銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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オーディン騒乱序曲

帝国暦487年11月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: ラインハルト

 

ラインハルトが帝都オーディンに帰還したとき、そこではすでに皇帝の葬儀の準備が進められていた。

 

しかし、それは整然たる儀礼というより、崩壊の縁に立つ機構が、なお惰性によって動き続けているに過ぎぬ光景であった。命令は遅滞し、伝達は歪み、責任の所在は曖昧なまま宙に浮いている。宮廷の回廊には官僚と武官があふれ、誰もが互いの顔色を窺いながら、しかして決断の一歩を踏み出すことを避けていた。

 

その一因は、帝国の大貴族が帝都を去ったのち、帝都における単独の最高権力者となった国務尚書リヒテンラーデ侯が、かかる非常時に拠るべき先例を持ち得なかったことにある。彼の統治とは慣習の上に築かれるものであり、その慣習が断たれたとき、権力はしばしば自らの重みに耐えかねる傾向にあった。

 

加えて、帝都全域の行政機構もまた麻痺の兆しを見せ、宇宙港の管制に至っては、すでに一部機能を喪失していた。帝国の中枢は、静かに、しかし確実にその統制を失いつつあったのである。

 

「……情けない連中だな」

 

ラインハルトは低く呟いた。

 

そこに激情はない。あるのは、すでに見限った者の冷ややかな認識と、わずかばかりの軽蔑のみであった。

 

「無理もありません。ほかならぬ私たちも困惑しているのですから」

 

「ふんっ、奴らはその中で判断することを放棄しただけだ」

 

そうラインハルトは吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

帝都でラインハルトとキルヒアイスが最初に向かったのは、皇帝の死によって寵姫という束縛から解き放たれた姉、グリューネワルト伯爵夫人ことアンネローゼのもとだった。

 

ラインハルトとキルヒアイスを載せた車が館の前に着くと、入口の扉が静かに開かれる。差し込む光の中に、アンネローゼは立っていた。

 

「姉上、お迎えに上がりました」

 

ラインハルトは一歩進み出て、深く頭を下げた。

 

「ラインハルト、良く来ましたね。ジークも………」

 

アンネローゼの声は穏やかだった。だが、その穏やかさは、どこか遠い。

 

「お待たせして申し訳ありませんでした。もう姉上に苦労はさせません」

 

その言葉に、アンネローゼはわずかに目を伏せる。

 

「ラインハルト…………」

 

短い沈黙が落ちた。

 

やがてラインハルトは、わずかに言い淀みながら口を開く。

 

「それから姉上、これは、その本当なら姉上に真っ先に報告するべきことでしたが」

 

「ええ、結婚おめでとうラインハルト」

 

言葉は、重なるように返ってきた。

 

ラインハルトは一瞬、言葉を失う。

 

「それで、その……」

 

視線が揺れる。

 

「リリーナさんのことは、ご本人からの通信と、ヴェストパーレ男爵夫人からも聞いています。貴方が好ましいと思える方で良かったわ」

 

柔らかな声音だった。だが、その奥にあるものを、ラインハルトは読み取れなかった。

 

「は、はい……」

 

わずかに遅れて返事が出る。

 

アンネローゼは、静かにラインハルトを見つめた。

 

「それで、ラインハルト」

 

その視線は、逃げ場を与えない。

 

「そのリリーナさんに、貴方が何をしたのか…………聞かせてもらえるかしら?」

 

空気が止まった。

ラインハルトの唇がわずかに動く。だが、言葉は出ない。

 

「アンネローゼ様!」

 

キルヒアイスが一歩踏み出しかける。

 

しかし、アンネローゼはその声に反応しなかった。ただ、弟を見つめている。やがて、ゆっくりと目を伏せた。

 

「……そう。貴方はもう、私には話してくれないのね」

 

小さく、息のような声。

 

「違います、姉上」

 

ラインハルトは即座に言い返した。

 

「違うんです。姉上。あの女は……………………」

 

言葉が途切れる。説明しようとして、何をどう言えばいいのか分からない。アンネローゼは首を横に振った。

 

「ええ、分かっています。貴方には、なすべきことがあるのでしょう」

 

その声は穏やかだった。ゆっくりと顔を上げる。

 

「だからこそ……私は、貴方のそばにいない方がいいのです。生き方が違うのだから…………」

 

ラインハルトが息を呑む。

 

「姉上……」

 

一歩、踏み出しかけて止まる。アンネローゼは微笑んだ。それは、かつてと同じ優しい微笑みだった。だが、そこには決意があった。

 

「ラインハルト。どこかに小さな家をいただけるかしら。そして、陛下の葬儀が終わって、リリーナさんの申し出のとおりに一度メルゲントハイムに行った後は……しばらく、会わないようにしましょう」

 

静かな言葉だった。

だが、その一つ一つが、確実に距離を定めていく。

 

「貴方はもう、私のために何かを成し遂げる必要はないのです。貴方のなすべきことのために生きなさい」

 

ラインハルトは何も言えなかった。言葉にすれば、すべてが壊れてしまう気がした。

 

 

 

 

 

 

帝都はいまだ混乱の只中にあったが、皇帝の葬儀だけは、形式を保ったまま厳かに進められていた。

それは帝国の威信を示す最後の儀礼であり、同時に、崩れかけた秩序を辛うじて繋ぎ止めるための装置でもあった。

 

黒衣の列は整然としていた。儀仗も、音楽も、動線も、すべてが定められた通りに進む。

 

だが、その内側にあるものはすでに空洞だった。

 

執行にあたっていたのは、ラインハルトと、国務尚書たるリヒテンラーデ侯だった。ラインハルトは内心を抱え込んだまま何かに追われるように、数日にわたる葬儀が滞りなく行えわれるように手を尽くした。

 

 

 

 

そして、それを終えたラインハルトにもたらされたのはより一層気が滅入る報告だった。

 

「閣下、メックリンガー提督より報告が…………。メルゲントハイム伯によってガイエスブルグ要塞が陥落したとのことです」

 

「……何だと」

 

声は低く、ほとんど響かなかった。だが、その一語で室内の空気は凍りついた。

 

本来なら、貴族連合とリリーナの戦いは長引くはずだった。少なくとも、本拠地がこのような短期間で消滅するということは想定をはるかに上回っていた。

 

互いに消耗しつつ、最終的にはリリーナによって連合が解体される。その間に帝国中枢を掌握し、リリーナを抑えられるだけの体制を固める。それがラインハルトの描いていた順序だった。

 

その前提が、音を立てて崩れていた。

 

「詳細は」

 

短く問う。オーベルシュタインがいつも通りの無機質な声音で、報告を続ける。

 

「要塞外殻の流体金属装甲を何らかの方法で固化させ、要塞は無力化されました。さらに、内部の艦隊を行動不能に陥らせたとのことです。要塞内部にはブラウンシュヴァイク公をはじめ、有力貴族が多数所在していたようです。これで貴族連合は本拠地と指導者、戦力の半数近くを喪失したことになるでしょう。」

 

オーベルシュタインは淡々と言い切った。

 

「このままでは、連合の瓦解は時間の問題かと」

 

勝利の報ではある。だが、それは必ずしもラインハルトの勝利ではない。

 

「とことん使えない連中だ!!」

 

抑えられた声音の中に、わずかな苛立ちが滲む。

 

「ラインハルト様…………」

 

こうなった以上、もはや躊躇している時間はなかった。

 

「新皇帝擁立の準備を進めろ」

 

ラインハルトの声は静かだったが、その内容は帝国の残存構造を強引に繋ぎ止めるための最後の楔だった。

 

 

だが、それだけに専念することも許されない。

 

帝都に残ったわずかな貴族たちは、我先にとラインハルトのもとへ押し寄せた。ほとんどのものは命乞いを、ある者は忠誠を、またある者は「良心ある者」としてリリーナの暴挙を止めるべきだと訴えた。

 

彼らは秩序を守ろうとしているのではない。自分の立場を守ろうとしているだけだ。そう感じたラインハルトはそれらを悉く追い返す。

 

 

しかし、ラインハルトの想像以上に事態は急速に掻き乱されつつあった。

 





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