艦群が加速を開始する。重装甲の艦影が虚空を切り裂きながら要塞へと突進した。

 

突然の接近攻撃にも、敵艦隊は冷静に対応してくる。ガイエスハーケンがチャージされ、艦艇は一斉に流体金属に潜り、ガイエスブルグ内部のドックへ向かい始める。

 

巨大な要塞砲口がゆっくりと開き、光が収束する。

 

ガイエスハーケン。

 

閃光が宇宙を裂いた。

 

プロシア級戦艦の戦列に巨大なエネルギーの奔流が叩きつけられる。艦隊のシールドが白熱し、外に向かって押し流される。

 

「離脱しなさい!!」

 

リリーナの声が響く。

 

「単純にエネルギーを叩きつけてくる兵器は、逆に厄介ね。早くまともな大砲が欲しいわ」

 

一撃を辛うじて受け止めたリリーナの率いる艦隊は急速に反転し、ガイエスハーケンの射界から離脱する。

 

だが、その短い突入で十分だった。

 

ガイエスハーケンの発射、浮き砲台の運動、そして駐留艦隊の侵入。それらによって要塞外壁の流体金属層は大きくかき乱されていた。

 

そして……変化が現れる。

 

ガイエスブルグ要塞表面の流体金属が、ところどころで白く濁り始めた。

 

「来たわね」

 

リリーナが静かに言う。

 

固化は急速に広がっていく。流動していた外殻が、まるで凍りつくように停止していく。

数分のうちに、その変化は要塞全体へ波及した。

 

やがて、ガイエスブルグ要塞の表面を覆っていた流体金属層は、完全な固体殻へと変わった。

 

そして、約十分後。

 

恐ろしいほどの短時間で巨大要塞は、ついに沈黙した。

 

「じゃあ、持って帰るわよ」

 

リリーナはあまりにもあっさりと言った。その声色は、まるで大型貨物を回収する作業でも指示しているかのようだった。

 

命令はすぐに実行に移される。

 

まず輸送艦隊が前進した。戦闘艦ではなく、巨大構造物の建造や曳航を前提に設計された重作業輸送艦である。彼らは要塞の周囲に展開すると、船体各所のハッチを開き、外部作業ユニットを宇宙空間へと展開した。

 

ガイエスブルグ要塞の外壁には、すでに固化した流体金属層が不規則な白色の殻となって張り付いている。完全に安定した状態ではないため、ところどころに亀裂が走り、まだわずかに内部応力で歪んでいた。

 

そこへ、作業艦から伸びた大型削岩ドリルがゆっくりと接触する。

 

回転音は宇宙では聞こえないが、監視画面には白い金属粉が静かに舞い上がる様子が映っていた。ドリルは固化した流体層を慎重に削り取りながら、要塞本来の外殻装甲へと到達していく。

 

「……外殻到達」

 

報告が上がる。

 

次の瞬間、削孔された穴へ巨大なアンカー杭が撃ち込まれた。爆薬と電磁加速を併用した固定杭が装甲内部に食い込み、そこから伸びた曳航ケーブルが輸送艦へと接続される。

同じ作業が、要塞の各所で繰り返された。

 

やがて、数十本の曳航ケーブルが蜘蛛の巣のように要塞へ張り巡らされる。

 

続いて、輸送艦の中央区画が開いた。

 

そこから引き出されたのは、通常の艦艇用とは比較にならない巨大なワープエンジンユニットだった。臨時設置用に設計された曳航型の跳躍機関であり、要塞の質量を強引に空間跳躍させるための装置である。

 

作業艇がそれを要塞外壁へと接続していく。さらに、ジャンプ時に必要な膨大なエネルギーを供給するため、複数の輸送艦がそのまま外部電源ユニットとして要塞へ張り付いた。

 

「固定完了。推進ユニット接続完了」

 

報告が次々に入る。

 

ホログラムには、巨大要塞の周囲に取り付いた輸送艦の群れが映し出されていた。まるで小さな昆虫が巨大な岩塊に群がっているかのようである。

リリーナは腕を組んでそれを眺めた。

 

「では、メックリンガー提督。貴方はワープエンジンの取り付けが終わり次第、あちらの要塞に乗ってメルゲントハイムへ戻ってくれるかしら?」

 

「伯爵閣下はどうなさるのですか。私はローエングラム閣下より同行せよとの命を受けております」

 

「だからこそよ」

 

リリーナはわずかに首を傾けた。

 

「貴方には、あの要塞をそのまま帰還させる責任があるわ。うっかり工程を誤って、必要なものまで一括処理してしまうのは、さすがに困るでしょう?」

 

その声音には、冗談の気配はなかった。

 

 





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