銀英伝で波動砲を撃ちたいTS科学者   作:ヤキブタアゴニスト

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リリーナ婚約騒動2

 

帝国暦485年7月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: ラインハルト

 

 

それから三日後、ラインハルトのもとに届いた封筒は、重たく沈んだ気配を放っていた。

 

送られてきた二通の手紙のうち、片方は彼自身がしたためた“答案”であった。だがその用紙は、もはや原型を留めていなかった。

 

赤、赤、赤。至る所に書き込まれた訂正と注釈。余白には「この定理の前提条件を満たさず使っています。」「次元間の接続を考慮していません。」「この前提では場の非保存が生じます。」「結論ありきで論理的な接続が不十分です。」などといった無慈悲なコメントが整然と並び、紙面の右上には、くっきりと「15/100」の数字が記されていた。さらに、裏面には全体としての講評に加え、概念に対する認識の誤りごとに解消のために読むべき本のリストまで記載されていた。

 

それ自体も屈辱だったが、ラインハルトを真に激怒させたのは、もう一通の文書だった。

『婚約は辞退する。理由は必要な能力水準に至っていないと判断されたため。』

 

そう要約できるその手紙には、表向き丁寧な言葉が並んでいたが、本質は変わらない。

徹底的に細かいところまで指摘しており、悪意が鋭く感じられた。しかも、その“判断結果”は、すでに帝国宮内省に提出済みだという。

 

 

 

ラインハルトはまず絶句した。文字通り、言葉が出なかった。

 

能力水準に、達していないだと?

 

全身から血の気が引き、次にこみ上げてきたのは怒りだった。手紙を握る指がわずかに震え、金色の睫毛が硬く結ばれたまま動かない。

 

「この俺に対して無能呼ばわりだと!!!」

 

吐き出すようなその声に、キルヒアイスがすかさず声を挟んだ。

 

「ラインハルト様」

 

彼の声は静かだったが、ラインハルトにはよく通った。

 

「キルヒアイス!!この屈辱に怒るなというのか!!」

 

他人の無能さに辟易しているラインハルトにとって、自身が無能呼ばわりされるのはこの上ない屈辱だった。そんなラインハルトにキルヒアイスは諭すように話す。

 

「ラインハルト様。所詮はかの令嬢が求める条件と違ったというだけのことです。価値観も、求めるものも、まるで違ったのでしょう。鍛冶屋が婿に求めるのは、世界一の将軍ではなく、同じく炉の前に立つ者。あの令嬢が必要としているのはそういう人だったのかもしれません」

 

一瞬、ラインハルトの瞳に火花が散ったような光が走る。だが、その激情はキルヒアイスの一言で見事に寸止めされた。沈黙ののち、ラインハルトは目を伏せ、深く一息ついた。

 

「そうか」

 

苦笑のように見える表情が、唇の端にわずかに浮かんだ。

 

「ありがとう、キルヒアイス。俺は危うく、自分を見失うところだった」

 

そしてゆっくりと椅子に腰を下ろすと、先ほど握りしめていた手紙を卓上に置き、その文字を改めて見下ろした。

 

「お前の言うとおりだ。合わなかっただけだ。そう思うことにしよう」

 

ラインハルトはそう言いながら、その手紙を静かに押しやった。それはラインハルトにとっての一つの決別だった。しかし、そう思いながらもラインハルトは自分の脳裏からヴァンフリート星域で見たあの少女の瞳の輝きを消し去ることは出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

帝国暦485年7月、ヴァルハラ星系 帝国首都星オーディン side: ブラウンシュバイク公爵オットー

 

 

 

リリーナの行いはあっという間に帝国貴族の間に広まっていった。婚約者候補に試験を突きつけるというのは前代未聞であるし、ましてやそれを講評したうえでいかにラインハルトが不見識であるかということを淡々と理路整然と書き連ねているのだ。

 

しかも、それが新鋭艦艇の根幹技術に関わってくるものである。どんなに優秀な軍人だろうと然う然う解けるものではない。しかし、メルゲントハイム家が帝国軍に新鋭艦を実際に納入している以上、その知識が家のために必要であるという論理を完全に否定することは難しかった。

 

ラインハルトに向ける感情は侮蔑や嘲笑、同情と様々であり、後者はいかに難題であったかを帝国軍の技術士官らから伝え聞いたものたちに多かった。なお、リリーナから手厚いねぎらいと共に部屋一つ分の本を送りつけられた技術士官の話はこのちょっとした騒動の唯一の勝者であるとして話のオチとして採用されることになる。

 

 

 

 

とはいえ、ラインハルトに伯爵位を与えようとしたことが貴族の反発を招いたのは確かであり、それを正面から断ったリリーナの評価は多少なりとも上昇していた。最終的に他の伯爵位を与えることになっても反発が少なかったことが、貴族たちの溜飲が一度下がったことの何よりの証拠であった。

 

「メルゲントハイムの小娘め。あの金髪の孺子の鼻をあかすとはなかなかやるではないか。まさかあの傾奇者が伯爵家を継ぐに値しないとまで言い放つとはな」

 

グラスを片手にそう語るブラウンシュバイク公爵オットーもリリーナの行いを好意的にとらえた一人だった。彼を何より喜ばせたのはリリーナの感情の見えない文体であり、緻密に練られた論理があらゆる反論を封じ込めたことだった。宇宙を我が物顔で動き回るラインハルトが手紙一枚でやり込められるのは彼にとって最大の娯楽であった。

 

 

 

「伯父上、メルゲントハイムは帝国貴族としての誇りを守りました。ここは我らも度量の大きさを見せてこちら側に抱き込むチャンスでは」

 

テーブル越しに革張りの椅子に座った公爵の甥、フレーゲル男爵が身を乗り出す。彼の声は低く抑えられていたが、微かな熱を帯びていた。

 

「うむ。メルゲントハイムは貴族の矜恃を示したのだ。そのうち社交界に出られるように取り計らってやろう。それに、散々求めてきている資源も好きに売ってやれ。帝国軍に影響を持つとなればリッテンハイムに付かれるのも厄介だからな」

 

そう首肯してからオットーはグラスを口に運ぶ。ゆっくりと一口含み、しばらく噛むように味わったあと、舌の裏で何かを吟味するように息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国暦485年8月、メルゲントハイム伯爵領 自由浮遊惑星トルン side: リリーナ

 

婚約騒動はリリーナが当初考えていた以上に大騒動になっていた。

 

リリーナとしてはラインハルトのことが嫌いで断った訳ではない。だからこそ、これを示すために理詰めで断る理由をまとめることにしたのだった。結果として出来上がったのは相手のどんな細かい欠点だろうと徹底的にあげつらい、いかに無能かを懇切丁寧に論証しようとする劇物になっていたのだが、このことにリリーナは全く気が付いていなかった。

 

「どっ、どういうことかしら......」

 

だからこそ、ラインハルトからの手紙の言葉の強さに困惑していた。

 

そして、改めてその手紙を見て仰天したのはメルゲントハイムの家臣たちだった。婚約者候補に手ずから手紙を送る少女の気持ちに配慮したことを後悔したが、結局その後始末をつけることになるのは彼らだった。

 

 

そんな家臣たちを尻目に、リリーナにとってこれ自体は直ぐに忘れる程度の話だった。途絶えていた社交界からのお誘いが少しは届くようになったこと、そして絵や石といった奇妙な贈り物が送られてくるようになったこととともにリリーナの優れた忘却能力によって葬り去られていた。

 







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